顕在化した「社内弁護士」のリスク~利益相反問題に関する高裁決定への疑問

特許権侵害訴訟に絡んで示された判断、とはいえ、これを「知財事件」というカテゴリーだけで括ってしまうのは狭すぎる、そんな極めてセンシティブな問題を孕む決定が、今年の8月上旬に、知財高裁から出されている。

全ての弁護士にとっての最重要規範である「弁護士職務基本規程」の解釈適用が、懲戒手続ではなく法廷で争われることになった稀有な事例、そして、一歩間違えると、企業内弁護士の将来のキャリア展開にも大きな支障を生じさせかねない、そんな事例だけに、以下、少し丁寧に取り上げてみたいと思っている。

知財高決令和2年8月3日(令和2年(ラ)第10004号)*1

抗告人(基本事件原告):塩野義製薬株式会社、ヴィーブ ヘルスケア カンパニー
相手方(基本事件被告):ギリアド・サイエンシズ株式会社

公表されている決定文から引用すると、本件は、

「抗告人らが,基本事件における相手方の訴訟代理人である弁護士A及び弁護士B(以下A弁護士と併せて「A弁護士ら」という。)が所属するE事務所(以下「本件事務所」という。)の所属弁護士であった弁護士Cは,本件事務所に所属する前に抗告人塩野義製薬株式会社(以下「抗告人塩野義」という。)の社内弁護士として基本事件の訴訟に係る業務を担当し,これに深く関与していたから,基本事件は,C弁護士との関係では,弁護士法25条1号及び弁護士職務基本規程(平成16年日本弁護士連合会会規第70号。以下「本件基本規程」という。)27条1号の「相手方の協議を受けて賛助した事件」又は弁護士法25条2号及び本件基本規程27条2号の「相手方の協議を受けた事件で,その協議の程度及び方法が信頼関係に基づくと認められるもの」に当たり,A弁護士らとの関係では,本件基本規程57条本文の「他の所属弁護士(所属弁護士であった場合を含む。)が27条の規定により職務を行い得ない事件」に当たるから,A弁護士らが基本事件において相手方の訴訟代理人として訴訟行為をすることは本件基本規程57条に違反すると主張して,A弁護士らの各訴訟行為の排除を求める申立て(以下「本件申立て」という。)をした事案」(強調筆者、以下同じ。)

ということになる(事件名は「訴訟行為の排除を求める申立ての却下決定に対する抗告事件」)。

抗告審ということもあり、肝心の弁護士職務基本規程の該当条文そのものは公表決定文に出てこないのだが、重要なので記載すると、内容は以下のとおり。

基本規程第27条(職務を行い得ない事件)
弁護士は、次の各号のいずれかに該当する事件については、その職務を行ってはならない。ただし、第3号に掲げる事件については、受任している事件の依頼者が同意した場合は、この限りでない。
一 相手方の協議を受けて賛助し、又はその依頼を承諾した事件
二 相手方の協議を受けた事件で、その協議の程度及び方法が信頼関係に基づくと認められるもの
三 受任している事件の相手方からの依頼による他の事件
四 公務員として職務上取り扱った事件
五 仲裁、調停、和解斡旋その他の裁判外紛争解決手続機関の手続実施者として取り扱った事件

基本規程第57条(職務を行い得ない事件)
所属弁護士は、他の所属弁護士(所属弁護士であった場合を含む。)が、第27条又は第28条の規定により職務を行い得ない事件については、職務を行ってはならない。ただし、職務の公正を保ち得る事由があるときは、この限りでない

弁護士法25条の利益相反禁止を会規レベルでも改めて規定したのが基本規程の第27条であり、さらにそれを共同事務所における規律として定めたのが、基本規程第57条。

これらの規範が、弁護士の職業倫理の核心の一つであることは疑いないし、懲戒事例等を見ても、これらの規定に該当するかどうかが争点となったケースは相当な数に上るのだが、本件の特殊性は、基本規程第57条適用の前提となる「他の所属弁護士」が、抗告人の「訴訟代理人」としてではなく、抗告人の社内弁護士として基本事件に関与していた」という事実を、抗告人側が、相手方(基本事件被告)代理人の基本規程27条、及び57条該当性の根拠としている、という点にある。

