目指すべきは「ハイブリッド」の先にある。

月曜日の日経法務面のトップに「バーチャル株主総会」の話題が取り上げられていた。

中身のメインは今年「出席型」のバーチャル株主総会を開催した13社がささやかに取り組みの成果を振り返る、というもので、この手の調査で対象となった全社が回答した、というのはある意味凄いな、と思ったものの、基本的には”自画自賛”だから、それ以上掘り下げる必要はないかな、というのが率直な感想。

ただ、引っかかったのは、その脇に添えられた以下のようなコメント。

三菱UFJ信託銀行によると、6月に「参加型」「出席型」をあわせてバーチャル株主総会を開いた3月期決算企業は122社で、上場企業の5.2%しかない。何が開催を阻んでいるのか。塚本英巨弁護士は「株主総会の実務は保守的なのが伝統だ。関心のある企業は多いが、特に出席型は通信の問題など慎重にならざるを得ないのだろう」と話す。」(日本経済新聞2020年8月3日付朝刊・第11面、強調筆者、以下同じ)

見出しからして、「普及阻む保守的風土」だから、それだけで記者のバイアスが感じ取れる記事になってしまっているのだが、加えて登場する弁護士の、

「合理的な対応を取っている限り、通信断絶を理由に決議が取り消される可能性は低い」(塚本英巨弁護士)

とか、

「ネット株主の動議提出が制限されても、株主の不利益は少ない。来年以降は提出を認めないのが趨勢になるのではないか」(高田剛弁護士)

といったコメントを合わせ読み、とどめの「現実的には動議が提出される機会は少ない。」という記者の解説まで読むと、あたかも総会運営の実務に携わっている企業側の人間が「保守的」であるにすぎないようにも思えてしまう。

だが本当にそうなのか?

個人的には、この「バーチャル総会」について取り上げる際に、システム導入・運営のためのコストに触れなかったり、実際にオペレーションを担当するスタッフの負担に言及しないのはそもそもフェアではないと思っているのだが、そういった点を捨象しても、少なくとも現行法の下での「バーチャル総会」は推しづらい、と感じている。

ちょうどジュリストの先月号でも、この話題が特集で取り上げられていたところでもあったので、それに触れつつ少しコメントを残しておくことにしたい。

ジュリスト1548号(2020年8月号)特集「これからの株主総会-デジタル化への課題」

ジュリスト 2020年 08 月号

ジュリスト 2020年 08 月号

  • 発売日: 2020/07/22
  • メディア: 雑誌

ちょうど怒涛の6月総会が終わって一息ついた頃に出てきたこの企画。
収められている論文数は、冒頭の藤田友敬教授の「特集にあたって」を合わせても5本で、比較的小ぶりな特集、という印象があるが、中身は濃い。

特に、経済産業省が2020年2月に制定した「ハイブリッド型バーチャル株主総会の実施ガイド」*1を紹介しつつまとめられた澤口実弁護士の論稿*2と、松井秀征教授の「バーチャルオンリー型株主総会」に関する論稿*3を読み比べると、両者が、「根底にある思想の違い」という点において似て非なるものであることが良く分かる*4

そこで、各論稿を紹介しつつ、現在においては「スタンダード」な部類に属するハイブリッド型から思うところを述べてみることにする。

◆ハイブリッド型バーチャル株主総会

澤口弁護士の論稿は、経産省の「実施ガイド」の考え方を確認しつつ、そこから生じる疑問点を端的にまとめておられる、という点で非常に価値のあるものとなっている。

「株主には常にリアル株主総会に出席する機会が与えられており、オンラインで出席する株主はいわばリアル株主総会に出席する権利を放棄しているといえることから、事前に適切な説明をすることを条件に、オンライン出席する株主とリアル株主総会に出席する株主との取扱いの差異を一定の範囲で適法とする点に特徴がある」(澤口・17頁、強調筆者、以下同じ。)

というところを出発点に、その整理の妥当性や、許容される権利制限の範囲について論じられた上で、「このような整理が今後も継続的に認められるのか」という問題*5や、「リアル株主総会が存在したとしても十分に機能していない場合」についても同様の整理が成り立つのか、という点に疑問を投げかけられる。

