”阿吽の呼吸”の落とし穴~関電第三者委員会調査報告書より

最近のコロナ禍ですっかり影が薄くなってしまったが、昨年の秋頃、コンプライアンス業界界隈を賑わせていた話題といえば、「関電役員等金品受領問題」だった。

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当時、自分も上記のようなエントリーを書いてそれなりの反響はいただいていたのだが、その後、第三者委員会が立ち上げられ、長きにわたる調査を経た末に、ようやく今月も半ばになって、関西電力株式会社宛てに提出された「調査報告書」が公表されている*1

この件に関するメディアの報道はや「外野」の人々のコメントには元々辛辣なものが多かったし、今回の第三者委員会の調査によって、新たに52名の役職者が金品を受領していた事実が明らかになったり

「森山氏が社会的儀礼の範囲をはるかに超える多額の金品を提供したのは、その見返りとして、関西電力の役職員に、自らの要求に応じて自分の関係する企業へ工事等の発注を行わせ、そのことによってそれらの企業から経済的利益を得る、という構造、仕組みを維持することが主たる目的であったとみるのが自然かつ合理的である。」(23頁、強調筆者、以下同じ)

として、「金品提供の意図・目的」に関して社内調査報告書の認定をバッサリ否定したことで、再び「ほら見たことか!」的なコメントも多く見られるようになってきている。

確かに、第三者委員会を構成する3名の委員+顧問(元日弁連会長の久保井一匡弁護士である)の弁護士陣に加え、森濱田松本法律事務所の20名超を超える弁護士たちの助力を得た詳細なヒアリング、資料分析と、PwCアドバイザリー合同会社の力を借りたデジタルフォレンジック調査の威力は抜群だったのだろうと思われるし*2、それによって得られた事実に基づく認定(とその見せ方)も、さすが検察組織の長を務められた方が率いる第三者委員会だな、と思わせるような”世論の期待”に応えるものとなっている。

ただ、一連の金品受領に関しては、第三者委員会自身も、「個別の発注要求や発注との対価関係が分かるような態様で金品を提供するのではな」かった、ということは認めているし(23頁)、この調査報告書に出てくる様々なエピソード(特に元高浜発電所長が社内幹部に宛てた“愚痴”メール(127頁)や、原子力事業本部の副本部長が森山氏の顔を立てるためにわざわざ”偽札”を業者に用意させて提供を受けたように装った(95頁)というくだり等)を読めば読むほど、金品を「受領」したと認定された関電の関係者たちが、いかにこの森山氏という人物の扱いに手を焼き、苦労していたか、ということがより伝わってくるのも事実である。

今回の調査報告書は、「自分の関係する企業への発注を要求し、時に恫喝をも行う森山氏という人物から多額の金品を受領し、そうした関係を継続することは、客観的に見れば明らかに不適切であって、およそ正常ではない」と述べた上で、

「それにもかかわらず、30年以上もの長期間にわたり、誰一人として森山氏と関西電力との間のこの異常な関係に対して声を上げる勇気を持てなかったことは、全くもって理解し難い。」(27頁)

と、関電側の対応をバッサリ断罪してしまっているのだが、自分はむしろ、この報告書で示された背景や、節々に出てくるエピソードを読めば読むほど、日本の典型的大企業の中にいた人々がこういう行動を取らざるを得なかった理由は非常によく理解できるわけで、これを単純に、関西電力の内向きの企業体質ゆえの問題」と片付けてしまうのは適切ではないと思っている。

そして、こういった公益的性格の強い会社に対して常にのしかかってくる「地元重視」という名のプレッシャー*3や、いつまでも一線を退こうとしない「名士」たちとの関係を維持しなければいけない苦悩*4に目を向けない限り、今の日本社会の真の病理を解き明かすことはおそらくできないだろう。

明確に「法令違反」と断じるのは難しい、という判断だったのか、本調査報告書の中では、「コンプラアンス」というフレーズがやたらと多く使われているのだが、この言葉は「企業」に対してのみ押し付けられるものではない、ということも、ここで付言しておきたい*5

