災い転じて福となるか? ~厳戒体制下の「株主総会2020」が気付かせてくれたもの。

様々なメディアが、新型コロナウイルス絡みの話題一色に塗りつぶされてきている状況で、どれもこれも決して心落ち着くようなニュースではないのだが、今日唯一ホッとしたのがこちらの話題である。

日華化学は26日、定時株主総会福井市内のハピリンホールで開催した。同社は社長が新型コロナウイルスに感染したことが明らかになり、現在も入院中。濃厚接触者のほか、感染者に接触した可能性のある役員は会場への出席を取りやめるなどの対策をとった。」
(中略)
「出席した株主は昨年より39人少ない45人だったが、新型コロナの影響に関する質問が相次ぎ、例年より長い1時間20分ほどで終了した。
日本経済新聞2020年3月26日18時46分配信、強調筆者、以下同じ。)*1

この会社が話題になったのは、ちょうど1週間前の19日のこと*2

役員、しかも会社のトップの新型コロナウイルス感染が判明した、ということだけでもかなりの重大インシデントなのに、それが「株主総会1週間前」という、どんな会社でもピリピリするような時期のことだったから、一体どうなってしまうのか、とハラハラしながら眺めていた。

だが、この会社では、連休中に

「定時株主総会における新型コロナウイルス感染防止の最新対応状況のお知らせ」
https://ssl4.eir-parts.net/doc/4463/announcement/56951/00.pdf

というプレスリリースを発表して、総会開催・遂行への強い意思を示した。

そして、記事によると、

14人中7人の役員が出席し、5人が音声のみの参加。中国に駐在中の1人と社長本人は欠席した。会社側の役員やスタッフは全員がマスクを着用の上、出席株主同士の間隔を広くするため例年の5割増にあたる座席を用意し、例年は会場で手渡ししている手土産も後日の郵送に切り替えた。」

と、涙ぐましいまでの非常時体制で対処することにより、無事乗り切ることができたようである*3

首都圏の会社を中心に、この3月総会は、極めて異例づくめでの対応を余儀なくされている状況があり、これまでこのブログでもご紹介してきたとおり、「来場自粛」要請のトーンも、本番が近付くにつれて各社強めになってきていた印象はあるし、今週に入って、楽天が「決算報告や議案の具体的な説明を省略」する、という方針を公表するなど*4、これまでの「シナリオ」をさらに踏み込んで変えてくるような動きすら出てきている。

それでも、「トップが罹患して不在」という最大の異常事態の下で、株主総会を敢行したのは今のところこの会社くらいだから、準備にあたっておられた方々のご苦労を思うと、本当に何と申し上げたらよいか、適切な言葉が思い浮かばない・・・。


で、前記のような話自体は、ある種「プロジェクトX」的な美談、ということになるのだろうが、冷静に考えると、「なぜそこまでして、『総会』を『実開催』しなければならないのか」という素朴な疑問にぶち当たる。

もちろん、巷で議論されているような、「株主総会は『リアル』での開催が原則」という定説は重々承知しているし*5、「延期することはできるけど、基準日変更を伴うのでそれをやるなら相当の覚悟がいる」というのも、当ブログでこれまでにご紹介してきたとおりである。

ただ、定時株主総会が、いかに会社法上、招集することが義務付けられたものだからといって、いかなる状況下においてもそれを「オープンな」機会として設定しなければならない、という硬直的な解釈に固執することは、果たして合理性な思考と言えるのだろうか?

