「混同を生じさせる行為」をめぐる逆転判決

不正競争防止法2条1項1号該当性をめぐって争われた事件の知財高裁判決。

ちょっと前に見つけたものではあるのだが、不競法絡みの事件としてはこれまでにあまりないジャンルの商品で、しかも原審(東京地裁)の判断が完全にひっくり返っている、という点でなかなか興味深いので、簡単に取り上げてみることにしたい。

知財高判令和元年8月29日(平成31年(ネ)10002号)*1


控訴人(一審原告):住友ベークライト株式会社
被控訴人(一審被告):日本コヴィディエン株式会社

本件は、被控訴人の商品が、「控訴人の商品等表示として需要者の間に広く認識されている原告商品の形態と類似する形態を有する」もので、被控訴人による被告商品の販売が,「原告商品と混同を生じさせる行為である」として、不正競争防止法2条1項1号の不正競争該当性が争われたものである。

不正競争防止法上、商品形態を保護しようと思ったら、まず「2条1項3号」というのが出てくるから、その要件の枠外で「2条1項1号」によって保護を求める、というのはそれなりにハードルの高い話ではあるのだが、それだけならこれまで全く例のない話、というわけではない。

ただ、興味深いのは、本件で控訴人、被控訴人の販売する商品が「携帯用ディスポーザブル低圧持続吸引器のうち排液ボトル及び吸引ボトルで構成されているもの。」という「(業務用)医療機器」であったこと。

これが家庭用の医療機器であれば、需要者が「周知性のある商品形態」に惹かれて商品を購入する、という場面は容易に想定できるのだが、「業務用医療機器」の取引の場面で同じような事態が想定しうるのか、という疑問は当然生じうる。そして、原審である東京地判平成30年12月26日(平成30(ワ)13381)*2は、原告商品の商品形態の周知表示性を認めつつも、まさにその疑問を投影する形で、以下のように述べて原告の請求を退けたのである。

「原告商品及び被告商品の取引態様については,専門家である医療従事者が,医療機器の製造販売業者や販売業者の担当者から,当該医療機器の特色,機能,使用方法等に関する説明を受けて,当該医療機器の購入を決め,医療機器専門の販売業者に対して当該医療機器を発注するというプロセスをたどって取引されているのであり,しかも,多くの医療機関においては,医療機器の使用について,医療機関が医療機器を採用するにあたっては,同種の医療機器については,一種類のみを採用するという原則的な取扱いであるいわゆる一増一減のルールが採用されているというのである。そして,原告商品と被告商品には商品自体には商品名及び会社名が記載され,それぞれ別々のパンフレット(略)が作成されて別々に販売される上,需要者である医療従事者も医療機器に関する専門知識を有する者なのであるから,被告商品の販売行為によって需要者である医療従事者において原告商品と被告商品の出所が同一であると誤認するおそれがあるとは認められない。また,原告及び被告は,医療機器の分野において,相当程度のシェアを有する競合会社であり,ポータブル低圧持続吸引器国内市場における原告のシェアは約30ないし40%,被告のシェアは約5ないし15%である。上記の取引形態等からすると,需要者である医療従事者において原告と被告が競合関係にあることを十分に認識している状況であり,原告商品の形態と被告商品の形態が類似していることのみから,原告と被告との間に親会社,子会社の関係や系列関係等の緊密な営業上の関係又は同一の表示の商品化事業を営むグループに属する関係が存すると誤信するおそれがあるとは認められない。そうすると,被告による被告商品の製造販売行為が,不競法2条1項1号にいう「混同を生じさせる行為」に当たると認めることはできず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。」(一審判決・20~21頁、強調筆者、以下同じ)

不競法2条1項1号の事件では、「商品等表示の周知性」とその「類似性」が認められれば、積極的な「打消し表示」等が付されていない限り(仮に付されていたとしても)、あっさり「混同を生じさせる」と認められることが多いから、「混同を生じさせる」という要件に該当しない、というだけで請求を棄却する、というパターンは珍しいのだが、自分自身、最初に本件で争われている「商品」の種類を見た時に冒頭で述べたような疑問を抱いたこともあり、上記の説示だけ読めば、まぁそうだろうな、と納得するところはあった。