そのことの当否については後ほど触れるとして、一連の経緯を時系列でまとめると、

<2019年>
・8月~9月 抗告人の社内弁護士(C弁護士)が転職エージェントを通じてE事務所代表パートナーのA弁護士と面会、入所内定
・9月半ば  C弁護士が抗告人会社に退職申し出 
・11月8日  C弁護士が抗告人会社に最終出勤
・11月20日 抗告人が相手方(基本事件被告)に対し、基本事件(特許権侵害訴訟)の訴訟を提起
・11月28日 E事務所とは別の事務所が基本事件被告の訴訟代理人を受任
・12月27日 E事務所が基本事件被告の依頼により訴訟代理人を受任
      E事務所代表のA弁護士が、C弁護士と面会。基本事件に担当者として関与していた事実を把握。誓約書を徴収。
・12月31日 C弁護士が抗告人会社を退社
<2020年>
・1月2日  C弁護士がE事務所に出勤
・1月16日  基本事件被告がA弁護士らに委任する訴訟委任状を裁判所に提出
・1月18日  D弁護士らが基本事件被告の訴訟代理人の辞任届を提出

といったような流れで、確かにこれは・・・と思われても仕方のないところはあるように思う。

東京地裁では、職務基本規程第57条ただし書の「職務の公正を保ち得る事由」があるからA弁護士らの訴訟行為は同条に違反しない、という理由で申立てを却下しており、知財高裁でも基本事件被告側は同様の主張を行ったのだが、そこで争点になっている情報遮断措置の体制*2以前に、「まさに数日後に入所する弁護士が直前まで在籍していた会社を相手方とする事件を急な依頼で受けた」という、いくら何でもタイミングが悪すぎるだろう・・・という経緯になってしまっているのだ。

知財高裁は、

「職務の公正を保ち得る事由」とは,所属弁護士が,他の所属弁護士(所属弁護士であった場合を含む。)が本件基本規程27条1号により職務を行い得ない事件について職務を行ったとしても,客観的及び実質的にみて,依頼者の信頼が損なわれるおそれがなく,かつ,先に他の所属弁護士(所属弁護士であった場合を含む。)を信頼して協議又は依頼をした当事者にとって所属弁護士の職務の公正らしさが保持されているものと認められる事由をいうものと解するのが相当である。」(15頁)

と定義した上で、

「 (ア) 前記⑴の事実関係を前提に検討するに,①基本事件は,医薬品に関する本件特許権に基づく特許侵害訴訟であり,抗告人ら又はその関連会社は,米国及びカナダにおいて本件特許権に対応する外国の特許権に基づく特許侵害訴訟を相手方の親会社に対して提起し,これらの訴訟が基本事件と並行して審理されていることからすると,基本事件は,抗告人らと相手方との間の利害の対立が大きい事件であると認められること,②基本事件において,現時点では,相手方から訴状記載の請求原因に対する認否及び反論が提出されていないが,訴状の記載内容から,基本事件の審理では,被告製品及び被告成分が本件発明の構成要件を充足するかどうか,均等論の各要件を満たすかどうかなどが主要な争点となることが予想され,更には,相手方が本件特許に関する無効の抗弁を提出し,それが争点となり得ることも予想されるところ,C弁護士は,本件事務所に入所する前に,抗告人塩野義において,知的財産部情報戦略グループのサブグループ長として,基本事件の訴訟提起のための準備に中心的に関与するとともに,本件特許権に対応する外国の特許権侵害を理由とする相手方の親会社に対する米国及びカナダの特許侵害訴訟に係るディスカバリー手続への対応,請求項の解釈,訴訟戦略の検討等について深く関与していたことからすると,本件特許に係る薬剤の開発及び特許出願の経緯,上記開発過程における薬理試験の結果,薬理試験に供された候補化合物,インテグラ―ゼ阻害作用を奏する化学構造等に関する様々な情報を知り得る立場にあったものと推認され,これらの情報は,基本事件の訴訟追行において重要な意味を有するものと解されること,③相手方は,基本事件の訴訟が提起された当初の段階では,本件事務所とは異なる法律事務所に所属するD弁護士らに基本事件の訴訟追行を委任し,令和元年12月23日の基本事件の第 1 回口頭弁論期日にはD弁護士が相手方の訴訟代理人として原審裁判所に出頭したが,C弁護士が令和2年1月1日に本件事務所に入所した後,同月16日,A弁護士らに基本事件の訴訟追行を委任する旨の訴訟委任状を原審裁判所に提出し,一方で,D弁護士らは同月18日に相手方の訴訟代理人を辞任する旨の辞任届を原審裁判所に提出したことに照らすと,C弁護士が本件事務所に入所した時期と近接する時期に,基本事件の被告である相手方の訴訟代理人が,本件事務所とは異なる法律事務所に所属するD弁護士らから本件事務所に所属するA弁護士らに切り替わったものといえること以上の①ないし③の事情は,抗告人らにとって,A弁護士らが基本事件の相手方の訴訟代理人として職務を行うことについて,その職務の公正らしさに対する強い疑念を生じさせるものであるものと認められる。」(16~17頁)

