今年を回顧するにはまだちょっと早いけど。

本当にいろんなことのあったこの一年。

ここからの10日ちょっとで何があるか分からないから、まだ振り返るには早いのだけど、日経紙の「TOKYO2020」面に載っていたプロランナーの一言が、自分の今の素直な感覚にすごくフィットしたので、ここに引用して残しておくことにしたい(日本経済新聞2019年12月20日付朝刊・第37面)。

「今までやりたくてもできなかったことが仕事としてできる。好きなことを仕事にするのはこんなに心が豊かになるのだと感じています。」

先日の防府読売マラソンに福岡国際からの中1週で臨み、見事100回目の完走を果たした川内優輝選手の至言である。

彼が「公務員ランナー」として存在感を発揮していた時期は、自分が「社員弁護士」だった時期とほぼ重なる。

比較するのもおこがましいくらいスケールの大きな世界で戦ってきた選手を自分に重ねるなど失礼極まりないのは承知の上で、それでも、実業団所属の「(セミ)プロ」ランナーと同じレースに出て、時に国内最高峰の、あるいは海外の大舞台で彼らを凌駕する戦績を残す川内選手の走りを自分もずっと応援してきたし、時折飛び出すコメントから何となく伝わってくる”もどかしさ”にも共感できるところは多かった。

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だから、今年の4月、どこの企業にも属さない「名実ともにプロ」、という道を彼が選んだ、というニュースが流れた時は心底びっくりしたし、それがまた筆者自身の転機とも見事に重なった、ということに苦笑いしたりもした。

でも、冒頭に引用した一言を読んで、世界は違えど、やっぱり共通するものはあったんだろうな・・・と。


企業法務の世界で本当に通用するスキルを身に付けたければ、周りに弁護士しかいないような環境でぬくぬくしていないで、一日でも早く、まず企業に飛び込め、というのが自分の持論だし、それは今でも変わらない。

そして、その後には、飛び込んだからには、多少苦い水を飲まされようが、業界で、あるいは業界の枠を超えて、そして社内では法務の枠を超えて「不動のエース」として認められるようになるまで10年、20年戦え!という檄ももれなく付いてくる。

ただ、力のある者であればあるほど「会社の枠」が窮屈になってくるし、ポジションが上がれば上がるほど「自分のやりたいこと」と「やらなきゃいけないこと」のギャップも質的に異なってくることは避けられない。

だからこそ、飛び出してフリーになって、自分の腕と看板だけで、本当の意味での『仕事』ができるようになったときの喜びは何よりも大きいわけで・・・。


せせこましく自分のことだけ考えれば、資格を手に入れてこれから社会人として一歩目を踏み出す、という人たちには、会社での経験など踏まず、ありふれた「法律事務所での経験」を積んでもらった方が、先々の商売敵が減るので良い、ということになるのだろう。

ましてや、長年会社の中で身を削りながらも血肉となる経験を身に付けてきた能力の高い人たちには、そのまま会社の中で汗をかき続けてもらっていた方がどれだけマシか。

だがそれでも、この快感を一度味わってしまった者としては、「10年、20年中で働いたら一度外に出てみてもいいんじゃない?」と勧めざるを得ないかな、と。

自分にだって、先立つ不安とか、そういうものが全くなかったわけじゃない。

でも、やってみたら、そんなものは、誠実に、地道にやっている限り、いつのまにかクリアしてお釣りがくる世界なのだ、ということも、合わせて付け加えておくことにしたい。

「こうして僕らの心は今勇者になった この広い空の下で 迷いながらも共に生きよう」♪「Graceful World」詞・持田香織より♪

そんな感じで。

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