「19億3600万円」の謎。

昨年からずっと世間を賑わせてきた関西電力役員らの「金品受領問題」。

当初この話を聞いた時は、「しがらみの多い会社」にはありがちな話だな、というのが率直な感想だったし、会社関係者側に共感できるところも多々ある事案ではないか、と思っていたのだが*1、世論の風は冷たく、しかも年明けの第三者委員会報告書の中で、単なる金品「受領」だけでなく、”発注に手心を加えた”事実まで認定され、さらに事案発覚後の社内での対応のまずさまでもが認定されてしまったことで、俄然旗色が悪くなる*2

そして、予定調和的に株主からの提訴請求がなされ、設置された「取締役責任調査委員会」が一部の取締役の善管注意義務違反を認定する調査報告書*3を提出したことで、事態は大きく動いていくことになった。

関西電力は16日、役員らによる金品受領問題で善管注意義務違反があったとして、八木誠前会長や岩根茂樹前社長ら旧経営陣5人に計19億3600万円の損害賠償を求め大阪地裁に提訴したと発表した。長年にわたる不透明な「原発マネー」を巡る不祥事は、旧経営陣の責任が法廷で問われることになった。」(日本経済新聞2020年6月17日付朝刊・第35面、強調筆者)

なぜかこういう時にはどこの会社でもセットになる「歴代3社長」。加えて原子力事業を担当していた元副社長に元常務取締役。

この人選は基本的には「取締役責任調査委員会」の認定どおりなのだが、この5名に関して善管注意義務が認められるかどうかは、同委員会が検討の対象とした「金品受領問題」「事前発注約束問題」「公表等問題」「役員報酬カット分補填問題及び追加納税分補填問題」それぞれについて、改めて司法の場で争われることになるはずだし、逆に今回監査役が提訴の対象としなかった歴代取締役について善管注意義務違反が認められないかどうか、という点も更に議論は続くことだろうと思う*4

で、今日、ここでコメントしておきたいのは、「善管注意義務違反になるかどうか」という問題の核心ではなく、会社の請求額がなぜ「19億3600万円」という途方もなく大きな額になったのか、ということである。

会社が出したリリースを見ても、提訴対象の取締役の名前と請求額が淡々と記載されているだけで*5、金額の算定根拠が特に書かれているわけではない。

これが有価証券報告書への虚偽記載だとか、独禁法違反のような事例であれば、会社に課されたペナルティの金額が明確な数字として出てきて、それが一つのベースになるのだが、本件に関して、関電という会社がそのような形で明確な「処分」を受けたというリリースはなかったはずで、現にあったのは、メディアによる辛辣なバッシングくらいだから、最初に提訴の報を聞いた時、果たしてどういう根拠でこの「19億3600万円」という数字を出したのか、ピンとこないところはあった。

そこで遅まきながら、今月出たばかりの「責任調査委員会」の報告書に目を通したのであるが・・・


報告書には、確かに「第7 各取締役の善管注意義務違反により生じた損害」という章が設けられており(42頁以下)、そこにいくつかの数字が出てくる。

しかし、そこに至るまでの第2~第6での、善管注意義務違反の有無を検討するプロセスでの丁寧な記述に比べると、「損害」に関する記述はかなりざっくりとしたものになっている。

たとえば、最初に出てくる「事前発注約束等によって関西電力が受けた発注関係の損害」に関する記述。

「事前発注約束の対象となった工事の中に関西電力にとって必要な工事が含まれていたとしても、事前発注約束をした発注金額を満たすための工事発注が繰り返されていたことを踏まえると、柳田産業に発注した工事の中には、関西電力にとって不要な工事や柳田産業以外に対してより低い発注金額で発注可能であった工事が含まれていた可能性は否定できない。したがって、少なくともこれらの事前発注約束の対象となった工事の全部又は一部につき、関西電力に損害が発生していると考えるのが相当である。」(43頁、強調筆者、以下同じ)
「仮に関西電力等が適切な工事等の発注を行っていたのであれば、本件取引先等がかかる『還流』を行う必要はない。そうすると本件取引先等は、不適切な発注といういわば関西電力の利益の犠牲の下、関西電力等から過大な金銭の支払いを受けていたと考えるのが合理的である。したがって、関西電力は、事前発注約束等に基づく不適切発注により、少なくとも還流された金品相当額又はそれ以上の金額に相当する損害を被っていたことになる。」
「この金額は関西電力等の役職員が1987年5月以降、森山氏から受領した金品の総額である約3億6000万円を上回ることは容易に推察できる」(以上44頁)

