最後に待っていた最強の敵と、勝った後の居心地の悪さと。

ラグビーW杯、POOL A最終戦、日本対スコットランド

台風による甚大な被害が各地で報じられている中、しかも日産スタジアム自体が浸水被害を受けている、という状況の下、行われるかどうかすら分からない試合に向けて*1、集中力を維持するのはどちらのチームにとっても容易なことではなかったと思う。

それでも関係者の必死の努力で*2、試合は予定通り開催。

そして、始まってからの展開がまた壮絶。

誰かが筋書きを描いたかのような、だがフィクションだったらベタ過ぎて却下されてしまうような、日本代表の応援者にとっては美しすぎるストーリーだった。

暫しの劣勢の後に訪れた日本の時間

序盤は、スコットランドが得意のパントキック戦法を繰り出して前半6分にあっさり先制。これまでの対戦相手と比べても攻撃のスピードは速いし、守備陣形もきっちり整っていて穴がない。なんでこれで1次リーグ敗退寸前まで追い込まれているのか?と不思議に思うくらい、スコットランドは整っていた。

一方の日本の攻撃はぎこちない印象で、敵陣に攻め込んでもボールを相手に渡す展開がしばらく続く。「待たされた」ゆえの硬さなのか、気合が入り過ぎていたのか、何かこれまでと違うな・・・と感じる時間はそれなりにあった。そして、敵陣での相手反則で選択したPGを田村選手が外したシーンがまさにそのピーク。

台風の影響で強い風が吹いていた影響もあるのだろうが、そもそもまだ前半15分くらい、スコアも0-7、というタイミングで、PGで点差を縮めに行く、という選択をリーチ・マイケル主将がしたこと自体が、何かマズイぞマズイぞ・・・と思わせるに十分なものだったし、今大会決して安定感があるとはいえない(と自分は思っている)田村選手のキックが外れたのも実に予定調和的で、あの瞬間はこのままズルズルと引き離されて1次リーグ敗退、という悪夢も頭をよぎった。

だが、その直後の、福岡選手のサイドからの突破と、タックルを食らってからの一瞬の粘りでつないだ末の松島選手のトライで一気に流れが変わる。

PG失敗で生まれた相手の隙をつくような豪快なシーン。しかもそれが今大会の日本の最強バックスコンビの連携から飛び出したのだから、チームが勢いづかないはずがない。度重なる連続攻撃の結果、続く前半26分には、FWの選手まで絡んだ巧みなパス回しから、プロップの稲垣選手がゴール真下にトライして逆転。

堅固なスコットランドのディフェンスのプレッシャーを受けても、ミスをすることなくボールをつなぎ続ける日本代表選手たち。低迷期の日本代表監督たちが志向しては挫折してきた理想形がそこにはあった。

その後も、少々攻めあぐねる時間帯はありつつも、再び「田村選手のPG失敗の直後に相手ボールを奪って反撃に転じる」というパターンから、今度は福岡選手が快足を飛ばしてトライ。

「PGはわざと外してるのか?」と思わせるくらい、田村選手のコンバージョンゴールがきっちり決まったこともあって、この時点(前半終了時点)でのスコアは21-7。両チームの1次リーグ突破の「条件」を考慮すれば、この時点で楽観ムードに傾いた人も多かっただろう。

更に後半開始2分、福岡選手がアイルランド戦終了間際のシーンのVTRを見るかのようなターンオーバー、しかも今回はきっちり最後まで走り切ってトライを決めた時は(ゴールも決まってスコアは28-7)。

元々持久力がウリの日本代表、一方相手は、大ベテラン・レイドロー選手を筆頭に主軸の平均年齢は高いし、控え主体で臨んだとはいえロシア戦から中3日、という過酷なスケジュールの中戦っている。「スコットランド最強説」をひそかに心の中で唱えていた自分ですら、これでトドメを刺したか・・・と思ったものだった。

怒涛の反撃と、それを耐えしのいで得たものと。

突き放した後も、まだまだ攻撃を仕掛けていた日本の勢いは、後半9分のスコットランドのトライで萎む。当然のように、レイドロー選手がコンバージョンゴールを決めて28-14。さらに10分も経たないうちにスコットランドの速攻が決まり、スコアはさらに縮まって28-21。

思い切った選手交代が効を奏したのか、あるいは、勝利を意識したがゆえの綻びか。素人目に見ても「流れが向こうに行ってしまったなぁ」という展開の中、局地的な「反撃」を試みてもトライには結びつかず、徐々に勢いを増すスコットランドに押されてフラストレーションがたまる。特にラスト10分は、生きた心地がしないくらい徹底的に攻められた。

