年末になってようやく・・・の「情報システムモデル取引契約書」改訂

2019年もあとわずか、そして年が変われば改正民法施行までたったの3か月・・・という状況の中、注目されていた経済産業省筋の情報システム・モデル取引・契約書(改正民法対応版)がようやく公表された。

情報処理推進機構IPA)は24日、2020年4月の民法改正を踏まえて改訂したシステム開発に関する契約書のひな型を公開した。同ひな型を活用することで、ユーザー企業とITベンダー(システム開発会社)はシステムにバグが潜んでいた場合の責任分担といった民法改正に伴うリスクを減らせる可能性がある。」
経済産業省が07年に公開した「情報システム・モデル取引・契約書」のうち、民法改正に直接関係する点を見直した。ひな型はIPAのウェブサイトから無償でダウンロードできる。改訂版はユーザー企業やITベンダー、業界団体、法律の専門家といった有識者の議論を踏まえて作成した。」
(日経クロステック2019年12月25日13時35分配信/システム開発のモデル契約書を改訂 民法改正に対応 :日本経済新聞、強調筆者、以下同じ)

ソースは以下のリンクとなる*1

www.ipa.go.jp


今年に入ってから既に、民法改正に対応したシステム関係のモデル契約書の改訂版として、一般社団法人情報サービス産業協会*2]や、一般社団法人 電子情報技術産業協会*3の作成した資料は既に公表されていたのだが、これらの団体が出す資料はどうしてもベンダー色が強いものだから、数だけで言えば世の中の多数を占める「発注側」の立場からは、どうしてもバイアスがかかったものに見えてしまう。

もちろん、記されている考え方にはシステム開発以外の請負契約にも援用可能なものが含まれているし、交渉で対峙した際の相手の手の内を知る、という観点から、発注側にとっても非常に貴重な資料ではあるのは間違いないのだが、他の考え方も示してほしい、というニーズは当然存在した。

そんな中、満を持して公表されたのが、今回のIPAの解説と改訂契約書雛型、ということになる。

元々、ベースになっている経産省の2007年「情報システム・モデル取引・契約書」が、本当に中立的なものといえるのかどうかは疑問の声も呈されているところであり*4、今回の発表の中で、いかに「ユーザー企業、ITベンダー、業界団体、法律専門家の参画を得て議論を重ね、中立的な立場でユーザー企業・ITベンダーいずれかにメリットが偏らない契約書作成を目指しているところが特長です。」と強調されたところで、半信半疑・・・という人は多いかもしれない。

しかし、少なくとも今回の改正対応に関しては、解説等を読む限り、「中立」的な思想で行われた、といっても良いのではないか、というのが自分の素朴な感想なわけで*5、以下、今回挙げられた見直しポイントに触れつつ、思うところを述べてみることとしたい。

民法改正に対応した」見直し項目

今回のペーパーで挙げられている「民法改正に対応した」見直しを項目で整理すると、以下のようになる。

1 契約不適合責任
 1)有償契約における規律の一本化
 2)「瑕疵担保責任」から「契約不適合責任」へ
 3)契約不適合責任に基づく救済手段
  ① 「修補」から「履行の追完」へ
  ② 報酬減額請求権の追加
  ③ 債務不履行一般の損害賠償請求及び解除の規定の適用
  ④ 契約不適合責任の期間制限
2 請負契約及び準委任契約における報酬請求権に関する改正
 1)請負契約の報酬請求権に関する規律
 2)準委任契約の報酬請求権に関する規律
  ① 成果報酬型の追加
  ② 中途で委任事務が履行できなくなった場合の報酬請求権の帰趨

ペーパーの性質上、改正の趣旨について長々とした解説が加えられているわけではないが、基本的には『一問一答』*6をベースとした理解の下で書かれており、当然ながら「契約の趣旨・目的」がどうのこうの、といった点が強調されていることもない*7

