司法判断第2弾、それでも残るモヤモヤ。

裁判所が長らく閉まっていたこともあって、最近は新着の判決に目を通す機会も減っていたのだが、ここにきて徐々にアップされる数も増えてきている。

ずっと追いかけている「色彩のみからなる商標」も、今年3月の第1弾判決*1に続き、今度は高部眞規子裁判長の第1部で、確認できる限り2件目の拒絶不服審判不成立審決取消訴訟の判決が出されている。

請求棄却で、事案だけ見れば結論の妥当性もあるかな、と思う一方で、読み進めていくとモヤモヤしてくるところも出てくるこの判決を、以下でご紹介することにしたい。

知財高判令和2年6月23日(令元(行ケ)第10147号)*2

原告:日立建機株式会社
被告:特許庁長官

本願商標は、平成27年4月1日、施行と同時に出願されたものの一つで、指定商品は以下のとおり。

第7類「油圧ショベル,積込み機,車輪により走行するローダ,ホイールローダ,ロードローラ」及び第12類「鉱山用ダンプトラック」

色彩に関する詳細な説明での記載は、当初の「タキシーイエロー」から補正により「オレンジ色」に変わったものの、

色相0.5YR 明度5.6 彩度11.2

のマンセル値で特定される色である。

ありふれた色調の単色、しかもこの色彩がもっぱら油圧ショベルの塗装色として」使われているもの*3、ということを考えると、これで登録を認めて独占権を付与する、という発想にはさすがになりにくいだろうな、と思う。

ただ、原告もさすが日本有数の大企業の傘下にある会社だけあって、こと商標法3条2項該当性、ということに関していえば、先日の不動産総合ポータルサイトの事例と比較しても相当強力な主張立証を行ってきている。

油圧ショベルのほとんどが5社のメーカーによって供給されている中で、原告の油圧ショベルのみがオレンジ色を使用。
・少なくとも1993年から現在まで本願商標に係るオレンジ色が使用された油圧ショベルのカラー画像の広告を、少なくとも72種類以上作成し、少なくとも29種類以上の新聞及び雑誌に継続的に掲載。
・2018年6月以降、本願商標に係るオレンジ色が使用された油圧ショベルのカラー画像のウェブ広告を3種類作成し、8種類のサービスに出稿。合計4000万回以上表示され閲覧された
・少なくとも1990年9月から2016年1月までの25年以上にわたり、テレビCMを繰り返し放映し、本願商標を付した油圧ショベルを登場させたテレビCMを放映した。
・1990年から2014年までの期間における年度別及び媒体別の具体的な広告宣伝費は、多い時で年間15億円を優に超え、直近の2010年から2014年において年間4億円に近い金額が支出されている。
油圧ショベルの色彩に関するアンケート調査では、アンケート回答者の合計96.4%が原告を想起しているとの結果を得られた*4

宣伝広告費の金額の大きさにも驚かされるが、何より凄いのは、アンケートで「96.4%」という数字を叩きだしたことで、3月のLIFULLの事案でのアンケートの数字*5と比べても実に驚異的な結果となっている。

ということで、この主張立証を受けて裁判所が本件をどうさばくのか、というのが本件の最大の注目どころだったのであるが・・・。


本判決は、いかにも高部裁判長の合議体らしく、まず、出だしから商標法3条2項の趣旨を語る。

「本願商標が商標法3条1項3号に該当することは,当事者間に争いがないところ,同条2項は,同条1項3号ないし5号に対する例外として,「使用をされた結果需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるもの」は商標登録を受けることができる旨規定している。その趣旨は,特定人が当該商標をその業務に係る商品の自他識別標識として他人に使用されることなく永年独占排他的に継続使用した実績を有する場合には,当該商標は例外的に自他商品識別力を獲得したものということができる上に,当該商品の取引界において当該特定人の独占使用が事実上容認されている以上,他の事業者に対してその使用の機会を開放しておかなければならない公益上の要請は薄いということができるから,当該商標の登録を認めようというものと解される。」(12頁、強調筆者、以下同じ。)

