最近の法律雑誌より~2019年11月号(ジュリスト、法律時報)

先月は慌ただしさにかまけて思いっきり飛ばしてしまったこの企画だが、今月は刺さる記事、特集が多かった、ということもあって復活させてみる。
特に読んでおきたいのは「ジュリスト」だろうか。

ジュリスト2019年11月号(1538号)

ジュリスト 2019年 11 月号 [雑誌]

ジュリスト 2019年 11 月号 [雑誌]

◆特集「同一労働同一賃金」の今後

いわゆる働き方改革関連法が成立したのはもうずいぶん前のことのような気がするし、残業規制強化や有休取得義務化等は既に施行されているのだが、「同一労働同一賃金」は来年4月1日の施行を控え、大企業にとっては最後に残された難題。さらに、最高裁判決とその後の下級審裁判例をめぐって、労働契約法20条をめぐる解釈論がさらに盛り上がっている、というタイミングだけに、実に時宜を得た特集だと思う。

改正の方向性に関しては、「同一労働同一賃金」という派手なキャッチフレーズが気になって途中まで追いかけてはいたものの、最後まぁまぁグジャグジャの状況で法案成立、という流れになったこともあり、「労働契約法20条って、新パート労働法(正確には「短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律」)に移るんですね」と今さら知るような状況だった。

だが、本号の特集では、冒頭で東大の荒木教授が、

「今回の働き方改革では『同一労働同一賃金』を導入するものとして議論が展開されたため、それがいかにして、『不合理な待遇差解消』規制へと落着したのか、判りにくい面がある。成立した法改正の内容を正確に位置づけるには、今回の法改正論議のプロセスにおいて、『同一労働同一賃金』導入論に重要な内容の変遷があったことを踏まえておく必要があるように思われる。」(15頁)(荒木尚志「『同一労働同一賃金』の位置づけと今後」ジュリスト1538号14頁以下)(強調筆者、以下同じ)

と改正の経緯を追いかけた上で、「同一労働同一賃金ガイドライン」(「短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者に対する不合理な待遇の禁止等に関する指針」)の表現と「不合理な待遇差」禁止の改正趣旨との整合性を問いかける。

そして、その後に掲載された座談会、山川隆一[司会]=安藤至大=神吉知郁子=佐藤博樹「座談会『同一労働同一賃金』と人事管理・雇用システムの今後」ジュリスト1538号18頁以下における踏み込んだ議論は、果たしてこの先何が起きるのか、ハラハラさせるような内容になっている*1

一番気になる点は「法規制の役割」に関する、

「合理性までを厳しく要求することで、むしろ社会的に不合理な状態が誘発される事態もあり得ます。」(37頁)

という神吉准教授の発言とその前後の議論。

そして、全体的に”手厚く”する方向に持っていくことが難しい以上、今後出てくる可能性は、その後に続く論稿で富永教授が指摘する「雇用形態差別は雇用コース差別に変容し潜伏化しかねない」(44頁)(富永晃一「正規・非正規格差是正規制の法的位置づけ」ジュリスト1538号38頁以下)という懸念の現実化か、あるいは、これまで過剰なまでに優遇されてきた「正社員」の待遇の削減*2のどちらかではないか、と思うところではあるのだが、いずれにせよ、これから起きるかもしれないことに備えて頭を整理するには、非常に優れた特集企画だと思われる。

◆連載・新時代の弁護士倫理 第11回 弁護士懲戒と弁護士自治

いつも、いろいろと世代によって評価が分かれそうなコメントが多いこの企画だが、今回もテーマがテーマだけに、なかなか痺れるコメントが多い。

特に、懲戒処分の傾向に関し、「Ⅲ.若手弁護士特有の傾向はあるか」(76頁~79頁)というところで、懲戒委員経験のあるベテラン弁護士が指摘する内容をどう受け止めるか、は、様々な意見があるような気がする(「若手」特有の問題としてひとくくりすることの是非も含めて)。

例えば、

「若手弁護士の非行の傾向とその原因は、依頼者のために熱心にやろうとする意識に加え、事件獲得・顧客維持競争という部分もあり、無理なことをやったり、相手方を含む第三者の利益を侵害するようなことをやったりしてしまうという傾向は、やはりあると思います。」(山口健一弁護士発言、77頁)

といったコメントや、

「若い弁護士は、社会には悪い人がいるということに対する免疫がない。そのために、事件屋・紹介屋の餌食になってしまうわけです。」(高中正彦弁護士発言、77頁)

といったコメントのあたりだろうか*3

また、後半の「弁護士自治にとっての脅威」の話に関しても、単に憂いているだけでは仕方なくて、やるべきことをきちんとやる、という方向で議論する必要があるよね、というのが素朴な感想である*4

国家の統制下にある他士業と比べたときに、いかに「弁護士」という資格が恵まれているか、ということは、(他士業におけるあれこれを見る中で)自分も如実に感じているところだけに、この部分は本当にもう少ししっかり議論してほしいな、と思わずにはいられない。

その他の記事

判例評釈の中では、「知財判例速報」で、知財高判令和元年6月7日(メディオン・リサーチ・ラボラトリーズ対ネオケミアほか)の大合議判決*5について、判旨とその意義を丁寧に紹介されている飯田圭「侵害利益・推定覆滅と実施料相当額の算定式・考慮要素」ジュリスト1538号8頁は、必読と言えるのではないかと思う。

また、先月号から始まったらしい「BOOK TERRACE」(73頁)は、毎月、書店ごとのその月の法律書TOP10とお勧めの一冊を掲載する、という企画のようだけど、個人的には凄く好きなタイプの企画である。