と3つの理由を述べて「職務の公正を保ち得る事由」があるとは認められない、としたのだが、やはりここで致命的だったのは③で、この一連の経緯の外観を客観的にみて公正さへの疑念を否定し去ることは難しいように思う*3

また、基本事件被告側が「講じた」と主張した「情報遮断措置」に関しては、弁護士・弁理士合わせて8名、という規模の事務所でできることに限界がある、ということに加え、おそらくこの事務所の業務においては極めてウェイトの大きい事件となるであろう「基本事件」に関し、

「基本事件に関するメールでのやり取りはC弁護士以外の本件事務所の所員全員(本件メンバー)間のみで行い,その際のメールの宛先は本件メンバー全員とし,宛先の追加又は削除をしないこと,勤務時間の内外を問わず,基本事件についてC弁護士からは一切聞かず,C弁護士に一切伝えないこと,基本事件に関するファイルを本件事務所のサーバコンピュータ内のC弁護士がアクセスできないように設定された本件フォルダにのみ入れるものとし,誤ってC弁護士がアクセスできるように設定されたフォルダに入れた場合には,直ちに削除するとともに,A弁護士に報告すること,基本事件に関する打合せ及び会話は,C弁護士が執務室に不在でも本件事務所の第2会議室のみで行うこと等の指示をしたこと,③C弁護士が本件事務所での勤務を開始してからは,A弁護士は,基本事件に関する紙媒体の管理の徹底や基本事件に関する書類をスキャンしたデータの管理の徹底などをC弁護士が不在の場で弁護士,弁理士及び事務局に指示をし,また,基本事件の訴訟記録を弁護士及び弁理士の執務室から離れた事務局の執務室の鍵付きのキャビネットに保管させ,A弁護士と事務局のみがその鍵を管理するようにしたこと」(17~18頁)

といった措置を取ることが「ベストプラクティス」になってしまうのでは、「他の所属弁護士」にとってはたまったものではないわけで、基本事件被告(とその代理人)にとって、いかに本件が”負けられない戦い”だとしても、ここを主戦場にするのはちょっと違うのではないか、と思わずにはいられなかった*4

いかに事務所にとってのメリットが大きい、と思われる事件でも、基本規程第57条に該当し得る状況があることが分かっている場合には涙を呑んで受任を断る、それこそがベストプラクティスとされるべきだし、この点に関しては、知財高裁の決定にも合理性はあると自分は思っている。

そして、むしろここで争うべきは、「本件が、本当に基本規程第57条(第27条各号)に該当する事案だったのか?」という点ではないか? というのが、以下で述べるこのエントリーの本旨となってくる。

社内弁護士は「弁護士」として事件に関与しているのか?

