「先生のご見解」をあらぬ方向に一人歩きさせないために。

4月の初め頃に公表された「調査報告書」*1を一目見て以来、これはコメントしなくては・・・とずっと思い続けていた天馬㈱の「海外子会社において認識された不適切な金銭交付」をめぐる問題。

自分は純粋に、ここ数年取り組んできていた「外国公務員贈賄規制」の文脈の中で、この調査報告書に描かれている「現地法人」の人々の動きと、それを受けた日本側の対応(結果的にはことごとく裏目に出る形になっているのだが・・・)を興味深く読ませていただいたし、「もって他山の石とせよ」的なトピックが満載、という点において、綿密なヒアリングやフォレンジック調査を行った調査チームのご尽力には心から敬意を表したい、と思っている*2

幸か不幸か、この「調査報告書」が公表されて以降、当事会社においては「企業統治のあり方」を争点に現経営陣と大株主との間の争いが顕在化しており、今月予定されている定時株主総会に向けて、会社側の取締役選任議案と株主が提案した取締役選任議案が真っ向から対立する状況になっているし、そこに監査等委員が絡むことによって、より問題が複雑化しているようである*3

会社側、株主側がいずれも「調査報告書」を引用しつつ自らに有利な主張を展開しようとされている状況を眺めていると、調査委員会の中の方々もさぞ「何の因果で・・・」と当惑されているのではないかと思うのだが*4、自分は、この会社の株主でもなければ従業員でもないし、現経営陣や提案株主の方々、そういった方々の関係者と何ら接点があるわけでもない。そして何よりも、この会社が手掛けている事業そのものへの理解も全く十分なものではないから、これまでの経営の巧拙だとか、どのような企業統治のあり方が望ましいか、といったことにコメントできる立場でもない。

したがって、それはそれ、これはこれ、ということで、以下では、調査報告書の「本題」である「不適切な金銭交付」への対処のプロセスに関し、自分が一番「うっ」と声を詰まらせてしまったポイントを中心に取り上げてみることにしたい*5

「顧問弁護士」の見解が招いた迷走

この調査報告書では、認定した事実が「現地法人での対応」(21頁~)と「日本の本社での対応」(28頁~)に分けて記述されており、現地での公務員(税務局調査リーダー)に対する金銭授受の状況やそのスキームに関する話が先に完結する形で描かれている。

そのため、最初に生で現金を渡した後に、コンサルティング契約に切り替える、という前半の記述がどうしても不自然なものに見えてしまうのだが、その背景を明らかにしているのが、後半の「(3)顧問弁護士への相談」の章において、調査委員会が「顧問弁護士から受領した相談記録から引用した」として記した以下のくだりである。

ア 相談事項
「X 国天馬の E 社長が、2019 年 9 月 2 日?(記憶が定かでないが 9 月の初頭との記憶あり)現地の税務吏員に現金で 1,600 万円を渡した。これは、その見返りとして税の優遇を受けるためのフィーであるとの説明があった。ただし、当初は、9 月 2 日ではなく、もう少し先の予定だった。何故か、急遽、税務吏員に金員の支払を求められ渡してしまった。今後、どういう対応が考えられるか。なお、この現金の交付について、E 社長は天馬本社の A にどうしたらよいか指示を仰いだところ、A から過去にも同じようなことをやっているので交付しても構わないとの指示が出ている。F社長は海外出張中で連絡がとれず、現金の交付を知ったのは交付後である(F社長はゴーサインを出していない。)」
(31頁、筆者注:強調筆者。なお、事案に鑑み、登場する個人名に関しては調査報告書の記述からさらに仮名化している。以下同じ)

イ 顧問弁護士の回答
「1 現金の授受が賄賂の供与(贈賄)に該当するかどうかは事実関係の調査が不十分であるので何とも判断できないが、仮に賄賂として現金を供与したのであれば、不正競争防止法第 18 条第 1 項に該当する可能性がある。現金を渡した経緯等が明らかではないので、現状では、一般論としてそういう可能性があるとしか言えない。 この件については、三菱日立パワーシステムズが行った司法取引の例がある。」
「2 現時点での対応としては、事実関係をしっかりと調査することと、税務吏員なる者に渡した現金を返却してもらうことが可能なのであれば直ちに返却を受けてすべてをリセットすべきである。現時点では賄賂性が明確に認識されていないので、早期にそういう対応が可能なのであれば、そうすべきと思料される。ただし、私のこれまでの経験では、一度渡した現金はまず返ってこない。 そうすると、不正競争防止法違反の事実があるかどうかを調査し、そういう事実のあることが判明した場合は、捜査当局に自主申告をするかどうかを含め、監査等委員も出席のうえ取締役会を開き対応を決めるという扱いになる。因みに一般論ではあるが、昨今はアジア諸国でも賄賂は厳しく取り締まられており、現地の人間は、それを踏まえ、コンサル会社を作りコンサルのフィーとして金員を受け取るということをやっている。それがコンプライアンス上許されるのかという問題はあるが、しっかりとしたコンサル契約を締結し経済的合理性のあるフィーを支払うのであれば、少なくとも不正競争防止法の問題は出てこない。ただし、これはアンダーグランドの話であることは間違いないので、お勧めをするわけではない。」(31~32頁)

