認知率95.9%でも登録が認められない悲しさ再び~色彩商標をめぐる判決・第3弾を受けて

「3度目の正直」などというものを期待していたわけでは決してなかったのだが、色彩商標の登録拒絶に対する審決取消訴訟・第3弾を見て、絶望の闇はより深まった気がする。

過去2回の審決取消訴訟の判決内容については、以下のエントリーを参照いただければ、と思うが、今回の事件は、過去2回と同様の「単色」での出願ながら、「商品等の特定の位置に色彩を付すもの」として出願されていた、という点で違いはあったし、一方で、第2弾の判決と同じ日本有数の建機メーカーが当事者ということもあって「極めて高い認知度」がアンケート結果として出されていた事件でもあった。

それにもかかわらず、またしても請求棄却、という結果となったこの判決。

第2弾の事件と共通する部分は多いが、判決を書いた合議体は異なっており*1、判決の言い回しの微妙な違いを味わえる状況でもあるので、以下、比較的詳しめに取り上げてみることとしたい。

k-houmu-sensi2005.hatenablog.com

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知財高判令和2年8月19日(令元(行ケ)第10146号)*2

原告:日立建機株式会社
被告:特許庁長官

冒頭でもご紹介したとおり、本願商標(商願2015-第30000号)は、

油圧ショベルのブーム,アーム,バケット,シリンダチューブ,建屋カバー及びカウンタウエイトの部分オレンジ色(マンセル値:0.5YR5.6/11.2)とする構成からなる」

色彩商標である。

指定色自体は同じだが、色彩を「使う位置」が商標の詳細な説明によって特定されており、単なるコーポレートイメージカラーとしての使用までカバーすることが可能だった第2弾判決の対象商標とは異なり、特定の商品との関連性がより強いものになっている、という点に本願商標の特徴がある。

そして、国内シェアや莫大な額の広告宣伝費に関しては、第2弾判決における主張と共通しており、さらに、

「本願商標の画像を見て油圧ショベルのメーカーを「日立建機」(原告)と認知した件数が168件中163件で認知率97.0%,本願商標と同一の色彩の画像を見て油圧ショベルのメーカーを「日立建機」(原告)と認知した件数が193件中185件で認知率95.9%であったことからすると,アンケート回答者の合計96.4%が本願商標又は本願商標と同一の色彩から原告を想起したことを示している。」(9頁)

という圧倒的な「認知率」や「想起度」の高さにも変わりはない。

原告としては、具体的な物品との結びつきが薄い純粋な色彩商標としてオレンジ単色の登録を受けることは難しいとしても、「特定の位置」を指定して出願すれば、自社のシンボルカラーが登録を受けられる可能性はある、そう信じてこの商標を出願したはずだ。

しかし、知財高裁の判断は、またしてもそんな出願人の期待を大きく裏切るものとなった。

本判決の特徴は、「当裁判所の判断」の冒頭で、第2弾判決と比べてもより分厚く”規範”が打ち立てられているところにある。

「ところで,商標法3条1項は,自己の業務に係る商品又は役務について使用をする商標については,次に掲げる商標を除き,商標登録を受けることができる旨を規定し,同項3号において,「その商品の産地,販売地,品質,原材料,効能,用途,形状(包装の形状を含む。),生産若しくは使用の方法若しくは時期その他の特徴,数量若しくは価格」を「普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」を掲げる。同号に掲げる商標が商標登録の要件を欠くとされる趣旨は,このような商標は,商品の産地,販売地,品質その他の特性を表示記述する標章であって,取引に際し必要適切な表示として何人もその使用を欲するものであるから,特定人によるその独占使用を認めるのを公益上適当としないものであり,独占適応性を欠くとともに,一般的に使用される標章であって,多くの場合自他商品識別力を欠き,商標としての機能を果たし得ないことによるものと解される(最高裁昭和53年(行ツ)第129号同54年4月10日第三小法廷判決・裁判集民事126号507頁参照)。しかるところ,商品の色彩は,商品の特性であるといえるから,同号所定の「その他の特徴」に該当するものと解される。そして,商品の色彩は,古来存在し,通常は商品のイメージや美観を高めるために適宜選択されるものであり,また,商品の色彩には自然発生的な色彩や商品の機能を確保するために必要とされるものもあることからすると,取引に際し必要適切な表示として何人もその使用を欲するものであるから,原則として何人も自由に選択して使用できるものとすべきであり,特に,単一の色彩のみからなる商標については,同号の上記趣旨が妥当するものと解される。」
「次に,商標法3条2項は,同条1項3号から5号までに該当する商標であっても,「使用をされた結果需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるもの」については,商標登録を受けることができる旨を規定している。同条2項の趣旨は,同条1項3号から5号までに該当する商標であっても,特定の者が長年その業務に係る商品又は役務について使用した結果,その商標がその商品又は役務と密接に結びついて出所表示機能をもつに至ることが経験的に認められるので,このような場合には商標登録を受けることができるとしたものと解される。そうすると,同条1項3号に該当する単一の色彩のみからなる商標が同条2項の「使用をされた結果需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるもの」に当たるというためには,当該商標が使用をされた結果,特定人の業務に係る商品又は役務であることを表示するものとして需要者の間に広く認識されるに至り,その使用により自他商品識別力又は自他役務識別力を獲得していることが必要であり,さらに,同条1項3号の前記趣旨に鑑みると,特定人による当該商標の独占使用を認めることが公益上の見地からみても許容される事情があることを要すると解するのが相当である。」(以上、28~30頁、強調筆者、以下同じ)