発覚後の社内調査とその処理をめぐる問題点について

とはいえ、本件には、企業内法務にかかわってきた者として、これは他山の石としないといけないな、と思うところも当然ある。

特に調査報告書の中で「第6章 本件金品受領問題発覚後の関西電力の対応」(164頁以下)として記述されている箇所は、本件の特殊性を抜きにして、全ての法務・コンプライアンス関係者が目を通すべきところだと言えるだろう。

総務室法務部門所属の3名の担当者からなる本件社内調査事務局を中心に」行った社内調査が不十分だった、という評価(174頁参照)は、後付けのものに過ぎないから読み飛ばしても良いと思うのだが*6、問題は、社内調査で結果が出た後の対応である。

本調査報告書では、常任監査役ヒアリングにおいて「本件問題の取締役会への報告の要否についての法的整理をするよう」に、という要請を受けて、事務局担当者が弁護士に相談に行った、というくだりが記されている。

この種の対応をする上では、当然不可欠なプロセスだし、この常任監査役の問題提起は実際に苦労して調査を行った事務局(法務部門)の担当者の問題意識にも沿うものだったはずだ。

しかし、ここに大きな落とし穴があった。

調査報告書によれば、その当時作成された「相談結果メモ」に、「取締役会に報告する代わりに個別に全ての取締役に説明することでも足りる」という助言を受けたという整理になっていたのに対し、今回の第三者委員会の調査では、当該弁護士が、

「2018年10月30日の面談の場が法律相談であったとの認識はなく上記のような取扱いをしたいとの断りに来られたとの認識で、社外取締役も含めた取締役全員に本件問題を丁寧に説明するのであれば、取締役会そのものにおいて報告しないという選択肢もあり得るとは述べた記憶があるが、各取締役に個別に報告することでも足りるとの積極的な法的意見を述べたと捉えられたのであれば真意とは異なる正面から問題ないかと問われていれば、問題はあると回答しているはずであって、そのような相談の仕方ではなかった」(169頁)

と、掌を返すような供述を行っている。

自分自身の経験に照らした憶測で述べるなら、おそらくこの日のやり取りは、「直球の法律相談」でも「単なる断り」でもない、「確認したい事項とともに、上司の意向や社内の空気感も伝えつつ繰り広げられる、とりとめもない会話を通じて”阿吽の呼吸”で生み出される穏当な落としどころを見つける作業」だったのではなかろうか。

なぜなら、相談を受けた弁護士は、関電が常設設置しているコンプライアンス委員会の社外委員であり、かつ、本件で社内調査委員会の委員まで務めた弁護士だったわけで、相談にいった事務局の担当者とも一定の感覚を共有している間柄だったと思われるから・・・。

そして、「取締役会への報告」という大事*7を回避する代わりに、「各取締役に個別に説明する」ことで実質的に報告義務を担保する、という発想は、ことが”些事”であれば、決して常道を逸脱したものとまではいえない。

だが、客観的に見れば相当な異常事象を取り扱う上で、しかも、最上層の幹部が「公表しない」という方針を内々に決めていた、という状況において、適切な対応を取る上では、この”ふわっとした”形での”ふわっとした”見解は、あまりにナイーブ過ぎた。

調査報告書によると、その後、この弁護士見解も踏まえて行われた常任監査役とのヒアリングで、社内調査の管掌役員らは「本件問題について取締役会に報告する法的義務及び社外取締役に報告する法的義務があるとまではいえないという示唆を受けた」との認識を持ち(169頁)*8、さらに八木会長、岩根社長への報告の際に「取締役会への報告は行わず、社外取締役を含む個々の取締役への報告も行わないとの判断」を伝えられることとなる(170頁)。

調査報告書の中では、

総務室法務部門の中では異論も生じたが、最終的に月山氏(筆者注:社内調査事務局の管掌役員)らは八木氏及び岩根氏らの判断に従わざるをえず、結局、その後、本件問題及び本件社内調査報告書の結果が執行部から取締役会ないし社外取締役を含む個々の取締役へ報告されることはなかった。」(170頁)

