遂に出た「司法判断」~色彩商標制度創設から5年、初めての審決取消訴訟判決に接して

平成27年4月1日、商標法の世界に鳴り物入りで導入された「新しいタイプの商標」制度。

特に色彩商標に関しては、「欧米に追い付く画期的な新制度」ということで、当時の特許庁の鼻息も随分荒かった*1

しかし、蓋を開けてみれば、想定を超える出願数に追いつかない審査*2、そして、次々と打たれる拒絶理由通知と、何度応答しても噛み合わない審査官とのやり取り・・・。

結果的に、ごくごく一部の例外を除いては「拒絶査定」が山のように積み上がり、出願件数を見ても、「色彩のみ」の商標出願は2015年の448件から、年を追うごとに激減(16年は42件、17年は22件)*3

元々、「登録されないこと」を確かめるために試験的に出願したケースもそれなりにあったと思われるとはいえ、散々な状況、というのが、現時点での冷静な評価ではないかと思われる。

そんな中、拒絶査定に対して果敢に不服審判を挑み、さらにその不成立審決に対して取消訴訟を挑んだ、という事例の判決が公表された。

今の審査運用に一石を投ずべく、ここまで歩みを進めた関係者のご尽力に敬意を表しつつ、以下簡単に概要をご紹介することとしたい。

知財高裁令和2年3月11日(令元(行ケ)第10119号)*4

原告:株式会社LIFULL
被告:特許庁長官

原告は不動産総合ポータルサイトを運営する会社で、出願したのは自社のポータルサイトで使っている「橙色(R237、G97、B3)」の色彩(単色)。

どんな色かは、実際に原告のポータルサイトを見ていただくのが一番だろう。

www.homes.co.jp

原告によれば、

「各不動産総合ポータルサイトは,それぞれイメージカラーを施しており,例えば,原告は橙色,「SUUMO(スーモ)」は緑色,「いい部屋ネット」は赤色,「O-uccino」はピンク色,「ヤフー不動産」は赤色,「アパマンショップ」は濃青色,「athome(アットホーム)」は紅赤色といった棲み分けがされている。」(4頁)

ということで、当初は広めに抑えられていた本願商標の指定役務は、審判請求時の補正により、「第36類(インターネット上に設置された不動産に関するポータルサイトにおける建物又は土地の情報の提供」と改められた。

そして、それに加えてテレビCMの実績や、2度にわたるアンケート調査の結果をもとに、

「本願商標の橙色は,原告による原告ウェブサイト及びテレビCMにおける使用の結果,本願の指定役務である第36類「インターネット上に設置された不動産に関するポータルサイトにおける建物又は土地の情報の提供」の取引者,需要者の間で,本願商標の橙色が独立して周知著名となるとともに,原告の業務に係る上記役務を表示するものとして認識されるに至ったものというべきであるから,本願商標は,その使用により自他役務の識別機能ないし自他役務識別力を獲得したものといえる。」(7~8頁)

というのが原告側の核となる主張であった。

これに対し、被告特許庁は、全国各地の不動産会社のWebサイトから「橙色」が使われているものをかき集める、という”いつもの手法”を取った上で、

「本願商標が登録された場合の保護範囲(禁止権)は,原告による主観的認識や事業規模の大小に関わらず,その指定役務と類似する役務にも及び得るものであり,また,本願の指定役務に係る需要者層は,住宅やマンションなどの不動産物件を求める一般の需要者であって,ウェブサイト等で情報を収集した後は,物件の売買や賃貸の実施に取り掛かるのが通常であるから,不動産の売買や賃貸の仲介等を行う不動産取引関連サービスの需要者層と重複しており,サービスの内容(不動産関連の情報を提供する)も密接に関連するから,その需要者をして,不動産総合ポータルサイトとその他の不動産取引関連サービスにおいて,似通った商標が採択された場合,極めて相紛らわしく,出所の誤認混同が生じるような,類似の関連性がある。」(9頁)

