「違法ダウンロード」規制拡大議論の終着点?

昨年からずっとモヤモヤした状態が続いていた「侵害コンテンツのダウンロード違法化」をめぐる問題だが、ちょっと目を離している隙に、どうやら検討会の報告書がまとまったようである*1

文化庁は16日、漫画などを海賊版と知りながらダウンロードする行為を違法とする著作権法改正に関する検討会の報告書をまとめた。スマートフォンの「スクリーンショット」(画面保存)への写り込みや、数十ページの漫画の1コマなど、軽微なダウンロードは違法としない方針を柱とする。海賊版サイトに誘導する「リーチサイト」を規制する方針も盛り込んだ。」(日本経済新聞2020年1月17日付朝刊・第36面、強調筆者、以下同じ。)

で、この記事を見て、ほうほうと思い、昨年から開催されている「侵害コンテンツのダウンロード違法化の制度設計等に関する検討会」のページに飛び、文化庁のプレスリリースも一通り眺めたのだが、そこには、まだ報告書の確定版は掲載されていなかった。

ただ、検討会の第3回では、「案」として、「「侵害コンテンツのダウンロード違法化の制度設計等に関する検討会」における議論のまとめ(案)」という資料が掲載されているので、それを眺めてみる。
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/kondankaito/shingaikontentsu/03/pdf/91979301_01.pdf

「昨年2月時点の当初案に、少なくとも下記の3点の措置を追加的に講ずることについて、条文イメージ(別紙2:15~18 ページ)を含めて了承された。」
(1)改正案の附則に、普及啓発・教育等や刑事罰に関する運用上の配慮、施行状況のフォローアップについての規定を追加すること
(2)写り込みに関する権利制限規定(第 30 条の2)を拡充することで、スクリーンショットを行う際に違法画像等が入り込むことを違法化しないこと
(3)数十ページで構成される漫画の1コマなど、「軽微なもの」のダウンロードを違法化しないこと(判断基準・具体例は、別紙3(21 ページ)を参照)
(以上1頁)

これに関連して、以下のような判断基準の具体例や条文イメージも示されている。

例えば、キモとなる著作権法30条に関しては以下のような感じ。

(私的使用のための複製)
第三十条 著作権の目的となつている著作物(以下この款において単に「著作物」という。)は、個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用すること(以下「私的使用」という。)を目的とするときは、次に掲げる場合を除き、その使用する者が複製することができる。
一・二 (略)
著作権を侵害する自動公衆送信(国外で行われる自動公衆送信であつて、国内で行われたとしたならば著作権の侵害となるべきものを含む。次号において同じ。)を受信して行うデジタル方式の録音又は録画(以下この条において「特定侵害録音録画」という。)を、特定侵害録音録画であることを知りながら行う場合
著作権(第二十八条に規定する権利(翻案により創作された二次的著作物に係るものに限る。)を除く。)を侵害する自動公衆送信を受信して行うデジタル方式の複製(録音及び録画を除く。以下この号において同じ。)(当該著作権に係る著作物のうち当該複製がされる部分の占める割合、当該部分が自動公衆送信される際の表示の精度その他の要素に照らし軽微なものを除く。以下この号及び次項において「特定侵害複製」という。)を、特定侵害複製であることを知りながら行う場合
2 前項第三号及び第四号の規定は、特定侵害録音録画又は特定侵害複製であることを重大な過失により知らないで行う場合を含むものと解釈してはならない。
(17頁、19頁参照)

また、「軽微なもの」の基準・具体例として、「これら以外にも該当するものはあり得る」という留保の下、以下のようなものが示されている。

1.「分量」による基準・典型例(全般)
その著作物全体の分量から見て、ダウンロードされる分量がごく小部分である場合には、「軽微なもの」と認められる。
<「軽微なもの」の典型例>
・ 数十ページで構成される漫画の1コマ~数コマのダウンロード
・ 長文で構成される論文や新聞記事などの1行~数行のダウンロード
・ 数百ページで構成される小説の1ページ~数ページのダウンロード
<「軽微なもの」とは言えない例>
・ 漫画の1話の半分程度のダウンロード
・ 4コマ漫画や1コマ漫画の1コマのダウンロード
・ 論文や新聞記事の半分程度のダウンロード
・ 絵画や写真など1枚で作品全体となるもののダウンロード(※2.により「軽微なもの」と認められる場合もあり得る)


2.「画質」による基準・典型例(絵画・イラスト・写真など)
画質が低く、それ自体では鑑賞に堪えないような粗い画像をダウンロードした場合には、「軽微なもの」と認められる。
<「軽微なもの」の典型例>
・ サムネイル画像のダウンロード
<「軽微なもの」とは言えない例>
・ 絵画・イラストなどの鮮明な画像のダウンロード
・ 高画質の写真のダウンロード
(以上21頁)