続く判断基準に関する説示の前半部分は、特許庁の審査基準に書かれていることと大差ないように思えるが、後半で「色彩の自由な使用を不当に制限することを避けるという公益」への配慮について言及したくだりは、(前々から多くの識者によって言われていたことではあるが)判決に書き込まれたことに一つの意義があるといえるのだろう。

「そして,使用により自他商品識別力を獲得したかどうかは,当該商標が使用された期間及び地域,商品の販売数量及び営業規模,広告宣伝がされた期間及び規模等の使用の事情,当該商標やこれに類似した商標を採用した他の事業者の商品の存在,商品を識別し選択する際に当該商標が果たす役割の大きさ等を総合して判断すべきである。また,輪郭のない単一の色彩それ自体が使用により自他商品識別力を獲得したかどうかを判断するに当たっては,指定商品を提供する事業者に対して,色彩の自由な使用を不当に制限することを避けるという公益にも配慮すべきである。」(12~13頁、強調筆者、以下同じ)

かくして、この時点で原告側のハードルはかなり高くなってしまったわけで、「使用による自他商品識別力について」の項で示された判断も、ことごとく原告側に厳しいものとなった。

ア 本願商標の色彩を付した油圧ショベルの販売について
「本願商標の色彩であるオレンジ色は,「赤みを帯びた黄色」(乙1)であり,JISの色彩規格に,慣用色名としてオレンジ色が挙げられ(乙2),本願商標の色彩と同じ色相が色相環に挙げられ,近似した色見本が挙げられるなど(乙3),ありふれた色である。そして,本願商標の色彩と類似した色彩である橙(マンセル値:5YR 6.5/14)は,人への危害及び財物への損害を与える事故防止などを目的として公表されているJIS安全色にも採用され(乙10,11),ヘルメット(乙4),レインスーツ(乙5),ガードフェンス(乙6),特殊車両(乙7),タワークレーン(乙8),現場作業着(乙9)等に利用されていることが認められ,建設工事の現場において,一般的に使用される色彩である。また,前記(2)アのとおり,原告の販売する油圧ショベルの多くには,本願商標の色彩のほか,アーム部や車体等に白抜き又は黒文字で著名商標である「HITACHI」又は「日立」の文字が付されており,カタログにも原告の社名や「HITACHI」又は「日立」の文字の記載があること,本願商標が,単色でなく他の色彩と組み合わせて車体の一部にのみ使用されている商品も少なくないことに照らせば,本願商標の色彩は,これらの文字や色彩と合わせて原告の商品である油圧ショベルを表示しているというべきである。」
「以上によれば,原告が本願商標の色彩を車体の少なくとも一部に使用した油圧ショベルを販売したことにより,本願商標の色彩のみが独立して,原告の油圧ショベルの出所識別標識として,日本国内における需要者の間に広く認識されていたとまでは認められない。」(19~20頁)

イ 広告宣伝について
「これらの広告等には,いずれも,原告の社名が表示されている上,その多くに「HITACHI」又は「日立」の文字が併せて記載されており,本願商標の色彩のみが独立して,原告の商品である油圧ショベルの出所を表示しているとはいえない。また,これらの広告等の中には,油圧ショベルのモチーフが,オレンジ色をした五線譜上の音符や将棋の駒として表示されたり,オレンジを背景にしたキリンのシルエットとして表示されたりするなど,デザインの一環として用いられ,広告内容が油圧ショベルと関連付けられたものではないものも存在し(甲59の2・8・9等),このような広告は,視聴者に対し,オレンジ色が原告のコーポレートカラーであると印象付け,本願商標の色彩を一定程度認知させるものとはいえても,色彩と商品の結び付きは弱く,このことから直ちに,本願商標の色彩が,原告の油圧ショベルの出所識別標識として,広く認識されたとまで認めることは困難である。」
「以上によれば,本願商標の色彩を車体の少なくとも一部に使用した油圧ショベルの画像を用いた宣伝広告により,本願商標の色彩が,原告の油圧ショベルの出所識別標識として,需要者の間に広く認識されたとまではいえない。」(20頁)

本願商標の色彩がありふれていて、一般的に使用される色彩である、という事実は争いようがない*6

だが、特許庁が審査段階で良く持ち出してくる「会社名と一緒に使っているから」という理屈は、本件のそれが「日立」等の極めて著名な商標であることを差し引いても、こんなにあっさりと認めて良いものかどうか、自分は疑問に思うところである。