と取引の実情に照らして識別力を否定、さらに、CMでの使用と本願商標の結びつきや、アンケート調査結果の信ぴょう性等についてもことごとく争い、3条1項6号に該当する、として審決の維持を求めた。

「掲載物件数1位」(平成28年2月25日現在、原告主張による)を誇るポータルサイトで年100億円以上の売上を上げている原告にしてみれば、「SUUMO」や「アットホーム」などとの関係で自分たちの「色」こそがブランドを作っている、という思いは強かったのだろうし、だからこそ、徹底的に争って審決取消訴訟まで、ということになったのだろう。

ただ、本件はそうでなくても登録のハードルが高い、と言われている単色の色彩の登録が争われた事件である。

そして、一般的な「コーポレートカラー」の色彩商標登録を求める事案とは異なり、本件のようなWebサイト上での使用だけで識別力取得を主張する事案で、単なるデザイン的側面を超えた「色」の出所識別機能をアピールするのは、ちょっと難しい面もあったような気がするし、「別紙2」として添付されている使用態様を見てもなお、「これってただの背景色では?」という指摘は免れにくかったような気がする*5

結果的に、裁判所も、以下のような理由で原告の主張を退けた。

「前記(ア)及び(イ)認定のとおり,①本願商標は,橙色の単色の色彩のみからなる商標であり,本願商標の橙色が特異な色彩であるとはいえないこと,②橙色は,広告やウェブサイトのデザインにおいて,前向きで活力のある印象を与える色彩として一般に利用されており,不動産の売買,賃貸の仲介等の不動産業者のウェブサイトにおいても,ロゴマーク,その他の文字,枠,アイコン等の図形,背景等を装飾する色彩として普通に使用されていること,③原告ウェブサイトのトップページにおいても,別紙2のとおり,最上部左に位置する図形と「LIFULL HOME’S」の文字によって構成されたロゴマーク,その他の文字,白抜きの文字及びクリックするボタンの背景や図形,キャラクターの絵,バナー等の色彩として,本願商標の橙色が使用されているが,これらの文字,図形等から分離して本願商標の橙色のみが使用されているとはいえないことを総合すると,原告ウェブサイトに接した需要者においては,本願商標の橙色は,ウェブサイトの文字,アイコンの図形,背景等を装飾する色彩として使用されているものと認識するにとどまり,本願商標の橙色のみが独立して,原告の業務に係る「ポータルサイトにおける建物又は土地の情報の提供」の役務を表示するものとして認識するものと認めることはできない。」
「したがって,本願商標は,本願の指定役務との関係において,本来的に自他役務の識別機能ないし自他役務識別力を有しているものと認めることはできない。」
(以上20~21頁、強調筆者、以下同じ)*6

ちなみに、被告が引用した他の不動産会社のサイトとの違いを強調した原告の主張は、以下のような理由であっさり退けられている。

「原告が主張するように掲載物件数が常時100万件以上の不動産総合ポータルサイトが日本全国の不動産情報を網羅しているとしても,不動産総合ポータルサイトと他の不動産業者が開設するウェブサイトとは,インターネット上で不動産情報を入手するための入口であるという点で共通し,不動産関連の情報を提供するというサービスの内容が密接に関連していることに照らすと,上記需要者において,これらが質的に異なるものと認識するものと認めることはできない。」(22頁)

判決は、そもそも不動産総合ポータルサイトに接する需要者が「色彩のみによってポータルサイトを識別可能な状況にある」とすること自体を否定しているから、少なくともこの分野で「色彩」で商標としての識別力を認めてもらうのはかなり難しい、ということが明らかになったと言えるような気がする(そして、それを明らかにした、という点では、原告がここまで争ったことも全く無意味ではなかったと言えるのかもしれない)のだが、いずれにしても、ここまであっさりとした判断になってしまったのは、本件の特殊性(というか、少々の無理筋性)ゆえであり、本判決の判旨をテンプレートのように他の事案に使い回して、審決が書かれるようなことはあってほしくないな、と思わずにはいられない。

