装い新たに一段とパワーアップした『プラクティス知的財産法』シリーズ。

目下、暦の上では「ゴールデンウィーク」。

普段あまりカレンダーとは関係ない生活を送っている者にとっても、多少仕事のレスポンスが遅れても文句は言われない(はず)の、自分のためだけに時間を使える週間ゆえ、本来であれば、構想から一年以上温めてしまっている「宿題」をバリバリこなしていないといけないところなのだが、どうもその辺のスイッチがうまく入らないようで、連休の終盤に差し掛かっても一向に筆が進まない。

そんな中、少しでも自分への刺激になれば、ということで拝読したのが、以下の一冊である。

はしがきにある通り、このシリーズの原型は『ロジスティクス知的財産法』であり、本書は2012年に公刊された『ロジスティクス知的財産法Ⅰ 特許法』の実質的な改訂版にあたる。

あの本が出版された時の衝撃は今でも鮮明に覚えていて、当ブログでも以下のようなエントリーでその思いを伝えさせていただいた。

k-houmu-sensi2005.hatenablog.com

当時は、まだ(新)司法試験にも勢い、というか賑わいが辛うじて残っていたこともあってか、「受験対策本」の体裁で世に出されていた本だったのだが、論点をコンパクトにまとめた上で、特許訴訟の主張と抗弁の流れにそって整然と配列した構成は、「実務者向け体系書」としての価値も十分感じさせるものだったし、それゆえ、当時は、これは「受験対策本?自分には関係ないね」というディープな実務者層にこそ勧めないといけないな、という思いで筆をとらせていただいたのだが、あれから8年、新司法試験の位置づけも変わる中で、本書は「想定読者層」を大きく改める形で世に出されている。

「前著は、『ロジスティクス』(=兵站)の名が示すように、司法試験の受験生に試験に必要な情報を効率的に届けることを目的として企画した書籍であった。しかし、いざ公刊してみると、思いの外、特許に携わる弁護士に読者が多いことに気がついた。」
「もっとも、もともとが受験本であるために随所に散りばめられている試験対策用の叙述が(当然のことながら)すでに合格している実務家から前著を遠ざける要因となっていたことは疑いもなく、そうした事態は、著者にとって刊行後に気づかされた前著の潜在的な能力に鑑みるともったいないことのように思われた。」
「そのような次第で、本書は、改訂に際して、特許に関わる広い意味での法曹の実務家を主たる読者層として想定し、装いも題名も新たに生まれ変わった形で世に出すこととした。」
(以上「はしがき」より)(強調筆者、以下同じ。)

あいにく2012年の「初版」が山の中に埋もれてしまっていることもあり、手元で比較ができない状況ではあるのだが、前作で話題となった「論証ブロック」というフレーズは確かに姿を消した*1

また、「はしがき」で強調されているとおり、「進歩性に関する論点」は充実した記述になっており、「実務ガイド」という見出しとともに記述されている内容も、確かに実務家を意識して書かれた、という印象を与えるものとなっている。

自分は、新司法試験に関しては、問題そのものをほとんど触ったことのない人間だから、受験生にとってどうか、という見地からコメントするのは難しいのだが*2、こと実務者の視点で見てどうか? と問われれば、弁護士に限らず、企業内で特許係争にかかわる全ての実務者が目を通しておくべき一冊である、と、何の疑いもなく言い切ることができる。

特に、それまで出願周りを担当していた方(特許法に関する基本的な知識は持っているが紛争対応の実務はあまり経験したことがない方)とか、法務部門から知財紛争に対応するために送り込まれてきたような方(訴訟での主張立証ルールの基本的な心得はあるが、特許法の世界にほとんど馴染みがない方)にとっては、本書の構成と全体を貫くストーリーの完成度*3の高さが、これから直面する世界の全体像を最初に掴むうえで非常に有益な効果を発揮するのではないかと思うし、既にある程度場数を踏んだ方々にとっても、それまで「経験」の中で学んできたことを整理するための素材としては、実に優れたものと言えるのではないかと思われる*4

