防護標章登録に知財高裁が突き付けた新たなハードル?

商標の世界で知る人ぞ知る、ともいうべき存在になっているのが「防護標章」という代物である。

自分がこの存在を知ったのはもう20年くらい前のことになるが、未だにわかったようでわからない、そんなモヤモヤしたところが残る制度だったりもする。

商標法の条文は、

(防護標章登録の要件)
第64条 商標権者は、商品に係る登録商標自己の業務に係る指定商品を表示するものとして需要者の間に広く認識されている場合において、その登録商標に係る指定商品及びこれに類似する商品以外の商品又は指定商品に類似する役務以外の役務について他人が登録商標の使用をすることによりその商品又は役務と自己の業務に係る指定商品とが混同を生ずるおそれがあるときは、そのおそれがある商品又は役務についてその登録商標と同一の標章についての防護標章登録を受けることができる
2 商標権者は、役務に係る登録商標自己の業務に係る指定役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている場合において、その登録商標に係る指定役務及びこれに類似する役務以外の役務又は指定役務に類似する商品以外の商品について他人が登録商標の使用をすることによりその役務又は商品と自己の業務に係る指定役務とが混同を生ずるおそれがあるときは、そのおそれがある役務又は商品についてその登録商標と同一の標章についての防護標章登録を受けることができる
3 (略)
(強調筆者、以下同じ)

というあっさりとしたものだし、「その登録商標に係る指定商品及びこれに類似する商品以外の商品又は指定商品に類似する役務以外の役務について」というまどろっこしい表現も、商標が本来は自ら使用する区分でしか登録できないものである、という建前を考慮すれば理解はできるのだが、過剰に広範囲に商品、役務を指定して商標登録することもできてしまう(そして、その効力が不使用取消等によって否定されるような事態は滅多なことでは起こらない)という現実に鑑みると、そもそもこの制度何のためにあるんだっけ?という素朴な感想はどうしても出てきてしまうし、防護標章として登録されているものの中に必ずしも万人が納得するとは思えないようなものを暫し見かけることも、制度の存在意義に疑義を抱かせるわけで、この制度に関しては、よほど特殊なもの以外は権利を新たに取得することはもちろん、維持することに対しても消極的にならざるをえなかったところはあった。

そんな中、果敢に防護標章登録を狙いに行った出願人に対し、特許庁知財高裁が立て続けに登録を拒絶する、という事例が登場している。

元々、審決取消訴訟の形で裁判例を目にすることが珍しいこの分野では、平成22年に飯村コートが複数件のアパレルブランドの防護標章登録出願に対して下した一連の判決以来、10年ぶりとなる公表裁判例だけに、以下、簡単にご紹介しておくこととしたい。

知財高判令和2年9月2日(令元(行ケ)第10166号)*1

原告:グンゼ株式会社
被告:特許庁長官

判決によると、原告は、「Tuché」の文字を横書きしてなる標章を登録第4509260号商標*2の防護標章として平成26年11月26日に出願したが、平成29年4月4日付で拒絶査定を受け、不服審判を請求したものの、令和元年10月29日に請求不成立審決を受けて取消訴訟提起、という経緯となっている。

J-PlatPatで検索する限り、原告はこれまで自社名以外には防護標章登録を行っていない一方で、本願標章に関しては、本件訴訟で争われているものも含め、3件も防護標章登録出願を行っており、それだけ、このブランドへの思い入れが強かったのだろう。

原告の主張を見ても、

2001年(平成13年)に女性タレントAがプロデュースをした「うのコレクション」の柄物ストッキングを,「Tuché」ブランドのアイテムとして発売し,当該商品の販売をきっかけに柄物ストッキングが大ブームになり,「Tuché」ブランドのストッキングは年間約500万足を販売する大ヒット商品となった。」
「Tuché」ブランドの柄物ストッキングのブームは,その後も続き,最盛期の2007年度(平成19年度)には1年間で約65億1500万円の売上げを上げるまでに成長した。また,「Tuché」ブランドは,当初,ストッキングのブランドとしてスタートしたが,その後,商品ジャンルを拡大し,レッグの分野においては,2007年以降,レギンス,カラータイツ,マットタイツ,ソックス,レギンスパンツ,フットカバー等の商品を順次発売するに至っている。」(6~7頁)