と、調査事務局の意に反する形で事が整理されてしまった、という体で事実が記されているのだが、元々最初の出発点で法務部門が手にしていた「武器」が、経営上層部の”隠蔽”願望に抗するにしてはあまりに弱すぎたのも事実だろう。

ラインに組み込まれた一部門に過ぎない「法務」部門が本来正しいと思われている行動を経営陣に取らせようと思ったら、「社外の弁護士」という強力な援軍の力を借りるか、あるいは、「監査役」や「社外取締役」といったガバナンス構造上は経営トップと互角に渡り合える立場の人々に積極的に行動させる、という手を使わなければならないのだが、そういう方向に持っていくには、そこまでの社外弁護士や監査役を巻き込むプロセスが、あまりに穏便に過ぎたように思えてならないのである。

本件が、社外取締役への報告やそれを経た上での公表の機会を逸したがゆえに、メディア等から大きなバッシングを浴びた上に、社内調査の上にさらに「第三者委員会」の調査まで重ねることを余儀なくされ、しかも結果的に「金品受領」の話以上に重い「ガバナンス不全」の烙印を押されてしまった、という事実は重い*9

だからこそ、日頃は”阿吽の呼吸”で一筋縄ではいかない厄介ごとを片付けている法務担当者*10であっても、「ここぞの場面での武器」を手に入れる方法は知っておくべきだし、(少々上役の機嫌を損ねようが)それが会社を救うただ一つの道なのだ、ということも、噛みしめておくべきではないのだかな、と思った次第である。

*1:https://www.kepco.co.jp/corporate/pr/2020/pdf/0314_2j_01.pdf

*2:森山氏が関与した地元の施工業者への発注をめぐるやり取りの生々しい資料やメールを入手して分析したことが、社内調査から一段と踏み込んだ認定に繋がっているのは間違いない。

*3:調査報告書では、一連の関電側の対応を「誤った『地元重視』」と切り捨ててしまっている(183頁)が、外向けにはきれいな「正論」に包まれて出てくることがほとんどの「地元の声」への向き合い方は極めて難しいのであり、後講釈だけで「良い地元対応」「悪い地元対応」といった評価をすることは決して望ましいことではないと自分は思っている。

*4:これは本件のような地元の顔役にとどまらず、引退した企業経営者や国会議員OB、さらには古くから付き合いのある顧問弁護士に至るまで、例を挙げればキリがなく存在する。いずれも共通するのは「昔、重要な案件で会社を助けてもらった」「会社の上の方とつながっている(らしい)」「昔、その人に嫌われて左遷された人がいる(とまことしやかに言われている)」といった伝説に覆われていることと、「今はもう正直、迷惑な存在でしかない」というところで、関電の対応を上から目線で批判するのは結構なのだけど、我が身を振り返ってどうなのか?という問いかけも(今はともかく、いずれは自分もそうなりかねないのだから・・・)常にしておく姿勢は必要ではないかと思われる。

*5:もちろん、今回の報告書は「関西電力株式会社」における問題点を解明するために作成されたもので、いうなれば「被告人=関電」という構図の下で起訴立証を行っているようなものだから、「世の中がこうだから・・・」みたいな弁解にわざわざ応答する必要はない、と言えばそれまでなのだが、結論まで読み終えた時に、談合、贈賄等の経済事犯にありがちな後味の悪さを感じたのは、自分だけではないと信じている。

*6:むしろ、たった3名の事務局で始めた調査にしては良くあそこまで調べた、というのが、自分の率直な感想である。

*7:これだけの大企業となると、取締役会に議案を付議する手続き自体が一大事だと思われるから・・・。

*8:この点は常任監査役側の認識とは異なっているが、そこを掘り下げても何も出てこないと思われるので、ここでは詳細は割愛する。

*9:何らかの損害を観念し得るかどうかはともかく、今後、各取締役に対する責任追及がなされる可能性も否定できないはずである。

*10:それができないと、今の日本企業の中で真の意味で「法務」の機能を全うすることは難しいと思う。

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