そして、ここでもっとも解せないのは、「コーポレートカラーであると印象付け」るために使われている、という事実がポジティブに評価されていない、ということ。

これが単純な「塗装色」であれば、それは一つのデザインに過ぎない、という反論も理解できるところだが、そこから離れて「コーポレートカラー」の域にまで達すれば、少なくとも使用者が商標に付与する自他識別標識としての意味合いは本来格段に上がるはずなのだ。それにもかかわらず、むしろ「色彩と商品の結びつきが弱い」という方向に話を持って行かれてしまう残念さ。

商標とはそういうものだ(特定の商品、サービスとの密接な結びつきの上でしか存在しえないものなのだ)と言われてしまえばそれまでなのかもしれないが、そういった発想はブランド戦略を考える側の発想とは大きく異なる帰結を招くことにもなりかねないわけで、ましてや鳴り物入りで登場させた「色彩商標」にその理屈を使うのが良いのかどうか、ということは、よくよく考えてみる必要があるように思われる*7

また、裁判所は、96%超の驚異的な数字を叩きだしたアンケートに対しても、以下のとおり、審決を覆すだけの効果を与えなかった。

ウ 本件アンケートの結果
「本件アンケートの調査対象は,全国の油圧ショベルの取引者及び需要者とされるものの,ホイールローダ,ダンプトラック,道路機械,環境機械等の需要者や,農業や酪農など土木建設業者以外の業種の者が除かれている上,油圧ショベルを10台以上保有している者のみに絞られているから,対象者は油圧ショベルの需要者の一部に限定されている。また,対象者数は,約●●●件の需要者のうちの502件であり,有効回答数はその38.6%である193件にとどまる。そして,認知率95.9%という高い数字は,有効回答数193件に対する数字であり,対象者数502件に対しては36.8%にとどまる。
「本件アンケートの質問方法は,本願商標の色彩の画像を見せた上で,「どのメーカーの油圧ショベルかをお答えください」と尋ねるものであるところ,かかる質問は,本願商標が出所識別標識と認識されることを前提とするものであるから,その回答によって,本願商標が原告のみの出所識別標識と認識されていることを示しているのか,単に原告の油圧ショベルの車体色と認識するにとどまるのかを区別することはできない。」
「以上によれば,本件アンケートの結果のみから直ちに,本願商標の色彩が出所識別標識として認識され,本願商標が付された油圧ショベルの出所が原告のみであることが広く認知されていたものと認めることはできない。」(20~21頁)

確かに、いかに需要者とはいえ、ターゲットが狭すぎるのではないか、という批判はあり得るだろうし*8、このアンケートの聞き方だけで単なる塗装色を超えた「出所識別標識」として認知されているというのは早計、という指摘も理解できなくはないのだが、この数字を引っ提げて攻めに転じたはずの原告側にとっては、ちょっと悔しさが残る結果となってしまったような気がする。

エ 原告以外の者による本願商標に類似する色彩の使用
「農機等を含む油圧ショベルや各種建設機械の車体色として,複数の事業者によりオレンジ色が広く採択されていた。そうすると,原告が本願商標の色彩を車体の少なくとも一部に使用した油圧ショベルを長期間にわたり相当程度販売していたとしても,油圧ショベルと需要者が共通する建設機械や,油圧ショベルの用途とされる農機,林業用機械の分野において,車体色としてオレンジ色を採用する事業者が原告以外にも相当数存在していたのであるから,原告が,他者の使用を排除して,油圧ショベルについて本願商標の色彩を独占的に使用していたとまでは認められない。」(21~22頁)

ここでもまた、「4~5社の寡占状態ゆえ、色だけでも十分識別できる」という理屈が、その根っこからの考え方を変えることでひっくり返されている。

そして最後に来るのが「取引の実情」。

オ 取引の実情
油圧ショベルは,建設機械の一種であり,建設業のほか農業や林業にも利用され,同一の事業者が油圧ショベルのほか,それ以外の建設機械や農機を製造販売している。また,油圧ショベルを含む建設機械は,製品の機能や信頼性を重視し,メーカーを確認して製品の選択が行われ,価格も安価なものではないことから,製品を識別し購入する際に,車体色の色彩が果たす役割が大きいとはいえない。」(22頁)