また、「はしがき」で強調されている「考える力を涵養する」という前作以来のスタンスは本書でも貫かれており*5、「消尽」が認められる根拠に関する説明(本書66~67頁)*6や、先使用権に関する説明(83~84頁)など、全体としてコンパクトな叙述の中でも「書くべきところはしっかり書かれた」本である、ということも改めて強調する必要はあるだろう。

もちろん、本書における論旨の一貫性は、フィクション事例に向き合う「受験生」の立場(純粋な答案戦略的観点)からは何ら問題ないものである一方、その論旨が自分たちにとって有利にも不利にもなり得る実務者にとってはかえって憂鬱の種になってしまう可能性があることは否定できない*7

その意味で、本書は実務者にとって一つの入り口となる「導入書」ではあるが、ここで思考を止めるべきものではない、ということも当然心得ておく必要はある。

ただ、本書の考え抜かれた構成や、論点の抽出、整理法といったものは、いかなる立場をとるにしても漏れのない普遍的なものだと思うだけに、本気でこの分野を勉強したいと思う方であれば、本書の骨組みと解説のエッセンスを自らノートにでもまとめた上で、それとの比較で他の解説書に目を通して見解を比較してみたり、本書に収められていない新しい裁判例の情報を追加していく、といったことを試みていくのが良いと思うし*8そういった使い方をするには最善の書だ、ということは、繰り返し何度でも申し上げておくことにしたい。

*1:ただし、前作における「論証ブロック」は、小手先の受験テクニックとは真逆の「一貫した論理」を示すためのツールだった、というのは当時のエントリーにも記したとおりである。

*2:Amazonのレビューなどを見ると、「受験対策本」としての性格が薄れたことを惜しむ声も上がっているようである。もっとも、これだけ各章で要件事実がしっかり書かれていて、構成も事例に応じた主張・抗弁を意識しやすい、しかも答案を書く上でもっとも重要な「論旨の一貫性」も確保されている、となれば、試験対策本としても普通は文句なしの存在と言えるのではないだろうか。前作で取り入れられていた「試験で書きやすそうな」パターン的記述が今回は影を潜めていることが不満の背景にあるのかもしれないが、試験において参照すべきは、参考書が示す「考え方」であって「記述」そのものではない(「記述」を丸覚えするような勉強法はそもそも不効率の極みである)のだから、エッセンスが維持されている限り、何ら問題はなかろう、と思うところである。

*3:要するに、各記述を貫くロジックが一貫しており、論旨があっちに行ったりこっちに行ったり、ということがないために各章を整合的に理解できる、ということ。

*4:自分は2012年に前作を手にしたときは、後者の視点で眺めていたのだが、その後、特許訴訟の実務からは少し離れてしまい、知識を十分にブラッシュアップしないまま10年近く時を過ごしてしまったこともあって、今では最近の裁判例を中心に「初心者」の視点で知識をインプットしなければいけないような状況にある。とはいえ、いずれの視点でも十分役に立つ書籍だと思う。

*5:「はしがき」には「斯界の発展を願って」かなり強烈なことも書かれているが、それは買ってのお楽しみ、ということであえて引用しないでおく。

*6:「特許製品が流通に置かれた段階で特許権が目的を達成したために権利が消尽する」という多数説の説明を「循環論法の域を脱していない」とした上で積極的根拠と消極的根拠の両面から丁寧に説明を行っている。

*7:均等や消尽の成否の問題にしても、損害賠償額の算定にしても、少々無理筋でも理屈を立てないといけないケースというのは必ず出てくるものだから・・・。

*8:これは自分自身が駆け出しの知財担当者だった頃に『特許判例ガイド』や『商標法概説』を下敷きにしながら行っていたことでもあるのだが、本書をベースにすればスタート地点を整える手間もより省けただろうな、と思うところである。

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