だが、知財高裁は、以下のように述べて、原審の判断を180度覆した。

「原告商品の形態は,控訴人が昭和59年に「SBバック」の商品名で原告商品の販売を開始した当時から,他の同種の商品と識別し得る独自の特徴を有していたものであり,その後被告商品の販売が開始された平成30年1月頃までの約34間の長期間にわたり,他の同種の商品には見られない形態として,控訴人によって継続的・独占的に使用されてきたことにより,少なくとも被告商品の販売が開始された同月頃の時点には,需要者である医療従事者の間において,特定の営業主体の商品であることの出所を示す出所識別機能を獲得するとともに,原告商品の出所を表示するものとして広く認識されていたこと,原告商品と被告商品は,同一の形態に近いといえるほど形態が極めて酷似し,被告商品の形態は,原告商品の形態と類似することは,前記2(2)ア及び3(1)ウ認定のとおりである。そして,前記1の認定事実によれば,医療機器の取引プロセス等に係る取引の実情として医療機関が医療機器を新規に購入する場合,医療従事者が,医療機器メーカー又は販売代理店の販売担当者から,商品説明会等で当該医療機器の特色,機能,使用方法等に関する説明を受けた後,臨床現場で当該医療機器を1週間ないし1か月程度試行的に使用し,使い勝手,機能性等の評価を経た上で新規採用を決定し,医療機器メーカー又は販売代理店に対して当該医療機器を発注することが一般的であり,一定の病床数を有する医療機関にあっては,医師,看護師その他の医療スタッフから構成される「材料委員会」が開催され,その構成メンバーによる協議を経て,当該医療機器の新規採用が決定されているが,一方で,個人病院や病床数が少ない医療機関にあっては,材料委員会が開催されることなく,医師の意向により新規採用が決定される場合も少なくないこと医療機関が従前から使用している医療機器を継続的に購入する場合,各種医療機器の画像,品番,仕様,価格等が記載された医療カタログに基づいて,医療機器メーカー又は販売代理店の販売担当者に対して品番等を伝えて発注し,また,インターネット上のオンラインショップで購入する場合があること,③消耗品等の比較的安価な医療機器については,医療機関が新規に購入する場合においても,医療カタログに基づいて医療機器メーカー又は販売代理店の販売担当者に対して品番等を伝えて購入したり,オンラインショップで購入することもあること,④医療機関においては,用途が同じであり,容量等が同様の医療機器については,一種類のみを採用し,新たな医療機器を一つ導入する際には同種同効の医療機器を一つ減らすという「一増一減ルール」が存在するが,「一増一減ルール」は,主に大学病院,総合病院等の大規模な医療機関において採用されており,小規模の医療機関においては,各医師がそれぞれ使いやすい医療機器を使用する傾向が強いため,そもそも「一増一減ルール」が採用されていない場合があり,また,「一増一減ルール」を採用している医療機関においても,徹底されずに,医師の治療方針から特定の医師が別の医療機器を指定して使用したり,新規の医療機器が採用された後も旧医療機器が併存する期間があるなど,同種同効の医療機器が複数同時に並行して使用される場合があり得ること,⑤バーコードで医療機器を特定して発注や在庫管理を行い,また,医療機関で使用される物品の発注,在庫管理,病棟への搬送などのサービス(SPD)を事業者に委託している医療機関もあるが,全ての医療機関において,このようなバーコードを利用した医療機器の発注,在庫管理やSPDの委託を行われているわけではなく,SPDの委託率も決して高いものではないこと,⑥原告商品及び被告商品は,消耗品に属する医療機器であり,カタログ販売のほかに,商品画像とともに,品番,型番,価格等掲載されたオンラインショップ(「アスクル」のウェブサイト)による販売が行われていることなど,両商品の販売形態は共通していることが認められる。以上を総合すると,原告商品の形態が,控訴人によって約34年間の長期間にわたり継続的・独占的に使用されてきたことにより,需要者である医療従事者の間において,特定の営業主体の商品であることの出所を示す出所識別機能を獲得するとともに,原告商品の出所を表示するものとして広く認識されていた状況下において,被控訴人によって原告商品の形態と極めて酷似する形態を有する被告商品の販売が開始されたものであり,しかも,両商品は,消耗品に属する医療機器であり,販売形態が共通していることに鑑みると,医療従事者が,医療機器カタログやオンラインショップに掲載された商品画像等を通じて原告商品の形態と極めて酷似する被告商品の形態に接した場合には,商品の出所が同一であると誤認するおそれがあるものと認められるから,被控訴人による被告商品の販売は,原告商品と混同を生じさせる行為に該当するものと認められる。」(39~41頁)