これを言われてしまうと(特にBtoBの業種では)身も蓋もないなぁ・・・ということで最終的な結論は以下のとおりとなった。

「以上のとおり,原告は,本願商標の色彩を車体の少なくとも一部に使用した油圧ショベルを長期間にわたり相当程度販売するとともに,継続的に宣伝広告を行っており,本願商標の色彩は一定の認知度を有しているとはいえるもののその使用や宣伝広告の態様に照らすなら,本願商標の色彩が,需要者において独立した出所識別標識として周知されているとまではいえない。そして,本願商標は,輪郭のない単一の色彩で,建設現場等において一般的に採択される色彩であること,油圧ショベル及びこれと需要者が共通する建設機械や,油圧ショベルの用途とされる農機,林業用機械の分野において,本願商標に類似する色彩を使用する原告以外の事業者が相当数存在していること,油圧ショベルなど建設機械の取引においては,製品の機能や信頼性が検討され,製品を選択し購入する際に車体色の色彩が果たす役割が大きいとはいえないこと,色彩の自由な使用を不当に制限することを避けるべき公益的要請もあること等も総合すれば,本願商標は,使用をされた結果自他商品識別力を獲得し,商標法3条2項により商標登録が認められるべきものとはいえない。」(22頁)

冒頭で立てた判断基準へのきれいな当てはめ。そして本願商標の色彩に「一定の認知度」を認めたものの、一貫して特許庁の判断をストレートに肯定した判断・・・。

繰り返しになるが、冒頭でも書いた通り、自分はこの商標の登録が認められるべきだった、ということをいうつもりはなくて、製品の塗装色から出発し、現在においてもなお、当該色彩がその「塗装色」の域から脱していないような本件の事例において、本願商標に独占権を認めてしまうと弊害の方が大きくなるのでは?という指摘はごもっともだと思う。

だが、その結論に至るまでの、「コーポレートカラーとして印象付けるための使用」に対する評価だったり、アンケートの取り方に対する指摘だったり、そういったところのちょっとした論旨が、本判決を「先例」かつ、商標担当者の「行動規範」として用いることを躊躇させる。

自分自身、実際に色彩商標の権利取得に挑んで、2015年の制度導入から、審査の過程を通じ、ずっと抱き続けてきたモヤモヤを未だにきちんと言語化できていないところはあって、それをいつか・・・と思っているところも当然あるのだけれど、この判決は、その理路整然とした体裁ゆえに、なおさらこの話をちょっと分かりにくくした。そんな気がしているところでである。

*1:遂に出た「司法判断」~色彩商標制度創設から5年、初めての審決取消訴訟判決に接して - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~

*2:第1部・高部眞規子裁判長。https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/570/089570_hanrei.pdf

*3:もっとも判決中の認定事実等を見ると、単なる塗装色を超えたコーポレートカラーとして広告等に用いていた例もあるようである。

*4:アンケート自体は楽天リサーチが「建設機械全般の購入可能性があるから、明らかに油圧ショベルと関連性の低い業種を除いたうえで」「日本全国の建設業の就労者比に応じて当該地域毎に無作為に選定した事業者」を対象に行ったもの、とされている。

*5:第二次調査で55%程度。

*6:さらに言えば「安全色」としてJISに採用されている、という事実もこの文脈では決して良い材料ではない。

*7:自分はむしろ、色彩が単純な塗装色や”デザイン”の領域を離れ、商品・サービスから物理的に切り離されたところで自他識別標識として機能してこそ要保護性が生じるのだ、とずっと思ってきたし、実際、それがブランド戦略の定番といえる進め方ではないのだろうか? そして、同時に、自分は具体的な商品そのものから離れたところで識別標識として用いられる色彩だけが、色彩商標の権利行使のターゲットとなり得るものだとも思っているので、特許庁が「弊害」の例としてよく挙げてくる「同じ色が用いられている事例」の多くは、商標登録を認めるかどうか、という文脈の下では全く意味をなさないものだとも考えているところである。

*8:裁判所は原告の主張に応答する形で「農業や林業に従事する者も需要者に含まれるというべき」(23頁)としている。

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