「松坂世代」最終章の逆転劇

今、中日ドラゴンズに在籍している松坂大輔投手の今シーズン後の去就が微妙な状況にある、ということもあって、最近「松坂世代」にまつわる話題が盛り上がっている。

何かと比較され、注目され、すぐにプロに行った選手から、大学経由、社会人経由でプロに行った選手まで、100名近くの選手が「プロ野球選手」というステータスを手に入れたこの世代も、2020年度には皆「40歳」の大台を迎える、ということで、今年もシーズン閉幕を迎える前に、長らく選手名鑑に名を連ねていた選手たち(広島・永川投手、ヤクルト・館山投手、日本ハム・実松捕手)が次々と引退。

そして、デイリースポーツ電子版によると、

日本野球機構NPB)所属で残る“松坂世代”の選手は松坂以外に阪神藤川球児投手、ソフトバンク和田毅投手、楽天久保裕也投手と渡辺直人内野手の5人となった。」
(デイリースポーツ2019年9月17日22時11分配信、強調筆者、以下同じ)*1

ということである。

この5選手のこれまでの公式戦での成績を並べてみると、ざっと以下のような感じになる。

松坂大輔投手 
NPB(実働11年)218試合 114勝65敗1セーブ 1464.1イニング 防御率3.04 
MLB(実働8年)158試合 56勝43敗1セーブ(3ホールド) 790.1イニング 防御率4.45
和田毅投手
NPB(実働12年)253試合 130勝70敗 1708.1イニング 防御率3.13
MLB(実働2年)21試合 5勝5敗 101.2イニング 防御率3.36
藤川球児投手
NPB(実働16年)760試合 59勝35敗237セーブ(162ホールド)916イニング 防御率2.00
MLB(実働3年)29試合 1勝1敗2セーブ(1ホールド)26.2イニング 防御率5.74
久保裕也投手
NPB(実働15年)500試合 53勝37敗37セーブ(112ホールド)764.2イニング 防御率3.43
渡辺直人選手
NPB(実働13年)1134試合 打率.259 853安打 7本塁打 229打点 115盗塁 184犠打

日米通算の実働年数で言えば、松坂選手と藤川選手が互角。
成績的にも先発陣では松坂投手が、リリーフ陣では藤川投手が、既に引退した同期と比べてもずば抜けた成績を残している。

一方、他の3選手に関しては、成績だけみれば、プロでそれ以上の実績を残した選手はいるわけで、先発陣では実働14年で引退した杉内俊哉投手の方が通算勝利数(142勝)、防御率ともに和田選手を上回っているし、リリーフ陣でも今年引退する永川勝浩選手が165セーブ、79ホールドを記録しているし、実働11年、実質的には10年にも満たないような選手生活の中で「太く短く」一時代を築いた久保田智之投手も、47セーブ、117ホールドを記録している。

そして、野手に至っては、1865安打、360本塁打、1123打点の村田修一選手を筆頭に、東出輝裕選手(1366安打)、小谷野栄一選手(1260安打)、梵英心選手(990安打)と、「世代」の主役というにはよりふさわしい選手たちがいた。

それでも、「夏の甲子園横浜高校と延長17回の死闘を繰り広げた末に敗れたPL学園の主将」(平石洋介氏)が、今や一球団の監督になってしまっているような歳月の流れ*2の中では、今でも存在意義を認められて現役で選手生活を続けている、というだけで十分喝采を送るにふさわしいわけで・・・。

前記デイリーの記事にもあるとおり、上記5選手の中で、今一番勢いがあるのは、間違いなく藤川球児選手だろう。

何がすごいって、寿命が短い、とされる速球派、それも中継ぎ、救援という立場で毎年のように酷使されながら、この年になって更に成績を上げてきている、ということだ。

NPB復帰後の4シーズンの成績を比較すると以下のとおり。

2016 防御率4.60 43試合 5勝6敗10ホールド 3セーブ 奪三振70  奪三振率10.05 被打率.247
2017 防御率2.22 52試合 3勝0敗6ホールド 00 奪三振71  奪三振率11.28 被打率.209
2018 防御率2.32 53試合 5勝3敗21ホールド 2セーブ 奪三振67  奪三振率11.10 被打率.158
2019 防御率1.44 50試合 4勝1敗23ホールド 12セーブ 奪三振73  奪三振率13.14 被打率.138