「ところで」からスタートして実に3ページにまたがって定立されたこの規範。

高部コートでの第2弾判決は、3条2項該当性判断の客観的な考慮要素を掲げることに重きを置いており、「公益」に関しては、「輪郭のない単一の色彩それ自体が使用により自他商品識別力を獲得したかどうかを判断するに当たっては,指定商品を提供する事業者に対して,色彩の自由な使用を不当に制限することを避けるという公益にも配慮すべき」とやや控えめに書かれていたのに対し、本判決では3条1項3号の趣旨を説明するくだりから「公益」を強調し、最後は、「公益上の見地から見ても許容される事情があることを要する」と、あたかも3条2項該当性を認めるための必須要件であるかのように説いている。

こうなると、出願人にとってはいかにも分が悪い。

販売実績や広告宣伝等に関しては、

「本願商標が使用された原告の油圧ショベルの販売実績,シェア及び広告宣伝から,本願商標又は本願商標の色彩が原告の油圧ショベルに使用されていることは,相当多くの需要者に認識されていることは認められるものの,他方で,本願商標は,色彩及び色彩の付する位置がありふれたものであって,その構成態様は特異なものとはいえないこと,原告の油圧ショベルの多くには,アーム部や車体後部等に著名商標である「HITACHI」又は「日立」の文字が付されており,これらの文字の表示から,原告の油圧ショベルの出所が現に認識され,又は認識され得ることも否定することはできないこと原告による広告宣伝は,これに接した需要者に対し,本願商標と原告の油圧ショベルとの間に強い結びつきがあることまで印象付けるものとはいえないこと原告以外の複数の事業者が本願商標の色彩と同系色であるオレンジ色をその車体の一部に使用した油圧ショベルを販売していたことを総合考慮すると,本件審決時(審決日令和元年9月19日)において,原告によって本願商標が使用をされた結果,本願商標のみが独立して,原告の業務に係る油圧ショベルを表示するものとして需要者の間に広く認識されていたとまで認めることはできない。」(41~42頁)

と第2弾判決とほぼ同じ理屈で原告の主張を排斥。

一方、アンケートに関しては、

油圧ショベルの需要者は,建設業者,建設機械を取り扱う販売業者及びリース業者のみならず,農業従事者及び林業従事者,農機及び林業機械を取り扱う販売業者等が含まれるものであるが,本件アンケートは,土木建設業以外の業種等の需要者が調査対象者から除外され,農業従事者及び林業従事者等が調査対象者に含まれていないから,本件アンケートの調査結果は,油圧ショベルの需要者の一部の認識を反映したものにとどまっている。 また,前記(略)の認定事実によれば,本件アンケートのうち,本願商標に係るアンケートの設問は,別紙1(1)アの本願商標の画像を示した上で,「以下の画像の色彩を見て,どのメーカーの油圧ショベルかをお答えください。」というものであり,「回答するメーカー名は,選択式ではなく,自由記入式」としているが,「回答するメーカー名」は複数であってもよいことの明記はない。他方で,前記(略)のとおり,原告以外の複数の事業者が本願商標の色彩と同系色であるオレンジ色をその車体の一部に使用した油圧ショベルを販売していたことに照らすならば,「回答するメーカー名」は複数であってもよいことが明記されていないことは,本願商標に係るアンケートの調査結果(有効回答数168通(回収率33.9%),認知率97.0%)にも,影響を及ぼすものといえる。そうすると,本件アンケートの調査結果から認定できる需要者における本願商標の認知度は限定的であるものといわざるを得ない。」(42~43頁)