長年愛用していた書店の法律書コーナーが年々縮小(あるいは書店ごと撤退)の憂き目にあっている中、まだ生き残っている元気な、そして意欲のある書店に少しでも光が当たるように、と自分は願ってやまない。

法律時報2019年11月号(91巻12号)

法律時報 2019年 11 月号 [雑誌]

法律時報 2019年 11 月号 [雑誌]

こちらについては、まず、時事的なトピックから。

法律時評

いつも楽しみにしている「法律時評」のコーナー、今月は、租税法の神山准教授のアグレッシブな論稿(神山弘行「消費税の見方-暗黙の前提とレトリック」(1頁以下))である。

自分も「消費税の逆進性」という根拠なきデマに辟易している側の人間だけに、よくぞ書いてくれた、という感は強いのだが、軽減税率批判も含め、次々と繰り出される以下のようなシニカルなコメントが、いかにもこのコーナーにふさわしい雰囲気を演出している。

「消費税の逆進性を主張する者は、消費・保有資産・生涯所得ではなく「単年度所得」が参照対象として適切なのかの論拠を明示的かつ説得的に提示してくれているのだろうか。もし、多くの個人が消費課税の評価に際し「単年度所得」をアプリオリな評価基準として設定しているのであれば、どのような認知メカニズムが影響しているのであろうか。興味は尽きない。」(2頁)

「(軽減税率の)肯定派は短絡的な存在ではなく、むしろ錯覚を政治的に活用している可能性もある。肯定派の一部は、懐疑派の議論を実は理解した上で、表向きは(世間の理解を得やすい)低所得者対策を唱えつつも、内心は(世間の理解を得がたいが自己の利益に繋がる)高所得者の負担軽減を志向している可能性も否定できない。」(3頁)

実に正論。そして、国家経済が完全に破綻してしまう前に、租税法学者の声にきちんと耳を傾けてもらいたいものだな、と思わずにはいられない*6

あと、時事ネタといえば、小特集が「続・洪水リスクをめぐる法的仕組みの現況と課題」(54頁以下)というのもタイムリー過ぎるところはあって、河川管理の話にしても、保険の話にしても、毎年この国のどこかで起きる話になってくると思うだけに、スピード感をもって政策に取り入れてほしいものだと思わずにはいられない。

法曹養成制度の岐路

今月は、宮沢神戸大名誉教授の論稿(宮沢節生「司法試験予備試験の機能」(94頁以下))だが、この執筆者のお名前を見ただけで方向性は想像がつく。

宮沢名誉教授は、

「予備試験はまさに”The elephant in the room" なのである。」(94頁)
法科大学院制度が無制限の予備試験という地雷が待ち受ける路線を走りだしたのはこのときからであって、「法曹養成制度の分岐点」は、じつはこの時点にあったのだ」(96頁)

と、現在の司法試験制度を議論していた2002年にまで遡って恨み節をツラツラと述べられている。

この論稿の中で指摘されるまでもなく、予備試験合格者の最大のグループが「記憶力に優れた若い大学生」であり、「法科大学院生」がそれに続くグループを形成していることは紛れもない事実なのだが、そこから

「現在の予備試験は、大学生と法科大学院生のために、社会的・経済的弱者や実務経験者の機会を奪う機能を果たしているのである。」(99頁)

という結論を導くのは非常に短絡的だし、さらに進んで「予備試験の受験資格制限」という話に持っていくのも無理がある。

そもそも、授業料免除や奨学金制度の充実、という事実をもって、(キャリア開始の遅れやキャリアの中断がもたらす経済的マイナス効果を念頭に置くことなく)法科大学院入学への経済的制約は、そもそも著しく低下しているのである」(97頁)と言い切ってしまう感覚をお持ちの方々が法科大学院制度を唱導されていた、というところに、今に至る失敗の原因の多くがある、と思ったのは自分だけだろうか。

その意味で、歴史を振り返るための論稿として、批判的に目を通す意義はあるように思った次第。

なお、来月の法律時報はいよいよ恒例の「学会回顧」ということで、今年も終わりに近づいていく流れをひしひしと感じるところである。

*1:座談会、というよりは、参加者がそれぞれの立場で強烈な一人語りをしている(特に安藤教授・・・)印象もあるのだが、それはそれで読み応えはあるし、その分、コメント短めの山川教授、神吉准教授の法学者としてのバランスが光る構成だな、と個人的には思っている。

*2:前記座談会の中でも、安藤教授や佐藤教授が「正社員の通勤手当」の問題を指摘している(23~24頁)。

*3:こういった指摘の後には必ず「OJTの機会が・・・」みたいな話も出てくるわけだが、じゃあ上の世代の人たちが皆が皆、完璧なOJTを受けてやってきたのか、と言えばそんなこともなかろう、と。以前との違いを挙げるなら、法曹選抜システムの変化によって「まっすぐな」人が若くして弁護士になりやすくなった、ということと、世の中(依頼者も相手方もそれを取り巻くメディア等々も)が些細な事で過敏に騒ぐようになった、ということの方が大きいような気がする。

*4:その意味で「弁護士同士の任意団体でできることと、弁護士会がやらなくてはいけないことをちゃんと切り分けて、適切な規模や会費体系を作っていかなくてはいけないと思います」という発言に象徴される山口健一弁護士のコメント(84頁)に個人的には強く共感するのだが、掘り下げられる前に別の話題に移ってしまったのが残念である。

*5:当ブログでの紹介記事は、これが「限界利益」説の到達点なのか? - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~

*6:ちなみに来月のジュリストの特集は「消費増税の理論的検討」である。執筆メンバー的にも今から楽しみ・・・。

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