「証券取引市場改革」は幻だったのか?

数日前から出るぞ出るぞ~と、ざわざわしていた証券取引所の上場区分の「改革」問題だが、遂に「令和時代における企業と投資家のための新たな市場に向けて」という副題の金融審議会市場ワーキング・グループ市場構造専門グループ報告書(案)が公表された。

www.fsa.go.jp

この話、既に上場している新興・中堅企業にとっては極めてセンシティブな問題である上に、東証有識者懇談会で議論されている過程で野村HDグループ内の”情報漏洩”が発覚して大騒動になった*1いわくつきの問題だったのだが*2、今年の春に金融審議会*3に舞台を移して以降、無事にここまでたどり着けたのは何よりである。

で、肝心の内容についてだが、日経電子版が12月24日の時点で報じた、

東京証券取引所の市場改革をめぐる金融庁の金融審議会の報告書の概要が24日、わかった。現在の1部、2部などの4市場を3市場に再編するよう促す。新たな1部(仮称・プライム市場)に新規上場するには市場で売買可能な「流通時価総額」で線引きし、100億円以上を目安として示す。現在は市場で流通していない株式も含めた時価総額で250億円以上を基準としている。世界の機関投資家にとって売買しやすい市場づくりを狙う。
日本経済新聞電子版 2019年12月24日 15時08分配信、強調筆者、以下同じ。)

という記事に接したときは、春先に話が出ていた「250億円」という数字とは異なるものの、基準を「流通時価総額」に変えたらそうなるよなぁ(むしろ厳しくなってるよなぁ)、これで一部から転落する会社も結構出てきそうだなぁ・・・と思った人も決して少なくはなかったことだろう。

ところが、翌25日朝刊での報道や、金融審議会で了承後の夕刊・翌日朝刊での報道が続く中、雰囲気は一気に変わってくる。

それを象徴するのが以下の記事。

「金融審議会は25日の会合で、東京証券取引所の市場改革に関する報告書案を大筋で了承した。最上位の新1部(仮称・プライム市場)は、現在の1部上場から降格を強いるような線引きを避ける結果となった。東証は新市場の骨子を2020年2月までに示す。金融審から議論を引き継ぐ東証が上場企業の経営改善や新陳代謝を引き出す改革に結びつけられるかがカギになる。」(日本経済新聞2019年12月26日付朝刊・第2面)

そう、今回の基準見直しがあくまで「新規上場」に関するもので、既存の上場企業に対する強制的な上場区分変更はしない、というトーンが前面に出る形になったのである。

報告書(案)*4を見てもそれは明らかで、既に一部に上場している企業や、既にマザーズ上場を果たしていてそこから一部指定替えを目指している企業に対しては「新しい基準」を適用しない、という方向性が明確に示されている。

「プライム市場に今後新たに上場する企業の時価総額に関する基準については、現在の市場第一部においては時価総額が大きくても取引されている株式が少ない銘柄もあるため、より市場における流動性に着目する観点から、単純な時価総額だけではなく、「流通時価総額」を基準とすることが適当と考えられる。なお、この機会に現在の流通株式の定義についても見直しを検討することが考えられる。」(3頁)
「現在、マザーズ市場等を経由した市場第一部への上場基準は、市場第一部に直接上場する際の時価総額よりも緩和された基準となっているが、これについても新たな基準に一本化することが適当と考えられる(注4)。」(3~4頁)
「注4 マザーズ市場等の上場企業の中には、現在の緩和された基準を念頭に既に市場第一部への上場に向けて取り組んでいる企業もある。こうした企業については、所要の規則改正(この部分は全体の規則改正に先行して実施することも考えられる。)までに申請を行った社に限り、緩和された時価総額基準に基づき所要の審査を経て市場第一部への上場を認めることが考えられる。」(4頁)

