非常時だからこそ、試される叡智。

前日の対策本部の「基本方針」決定に続き、今日は安倍総理が直々に「イベント中止要請」を行った、ということで、週末のスポーツイベント、有名アーティストのライブといったところから、いろんな会社のセミナーや投資家説明会に至るまで、続々と中止の報を聞くこととなった。

いつもなら、こういう雪崩を打つような動きを目の当たりにして、腹立ちの方が先に来ることも多かったのだが、今回の一連の話は、単なる「自粛」でもなければ、来るかどうか分からない「余震」とか、その他の天変地異を恐れてのことでもなく、まさに目の前に迫りつつある脅威を避けるためのものだから、さすがに仕方ない*1

今日の日経朝刊で「判断基準に明確さを欠く」と書かれてしまったように、昨日の「基本方針」には、一読しただけだと現実の脅威がどの程度のものなのか、今どこまでやるべきなのか、ということが今一つ伝わりにくい、という弱点がある。

おそらく、今の政府関係者は、9年前、時の宰相が、危機時の感情をあまりに全面に出しすぎる形で振る舞い、強烈なメッセージを発信し続けた結果、それが後々まで尾を引くことになった*2、という歴史を反面教師としているのだろうと思われるし、それだけに、世の中に対するメッセージの発し方も実に”慎ましやか”。

特に、経済活動に大きな影響が出るようなメッセージは、できるだけ婉曲に・・・という雰囲気は、昨日の時点でもまだ感じられる。

ただ、この一週間くらいの間の関係閣僚の発言のスタンスや、世の中に打ち出すメッセージのトーンの変化を見ていると、背後では(まだ表には出ていない)現状の把握と、それに基づく「ワーストシナリオ」はちゃんと想定されているようで、これからジワジワと「表」のトーンも現実に近づけていくのだろうな、そしてその第1弾が今日の総理の発言だったのだろうな・・・と、自分は受け止めているところである。

そして、まだ世の中に半分くらい残っている、一連の動きを半信半疑で眺めている人や、「何を大げさな・・・」と嘲笑する人々、手洗い・うがいで予防しておけば大丈夫だろう、という感覚で受け止めている人々が、限りなくゼロに近づく段階までは、こんなモワモワした警鐘が鳴らされ続け、事業者や自治体、そして世の中を構成する一人ひとりが、大なり小なりの判断を迫られる日々が続くのだろう。

これをもって、単に「強制」に伴う法的リスク、政治的リスクを回避しているだけじゃないか!と批判するのは簡単。

でも、逆にそういった「強制に至らない警鐘」という状況だからこそ、それぞれの当事者が発揮できるささやかな叡智もある。

例えば、株主総会」に対するスタンス一つとってもそう。

11月期決算会社は、今週がまさに佳境。そして、12月期決算会社はここからが本格的な「直前期」となるこのイベント、有名アーティストのライブのように来場者が皆胸をときめかせて足を運ぶ類の行事では本来ないはずだし、開催する側にしても、もともと来場者が多ければ多いほどうれしいというものでは到底ないのだが、かといって、会社法上、株主全員の同意を得ない限り、開催しないわけにはいかない、という代物だから、上場企業にとっては「中止」することも、簡単に「延期」することもできない。

これに関して、最初に話題になったのは、

「当社は、2019年12月期の当社株主総会につきまして、新型コロナウイルスの感染予防および拡散防止のため、株主様の安全を第一に考え、開催日を変更し、例年よりも縮小した規模で開催させていただくことを決定いたしました。」(強調筆者、以下同じ)

と、開催日を平日に変更した上に、規模の縮小まで宣言したGMOインターネット㈱の事例*3だったように思う。

「来場特典の取りやめ」までは理解できるとしても、

「なお、株主総会議場にご来場されても、充分なお席が確保できない可能性がございます。万が一お席がご用意できない場合、何卒ご容赦いただきますようお願い申し上げます。」

と、これまで「余裕をもって会場を確保せよ(さもなければ、決議取り消しのリスクすらある)」というドグマに縛られ、使いもしない第二会場までわざわざ用意していた企業の担当者からすると腰が抜けるような断りが入っていたり、

「また、株主様におかれましては、可能な限り電子行使または郵送にて議決権の事前行使をお願いするとともに株主総会当日は、ご自宅でもご覧いただけるようインターネットライブ中継を行う予定です。」