といった定性的な記述から、売上実績や市場シェアの推移、広告宣伝費の額からアンケート調査の結果まで詳細な主張立証が行われている。

引っかかるところがあるとすれば、上記の販売額等の数字を前提としても、市場シェアとしては、3%~6%台に留まっている、ということで、多数のメーカーが乱立する市場であることを考慮しても、数字としての見栄えはあまり良くないかな・・・というところではあるのだが、この点については、調査対象者を「首都圏(東京都,神奈川県,千葉県,埼玉県)の20代~50代の女性」とするアンケートにおいて、「調査対象者合計400名のうち47.3%が「Tuché」ブランドを「知っている」と回答したこと、また,年齢別の認知度では、20代の女性に関しては51%、30代の女性に関しては65%という数字を記録していることをもって補充しており、さらにこれらの定量的実績に基づいて、

「防護標章登録の法的効果(商標法67条,4条1項12号)に鑑みると,防護標章登録出願の登録要件である同法64条1項所定の「登録商標が…需要者の間に広く認識されている」ことにいう「認識」の程度は,防護標章登録出願の指定商品に出願標章を使用した場合に一定の出所の混同が生じるおそれがあると認められるだけの周知著名性があれば足りるというべきであるから,本件においては,原登録商標について,第三者が「Tuché」の商標を本願の指定商品「生理用パンティ,生理用ショーツ」に使用し,出願する行為を禁止するに足りると認めるだけの周知著名性が存在しさえすれば,「需要者の間に広く認識されている」ことの要件は満たすと解すべきである。具体的には,本願の指定商品「生理用パンティ,生理用ショーツ」の需要者と需要者層が重なる原登録商標の指定商品「ストッキング」,「婦人用ソックス・タイツ」,「女性用下着」の需要者(10代から40代の女性)の間で周知著名性があれば足りるというべきである。」(4頁)

という主張を展開したところが、本件のハイライトだったといえるだろう。

だが、これに対し、知財高裁は以下のように応答した。

「商標法64条1 項は,商標権者は,商品に係る登録商標が自己の業務に係る指定商品を表示するものとして需要者の間に広く認識されている場合において,その登録商標に係る指定商品及びこれに類似する商品以外の商品又は指定商品に類似する役務以外の役務について他人が登録商標の使用をすることによりその商品又は役務と自己の業務に係る指定商品とが混同を生ずるおそれがあるときは,そのおそれがある商品又は役務について,その登録商標と同一の標章についての防護標章登録を受けることができる旨規定し,同法67条各号は,指定商品又は指定役務についての登録防護標章の使用等の行為は,商標権を侵害するものとみなす旨規定している。 これらの規定によれば,同法64条1 項の趣旨は,「商品に係る登録商標」(原登録商標)が商標権者の業務に係る指定商品を表示するものとして「需要者の間に広く認識されている」場合には,第三者によって,原登録商標がその本来の商標権の効力(同法36条,37条)の及ばない非類似商品又は役務に使用されたときであっても,出所の混同をきたすおそれが生じ,出所識別力や信用が害されることから,そのような広義の混同を防止するために,当該原登録商標と同一の標章について防護標章登録を受けることによって,禁止権の及ぶ範囲を非類似の商品又は役務について拡張することにあるものと解される。」
「このように防護標章登録制度は,原登録商標の禁止権の及ぶ範囲を非類似の商品又は役務について拡張する制度であり,一方で,第三者による商標の選択,使用を制約するおそれがあることに鑑みると,同法64条1項の「需要者の間に広く認識されている」とは,原登録商標の指定商品の全部又は一部の需要者の間において,原登録商標がその商標権者の業務に係る指定商品を表示するものとして,全国的に認識されており,その認識の程度が著名の程度に至っていることをいうものと解するのが相当である。」(28~29頁)

「そこで検討するに、(中略)「ストッキング」の需要者は,10代から40代に限らず,幅広い年齢層の女性が需要者であるものと認められる。また,商標法64条1項の「商品に係る登録商標が自己の業務に係る指定商品を表示するものとして需要者の間に広く認識されている場合」との文言及び同項の趣旨(前記ア)に鑑みると,同項の「需要者の間に広く認識されている」にいう「需要者」は,「商品に係る登録商標」(原登録商標)の需要者をいうものと解されるから,この「需要者」の範囲を防護標章登録出願である本願の指定商品の需要者と重なる範囲に限定すべき理由はない。したがって,原告の上記主張のうち,需要者の年齢層を「10代から40代」に限定する部分については採用することができない。」(30頁)