体格がいいのはもちろんだが、それ以上に、キックも交えた攻撃オプションの多彩さや整った守備の力が光るチームに本領を発揮されてしまうと、なかなか太刀打ちすることは難しい。アイルランド戦では、徹底して「相手の良さ」を消すことでロースコアの勝利に持ち込むことができたのだが、この試合に関しては、日本が先に大量リードしていたがゆえの隙もあったのだろうし、何より相手の「本気度」が違った。

それでも、最後の一線で持ちこたえた、というところに今大会の日本代表の強さの真骨頂がある、と言えるのだろうし、残り1分、相手ボールのスクラムからボールを取り返して、ボールをキープするための密集肉弾戦をひたすら繰り返し、笛の音とともにボールをけり出してノーサイド、という最後のシーンなどは、日本代表が別の次元に到達した*3、という感すら抱かせるものだったのは確かである。

堂々のグループ首位通過。

しかも、弱い相手に数字合わせした結果ではなく、勝ち上がりの可能性を残したチームとの直接対決でガチンコ勝負した上で、ボーナスポイントまで取って首の皮1枚しのぎ切った、という結果だから、文句なしにベスト8にふさわしいチームとして勝ち上がったといえるだろう。

決勝トーナメント初戦の相手が南アフリカ、というのも(ニュージーランドとかエディ・ジョーンズ率いるイングランドとかと対戦するのに比べたら)、まだ多少なりとも「さらに上」に向けた希望を与えてくれる。


・・・と、型通りの戦評を書いた後では蛇足になるが、個人的には、「日本が勝つ」ということが、目の前で素晴らしいラグビーを見せてくれていたスコットランドの「1次リーグ敗退」を意味する、ということを頭の中で消化しきれないまま、この1次リーグ最後の試合をテレビで眺めていた。

これまでに戦ってきた相手は、目下世界ランキングは高いがよく知らないアイルランド、元々互角以上の戦いはできる相手だったサモア、格も実績も日本を下回っていたロシア。
一方、スコットランドは、言わずもがな、30年前、宿沢広朗監督率いる日本代表が秩父宮で「歴史的勝利」を挙げた相手。当時の興奮を体感し、しかもその後対戦するたびに”倍返し”以上の報復を食らい続けてきたシーンを目の当たりにしてきた者としては、やっぱり特別な思いがある*4

他のグループに入っていれば、手堅く勝ち上がったチームだろうし、試合日程や対戦する順番がちょっと変わっていれば、全く違う結果になった可能性は十分にあると思うのだけれど、それもまた「4年に一度」の運。

こうなってしまったら、せめて「スコットランドを蹴落としたチーム」という名に恥じないような開催国の快進撃が一日でも長く続くことを願うのみである。

これもまた、ベタだけど・・・*5

*1:しかも、試合がなくなれば日本代表の史上初のの決勝トーナメント進出が自動的に決まってしまう、という状況の下で・・・。

*2:どことは言わないが、この状況だったら早々に主催団体にプレッシャーをかけて「試合中止」にしてしまう開催国だってあっても不思議ではないわけで、そんな中、前日の博多のアイルランドサモア戦も含め、きっちり試合をして決着を付けるフェアさはさすが、である。

*3:昨年のサッカーW杯のポーランド戦で0-1で自軍ボール回しを続けたシーンとも重なるのだけど、「勝ち上がるチーム」だからこそ、の戦術だけに、しびれるものではある。

*4:2015年の大会の時は、勝敗度外視でグレイグ・レイドロー選手のキックの美しい軌跡に見とれてしまっていた。4年前ですら「勝てる相手」とは思えなかったのはもちろん、「勝ってよい相手」とすら思っていなかったところはある。

*5:世代的に共通する感覚だと思うのだが、「日本のスポーツ(特に蹴球技)は国際舞台で通用しない」という固定観念を子供の頃から刷り込まれてきたこともあって、「開催国」の利を生かして勝ち進む、ということに対しては、どうしても居心地が悪い。2002年のサッカーW杯の時は、それでも「さすがにトルコにくらいは勝ってくれ・・・!」と思ったものだが(それゆえ負けた後のトルシエ監督のコメントにも憤激した者の一人ではあるが)、その後の共催国へのバッシングを見て、「負けといてよかったな」と思ってしまったようなところもあり、その辺は「強い日本」が当たり前の世代の人たちの感覚とはちょっと違うのかな、と思ったり・・・。

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