といった「当日来場しないでくれ」と言わんばかりの案内がなされていたり、といった点については、批判的なトーンで取り上げる人も少なからずいた。

しかし、その後、会場でのマスクの着用や消毒液の使用を事前予告する、株主懇親会を中止する、「ご高齢の方や基礎疾患のある方、妊娠されている方、体調のすぐれない方」などを対象に出席見合わせの検討を促す、といった流れが徐々に広がっていき、3連休を挟んだ昨日くらいからは、2月総会を直前に控えた老舗の名門企業からも、とうとう

・ご高齢の方や基礎疾患のある方、妊娠されている方、体調のすぐれない方は、ご出席をお控えください
・体調面に限らず、ご心配ご不安のある方は、無理をなさらずに自重してください
・ご来場の株主様で体調不良と見受けられる方には、運営スタッフがお声掛けして入場をお控えいただくことがございます
・多くの株主様のご来場が見込まれますので、感染防止策を徹底いたしますが、感染リスクを完全に排除することはできません。総会当日までの感染拡大の状況や政府の発表内容には、今後も引き続き注視をしていただき、ご自身および周囲への感染防止のために、くれぐれも慎重なご判断をお願い申し上げる次第です
(キューピー㈱「当社第107回定時株主総会における新型コロナウイルス(COVID-19) 感染防止への対応について(続報)」より*4

といった強烈な告知がなされる事態と相成った*5

また、3月総会組では、上記のような注意書き(トーンはもう少し弱めだが)に加え、

株主総会の議事は、例年よりも円滑な進行となる方法も検討しております

と、9年前に多くの会社がシミュレーションした(そしてほとんどの会社で現実に使われることはなかった)「緊急時対応シナリオ」の発動を示唆するような文言まで書き添えて事前告知している会社もある(日本たばこ産業㈱「当社第35回定時株主総会における新型コロナウイルス(COVID-19)感染拡大防止への対応について」*6)。

一見すると初めから終わりまで紋切り型の台本通りに進んでいるように見えて、細部にそれぞれの会社の魂が宿っているのが「株主総会」という一大イベントだけに、明日以降もしばらくは、各社各様の、様々な対応例を目にすることができるだろう。

この緊急事態において、「会社の最高決議機関」という建前をいかにして守り、「株主との貴重なコミュニケーション機会」という平時の機能をどこまで生かし、あるいは、どこまで捨てるのか・・・。

ここでお上が、「一切の例外なくすべてのイベントを中止・延期する」というお達しを出していたら、それぞれの会社の個性を示す機会すらなく、軒並み「延期」という判断を強いられることになっていたはずだが、曖昧、婉曲であるがゆえに、様々な叡智が発揮され、危機対応の歴史に新たな事例が蓄積されようとしている。

だからこそ、これを前向きに捉えずしてどうする!と思わずにはいられないのである*7


いつ終わるか分からない長期戦ではあるが、それを、自分たちの頭でひねり出した一つ一つの判断の積み重ねで乗り越えることができたなら、「コロナ前」より一回り成熟した世の中になるはずだから、今は頼らずに、進みたい。

*1:中止になったイベントの一部に関しては、あちこちで怨嗟の声も飛び交っているようだが、”何が何でも見たい”、”這ってでもいきたい”というイベントだからこそこういう時はもっとも危険で、それを止めなければ意味がないわけだから、状況を理解した上で苦渋の決断をした主催者の方々には心より敬意を表したい。

*2:今でも評価する人が一定割合では存在するように、あの時の首相や官邸サイドの動きは、「危機感」を伝えるという意味では決して意味のないものではなかったと自分も思っているのだが、その後明らかになった経緯や結果に照らせば、本当にそこまでやる必要があったのか?という疑問・批判が出てくることもまた避けられない。

*3:https://ir.gmo.jp/stock/shareholder/参照

*4:当社第107回定時株主総会における新型コロナウイルス(COVID-19) 感染防止への対応について(続報)|重要なお知らせ|キユーピーより。

*5:もちろん、この告知の中では、「インターネットによる議決権行使は、株主総会前日(2月26日)17時30分まで受け付けておりますので、ご利用ください。」という案内もなされている。

*6:当社第35回定時株主総会における新型コロナウイルス(COVID-19)感染拡大防止への対応について | JTウェブサイトより。

*7:幸か不幸か筆者自身も、今や無縁ではいられない立場だけに、なおさら、そう言い聞かせている、というのが実情かもしれないが・・・。

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