「原告使用商品は,2000年(平成12年)から19年以上にわたり,全国的に継続的に販売され,その売上高及び市場シェアから,原登録商標は相当数の需要者において原告の業務に係るストッキングを表示するものとして認識されていたものと認められるものの,一方で,原告使用商品の売上高は,毎年減少傾向にあり,2017年度(平成29年度)の売上高は2010年度(平成22年度)の売上高の3分の1程度であり,その市場シェアも減少傾向にあること,原告使用商品のパッケージに表示された登録商標は,記憶や印象に強く残りやすいものとは直ちには認められないこと,原告使用商品の広告宣伝は,大規模なものとはいえず,その広告宣伝効果は限定的であること,本件アンケートは,実施時期が古く,アンケートの調査対象者もストッキングの需要者の一部にとどまっているため,本件審決時における原登録商標に係る需要者の認識の程度を判断する資料としては,適切なものではないのみならず,本件アンケートの結果においても,大半の需要者が原登録商標を認識していることを示すものとはいえないことを併せ考慮すると,本件審決時において,大半の需要者が原登録商標を原告の業務に係るストッキングを表示するものとして認識しているものとはいえず,原登録商標に係る需要者の認識の程度は,著名の程度に至っているものと認めることはできない。また,本件においては,ストッキング以外の婦人用ソックス・タイツ及び婦人用下着の商品の関係においても,本件審決時において,原登録商標が需要者の間で原告の業務に係るこれらの商品を表示するものとして認識され,その認識の程度が著名の程度に至っていることを認めるに足りる証拠はない。したがって,原登録商標は,本件審決時(審決日令和元年10月29日)において,原告の業務に係る指定商品を表示するものとして「需要者の間に広く認識されている」ものと認めることはできない。」(36~37頁)

かくして、原告の主張は完膚なきまでに退けられることとなってしまったのである。

商標法の文言やこれまでの一般的な解釈を元に考えると、「10代から40代までの周知著名性で足りる」という主張にはさすがに無理があった、というところなのかもしれないが、それ以外の考慮要素に対する評価にはちょっと厳しすぎないか・・・と感じられるところも多い。

一時代を築いた商品の”ネームバリュー”は、必ずしも現在の売上に比例するものではないし、現にこの出願標章の文字列でGoogle検索をかければ、最初の何十件かは原告商品の紹介記事で埋め尽くされる、という状況がある中で、ここまで著名性を否定するのが適切かどうか・・・。

10年前に知財高裁が出した判決(知財高判平成22年2月25日)は、

「防護標章登録においては,①通常の商標登録とは異なり,商標法3条,4条等が拒絶理由とされていないこと,②不使用を理由として取り消されることがないこと,③その効力は,通常の商標権の効力よりも拡張されているため,第三者による商標の選択,使用を制約するおそれがあること等の諸事情を総合考慮するならば,商標法64条1項所定の「登録商標が・・・需要者の間に広く認識されていること」との要件は,当該登録商標が広く認識されているだけでは十分ではなく,商品や役務が類似していない場合であっても,なお商品役務の出所の混同を来す程の強い識別力を備えていること,すなわち,そのような程度に至るまでの著名性を有していることを指すものと解すべきである。」

という規範を明示することにより、原告の防護標章出願をことごとく退けたのであるが*3、事件それ自体を見れば、退けられた標章の多くはそもそも周知性の認定すら厳しいように思えるもので、ショップの看板ブランドだった「JOURNAL STANDARD」にしても市場全体でのシェアは1%に満たない、という状況だったから、「著名性」がそこまでシビアに認定された事例とまでは言えなかったように思う。

だが、本件は、より周知性が高い商品名について、防護標章登録要件固有の「著名」性の欠如をもって登録を否定した、という点で議論を呼ぶ余地はあるような気がしていて、特に、本願標章(の原登録商標)の需要者として想定されている本ブログの女性読者の視点から今回の判断がどう映るか、ということは伺ってみたいかな、と思った次第である。

*1:第4部・大鷹一郎裁判長、https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/680/089680_hanrei.pdf

*2:指定商品は、第25類「被服,履物,運動用特殊衣服,運動用特殊靴」

*3:一連の判決のうち、「JOURNAL STANDARD」事件は『商標・意匠・不正競争判例百選[第2版]』でも取り上げられ、森義之知財高裁判事が解説を書かれている(百選36~37頁)。

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