「所有」がリスクになる時代

台風19号は日曜日の昼には温帯低気圧になって消えたが、残した爪痕は日を追うごとに大きく伝えられるようになってきている。

特に堤防が決壊し、広範囲にわたって水に浸かってしまっているエリアは、地元の人間でさえ今日くらいからようやくおそるおそる家に戻れるようになった、というような状況のようだから、死者・負傷者の総数も含め、被害の全容を把握できるまでにはまだまだ時間がかかるだろう。

今回、自分にとって特別だった地域が、もっとも被害が大きかった場所の一つとして取り上げられているのは何とも苦しいことで、飛んでいきたいのはやまやま、でも行ったところで役に立てることもなさそうだ、ということで、「3・11」の時とはまた次元が異なる悶々とした思いを抱えながら、ここ数日過ごしている。

そして、事前に想定されていたよりは小さめの被害で収まった感のある首都圏でも、人気のあった住宅街で浸水被害が発生する、というニュースが連日流れている。

衝撃から数日経ったこともあって、今日くらいからは「そうはいってもハザードマップで想定されていたとおりじゃないか、ちゃんと備えをしていない方が悪い。」といった論調の記事等もチラホラ出ているようだし、当事者ではない”外野”からの意見としては、それもまさに正論、ということになるのだろう。

ただ、実際にその場に土地なり建物なりを所有して居住している人々にしてみれば、いかに「ハザードマップ」等で自分の居住エリアのリスクが高いと判定されたとしても、リスクが顕在化する一歩手前まではそこに留まりたいと思うのは当然のことだし、ましてや、土地建物を手放して安全なところに移住する、という選択肢など、そう簡単に取れるはずもない。

長年そこに居住して、堅固な生活圏を築いている人々にとって「移住」は人生の一部の喪失に他ならないし、逆にここ数年で不動産を購入した人にとっては、「移住」は人生の破綻(特にローンの支払いに追われている人にとっては・・・)につながりかねないリスクをはらむ。

万に一つのリスクが顕在化し、現実に土地や建物に大きな被害が出てしまった以上、考えを改めて動き出す人もボチボチ出てくるだろう。

それでも、「次に同じような災害がいつ来るのか、また来るかどうかすらわからない」という発想の下、住んでいた場所が一通り復旧したらそのまま住み続けるのが一番、と考えている人は決して少なくないと思われる*1

そう、土地、建物を所有する、ということは、それだけ「重い」ことなのだ。


将来的な価格高騰など望むべくもない今の状況だと、都会の土地建物は、ローンを完済して取得コストの「元」を取るまでは、長年手放せずに持ち続けるしかないのが実情だし、取得コストが低い地方の土地・建物も、引き取り手が乏しく、かといって簡単に所有権を放棄して手放すことも許されないのが今の世の中だから*2、どっちにしろしばらくは手元に置くしかない。

かつては、「不動産を所有する」ということが人生の一種のステータスのように言われていたこともあったし、今でもまだその固定観念に縛られている人を時々見かけることがある。

だが時代は既に「令和」。「土地神話」は既に消えて久しく、一方でここ数年の異常気象の頻発等もあって、「災害のリスクを気にせず、安心して居住できるエリア」というのはだんだん狭まっている。

都市部の爆発的な人口増加に対応するため、災害のたびに泣かされ、人が住むにはちょっと・・・という場所にまで開発の恩恵を与え、高層マンションをどんどん立てて居住者を増やす方向にもっていく、というのが昭和から平成にかけての発想だった。それまで「陸地」ですらなかったところまで開発して人を住ませる、そんな時代でもあった。

しかし、ここ10年近く言われている震災リスクに加えて、風水害リスクに関しても「首都圏も例外ではない」ということがはっきりしてしまった以上、これからは到底それまでのようにはいかないだろう。

輝かしい「ステータス」がトランプの「ババ」になり、皆が欲しがったものが誰かに押し付けたくなるものになる時代。

そんな不毛なババ抜きに巻き込まれないようにするためには、「所有しない」という選択がもっとも合理的

そして、そういう方向に世の中の価値観が変わっていって初めて、効率的な土地活用とか、合理的な都市計画、そしてリスクを回避するための防災計画といったものが機能するようになる、と自分は思っている。

*1:そもそも、これだけの被害の直撃を受けた以上、居住していた物件を購入時よりも価値を落とさない状況で第三者に売って出ていく、というのは至難の業だから、結局、売りたくてもそのまま不動産を持ち続けざるを得ない、という人は決して少なくはないはずだ。

*2:この点に関しては不動産法制の見直し議論も進められているところだが、簡単に「放棄」できる方向にはなかなかいかないだろうな、というのが自分の見立てである。

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