一度法案化の作業まで終えて、国会提出直前まで行ったものがボツになった、という特殊な経緯ゆえ、だろうが、通常、この種の立法に関する議論において、審議会等で公式に「条文イメージ」が示されることは稀だし、「具体例」にしてもよほどのことがない限り、報告書等に明記されることはないことを考えると、実にサービス精神旺盛だな、というのが一見しての印象である。

また、報告書(案)においては、民事、刑事の両規定に著作権者の利益を不当に害することとなる場合」という要件を付すかどうかについて、以下のような記載がなされている。

「(2)著作権者の利益を不当に害することとなる場合に限定すること(民事・刑事)」については、賛否が大きく分かれており、未だ本検討会としての意見を一つに集約するには至っていない。議論においては、権利者側の立証の困難性及びユーザーの居直り侵害を懸念する意見もあったことを受け、権利者側の立証負担の軽減及びユーザーの居直り防止等の観点から、「著作権者の利益を不当に害しない場合を除く」や「著作権者の利益を不当に害しないと認められる特別の事情がある場合を除く」と規定してはどうかという折衷的な提案もあった。」(5頁)

前記日経紙の記事によると、結局この部分に関しては「両論併記」という形で収めたようで、最終的には”政治決着”に委ねることになったものと思われるが、これもこの種の審議会の報告書としては極めて異例の対応といえるだろう*2

まぁ、この検討会の第1回で配布された資料*3によれば、意見提出フォームを通じた「ダウンロード違法化」に関する個人意見3,261件のうち「反対」が3,050件*4となっている一方で、マクロミルを使った一般人向けのアンケートでは、「違法にアップロードされた漫画・書籍・雑誌・論文・プログラム・イラスト・画像等を,それが違法にアップロードされたことが確実だと知りながら,個人が楽しむ目的でダウンロードすることは現行の著作権法に違反する行為でしょうか」という問いに79.7%が「違反する」と回答している状況*5もあるわけで、何が正しい法意識 & 国民感情なのか、ということもなかなか見えてこない状況だけに、混迷を極めるのもやむを得ないところはあるし、それでも文化庁の事務方が苦労に苦労を重ねて話をここまで持ってきた、ということは素直に評価して良いと思うのだけれど・・・。


修正の方向性として挙げられたが採用されなかった10件ほどの除外要件について、逐一コメントすることも一瞬頭をよぎったのだが、今やそれをしたところで、何がどうなるものでもないと思うので、そこに時間を割くことはしない。

それよりも、この一連の”騒動”を通じて改めて思い知らされたことは、この分野の多くの実務家が暗黙のうちに共有している(と自分は信じている)法律の条文と、民事・刑事両面における現実のエンフォースメントの間のギャップだとか、多くの民事法(特に著作権法)があらかじめ備えている解釈のフレキシブルな幅、そしてそれらがもたらす「寛容性」といったものをいかに強調したところで、条文をその文言通りに受け止め、さらにそこから展開される解釈を最大限広げて自らの行為規律に取り込もうとする善良な人々*6の前ではまぁ通用しない、ということ。

そして、あらゆることを精緻に言語化することが不可能である以上、実務家が、単に「法律を守りましょう」ということ以上の適切な法感覚を、もっと社会の隅々まで広げていく努力をしていかなければならないのではないかな、と思った次第である。

*1:検討会開始当初の状況については、どうせなら「枝葉」ではない議論を。 - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~参照。議事録の方は追えていないのでどこまで骨太な議論が展開されたのかは分からないが、一年前の時点で文化庁の審議会が一定の方向性を示していたことを考慮すると、検討会でできることに限界があったという事情も容易に推察できるところである。

*2:個人的には「著作権者の利益を不当に害する」などという要件には、単なる修飾句以上の意味はないと思っていて、露骨な海賊版サイトからのダウンロードであればこの要件があろうがなかろうが違法となることに疑いはないし、逆に微妙なラインの事案であれば、この要件がなくても十分反論が可能となるくらい例外要件が整えられている、というのが今の状況だから、意見が「二分」されるほどのテーマなのか、と言われるとちょっと首を傾げたくもなるところなのだが・・・。

*3:侵害コンテンツのダウンロード違法化の制度設計等に関する検討会(第1回) | 文化庁参照。

*4:https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/kondankaito/shingaikontentsu/01/pdf/r1422992_06.pdf

*5:https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/kondankaito/shingaikontentsu/01/pdf/r1422992_08.pdf

*6:今回はテーマ的に個人の方の様々な反応を見かけることが多いのだが、テーマによっては、企業においてもしばしばこの種の反応はみられるところである。

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