そして、挙げられた項目のうち、「実質的な変更」と受け止められているのは事実上1の3)①~④だけで、それ以外の項目に関しては、用語のみの変更(「瑕疵」→「契約不適合」)、あるいは「モデル契約で一律に決めることは必ずしも適切ではない」(報酬請求権、20頁)としてあえて対応した条項を置かない、という対応に留めている。

一方、1の3)①~④に関しては、これまでに公表されたJISA、JEITAのモデル契約書と同様に、実質的な改正内容を踏まえた修正が試みられている。

例えば、「修補」→「履行の追完」となった点については、

「改正後民法第 562 条では「目的物の修補、代替物の引渡し又は不足分の引渡しによる履行の追完」となっているが、「代替物の引渡し又は不足分の引渡し」についてはシステム開発における「履行の追完」として必ずしもそのまま妥当するものではなく、一方で、契約不適合状態を解消するための「履行の追完」としては修補に必ずしも限られるものではないと思われるところから従前の文言を活かしつつ「修正等の履行の追完」としている。」(8頁、強調筆者、以下同じ)

といった修正を加えているし、損害賠償請求や解除についても、これまでの規定を生かしつつ、新たに規定を設けるという対応が行われている。

方向性としては、「注文者に不相当な負担を課すものでなければ、請負人において履行の追完方法を選択することができるとされる。」という562条1項ただし書きの規定や、損害賠償請求の要件として帰責事由があることが必要となった、といった点はそのまま反映する一方、、「契約不適合責任に基づく解除は、契約の目的を達することができないことを要件の軸とし・・・」(10頁)とするなど*8、やっぱりベンダー寄りじゃないか!と思わせる面があることは否定できない。

ただ、JEITAのモデル契約では明示的に排除された「報酬減額請求権」について、

「今回の見直しでは、契約上に報酬減額請求権を積極的に盛り込むことはしないこととした。これは報酬減額請求権を排除する趣旨ではなく、その行使の要件・効果については民法の規律に委ねられることとなる。」(9頁)

と述べた点などは、相対的にフラットだな、という印象も与えてくれる。

また、目下、多くの関係者の一大関心事になっている「契約不適合責任の期間制限」に関しては、現在の「引渡しから1年」(検収完了時から1年)という規律と、改正民法下での「契約不適合を知った時から1年」という規律をベンダー、ユーザー双方の立場から比較検討した上で、

「仮に改正前民法における瑕疵担保責任の存続期間である 1 年よりは長くなり得るとしても、契約不適合責任の期間制限の起算点は、民法改正にかかわらず、検収完了時に設定することが適切ではないかと考えられるので、今回の見直しにおいても、外部設計書の確定時/本件ソフトウェアの検収完了時という起算点については維持することとした。」*9
「改正後民法においても、上記の通り、民法第 637 条第 2 項では請負人が引渡しの時又は仕事の終了時に目的物の契約不適合を知り、又は重過失により知らなかった場合は、期間制限の適用がないとされていることから、モデル契約においても同項に準じて、この場合には期間制限を適用しないこととした。」
基本的な注意義務を尽くしていれば容易に回避することが可能であった契約不適合についてまでベンダに免責的な効果を享受させることは、怠慢なベンダを保護することになり望ましくない。(略)今回の見直しでは、民法第 637 条第 2 項に準じた場合に加え、ベンダに契約不適合を生じさせたことについて故意または重過失がある場合についても、契約で定めた期間制限を適用しないこととした。」
「今回の見直しでは、ソフトウェア開発業務において、契約不適合責任の存続期間が比較的短期に設定された場合等において、ユーザ及びベンダの合意によって、検査によってユーザが当該契約不適合を発見することが、その性質上合理的に期待できない場合についても、検収完了時からの期間制限は適用されないこととする条項をオプションとして追記することとした。」
(以上12~13頁)