このやり取りを海外系の業務を担当する企業の法務・コンプライアンス担当者が一読すれば、誰もが例外なく天を仰ぐことだろう・・・。

相談に来たのが現地から直接報告を受けておらず、やり取りもしていない本社の役員で、会社側から事実関係についての詳細な報告も受けていない状況(報告書69頁では、相談が口頭のみの概略説明で行われたことも問題視されている)で助言せざるをえなかったように思われるところに関しては、もちろん同情の余地はある。

だが、5年前、10年前ならともかく、今はかつて「汚職の巣窟」と言われたような国(報告書では「X国」と記されているかの国ももちろんそうである)においてすら、一罰百戒で「渡される側」に厳罰が下る時勢であり、現場レベルではこの手の話に対する緊張感が以前とは比較にならないくらい高まっている。

「回答」をよく読めば、(最後の「コンサル契約」云々の部分を除けば)中身自体はそこまで誤った教示をしているわけではない*6

ただ、そういった個々の回答の中身以前に自分が気になったのは一連の助言の「トーン」の方で、「自分のところに相談に来る1か月以上も前に1200万円もの大金を現地国の公務員に渡していて、しかもそれを日本の本社の人間が指示していた」という『告白』を目の前で聞いたら、昔気質の弁護士なら”沸点”に達してクライアントを怒鳴りつけても不思議ではないところなのに、淡々と「事実調査」の必要性を指摘するのみで、最後は「一般論」のおまけまで付けて終了、となれば、そりゃあその後の会社の動きもおかしくなる。

調査報告書には、これに続けて、F社長が「消耗品費」による処理ではなく「コンサルティング契約」による処理による「適法化」を指示 → それに基づき経営会議決議まで経てコンサルティング契約を締結 → ところが、その後(顧問弁護士への相談からは約1か月後)役員が行った別の弁護士への相談において、

① 税務局職員に対する現金の交付は不正競争防止法違反に該当しうる
② 交付した現金を返金してもらったとしても、最初の現金交付に関して不正競争防止法違反であることは変わりがなく、正常化につながらない
③ 現金を返金してもらい、税務局職員以外の第三者との間で本コンサルティング契約を締結してコンサルティング料を支払ったとしても、その後、税務局職員にコンサルティング料が渡されているのであれば、税務局職員へ直接現金交付していることと実質的に変わりがない
④ 税務局職員が紹介したコンサルティング会社であれば、コンサルティング契約を締結して振込送金すること自体が、新たな贈賄行為として不正競争防止法違反に該当しうる
(40頁)

という回答を得たことで、社長が直ちにコンサルティング契約の取引停止を指示・・・という状況も生々しく描かれているだけに、なおさら悔やまれるのがその前の「相談」。

調査報告書では、

「相談の際、本裏報告書を入手していながらこれを示さず、口答のみで概略を説明して概括的な回答を得るだけの面談を行ったこと(もし本裏報告書を示して再度相談していたら、顧問弁護士の回答内容は異なっていた可能性がある)、その後のコンサルティング契約の進捗について顧問弁護士に逐一相談して確認を得なかったこと(もしコンサルティング契約の進捗について逐一相談していたら、顧問弁護士は止めるべきだと助言した可能性がある)については、収集された情報の「分析・検討」が正しくなされたとは言い難く、外国公務員への金銭交付への危機対応という重大な場面で、取締役らが依拠するに足る外部専門家からの助言を引き出したとは評価できない。」
「もっとも、顧問弁護士の回答を信頼して違法行為が適法化されると思い込んだことから、その部分では同情に値する側面がないとは言えない。しかし、結局は、自らの判断において、顧問弁護士の回答内容とも異なるコンサルティング契約を R 社と締結し、虚偽の経費処理のための仮装工作を推し進めたのであるから、その責任を顧問弁護士に転嫁しようとすることは筋違いである。」(69頁)

と、あくまで問題は取締役側の相談の姿勢と回答の使い方にある、と指摘し、さすがに「顧問弁護士に問題があった」という認定は行っていない。

だが、報告書は同時に、「(責任の所在はともかくとしても)顧問弁護士の回答が一連の不適切な『処理』の一端になった」ことまでは否定していないわけで、今年の3月に出た関西電力金品受領問題の調査報告書における「弁護士への相談」*7の描かれ方と同様に、同じような相談を受ける可能性のある者としては、思わず嫌な汗が噴き出てくるようなエピソードになってしまっていることは間違いない。

