「違反のおそれ」が独り歩きする不可思議

大手プラットフォーマーが「成功例」としてもてはやされていた時代は去り、今や世界中で逆風に晒される存在になってしまっている。

市場に新風を吹き込む「新興企業」から、「市場の支配者」になってしまった以上仕方ない、といえばそれまで。ただ、こと日本国内に目を移すと、本当の意味で割を食っているのは、”何だかんだいっても未だ勝ち組”のGAFAではなく、「生半可知名度があるがゆえに叩かれる」老舗の日本発IT企業なのではないか、と思わざるを得ないことも多い。

特に、ここに来て「送料無料化」問題で連日叩かれている楽天などは、一番の「被害者」ではなかろうか。

ここ数年、何かしらかメディアを賑わすトピックが出てくるたびに多用される「優越的地位の濫用」というフレーズは、一部の世論には非常に受けが良いようで、だからといってそれに味をしめた、ということではないのだろうが、最近では公取委も、それを取り巻く人々も、何かあるとすぐにこのフレーズを使いたがるように見える。

だが、「優越的地位の濫用」は、独占禁止法上の立派な違反行為類型の一つに他ならないわけで、いかに抽象的かつ漠然とした要件ゆえ、何にでも使いやすいからといって、世の中で起きている事象を何でもかんでもこの中に取り込もうとするのは、それこそ規制権限行使の「濫用」に他ならない。

そして「楽天市場」をめぐる一連のバッシングも、まさにそういった風潮の延長線上にあるように見えてしまう。

外形的には取引当事者の一方が大企業でその相手方が中小・零細企業という関係にあるのは確かだが、Amazon、ヤフーといった大手から、専門特化した中堅事業者まで様々なプラットフォーマーや小売事業者が乱立しているのがインターネット通販の世界だし、自前で出店するコストも都会の一等地でリアル店舗を維持することに比べればはるかに低い、という状況がある。

だからこそ、知恵と工夫一つで、中小規模の会社でも売上を伸ばすことができる世界になっているわけで、ちょっとした広告の打ち方一つで(少なくともインターネット上の勝負では)大手企業の商品を凌駕する売り上げを記録することができるのも、この世界の醍醐味だったりする。

もちろん、創業者がありとあらゆる手法を使って広げてきた「楽天」というブランドの知名度が大きいことは否定しない。

だが、「小売」事業者として猛威を振るうAmazonとは異なり、「楽天市場」の本質はあくまで”場所貸し”ビジネスだから、それで商いを営む小売事業者たちとのパワーバランスも当然異なるわけで、そういった前提を踏まえずして、「大企業のやることだから」と、何でもかんでも「優越的地位の濫用」と叩いていたら、健全な競争環境の構築など到底望むべくもないだろう。そして、本来であれば出店するモールを自由に選べる立場にある(というか、そうあらねばならない)独立した小売業者が徒党を組み、あたかも”被用者”を連想させる「ユニオン」という名称を掲げて、”一方的弱者”のような振る舞いを見せていることに対しては違和感しか生じない。

創業者が打ち出した(とされる)「一定額以上購入時の送料無料」というコンセプトが、今行うべきビジネス上の戦略として正しいかどうか、ということを評価するのはここでの本題ではないし*1、本来であればWin-Winの関係を築かなければならないモール運営側のスタッフと一部の出店者の間に深刻な溝が生じているのだとすれば、モール運営者側の経営的にはうまくない、という話になるのだろうと思う*2

ただ、そんな話は別にして、商いの常道としては、「出店者がそのコンセプトに対して不満を抱いたなら、さっさと他のECモールに移るなり、自前で商売をするなりせよ」ということになるはずだし、そこで出店者に対して、あたかも一般消費者や労働者と見まがうかのような保護を与えるのは、政策的観点からも、法の正義の観点からも、明らかにバランスを失していると思わずにはいられない*3