また、本件では、識別力獲得を立証しようとして使われた「アンケート調査」の結果についても大いに疑義が呈されている、ということも指摘しておく必要があるだろう。

詳細は判決文のリンクで直接ご覧いただくのが良いと思うが、最初(審判段階)で行った博報堂による第一次調査は、

「「不動産・情報サイト」の名称として「LIFULL HOME'S」や「HOME'S」と記載した228人を対象として,本願商標の橙色を見せ,思い浮かべた不動産・住宅情報サイトの名称を記載させるという方法」(24頁)

というあるまじき方法で行われたアンケートであり、いかにフリーアンサー形式の記載だといっても、

「その対象者は,調査前から原告ウェブサイトの名称を認識していた者に限定されており,しかも,本願商標の橙色を示す前の段階で,原告ウェブサイトの名称を示され,いわば正解をほのめかされた状態で回答しているといえることから,原告ウェブサイトの名称を記載する回答する者が高い確率で現れるのは当然であるというべきである。 したがって,第1次調査の結果を採用することはできない」(24頁)

ということで、裁判での証拠資料とするには無理があり過ぎた。

また、訴訟提起後に行われた第二次調査(楽天インサイトが実施)は、スタンダードな方法で実施したがゆえに、

「LIFULL HOME’S(ライフルホームズ)」と回答した者が13.2%,「HOME’S(ホームズ)」と回答した者が41.8%と,その合計は55%とさほど高くなく,むしろ,「SUUMO(スーモ)」と回答した者が16.3%,「athome(アットホーム)」と回答した者が10.9%,「この中にはない・わからない」と回答した者が14.5%と,一定の割合を占めており,「SUUMO(スーモ)」と回答した者及び「この中にはない・わからない」と回答した者の割合は,「LIFULL HOME'S(ライフルホームズ)」と回答した者の割合を上回っている。」

と、有利な立証をするために用いるには、あまりに厳しい結果だった*7

冒頭でも申し上げたように、ここまできちんと争って裁判例を残した、という点で、本件の関係者には改めて敬意を表したいと思っているし、訴訟の過程における主張も、概ねスタンダードな組み立てになっているから、今後の参考にもできるものだとは思う。

だが、残念ながら今回の事例だけでは、今の色彩商標登録の厳しいハードルは全く揺らぎもしないわけで、それだけに、この先も知財高裁の手による第2弾、第3弾の判決が(そして願わくば審決を取り消す判決が)出てきてくれることを自分は願ってやまないのである。

*1:懐かしいエントリーとしては、新しいタイプの商標をめぐる暗中模索。 - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~。そういえば、J-Platpatが導入されたのもこの頃のことだったか、と今さらながらに思い出す。

*2:導入後半年くらい経ったタイミングでのエントリーがこちら。いまだ見えない「新しいタイプの商標」の行方。 - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~

*3:https://www.jpo.go.jp/resources/report/nenji/2019/ebook/html5.html#page=123参照。

*4:第4部・大鷹一郎裁判長、https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/305/089305_hanrei.pdf

*5:そして、そうなると、特許庁がかき集めてきた他の不動産会社のWebサイトとの比較で、「自分たちだけが!」という主張し続けることも難しくなる。

*6:なお、これはあくまで本来的な識別力の有無に関する説示であるが、使用による識別力取得の主張についても、同じ事実を前提としつつ、「原告による原告ウェブサイトにおける本願商標の使用の結果,本件審決時(審決日令和元年7月31日)において,本願商標の橙色のみが独立して,原告の業務に係る「ポータルサイトにおける建物又は土地の情報の提供」の役務を表示するものとして,日本国内における需要者の間に広く認識されていたものと認めることはできない。」(23頁)として、原告の主張を退けている。

*7:原告としては50%を超えているからまだ使える、という判断だったのか、それとも、裁判所に「出す」といった手前出さざるをえなかったのか分からないが、いずれにしても、このレベルの結果なら裁判の証拠としては使わない方が良いのではないかな、と個人的には思うところである。

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