それまでなら、滅多なことでは表に出ることのなかった「弁護士とのやり取り」が、こういう形で世に公表されるようになってしまったことをどう受け止めるかは人それぞれだろうが、「調査委員会文化」がこれだけ定着している現在において顧問弁護士といえども”聖域”ではなくなっているのは確かだし、法務的なバックグラウンドがなく、危機管理マターへのリテラシーが高いとはいえない相談者に対して概括的な「回答」を述べただけでは、それがいつ”原因”として指弾されるかもわからない世の中になってしまっているともいえる。

それだけに、相談を受ける弁護士側としては、自分の見解を「一人歩き」させないための細かいテクニックはどうしても必要になってくるし*8、それ以上に事の重大性に関して「温度感のズレ」を生じさせない、ということに何よりも気を配る必要がある*9

また、逆に相談に行く側としても、後々取締役が、「十分な情報収集と、その情報の分析・検討を行っていなかった」と指弾されないようにするためには、現に起きている事実を把握し、かつ(たとえ法的な知識の裏付けはなくても)リスクへの感度が高いスタッフ(ざっくり言えば”勘のいい”人)を相談の場に同席させて、その後の対応でも主要な役回りを担わせる、といった対応は欠かせなくなっていると言えるだろう*10

この先、本件が刑事事件として立件され、当局の手によって更なる事実解明が進められていくことになるのか、それともより厳格な立証が要求される刑事法廷での審理には適さない、という理由で、今回の「調査報告書」レベルの話で止まるのか(あるいはより小さな話として立件されるのか)*11は今の時点では何とも言えないが、いずれにしても本件は、弁護士に相談する/相談を受ける機会が不名誉な”きっかけ”にならないように、という自覚を持たせてくれる好素材である。

この先も自戒を込めつつ、心して臨みたい。

*1:https://www.tenmacorp.co.jp/dl/?no=1558

*2:ちなみに、この報告書ではデジタルフォレンジックの過程において用いられた検索キーワードまで列挙されており(5ページ参照)、同種調査への応用、という観点からも興味深い資料となっている。

*3:直近でこの問題を取り上げたものとして、日経電子版の2020年6月12日配信記事がある(26日総会の天馬、取締役案で株主と対立 双方の主張は :日本経済新聞)。

*4:強いて言えば、「取締役会がガバナンス機能を発揮できなかった原因」として「派閥争い」の話をここまで書く必要があったのか、こと本件調査対象の問題に関していえば、仮に取締役会メンバー間に密接な信頼関係があったとしても、(根本的な法令知識や法令遵守を優先する意識の低さゆえに)取締役会が監視・是正機能を発揮することは必ずしも期待できなかったのではないか(むしろ捜査当局が何らかの形で情報を掴むまで、こういう形で世に出ることさえなかったのではないか)、という素朴な疑問はあるのだが、今何を言っても憶測の域を出るものではないので、そこに深入りすることはしない。

*5:本件は、事案の概要それ自体も既にかなり報道されているところなので(日経電子版2020年5月11日配信記事ベトナム公務員に2500万円提供 「天馬」現地子会社 :日本経済新聞など参照のこと)、本エントリーの中での詳細な記述は割愛する。

*6:調査委員会は「現金を渡した時点で『既遂』なので、返還を受けても適法化されることはない」と指摘しているが(32頁)、理屈の上ではそうだとしても、現実問題として、現金を渡した直後にそれを回収することに成功すれば、処罰リスクは著しく低減するわけで、あながち的外れ、ということではないと思う(本件では顧問弁護士に相談した時点で、追徴税額を大幅に減額する調査結果を受領してしまっているため、さらなる見返りもなく「回収」すること自体がほとんど期待できない場面ではあったのだが、顧問弁護士はその可能性も含めて指摘はされている)。

*7:”阿吽の呼吸”の落とし穴~関電第三者委員会調査報告書より - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~

*8:特に自分の場合、「相談に行って得た見解を少しでも自分たちに有利に使おうとする」相談者側の心理は知り尽くしているだけになおさら、である(苦笑)。

*9:ここで弁護士の立場で行うべきことは、「身を守る」ことを最優先して、やたら長々と留保を付した見解をメールや意見書ベースで送付することではなく、メリハリの「ハリ」の部分で、受け取った人が誤った方向に走り出さないような楔をしっかり打つことだと自分は思っている。そしてそれは、社内の事業部門と法務部門との間のコミュニケーションにおいても共通するところは多い。

*10:かつては、顧問弁護士と顔なじみの役員や部長だけがふらっと顔を出して雑談がてら見解を聞き、それをあたかもご託宣のごとく使い回してことを進める、というような事例に接することも多かったが、今やそれはかえって新たなリスクを引き起こす源になりかねないのである。

*11:調査報告書の中でも現金授受等に関する事実認定は行われているし、関係者が調査委員会に対して供述したのと同じレベルで事実を認めて供述すれば、立件の壁はそこまで高くないような気もするが、海外の現地法人が舞台となっている話だけに一筋縄ではいかないところも出てくるような気はする。

google-site-verification: google1520a0cd8d7ac6e8.html