知財高裁は、「他の所属弁護士」に当たるC弁護士が、平成20年に弁護士登録し、同年抗告人会社に入社した後、以下のような業務に従事していた、と認定している。

「平成29年4月1日以降,抗告人塩野義の知的財産部情報戦略グループ(当時。以下同じ。)のサブグループ長として,他の抗告人塩野義の従業員とともに,抗告人らが有する本件特許権に対応する外国の特許権侵害を理由とする相手方の親会社に対する米国及びカナダでの訴訟提起の準備,米国訴訟提起後のディスカバリー手続への対応,米国訴訟における特許の請求項の解釈の検討,カナダ訴訟における訴訟戦略の検討等を行った。」
「また,C弁護士は,平成30年2月15日から,他の抗告人塩野義の従業員とともに,基本事件の追行を委任する弁護士の選定,基本事件の実体的な内容を含む抗告人ら代理人や関係者との訴訟準備に係る協議,抗告人ら代理人に対する相談資料の作成等,基本事件の訴訟提起のための準備を担当していた。」 (以上9頁)

そして、知財高裁は、この認定事実をもって、

「上記認定事実によれば,C弁護士は,基本事件の内容について,抗告人塩野義から法律的な解釈及び解決を求める相談を受けて,具体的な法律的な見解を示し,法律的手段を教示又は助言をしたものと認められるから,基本事件は,C弁護士にとって,抗告人塩野義の「協議を受けて,賛助した事件」(弁護士法25条1号及び本件基本規程27条1号)に該当する。そうすると,C弁護士は,弁護士法25条1号及び本件基本規程27条1号により,基本事件について,被告である相手方の訴訟代理人としての職務を行うことはできないものと認められる。」(13頁)

とあっさり認定しており、これは地裁段階から一貫した判断になっているようである。

しかし、元々、弁護士法25条、及び基本規程27条は、「(独立した)弁護士として職務を行った者」に課される規範ではなかったのか?

『解説 弁護士職務基本規程 第3版』によると、基本規程第27条1号の趣旨は、

「弁護士が同号所定の事件について職務を行うことが、先に当該弁護士を信頼して協議または依頼した相手方の信頼を裏切ることになり、このような行為は弁護士の品位を失墜させるのでこれを未然に防止すること」(解説76頁)

とされており、ここでカギとなるのは、あくまで「(独立した)弁護士」という地位に基づく特別の信頼関係と「品位」であって、「他の従業員とともに」一社員として業務を遂行する者に過ぎなかった社内弁護士にこの規範を課すことが合理的だとは全く思えない。

また、「賛助」に関しては「協議を受けた当該具体的事件について、相談者が希望する一定の結論(ないし利益)を擁護するための具体的な見解を示したり、法律的手段を教示し、あるいは助言することをいう」(解説80頁)というのが一般的な解釈とされているが、自分自身の経験からしても、既に外部の法律事務所に依頼して世界中の法廷で争っているような事件について、社内の弁護士が具体的な見解や法律的手段を「教示」する、というのは、相当レアな場面だというべきだろう。

ひとたび外部の事務所に訴訟追行を委任した以上は、法的見解や訴訟戦術は社外の代理人に任せて社内の担当者は事実調査とロジに専念する、というのが、もっとも効率的かつ合理的な役割分担だと思っているし、仮に代理人の提案する法律構成や期限間際に出してくる書面案が”イケてない”と内心思ったとしても、委任した以上は根っこの部分をひっくり返すようなことはしないし、言わない、というのが儀礼上もあるべき姿だと思う。

要するに、「訴訟業務に関与する社内弁護士の機能は、『弁護士』のそれとは本質的に異なる」のである。

もちろん、そのことは、多くの企業で大半を占める「訴訟以外の業務」において、社内弁護士が自らの専門的知識・技能を生かした助言を行っていることと矛盾するものではないし、また、このような場面で、就業規則等に基づく一般的な守秘義務違反の問題が生じることを否定するものでもないが、置かれている状況や職務の性質を考慮するならば、訴訟遂行の場面に限らず、社内弁護士に対して独立した弁護士と同レベルの『弁護士』としての規範を当てはめることについては、極めて抑制的でなければならない、というのが自分の長年の考えであり*5、その「安易な適用」が悪い方向に出てしまったのが今回の事案だと思っている。