また、本稿では続けて、要求される「情報伝達の即時性、双方向性」のレベルについて取締役会との比較を踏まえて論じられたり、「出席」概念、賛否の確認方法、質問内容による選定の合理性、といった総会運営にかかわる論点をコンパクトながらくまなく挙げて検討を加えている。

結論としては「個別の賛否の確認が不要である以上、その意思表示ができなくても不適法とはいえないであろう」(19頁)、「会議の目的事項と関連する発言等であっても、より多くの株主の共通の関心事項に関する発言等を優先して取り上げることは合理的といえる」(19頁)といったように、実際に想定される運用を「適法」と解する方向で書かれているものの、それぞれの場面で「争点」となり得る問題があることを改めて確認させられた、というのが、自分の率直な実感だった。

特に「動議」の取扱いに関しては、澤口弁護士ご自身が、「オンライン出席する株主から動議が多数出された場合に対応が難しい」という指摘をされており(20頁)、最終的には、

「動議について濫用的な権利行使がなされる可能性は、リアル株主総会よりも高いのかもしれない。しかし、その差異は相対的なものに過ぎない。」(20頁)

として、これまでの「リアル株主総会」で多用されていたリスク回避策を「オンライン出席株主」に対しても使うことを提唱されているのだが、「総会屋対策」時代から30年近い時を経て練り上げられてきたこの手のリアル総会での「対策」を、まだ歴史の浅い「オンライン株主対応」の場面で使えるのか?という自分の素朴な疑問は消えないままだった。

今の時代、どんな会社の総会でも、いつ何時、アクティビストが現れて存在感を発揮するか分からないし、1年前まで平和なシャンシャン総会だった会社で大きな不祥事や経営権をめぐる騒動が起き、突然委任状争奪戦が始まる、ということだって十分考えられる。

何の安心材料にもならない「現実に動議を出されることは少ない」という一言で終わらせてしまう一般紙の記事に比べれば、踏み込んで書かれている分、まだ少しは勇気づけられるところはあるとしても、オンライン出席する株主の側からアクションを起こされた場合には、大量にテキストで送られてくる動議をどうさばくのか、という問題に直面することになるし、逆に活動的な株主の方々が「リアル出席」してきたときに、これまでのように、大量動員した社員株主や無垢なファン株主の議場での”拍手”で押し切る、という手法が使いにくくなる可能性もあることにも目を向けなければならない。

そう考えた時に、本気で使おうとするとかなり怖い運営方法だな、というのが自分の率直な感想であったし、実務家としては、「リアル」な場での会議と両立させなければいけない、という前提が付されている時点で、「オンライン」側に余計なリソースを割くべきではない、と考える方がむしろ合理的であるようにも思える。

そして、本稿を書いておられる澤口弁護士ご自身が、「ハイブリッド型バーチャル株主総会」の適法性を述べつつも、株主総会を「会議体」として整理することの意義等、今の株主総会制度に関する根本的な疑問を随所で示されている、ということも気になるところではあった。

◆バーチャルオンリー型株主総会

さて、こうした流れの下で登場するのが、「バーチャルオンリー型株主総会」に関する松井教授の論稿である。

この論稿の最大のポイントは、何といっても現行法の下では認められない、と多くの人が考えている「バーチャルオンリー型株主総会」について、理論的に許容される道を示した以下の記述にあるといえるだろう。

「筆者は、株主が分散している公開会社(上場会社)においては、個々の株主が議案に対して影響を与える可能性は皆無であり、会議体による正統化機能は極限まで形骸化していると考えている。したがって理論的には、別の仕組みーたとえば十分な情報開示と適切な投票機会の提供ーによって正統化が可能ならば、このような会社において株主総会が物理的な会議体である必要性はない。」(松井・27頁、強調筆者、以下同じ)

このくだりに対しては一部で批判的な見方もあるようだが、自分は実務サイドからの経験に基づく思いを込めて、上記見解に全面的に賛同する

「資本多数決」という大原則の下、事前の議決権行使で完全に決着が付いた状況で開かれる会合に「意思決定のための会議体」としての意義などあるはずもない

これまで株主総会にかかわる多くの人々がとっくの昔に気づいていたこと。それでも、これまでの会社法の伝統的な解釈の下では「会議体」の体裁を整え、膨大なコストを費やして「リアルな株主総会」を開かなければならなかったから、その場を少しでも有益な場とするために、個人株主に向けたIR 活動の場、広報活動の場としての活用を試み、会場周辺に展示コーナーを設けたり、手土産を用意したり、といったことまでして、当日足を運んでくださる株主のためにありったけのサービスを提供しようとしてきた。