残念だったのは、10日の「立ち入り検査」の報道に続き、新聞に以下のような記事まで出るに至ってしまったことだ。

「通販サイト「楽天市場」で一定額以上購入した利用者への送料を出店者負担で無料にするとした楽天の方針を巡り、同社から相談を受けた公正取引委員会が2019年12月、「独占禁止法違反の恐れがある」と回答していたことが11日、関係者への取材で分かった。」
「関係者によると、楽天は通知に先立って方針が独禁法に抵触しないか公取委に相談。公取委は同法違反の恐れを指摘したという。」
楽天は送料の無料化が出店者の売り上げの増加につながると主張している。公取委は売り上げに寄与するかどうかは未知数で、結果的に出店者に不利益を及ぼす恐れもあると判断したもようだ。」
日本経済新聞2020年2月12日付朝刊・第26面、強調筆者、以下同じ)

公取委が今回の問題をどう評価するかは、価値判断の問題なので、今の時点ではどうでもよい。

問題は、本来、特定の事業者と結びつく形では公表されないはずの「相談」の内容が、こういう形で出てしまっていることにある。

実務者の視点でいえば、「何で『違反のおそれ』を示唆されるような聞き方をしたのか?」ということに尽きる話ではあるのだが*4、これですぐあきらめてしまうのでは企業内法務の存在意義などないわけで、実務部隊は、一連の報道の最中でも「NG回答」の前提となった設例を少しでもずらし、適法と判断される可能性を探り続けていたはず。

にもかかわらず、どういう問いに対しての回答なのか、当局のどのレベルの担当官がどの程度の確度で行った回答なのか、といった重要な要素をすべて取っ払って「違反のおそれ」だけを独り歩きさせる罪は極めて重い、と自分は思う。

既に”コロナ一色”に染まりつつあるこの国で、この問題が最終的にどのような決着を見るのかは分からないが、独禁法がただの弱者救済法に陥るようなことだけは切に避けられるべきだし、Amazonという外来の黒船に真っ向から勝負を挑むことをまだあきらめていない日本の老舗企業を、背後から蹴飛ばすようなことだけはしてほしくないな、と思う次第である。

*1:個人的には、薄い利ザヤで、徹底的に売上を拡大していくしか生きる道がない小売の世界において、少しでも購入額を増やすために付加的なサービスを提供することは当然のことだろうと思うし、Amazon等と比べるとこれまで非常に分かりにくかった各店舗の送料込み/追加負担の基準を一律にそろえる、という発想も、統一的なブランドでモールを運営する者としては当たり前の発想で、話題になるのが不思議なくらいの話だと思っている(むしろ、これまでやっていなかったことの方が不思議)。それゆえ、これだけAmazonが普及してしまった今、それを追いかけるような戦略を打つより、他の路線で勝負したほうが良いのでは?という考え方もあってしかるべきだとは思っている。

*2:この点に関しては、昨今のコンビニ業界の本部とFC加盟店との関係とも似たところはあるような気がする。

*3:もちろん、法律構成としては、「不当に不利益を与えるものかどうか」というところで争うこともできるのだが、本件のようなケースでは、そもそも地位の優越性自体を、簡単に認めてはいけないと思っている。

*4:この点について「施策を止めるためにあえてネガティブな回答を導くような相談をしたのでは?」という憶測(?)もあるようだが、あの会社の法務部門は、経営者を説得できるだけの環境(もし自分が同じ立場なら、「公取委がダメといったら施策を止める」というところまで経営者の言質を取ってからでないと、そんなリスクを冒す気には到底なれない)も整えずに迂闊に相談に持っていくような人々の集まりではないはずだから、それはさすがにないだろう、と思う。これまで政策発信でも存在感を発揮してきたし、「確約手続一番乗り」を果たす等、公取委に花を持たせた実績もあっただけに、当局の冷静なジャッジを過度に信頼して相談した結果こうなってしまった、というのが実際のところではなかろうか。

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