そして、おそらくあと5年、10年もすれば、企業育ちの弁護士が外部の企業法務系の事務所で活躍する、というのが一つのルートとして確立されることになるだろうが、本決定がこのまま確定してしまえば、そういった動きにも水を差すことになりかねない*6

もしかすると「本件基本規程57条に違反することを理由として,相手方である当事者は,裁判所に対し,その訴訟行為を排除する旨の裁判を求める申立権を有するかどうか」という争点の方が、上告審で結論を覆す理由にはなりやすいのかもしれないし*7知財高裁がこの点に係る説示を長々と述べているのもその”予防線”のように思えてならないのだが、いずれにしても今の決定理由のまま確定させないでほしいなぁ・・・というのが、「企業内弁護士」としてのアイデンティを多少は持っていた者としての偽らざる思いである。


なお、最後に少しだけ自分の話をすると、幸か不幸か、自分が会社で主に訴訟を担当していたのは資格を取る「前」の話で、資格取得後に関与した訴訟は片手で数えられる程度しかない。

既に書いた通り、自分は、ひとたび訴訟になってしまえば「社内」の人間が専門家として関与する余地はないと思っていたから、むしろ「訴訟にしない」ことが自分のミッションだと思ってやってきたし、現実には山のように訴訟案件を勃発させている会社の中にあっても積極的にそれを自らの仕事として取りに行くことはなかった。

どんな些末な事件でも訴額算定のアヤで代理人弁護士を付けないといけなくなる・・・ということに苦慮していた社内の関係者からは、「代理人になってもらえないか」という話が出たこともあったが、それもすべてお断りした。

もちろんこれらの仕事に関心が向かなかった理由の一番は、会社の中にいればもっとダイナミックでやりがいのある仕事がたくさんあって、そちらに力を注ごうと思ったら訴訟対応のような雑事に手をかける余裕などない、というもので、真っ先に「弁護士倫理」を念頭に置いていたわけではないし、今回取り上げたような事態など全く想像もしていなかった、というのが正直なところではある。

ただ、こと社員の立場で「訴訟代理人」をやる、ということに関しては、引き受けるリスクや責任に全く見合わないな、と感じていたのも確かで、その後、職務基本規程の見直しをめぐる議論等に少し首を突っ込んだりして、様々な考え方に触れれば触れるほど、少なくとも自分がいた環境では変な流れを作らなくてよかった(結果的に、資格の有無にかかわらず、「社員の身分で訴訟代理人はやらない/やらせない」というルールで10年運用することはできた)、と感じるところは多い。

時々、「弁護士なんだから他の社員とは違う仕事をやりたい/やらせたい」という流れで、社員弁護士に訴訟代理人をさせている会社なども見かけるところで、それぞれの会社のポリシーはそれはそれで尊重しなければならないのだが、仕事のやりがい、という意味でも、負わせるリスクの妥当性、という観点からも、自分なら決してそんなことはしないし、させることもないだろうな、と未だに思っているということだけは、ここに付言しておきたい*8

*1:第4部・大鷹一郎裁判長、https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/630/089630_hanrei.pdf

*2:なお、日本弁護士連合会弁護士倫理員会編著『解説弁護士職務基本規程第3版』では、「職務の公正を保ち得る事由」の有無は具体的事案に即して実質的に判断されるべき、とし、8つの考慮要素を明記して詳細な解説を加えている(同書169~171頁)。共同事務所の形態で仕事をしている弁護士であれば、一度は目を通しておきたい記述である。