法定の議決機関であるがゆえの制約も感じつつ、それでも何とか上記のような「意義」を持たせようとするための精一杯の工夫。

だが、そんなささやかな関係者の努力は、今年の「新型コロナウイルス禍」とそれに伴う「大人数参加総会=悪」という風潮の前に、悲しくも空しく吹き飛ばされてしまった・・・。

本稿は、海外の状況等に触れつつ、

「会議体としての株主総会というのは、あくまでも組織体としての株主総会、すなわち意思決定機関であるそれのための手段でしかない。その手段が絶対的なものでないことを認めれば、バーチャルオンリー型株主総会に関しても、さまざまな制約から解放され、相当に自由に議論ができるはずである。」(28頁)

と将来に含みを持たせたまとめで締めくくられている。

自分自身の意見をストレートに申し上げるなら、これでもまだ不十分だと思っていて、法改正がなされることを前提に、「会」としての「株主総会」の廃止まで踏み込むかどうかの議論までしてほしいものだ、と思っているところではあるのだが*6、仮にそこまでいかなかったとしても、「会議体」としての様々な制約を解き放つ形で「株主総会」を淡々と済ませることができるようになるだけで、実務サイドの負担は大きく減らすことができ、より多くの、中身のある有益な活動にリソースを振り向けることができるようになるはず*7

そして、「株主総会」というフィクションの会議体に対し、ここまで振り切った方向で整理できるようなコンセンサスが形成されて初めて、多くの会社が「バーチャル総会」へと移行する環境が整うと言えるのではないか、と自分は考えているところである。


最後に冒頭の記事に戻るなら、今の「株主総会」をめぐる価値観と、会社法の通説的解釈の下で「ハイブリッド型」でやらざるを得ない「バーチャル株主総会」に踏み切る会社が少ないのは、株主総会にかかわる企業実務家が「保守的」だからではなく、株主総会をめぐる建前と現実のはざまで、極めて「合理的」な思考の下で行動しているからだ、ということはここで強調しておきたいと思っているし、本当に「バーチャル総会」のメリットを浸透させたいのであれば、中途半端な「ハイブリッド」ではなく「オンリー」、しかも決議結果には影響させない形で開催できるところまで環境を整えるべきだ、ということを申し上げて、本エントリーを締めくくることにしたい*8

*1:https://www.meti.go.jp/press/2019/02/20200226001/20200226001-2.pdf

*2:澤口実「ハイブリッド型バーチャル株主総会」ジュリスト1548号16頁。

*3:松井秀征「バーチャルオンリー型株主総会-その理論的基礎と可能性について」ジュリスト1548号22頁。

*4:これまでの、まさに春先から総会シーズンに向けて出された様々な論稿の中でも、「バーチャル総会」の話題は取り上げられてきたが、それらの論稿の多くが「新型コロナウイルス感染症対策」という課題克服の視点を取り入れたものだったのに対し、今回の特集に掲載されている論稿は、そういった特殊な前提を抜きにして純粋に「未来の総会の姿」としてこれらの「バーチャル総会」を論じている、という点に大きな意義がある気がする。

*5:澤口弁護士は、「リアル株主総会は細々と存在するような状況」になった場合に「追加的な手段」と言っても説得力が欠ける、ということを指摘されている(17頁)。

*6:従来の招集通知に代えて、事業報告とともに議案を開示し、株主に議決権行使のための一定の期間を与えた上で、その結果で意思決定を行えばよい、という発想である。

*7:ホテルの大宴会場を数日間貸切って行うような規模の会社が、それをやめてストレスの少ない「バーチャルオンリー」に移行すれば、システム導入コストを考慮しても確実に費用は浮くし、その浮いた費用だけで、IR担当の社員を3~4人は雇えるはずだから、CGコードあたりで「個人投資家向けの四半期に一度の説明の機会を設けること」を実質的に強制しても、十分お釣りがくるような気がする。

*8:そうでなければ、単にホテル業界と会議系のシステムを提供する業界、そして総会回りのあれこれを手掛ける業界にすべからく恩恵を与えるために「バーチャル」云々と言っているだけではないか、と勘繰られても仕方ないのでは?と思ってしまうのである。

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