ここでは、仮定に仮定を重ねた上で「合理的」「容易に推察できる」といったワードを用いて「約3億6000万円」という数字を導き出しているのだが、第三者委員会報告書においても、「渡された金品」の「対価性」がそこまでストレートに認められていたわけではなかったことを考えると、かなり思い切った筆の運びだな、というのが率直な印象だったりする。

続く「金品受領問題等を原因とした営業上の損失」に関しては、「入札指名停止」や「補助金の交付を受けられなかったこと」「CMを差し替えざるを得なくなった」こと等から、「損害額は、7億円を下らないものと認められる」という記述がざっくりと出てくるし、「信頼回復等のための費用」についても「2億5,000万円」という数字がいきなり出てくる。

もちろん、調査委員会の中では、様々なデータをもとに積み上げてこの数字を出しているのだろうし、そのバックデータや計算式は、会社側にもきちんと引き継がれているのだと思うのだが、外の人間の視点で見ると、この種の話での「営業上の損失+信頼回復費用」が10億円近くまで積み上がる、という結果を消化し切るのはなかなか難しいところもある*6

そしてこれ以降に出てくる数字は、先に取り上げた数字を再び引っ張ってきているだけだから、この報告書によれば、全ての行為に対して責任を負う取締役でも、合計額は約13億円強、ということになるはずだが、実際の請求額はさらにそこから6億円以上上乗せされた数字になっている、という点も、どう理解すればよいのか今一つ分かりかねている。

おそらく、訴訟が始まり、判決まで進むようなことになれば、請求の根拠やその当否も明らかにされることになるのだろうが、それまではちょっとモヤモヤが続くことにはなりそうだ。

ちなみに、関電の6月15日付のリリースでは、こういった取締役の善管注意義務違反の話に加え、「監査役に対する請求の当否」についても議論した結果が公表されており*7、そこでは監査役にも善管注意義務違反はあるが、(提訴請求を受けた取締役が)訴えを提起しないこともできる」ということを述べた上で、さらに別の法律事務所を用いて「提訴しないことに関しての取締役の善管注意義務違反の有無」についても見解をとる*8という念の入れ方(これが「不提訴」という最終的な結果につながっている)。

当然ながら、こちらについても株主代表訴訟の対象にはなり得るし、これから様々な議論が展開されることになりそうだけど、自分はやっぱり「数字」の方が気になるなぁ・・・ということで、もうしばらくはこれからの動きをじっくり眺めていきたいな、と思うところである。

*1:その”辛抱”は誰の、何のためだったのか・・・? - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~参照。

*2:それでも、長年企業の中で生きてきた者としては、この事案で会社側の非を一方的にあげつらうようなメディア、一部有識者の論調には鼻持ちならないものがある、と思っていたりはするのだが・・・。”阿吽の呼吸”の落とし穴~関電第三者委員会調査報告書より - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~参照。

*3:https://www.kepco.co.jp/corporate/pr/2020/pdf/0608_1j_01.pdf

*4:株主の提訴請求は「現旧取締役12名」に対して行われており、今回会社による提訴に至らなかった取締役についても、不起訴通知を受けて株主代表訴訟に発展する可能性は十分にあるように思われる(同じく提訴請求された監査役7名については後述)。

*5:当社現旧取締役および現旧監査役に対する提訴請求への当社の対応について|2020|プレスリリース|ABOUT US|関西電力

*6:関電の場合、外面の”人気”の上下動が収入に直結しないインフラ系企業だけに、余計に悩ましい。

*7:https://www.kepco.co.jp/corporate/pr/2020/pdf/0615_2j_01.pdf

*8:https://www.kepco.co.jp/corporate/pr/2020/pdf/0615_2j_02.pdf

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