*3:基本事件被告側は、「相手方が基本事件の訴訟代理人を変更したのは,いったんは相手方の特許出願に主に携わっているD弁護士の所属する特許法律事務所に相談して委任したが,その後,製薬特許専門訴訟に特化し,その分野での経験が豊かな訴訟専門弁護士に依頼すべきと考えるに至り,2年前に依頼したことがある本件事務所に訴訟遂行を委任することにしたからであり,その経緯に特段不自然な点はない」旨主張したが、裁判所は、「本件においては,相手方が,2年前に依頼したことのある本件事務所に対して当初から基本事件の訴訟遂行を委任せずに,本件事務所とは異なる法律事務所に所属するD弁護士らに委任するに至った具体的な経緯,その後,製薬特許専門訴訟に特化し,その分野での経験が豊かな訴訟専門弁護士である本件事務所のA弁護士らに依頼すべきであると考えるに至った時期及びその具体的理由等についての疎明がないことに照らすと,相手方の④の主張は,C弁護士が本件事務所に入所した時期と近接する時期に,基本事件の被告である相手方の訴訟代理人が,本件事務所とは異なる法律事務所に所属するD弁護士らから本件事務所に所属するA弁護士らに切り替わったことから生じる,抗告人らにおけるA弁護士らが基本事件の相手方の訴訟代理人として職務を行うことについての職務の公正らしさに対する疑念を払拭させるものであるということはできない。」(20~21頁)として退けている。

*4:本決定では、抗告人らが本件申立てを行った3日後(2月10日)にC弁護士がE事務所を退所した、という事実が認定されているが、この1か月余の間のC弁護士の心中がいかばかりだったか、察するに余りある。

*5:これは利益相反に関する職務基本規程第27条だけでなく、秘密保持に関する第23条の適用範囲を議論する上でも考慮されるべきことだと考えている。独立して職務を行っている弁護士のように「依頼者」や「依頼・相談」を何気ない日常と切り離すことができないのが「企業内弁護士」の宿命なのであって、それは立場を変えた今だからこそ、より実感できることでもある。

*6:安全サイドで考えれば、顧問先の法律事務所でもない限り、雇い入れた弁護士の前・元所属会社が訴訟の相手方にならない保証はないわけだから、共同事務所形態の事務所なら、自ずから企業育ちの弁護士の獲得には慎重になっても不思議ではない。もちろん、最初から独立して事務所を立ち上げればそのリスクは回避できるのだが、それには若干の手元資金とわずかな勇気が必要だったりもする。

*7:知財高裁は弁護士法25条違反を理由とした申立権を認めた最大判昭和38年10月30日を引用した上で、「弁護士法25条1号の規定の趣旨に鑑み,相手方である当事者は,裁判所に対し,他の所属弁護士(所属弁護士であった場合を含む。)が本件基本規程27条1号により職務を行い得ない事件に該当するため本件基本規程57条に違反する訴訟行為であることを理由として,その訴訟行為を排除する旨の裁判を求める申立権を有するものと解するのが相当である。」(8頁)と述べているのだが、弁護士法違反ともなり得る利益相反それ自体の話と、あくまで会規のレベルに留まる基本規程第57条違反を同視して良いのか、疑問なしとはしない。また、当の大法廷判決(https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/037/053037_hanrei.pdf)自体が、一般論として「弁護士の遵守すべき職務規定に違背した弁護士をして懲戒に服せしめることは、固より当然であるが、単にこれを懲戒の原因とするに止め、その訴訟行為の効力には何らの影響を及ぼさず、完全に有効なものとすることは、同条立法の目的の一である相手方たる一方の当事者の保護に欠くるものと言わなければならない。従つて、同条違反の訴訟行為については、相手方たる当事者は、これに異議を述べ、裁判所に対しその行為の排除を求めることができるものと解するのが相当である。」と述べつつも、事案そのものは、異議を述べなかったのに後から「訴訟行為を無効とすべき」と言い出した当事者の主張を退けたものである、という点も看過すべきではないだろう。この判決には、多数の意見も付されており、その中でも横田正俊裁判官の「法二五条は弁護士がその職務を行うについて遵守すべき職務規律を定めたものであり、その違反は、単に懲戒の原因(法五六条)となるに止まり、弁護士がした行為の訴訟法上の効力にはなんらの影響を及ぼすものではないと解するのが相当である」という意見と、その後に付された理由に親近感を抱くところである。

*8:繰り返しになるが、企業の中には、知恵と情熱を生かせるフィールドは他にいくらでもあるのだから。

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