そして、その背景にある思想まで報告書(案)にはきっちり書き込まれている。

「これまでのヒアリング等を通じて、市場第一部上場企業は、上場基準の遵守や東京証券取引所によるモニタリングなどを通じて、国・地域における主要企業としてのブランドイメージが確立され、雇用や取引に当たっての信頼性・安心感を与える源泉となるなど、当該企業のステークホルダーに対して有形・無形の多大な価値を提供していることが確認された。このことは既に市場第一部上場企業に投資を行っている投資家から見ても、企業価値に反映されているのではないかと考えられる。」(5頁)

今さら何を、という感もあるが、まぁそういうことなのだろう。

ただ、それだけで良いのか、というのがここでの問題。


この報告書の冒頭で示されている、「市場改革」に向けられた問題意識は、

東京証券取引所には5つの市場区分(市場第一部、市場第二部、マザーズJASDAQスタンダード及び JASDAQ グロース)が設けられているが、各市場区分のコンセプトは曖昧であり、多くの投資家にとって利便性が低い。特に、市場第二部、マザーズ及び JASDAQ は、位置付けが重複していてわかりにくくなっている。
② 市場第一部へのステップアップ基準が低いことのほか、上場時の基準に比べて市場第一部から市場第二部への移行や上場廃止に係る基準が低いことなどから、上場会社の持続的な企業価値向上の動機付けの点で期待される役割を十分に果たせていない。
③ 多くの機関投資家ベンチマークとしているTOPIXは、市場第一部の全ての銘柄で構成されているため、投資対象としての機能性に欠けており、足元、TOPIXに連動したインデックス投資の隆盛により、時価総額流動性の低い銘柄の価格形成に歪みが生じている懸念もある。一方で、JPX日経400やTOPIX500などの指数をベンチマークとする機関投資家は少ないことから、投資対象としての機能性と市場代表性を兼ね備えた指数が存在していない。
(以上2頁)

といったもので、これらはいずれも至極もっともな話であり、個人投資家としての視点から見ても、仕事で会社にかかわる者の視点から見ても頷かされるところは多い(ただし③の是非については後述)のだが、今回の「改革」が前記のような「新規上場」に限った見直しに留まるのだとすれば、①はともかく、②、③の抜本的な改善には到底つながらないだろう。

これまで、多くの会社とそれを取り巻くステークホルダーが「(1部)上場こそ正義」という価値観で動いていて、証券取引所すら、他国の証券取引所との競争の中で、何だかんだ言って「質より数」に重きを置いていたように見える状況が長く続いていた以上、今さら”筋肉質な市場へ”といったところで誰もついてこない、だから、「新規上場の間口を狭める」という収まりの良いところで結論を出す、という発想は賢明だとは思うのだけど、そこには、他の分野の政策も含めた最近の様々な法・制度見直しの動きとも相通じるものがあるような気がして、何だかなぁ、という気分になる*5

なお、そんなこんなで玉虫色感が強い報告書(案)ではあるのだが、一応、いくつか気になった点もあるので、以下書き残しておくことにしたい。

上場基準における「ガバナンス」の位置づけ

「プライム市場に上場する企業については、我が国を代表する投資対象として優良な企業が集まる市場にふさわしいガバナンスの水準を求めていく必要がある。これについては、企業の持続的な成長と中長期的な企業価値向上をより実現していくという観点も踏まえ、今後、コーポレートガバナンス・コードなどの改訂等を重ねる毎に他の市場と比較して一段高い水準のガバナンスを求めていくことなどによってガバナンスを向上させる必要がある。その上で、プライム市場に上場する企業においては、自らの属する市場区分の選択を踏まえ、プライム市場にふさわしいコンプライの状況やエクスプレインの質などを達成していくことが強く期待される。なお、その際には、今後のデジタル化の急速な進展に伴うビジネス等の変革に対応したガバナンスという視点も重要であると考えられる。」(4~5頁)

これについては、総論としては何ら異論のないところなのだが、CGコードがどんどん一人歩きしてハード・ロー化している状況や、”正直に対応している会社がバカを見る”*6状況もあることに鑑みると、かじ取りを誤らないようにしてほしいな、と思わずにいられない。

「収益基準」の緩和?