年齢を考慮した首脳陣の思惑もあり、当初先発でスタートした2016年シーズンこと不安定な成績だったが、馴染みのあるブルペンに戻り、誰も投げたくないような嫌な場面で使われているうちに息を吹き返してシーズンごとに被打率は低下、安定感も増す。

そして、今シーズンに至っては、39歳にして火の球ストレートが完全復活、奪三振率も一段と上昇し、シーズン途中からはとうとう7年ぶりにクローザーに返り咲き
他の同期の選手たちが”ベテランの味”で何とかしのいでいる、という印象を与えている中、人類の歴史に逆らうかのような別次元の活躍を見せている。

振り返れば、彼の20代前半までは、

・高校2年生で高知商で甲子園に出場を果たしたものの、最後の夏に県代表を勝ち取ったのは明徳義塾(最後は「松坂の引き立て役」になってしまったが・・・)。
・ドラフト1位でタイガースに入団したのに、話題になるのは元同級生の広末涼子のほう。
・しばらくは一軍の登板機会にも恵まれず、松坂投手が華やかに白星を積み重ねる中、初勝利は入団4年目
・ようやく先発ローテに入っても、球は早いが単調、と揶揄され、シーズン通しての定着がなかなかかなわない。

といった感じで、プロ入り後6シーズン登板イニング数は150イニング程度。松坂投手の1年目のイニング数にすら届かない。
そして、この間、松坂投手は、新人時代から3年連続最多勝、故障で離脱したシーズンもありながら通算で77勝を挙げていたから、同じ「松坂世代」というには、あまりに差が付きすぎていた。

それが、中継ぎに定着して「JFK」に、そして、「K」も「J」も故障で苦しむ中、押しも押されもせぬリリーフエースに成長を遂げたのだから、人生どこから運命が開けるか分からない。

加えて、藤川選手の場合、タイガースの守護神の座を勝ち取りながらもメジャー志向を隠さず(この辺は元レッドソックスの上原投手とも似たところはある)、球団に度々慰留された末にようやく2012年のオフにメジャー入り、骨をうずめるつもりで渡米したものの、早々に故障して満足のいくシーズンを過ごせず、2015年のシーズン途中でメジャーの選手枠から外されて、日本に復帰したと思ったら所属球団はなんと「四国アイランドリーグ高知!」というドラマもあった。

2015年の電撃日本復帰の時も、その翌年タイガースに戻って迷走しかかっていた時も、30代半ば、という年齢も相まって、さすがの藤川ももう終わりか・・・と思ったのは、自分だけではなかったはず。

それでも、「遅咲き」の火の球速球王は不死鳥のように蘇り、引退間際の「看板」選手を横目に、まだまだセーブ&ホールド記録を積み重ねようとしている。


かつては故障に苦しんだこともある選手だけに、藤川投手とて、来シーズンどういう運命をたどるかは全く分からない。

仮に、彼の直球がますます勢いを増し、さらに記録を塗り替えることになったとしても、この世代の呼び名が、というより、この世代を一括りにする風潮自体が、「漫画」みたいな甲子園での松坂大輔選手の一人舞台から始まっている以上、「松坂世代」が「藤川世代」と呼ばれるようになることは永遠にないだろう。

だが、一定の才能の持ち主が努力を惜しまなければ人生必ずどこかで花開く、そして、どんなにまぶしくても追いつけない背中はない、ということを、これだけ身をもって証明してくれている選手はいないような気もするわけで、自分は、「最後の一人」になるまで「背番号22」に輝いていてほしいと思っている。

そして、藤川選手なのか、それとも他の誰かなのかは分からないけれど、「最後の一人」がプロ野球現役選手としてのカテゴリーから外れた時に、もう一度、矢崎良一氏に、あの名ノンフィクションの”続編”を書いていただきたいな、というのが、自分のささやかな願いである。

松坂世代 (単行本)

松坂世代 (単行本)

*1:注目集まる“松坂世代”の去就 日本ハム実松引退で最大94人→5人に(デイリースポーツ) - Yahoo!ニュース

*2:梨田監督退任後の緊急リリーフからの昇格とはいえ、生え抜きで育成コーチから昇進を遂げての人事だったから、それだけ指導力が見込まれていた、ということだったのだろう。

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