全く同感、な英国発のコラム。

今やJAPANの日経新聞の傘下に入っている英国の名門紙、フィナンシャル・タイムズ

そんな関係もあって、彼らのコラムが日経の紙面を飾るようになって久しい。

そういったコラムの多くは、いかにも英国的な、”知的面倒くささ”(笑)に満ちていて、一見するとベタな書生論のように見えるものや、「日本人にそれを言われても困る・・・」といったものも多いから、平日だとよほど余裕のある時でないと読み飛ばすことが多いのだが*1、さすがにこのテーマだと読み飛ばすわけにはいかなかった。

知財「ただ乗り」は悪か」

チーフ・エコノミクス・コメンテーターのマーティン・ウルフ氏の署名記事。

そして、時々「経済教室」に載る「知財戦略大事」「知財権保護強化大事」というトーンとはほぼ真逆、の内容である。

「今の知財権保護の枠組みはいい点もあるが、あくまでも相対立する関係者を巡る不完全な妥協でしかない。常に一方の利害関係者、つまりその時点で発明を独占している側の企業ばかりが有利となる。ノーベル経済学賞受賞のジョセフ・スティグリッツ氏はさらにこう指摘する。誰もが使える新しいアイデアの数を減らし、「共有すべき知識」を囲い込んで知財権の枠組みを強化すれば、イノベーションの低下だけでなく、イノベーションへの投資の低下という深刻な事態を招く。つまり、ただ乗りできる機会というのは、極めて重要なのだ。」(日本経済新聞2019年11月22日付朝刊・第6面)

なぜか日本では表舞台で取り上げられる機会が少ないのだが、こういった警鐘は世界中のあちこちで鳴らされていて、これ自体はそんなに珍しい主張ではない。

ただ、興味深いのは、この記事が今の「米中対立」の状況を踏まえて書かれているものであるということ。

そして、知的財産権に関する考え方だけでなく、今の、そしてこれからの中国という国家に対する認識も、自分が今思っていることとかなり重なるな、と思ったのが、ここでこのコラムを取り上げた理由である。

以下、少し長くなるが、示されている4つの「結論」を紹介する。

第1は、今の知財権は倫理的にも経済的にも絶対のものではない。一つの妥協にすぎない。今の知財権保護が過剰だとみる向きもある。著作権保護の期間はあまりに長く、特許の取得は簡単すぎ、これが独占状態を助長する
第2に、中国が最も優れた技術を入手したいと考えるのは不可避だし、それは長期的には世界全体にとってもプラスになる可能性が高い。いずれにせよ技術流出は避けられないし、技術やノウハウの普及を止めることはできない
第3に、中国は既に世界最先端を行っている部分がある。そのため自国の利益確保のために知財権保護への関心を強めている。従って、これが中国とその関係国が新たな合意への道を開く土台となるはずだ。長期的には、いろんな発明や技術革新がこれまで以上に中国と他の国々の間を行き来するような時代が来ると考えるべきだ。
最後に、先進国は保有するノウハウの保護に執着するのをやめ、イノベーションを持続させるためのリソースや仕組みの構築に力を入れるべきだ。既存の知識は拡散するに伴い価値が下がるため、さらなる進歩が不可欠だ。知財権保護はそうした進歩を遂げるための部分的な解決策でしかない。ハッキングなどを含めた技術の盗用に対し、過大な対策を講じると、今後の技術の発展を妨げることになる
(同上、強調筆者)

まさに、最近の暴走気味の知財政策を担当している某省庁の関係者に繰り返し言い聞かせたくなるような含蓄ある言葉だし、日本の数々のメディアが、海外紙のコラムの紹介という形でしかこういった意見を紹介できていない、というところにも、考えるべきことがいろいろとあるように思う*2

ちなみに、上記のコラムの中では、いかにも大所高所から物事を捉えるトラディッショナルな英国人らしく、「中国がさらに進歩すれば皆ハッピー」というような論調で穏当にまとめられているが(第3のくだり)、個人的に一番怖いと思っているのは、今、米国に「知財権を軽視している」「情報を盗んでいる」とバッシングされている中国が名実ともに世界市場で技術覇権を握った時(そして、その時は、もうそう遠くない時期に迫っている)であり、中国が他国に対して「知財権保護」を声高に唱え始めた時にどうなるか、ということ。

「盗まれるリスク」より、「盗み返せないリスク」の方が現実的になっている時代、やみくもに強化した様々な法制度がブーメランのように自国企業に襲い掛かってくる・・・

そういった想像力まで働かせた上でないと、もはやこれからの知財政策は語れないだろう、と思う次第である。

*1:おそらく、当たり前のことを書いた記事を載せてもつまらない、という日経の編集方針に基づくものだろうが、いささか刺激的なものが多すぎる気がする。

*2:著作権に関しては、権利者/利用者双方の意見が取り上げられるようになってきているが、自分は、著作権以上に特許権独占の弊害の方がはるかに大きいと思っているし、日本がもはや技術先進国ではなくなりつつある今、その弊害はより大きくなっているような気がしている。

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