企業内で実務にかかわってきたものとしては、強い疑問を抱いている。

この点に関しては、川井信之弁護士が、ブログ上で既に解釈試論を展開しておられ(以下リンク参照)、新型コロナウイルス対応、という理由に限ったうえで」という限定を付しつつも、現行法下での踏み込んだ解釈の可能性を示されていることは、今後、6月総会に向けた議論を考えていく上でも非常に有益だと思われる。

blog.livedoor.jp


さらに、そんな中、実務の世界ではさらに踏み込んだところにまで進んでいて、㈱ガイナックスがこの日公表した「2020 年3月 27 日開催予定の当社第 22 回定時株主総会に関するお知らせ 」*6では、「Zoom」を利用したオンライン開催、取締役は当日会場には来ず、株主に対しては、「本総会の会場である渋谷サンスカイルーム会議室5A(住所:東京都渋谷区渋谷一丁目9番8号 朝日生命宮益坂ビル5階)にお越しいただいても参加は可能ですが、昨今の状況を踏まえてご来場を自粛いただき、オンラインにてご参加いただきますようよろしくお願い申し上げます。」とまで言い切ってしまっている*7

ぶっちゃけ身もふたもないことを言ってしまえば、いくら、大きなハコを借りて株主をたくさん集めたところで、厳格な「資本多数決」原則を採用している今の会社法の下、その場での説明や質疑・答弁によって、事前に行使された議決権に基づく議案の可決・否決の結論が変わるはずもない。

さらに言ってしまえば、多くの会社において、株主総会の「場」で繰り広げられる質疑応答は、単なる質問株主の”自己満足”の域を出ていないし、仮に核心を突くような”鋭い質問”が出たとしても、その場で何かを左右するような答弁がなされることはまず期待できない。

「質疑応答の機会を通じて議論して、会社の経営を左右するような重要な意思決定を『会議』の場で行う」という制度設計者の思想それ自体を否定するつもりはないが、特定のプロジェクト遂行のために設立された合弁会社のような組織体であればまだしも、不特定かつ超多数の株主、しかもその多くは経営参加を意図してではなく「投資」の一手段として基準日にたまたま株式を保有していたにすぎない、というのが一般的な公開会社において、そういった思想を貫徹するのは自分は不可能だと思っているし、全く合理的でもない、と思っている。

だから、少なくとも立法論としては、会社法上開催を義務付けられた「株主総会」に関しては、株主に対して事業報告と付議する議案に関する情報を提供し、一定の期日を定めて議決権行使の機会を与えさえすればよく、「実開催」するのは、一定の議決権を保有する株主が何らかの意図を達成したいと考えて招集を請求した場合に限る、とすることを前向きに検討すべきだし、(法改正以前であっても)仮に今後、ロックダウンがかかったような状況下で株主総会の日を迎えることになってしまった会社が、人の出入りを禁じられた会場内において株主総会を「行った」ことにして急場をしのごうとした場合であっても、株主ではない外野の人間が「総会決議不存在だ!」と騒ぐようなことはやめた方が良い*8

そして、こういう時に決まって出てくる「株主への説明責任を」だとか、「株主との対話の場を・・・」的な話に関しては、「意思決定」とは切り離された別の場*9を設けることによって対処する方が、よほど理にかなった形になると自分は思っている(純粋なIRの場として設定する限り、「説明義務の範囲内かどうか」みたいなしょうもないことを気にする必要はなくなるし*10、仮に会社側の説明が一部の株主の機嫌を損ねたとしても、それは単なる「当否」の問題であって、無関係の株主まで巻き込んでしまうような適法性の問題にはならないから、会社によっては今まで以上に思い切った”本音”を引き出せる機会になるかもしれない*11

ということで、今年、これまでの総会で、そして、おそらくこれからの総会でも流されるであろう企業の実務担当者たちの汗と涙が、長年、「分かっちゃいるけど建前論に阻まれて踏み込めなかった」様々な非効率を取り除く方向に向かってくれることを、今は心の底から願っている。


なお、今般の一連の災厄を踏まえ、「旬刊商事法務」が無料公開してくれたコンテンツ群(https://www.shojihomu.or.jp/article?articleId=11140558参照)の中には、株主総会運営の留意点についても大胆に言及してくださっている論稿*12があり、自分も非常に参考にさせていただいた。

少なくともこの3月総会において、現実に対処の必要性に迫られた、という話は寡聞にして知らないが、

「頻繁に咳き込んでいるなど明らかに異常な呼吸器症状が認められる場合も同様に退席を求めることも許容されよう。かかる措置は、会場での感染拡大を防止し平穏な株主総会を実現するための合理的な措置といえるので、株主総会の決議取消事由にならないと考えるべきである。」(強調筆者)