一方で、方向性が逆では?と感じたのが以下のくだり。

「現在、市場第一部の上場基準においては、「安定的な収益基盤の確保」を求めているため、少数の例外事例はあるものの、実質的に直近決算期が赤字である企業の上場は難しいとの指摘がある。」
「一方、近年のネット系等の企業においては、初期段階において積極的な広告や人材の獲得、研究開発を集中的に行い、長期間で見た場合に、より大きな企業価値の向上を図る企業がある。これらのビジネスモデルにおいては従来の設備投資型産業のように投資対象が資産計上されないため、赤字が出やすくなるとの特性がある。」
「こうした事例について、直近の決算が赤字の場合でもプライム市場への上場を認めることができるよう基準を見直すことが適当と考えられる。その際、プライム市場へ上場するための基準に、時価総額、売上や開示などの条件を加重することが考えられる。」(5頁)

まぁ、資料の冒頭に記載されているヒアリング出席各社の顔ぶれを見回すと、こういう話が出てくることも分からないではないのだが、直近の「赤字」が将来の企業価値の向上につながる、ということを誰が確実に予測することができるのだろう?

赤字上場から大飛躍を遂げた一部のレアな成功例だけを取り上げて全体の基準を緩めたらどうなるか、ということは容易に想像がつくだけに、歓迎されるべき方向での提案とはとても言えない、と自分は思っている。

誰のための「市場改革」か?

先に取り上げた「現状の問題点」の中には、TOPIXに連動したインデックス投資の隆盛により、時価総額流動性の低い銘柄の価格形成に歪みが生じている懸念もある」という指摘があった。

確かにインデックスを構成する個々の会社の価値が適切に株価に反映されなければならない、という思想に立つのであれば、そういう考え方もあるのかもしれない。

ただ、個人投資家の目線で言うと、”偏った”銘柄で構成される日経225やJPX日経400がこの日本という国の実体経済を的確に反映しているのか?といえば、それもまた怪しいと思っていて、「雑多諸々だが最低限の上場基準だけはクリアしてオープンな環境で事業活動を行っている」2000超の会社の個々の業績を反映した指数の方が、より今の「日本」を的確に反映しているように思えるところもある。

この辺は、鶏か卵か、という領域の話でもあり*7、軽々に「これが正解」というものを導くのは難しいのだけれど、母集団が大きい方が緩和されるリスクもある、という視点は忘れてほしくないな、と思うところである。

<補遺>
なお、報告書は2019年12月27日に、金融庁から正式にリリースされている。
www.fsa.go.jp

報告書:https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/market-str/report/01/01.pdf

*1:情報漏洩の野村HD、企業風土を変えられず:日経ビジネス電子版など参照。

*2:「情報漏洩」というのも、今年の一大トピックになってしまった感はある。これまでなら当たり前に行われていたようなことでも、特定の琴線に触れてしまうと「大問題」になってしまう、という怖さを多くの人が改めて思い知らされた一年でもあった。

*3:ちなみに、金融審の市場ワーキング・グループと言えば、これも今年沸騰したネタである金融審議会「市場ワーキング・グループ」報告書の公表について:金融庁を苦々しく思い出す方もいらっしゃるのかもしれないが・・・。

*4:https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/market-str/doc/1224/01/01.pdf

*5:現在2,100超ある1部上場企業のうち、下位の数百社を振るい落とす、という話をするからいろいろとざわつくのであって、それこそ「世界中で認知されているグローバルトップ企業だけの新市場を作る」というコンセプトで上位100社を「選別」する形にすればよいのに・・・と思ってしまう。

*6:趣旨に沿った対応をしているとは到底言えないのに、堂々と「コンプライ」と宣してしまっている一部大企業の存在など。

*7:株価が発行体側の事情で形成されるのか、それとも投資家側の事情で形成されるのか、そこでいう投資家が機関投資家、年金ファンドなどか、それとも博打狙いの投資家なのか等々。

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