まさかここで「アスクル」が出てくるとは思わなかったが、知財高裁は、控訴人(原告)側の猛烈な主張に応える形で、「医療機器の取引プロセス等に係る取引の実情」を詳細に認定し、「業務用医療機器に係る取引の特殊性」を強調していた被控訴人(被告)の主張をことごとく退けている。

ただそれ以上に自分がこの判決文から感じたのは、「周知性のある商品形態がこれだけ似ているんだから、混同するに決まってるだろう!」という雰囲気・・・。

原審判決が比較的拾い上げていた「医療従事者の認識」にほとんど立ち入っていないこと*3、そして「形態が極めて酷似し」というフレーズが最初と最後に二度も出てくる、というところからも、それは何となく見てとれる。

だとすると、被控訴人(被告)側としては、原告商品の形態が「商品の形態が商品の技術的な機能及び効用を実現するために他の形態を選択する余地のない不可避的な構成に由来する」とか、「ありふれた形態の組み合わせに過ぎない」といった反論や、「そもそもこの種の商品で、商品形態が自他識別機能及び出所表示機能を発揮することなどありえない」といった反論*4で押し切って、商品等表示性を否定することができなかった時点でこの結果が見えていた、ということになるのかもしれない。

不正競争防止法において、2条1項1号と2号が以下のように書き分けられ、しかも「需要者の間に広く認識されている」というレベルと「著名な」というレベルとの間には、それなりに高い「壁」がある以上*5「混同を生じさせる」という要件も大事だろう、というのが自分の考えではある*6

一 他人の商品等表示(人の業務に係る氏名、商号、商標、標章、商品の容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するものをいう。以下同じ。)として需要者の間に広く認識されているものと同一若しくは類似の商品等表示を使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供して、他人の商品又は営業と混同を生じさせる行為
二 自己の商品等表示として他人の著名な商品等表示と同一若しくは類似のものを使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供する行為

ただ、裁判所までもつれ込むケースは、「現に誤認混同されている」という背景がある場合も多いだろうから、そうなると「酷似」している以上、「混同」が生じるかどうかも、ある程度規範的に割り切ってさっくりと結論を出す方向に行きやすいのかもしれない。

・・・ということで、何となくモヤモヤは残っているのだが、「混同を生じさせる行為」かどうかにスポットライトが当たった貴重な判決、ということで、以上ご紹介した次第である。

*1:第4部・大鷹一郎裁判長、http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/902/088902_hanrei.pdf

*2:第29部・山田真紀裁判長、http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/259/088259_hanrei.pdf

*3:原審判決を受けて、控訴人は「医療従事者は,医療機器の使用場面や用途に関する専門知識は有していると考えられるが,他方で,同様の機能を有する複数の医療機器又は医療機器メーカーの関係(競合関係や提携関係,使用許諾関係の有無等)は,把握していないことが通常である。」(18頁)という”医者は機器ビジネスの素人”的な論まで展開していたのだが、知財高裁判決はそのような需要者の主観的認識に踏み込むことなく、取引プロセスを淡々と認定して結論を導いている。

*4:地裁判決はアンケート結果等も活用し、詳細な説示の下でこれらの反論を退けているが、自分もこの分野で「商品形態」がどこまで出所表示機能、ひいては顧客吸引力まで持つのか、ということに関しては、半信半疑なところではある。

*5:本件控訴審では控訴人側が2条1項2号に基づく主張も追加しているのだが、裁判所もそれに対する判断は一切下していない。

*6:ちなみに、紛争が生じて、任意交渉で解決を図ろうとする場面では、似てる似てない、の話より先に、「そもそも混同する、しない」という話の方が先に来ることも多く、訴訟まで持っていかずに踏みとどまる(いきり立った事業部門の人間を思いとどまらせる)決め手になるのも、「そうはいっても混同する人はほとんどいないからね」という説得だったりする(あるいは打消し表示等を付してもらうことで妥協するパターンもあり)

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