と、高部コートとは一味異なる切り口ながら*3、高い認知率の数字には目もくれず、結論としては前に同じく、「認知度は限定的」と断じた。

さらに、最後はとどめとばかりに、「本願商標の独占適応性について」という項まで立てて以下のように述べる。

「㋐油圧ショベルは,様々な作業を行うことができる多様性を有し,その用途に汎用性があるため,建設業において広く用いられているほか,農業や林業にも利用されており,油圧ショベルの需要者には,建設業者,建設機械を取り扱う販売業者及びリース業者のみならず,農業従事者及び林業従事者等も含まれること,㋑本願商標の色彩と同系色の「橙」色(マンセル値:5YR6.5/14)は,人への危害及び財物への損害を与える事故防止・防火,健康上有害な情報並びに緊急避難を目的として規格化された「JIS安全色」の一つであり,ヘルメット,レインスーツ,サイトウェア,ガードフェンス等にオレンジ色が使用され,オレンジ色は,工事現場で一般に使用されている色彩であること,㋒原告以外の複数の事業者が本願商標の色彩と同系色であるオレンジ色をその車体の一部に使用した油圧ショベルを販売していたこと,㋓オレンジ色は,黄色と赤色の中間色であって,基本色の一つであることから,オレンジ色の色彩名から観念される色の幅は広いものである上,人の視覚によって,マンセル値で特定された本願商標のオレンジ色とマンセル値の異なる同系色のオレンジ色を厳密に識別することには限界があり,加えて,本願商標は,色彩を付する位置を特定した,単一の色彩のみからなる商標であり,色彩を付する位置の部分の形状や輪郭に限定がないため,本願商標の商標登録が認められた場合の商標権の禁止権(商標法37条)の及ぶ範囲は広いものとなることに鑑みると,原告の挙げる①及び②の事情を勘案しても,原告において油圧ショベルにおける本願商標の独占的使用を認めることは適当ではないから,①及び②の事情は,原告による本願商標の独占使用を認めることが公益上の見地からみても許容される事情に当たるものと認めることはできない。」(44~45頁)

さすがにここまで言われてしまうと、出願人としてはどうしようもないな・・・と思う一方で、2015年当時の特許庁界隈での”盛り上がり”を考えると、「なぜ、ここまで言われなきゃいかんのか?」というのが、実際に出願に携わった多くの関係者の率直な感想でもあるはずだ。

そもそも、原告(出願人)が主張するとおり、「JIS安全色」には様々な色彩が存在するのであって、これを理由にするなら、おおよそ工事関係の商品、サービスに関してシンプルな色の組み合わせで「色彩商標」を取ることさえ認められなくなってしまいそうだし、「形状や輪郭」を限定してしまったら、おそらく色彩商標としての出願は特許庁段階で認められなくなる*4

そして何よりも、「単一の色彩」である、というだけで、あたかも通常の3条2項該当性の考慮要素をさらに加重するような形で「公益上の見地」からのハードルを「要件」として課すことは果たして正当化され得ることなのだろうか? 独占適応性の観点から3条1項各号で撥ねられても、「使用による識別力獲得」が認められれば潔く登録を認める、というのが、マグライトコカ・コーラのボトルにしても、あずきバーにしても、これまで裁判所が採用してきた考え方ではなかったのか・・・?という疑問が沸々と湧いてくる*5


本音では、自分自身も、本願のような「塗装色」を登録商標として認めることに対しては消極的だし、特許庁知財高裁が導き出した結論自体は、まぁこれで良いのだろう、と思っているところはある。

ただ、ここで大事なのは理屈

これまでの判決に際してのコメント時と同様に、自分自身も、「登録を認めるべき単色」と「そうでないもの」をどういう基準で区別すべきなのか*6、明確な答えが見えているわけではないのだが、現に制度が設けられている以上は、もう少し、当事者も、それ以外の人も、ストレートに納得できるようなアプローチを模索していただけることを願うばかりである。

*1:第2弾の事件は高部眞規子所長の第1部、今回は大鷹一郎裁判長の第4部である。

*2:第4部・大鷹一郎裁判長、https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/678/089678_hanrei.pdf

*3:第2弾判決では、回答率の低さや、「かかる質問は,本願商標が出所識別標識と認識されることを前提とするものであるから,その回答によって,本願商標が原告のみの出所識別標識と認識されていることを示しているのか,単に原告の油圧ショベルの車体色と認識するにとどまるのかを区別することはできない」といった点を主に指摘していた。

*4:ここは特許庁の運用もぐらついていてよく分からないところはあるのだが、実線で囲って「位置」を特定するような態様ではダメ(それは図形商標であって色彩商標ではない)、として拒絶を打たれ、結局克服できなかったという事例も現実にはある。

*5:ちなみに、本判決を出した第4部の大鷹一郎裁判長は、最近出版された『商標・意匠・不正競争判例百選[第2版]』で「使用による識別力の獲得」という題目であずきバー事件に関する評釈を書かれているが(百選14頁)、そこには今回の判決の伏線になるようなことは全く書かれていない。同じ3条2項の適用が争われた事件でも「公益性」が争点になっていたわけではないので・・・というのは理解できるとしても、百選の3条2項の解説のスタンダードさと比較すると、本判決の唐突さがより際立って見えるところはある。

*6:そもそも区別せず、商標法ないし審査基準で一律に「単色」を登録阻却事由として明記する、という考え方もあり得るはずだ。

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