といった思い切った記述に励まされた担当者も多かったはずだ。

ただ、本稿の中でサラッと書かれた、

「例年はお土産を準備している会社も今年に限っては配らない方針とすることも十分検討に値する」

とか、

株主総会後に予定している株主懇親会等のイベントも中止すべきであろう。」

といったプラクティスは、「教科書的な模範解答」としては正しいとしても、「こんな状況においてもなお、わざわざ来場してくださった株主」に対して取るべき姿勢なのかどうか、といえばそれはまた別の話になるような気がするし、いかに昨今の状況があるとはいっても、「来てくれた株主にはきちんと礼を尽くすべきですよね?」と問われた時に、いやそうじゃない、と断言できるほど、自分はドライになり切れる人間でもない。

そもそも、会場を決めて株主を「招集」したのは会社ではないか、そして、こんな状況でも総会を決行するのは会社側の事情ではないか、という株主からの問いかけに「いやいや、そうはいっても・・・」と切り返すには、今の「建前」が現実とあまりに乖離しているように思えてしまうわけで、そういった観点からも、今こそ「株主総会」の在り方を根本から見直す必要があるのではないか、と思うのである。

*1:日華化学、音声で株主総会参加 :日本経済新聞

*2:今日のCOVID-19あれこれ~2020年3月19日版 - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~参照。

*3:前々から準備しているこの決議通知を無事アップできた瞬間が、一番ホッとする瞬間かもしれないな、と。https://ssl4.eir-parts.net/doc/4463/ir_material2/136794/00.pdf もちろん、その後もしばらくは、まだまだ対応が続くわけだけど・・・。

*4:楽天、株主総会への来場自粛を要請 新型コロナで :日本経済新聞の記事など参照。

*5:直近のものとして日経紙のコラム参照。コロナ危機下の株主総会、ネットのみは不可 :日本経済新聞。この中に登場する倉橋雄作弁護士の「(参加者の)安全の確保を最大限にとりつつ、株主総会は開催し、決議した方がいい」というコメントは、会社法界隈で生きておられる実務家の方々の、現時点における概ね共通した見解といっても差し支えないと思われる。

*6:https://www.release.tdnet.info/inbs/140120200326485280.pdf

*7:一応、会場に行けば参加できる、という点では法定要件を満たしている、ということはできるのだろうが、ここまでくると形式的に「会場」を用意することの意味自体が問われてくることになる。

*8:株主総会が適法に開催されたかどうか、というのは、あくまで株主と会社の間の問題なのだから。その意味で、株主総会決議無効確認や不存在確認の訴えの原告適格についても制限的にする方向に持っていく必要もあるだろう。

*9:例えば、上場規則で年4回、一般投資家向けのインタラクティブな説明会の場を設けることを義務付ける、とか。そっちの方が大変・・・と嘆くIR担当者は多いかもしれないが、だったらなおさらそうすべき(投資家目線でいえば、年に一度、限られた時間で粛々と進む総会の機会だけで投資家への説明責任を果たしている、と開き直られる方がよっぽどどうかしてる、と思うので)というのが、自分の意見である。

*10:もちろんインサイダー規制との関係の話は依然として残るから何を言っても良い、ということではないが。

*11:もちろん、そういうことになれば、業界的にはこれまで脈々と培われてきた「総会対応需要」が相当なスケールで消えてしまうことになるのだが、「危機対応」は依然として残るわけだし、そもそもそんな小さな話に汲々とするような人々は会社法界隈の世界にはいない、と自分は信じている。

*12:濱口耕輔「<緊急連載>新型コロナウイルス感染症への法務対応(4)株主総会③-運営上の留意点」https://www.shojihomu.or.jp/documents/10448/11140560/2226_%E6%96%B0%E5%9E%8B%E3%82%B3%E3%83%AD%E3%83%8A%284%29%285%29%286%29.pdf/b2827785-7e5c-47a5-a9f8-9c3dd567ac9b

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