といった細かい配慮を行い、さらに、

「現行の第一版では、改正前民法において瑕疵担保責任の存続期間が客観的起算点から 1 年であることを念頭に、契約においても 1 年以内の期間が設定されることを想定していたが、どのようなシステムを作るのか上記の事項も含めた共通理解の結果、ユーザ・ベンダ間で決したその存続期間が、改正後民法の下で客観的起算点から最長 10 年になることも踏まえて 1 年以上の長期になることも十分考えられることから、今回の見直しでは「〇ヶ月/年」として、その旨を明らかにした。」
「もっとも、検収終了時から比較的長期にわたってユーザが責任追及できることとした場合においても、ユーザが契約不適合を発見した後にはやはり早期に是正のための行動を起こすことが望まれる。そこで、仮に検収完了時から契約不適合責任の存続期間が長期になる場合には、併せて主観的な起算点からの行使期間を設けることができる手当を行った。」
(以上15頁)

と、「1年」以上の期間になることも見込んだ対応を行っている点も、比較的バランスが良いように感じられるところである。

もちろん、(繰り返しになるが)何だかんだいいつつもベンター有利な条件は変わらないじゃないか、と言いたくなるところもあるし、「当事者の交渉力が対等」という前提の「第一版」だけでなく、よりユーザーに肩入れする必要が高い「追補版」についても同じスタンスで改正民法対応を行っている(23頁)点などは、苦笑いしたくもなるところだが、両方向から出されていた意見をしっかり紹介するなど、「中立性」を担保しようとする努力は随所に滲み出ている。

ユーザーにしてみれば、これでもなお完全に依拠するわけにはいかない代物で、いざ協議となれば、「自分たちで一番守りたい条件」を前面に出して、自分たちの頭で考えた案をしっかり書き込んでいくしかない、ということになるのかもしれないが、膠着した場面で「これ以上は戻れないライン」として使う分には、今回公表された解説・モデル契約も有効だと思えるだけに、以上、早めにご紹介させていただいた次第である。

*1:改訂趣旨の解説そのもののリンクはhttps://www.ipa.go.jp/files/000079617.pdf

*2:[https://www.jisa.or.jp/publication/tabid/272/pdid/30-J002/Default.aspx

*3:https://home.jeita.or.jp/cgi-bin/page/detail.cgi?n=1124&ca=1

*4:Business Law Journal2019年12月号の座談会(「法務担当者が知っておくべきシステム開発紛争の要点」)で飛び出した上山浩弁護士の「私は、2007年にモデル契約書の第一版を作成したときの委員でしたけど、非常にベンダ寄りだと考えています」(20頁)という発言は実に象徴的である。すかさず平野高志弁護士(今回の「モデル取引・契約書見直し検討部会」においても主査を務められている)から反論が飛び出したものの、同じく2007年に関与されていた野々垣典男氏から再度「ベンダ側に押されたかなという部分があるのは否めないですね。」と切り返されている。

*5:もちろん、元々ベンター寄りの契約思想になっている、と考えるなら、改正対応が中立的でも依然としてベンダー有利な契約書雛型になっていることに変わりはないのだが・・・。

*6:筒井健夫=村松秀樹編著『一問一答民法(債権関係)改正』

*7:この論点にかかる実務上の「解釈論」に関しては既に決着がついたというのが自分の認識だが、それでもなお「システム開発契約の『目的』を契約書に書きまくれ~」と叫ぶ方がいらっしゃるようなら、朝までとことん討論して差し上げようかと思っている。

*8:この点に関しては、改正民法の下でも現民法635条の要件は「解釈」として取り込まれる、という考え方も有力だから、決して突飛な発想というわけではないのだが、改正民法の「文言に合わせる」という方向からはややズレた対応になっている。

*9:個人的には、ここで挙げられている「ユーザーにとっての検査の位置づけが軽くなり、適切な検査を行うことについてのインセンティブがなくなる」という指摘に関しては、そもそも「知った時」の主張立証責任等を踏まえるとやや言い過ぎのような気もしてならないのだが・・・。

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