悪い冗談のようなタイトルになってしまったが、日が変わるくらいのタイミングで日経の電子版に大見出しで掲げられた記事を見つけたときの感想は、まさにこれだった。
朝8時に、当事者が親子そろって「現時点で決定した事実はありません。(でも)本日の取締役会にて、開示すべき事実を決定した場合には、速やかに公表いたします。」という、スパッと抜かれた時のお決まりのフレーズを掲げ、湧き立った市場のクローズを見計らって正式発表。
ジョークは現実に変わった。
朝刊には正式発表を待たずに、早々と観測記事が躍っていたが、個人的にショックだったのは、以下のようなくだりだろうか。
「かつてドコモは米AT&Tワイヤレスなど海外5社に約2兆円を出資し海外戦略に打って出た。しかし、各社との連携が進まず、約1兆円の減損損失を計上するなど、海外事業で苦戦が相次いだ。「新市場を立ち上げるビジネス構想力が足りず、そこから海外展開が及び腰になった」(NTT幹部)」
「あるNTT幹部は最近のドコモの現状について「ドコモ内部に改革意欲が薄く、グループ戦略から取り残されていた」と話す。今回の完全子会社化は、そんなドコモをグループ戦略に半ば強引に取り込む狙いがある。」
(日本経済新聞2020年9月29日付朝刊・第3面、強調筆者、以下同じ。)
世の中の「大企業の子会社」に勤める方々の多くは、名刺交換、自己紹介等々の機会で、自社名に付いている(時には付いていなくても)「親会社」の社名を前面に出すことが多いのだが、こと今回の買付対象会社に関していえば、そういう方はほぼ皆無だったように思う。
彼、彼女たちが自分の会社を語るときに声に出すのは、カタカナ3文字のブランドだけ。他の親会社グループの関係者が多く参加している会合に出ても、本体の下にまとまりがちな他のグループ会社関係者を横目に我が道を行く。自分はそこにかの方々の携帯電話業界のパイオニアかつNo.1企業としての矜持を感じさせられたものだった。
業績面ではグループ全体の利益の大半をこの子会社1社で稼ぎ出していたような時期もあったし、前記記事の中で批判されている「内向き」姿勢にしても、元々、画期的なヒットとなった「iモード」を掲げ、ナショナルブランドとしていち早く海外に飛び出す姿勢を見せていたのは、「子」の方ではなかったか。
かつてムンバイのスタバで自分もお世話になったお馴染みのロゴは、結果的に法務の世界で話題を振りまくものとなってしまったし、それ以外の進出事例でも華々しい成功譚を聞くことはあまりなかったのは事実。また、ここ数年、マーケットに出てくる話題は、自社株買いや高額配当といった”還元策”の方が目立っていて、関係者が力説されるほどには成長に向けた展望が開けているとは言い難い状況だったのも確かだろう。
それでも、証券市場を「銀行」として使う層には依然として人気が高い銘柄だったし、このコロナ下においても、業績、株価とも比較的安定した水準で推移していた。
だから、こんな形で一時代を作った会社が、28年の歴史に幕を閉じる、ということを自分は未だに信じられずにいる。
本日15時15分、両者から正式に公表されたリリースは実に50ページ近いボリューム。
公開買付け関係の資料は、どんなにコンパクトなものでも、それなりのボリュームになるのが常とはいえ、このカサには圧倒されるし、加えてその中には、、親子会社双方はもちろん、対象会社の特別委員会までもが雇ったファイナンシャル・アドバイザー、リーガル・アドバイザーの名前が華々しく記載されている*1。
こういった体制もそうだし、買付価格の算定から最終的な決定に至るまでの詳細な交渉過程等を見ると、元々連結対象となっている会社、しかも既に66.21%の株式を保有している会社の株主から、残りの僅か3割強の株式を取得するためにこれだけの手間をかけねばならぬのか・・・と思わずため息も出てしまうが、そこが「親子上場」の難しさ。
前日の株価に対して実に40%ものプレミアムを乗せ、理論値としてはともかく現実の市場でここまで株価が上昇することなどとても期待できない、という水準(買付価格3,900円)での決定に至った、というくだりを見ても、慎重に慎重を重ねて本日の発表に至った、ということは実によくわかる。
もちろん、「買付の目的」を見ても、描かれた「シナジー」を見ても、そこには日経紙の朝刊が書いていたようなネガティブな雰囲気は一片たりとも存在せず、通常の「友好的TOB」と同様の前向きな記述にあふれている。
ただ、今、自分がそれを額面通り信じ切ることができないのは、これまで「中の人々」を通じて両者の距離感を何となく感じてきたからなのか、あるいは、「ドコモ口座」問題、菅政権誕生、といった逆風が吹き荒れる中での再編劇だったからなのか・・・
おそらく、ここまでは、両社内、特に子会社側では相当厳格な情報管理体制の下で行われたであろう本件の検討。
今日発表された資料の中で、本件の初期的な通知のタイミングが、新型コロナの脅威の真っただ中の「4月下旬」だった、という事実を知り、溜池山王側でこのプロジェクトにかかわった方々がどのような思いで準備を進めてきたのだろう・・・と思いを巡らせながら一連の資料を読む羽目になってしまったのだが、既に、こうして決定事項として世に出た以上は、関係者の労苦に報いるためにも、資料に描かれた中身に現実が少しでも近づくことを願ってやまない。
そして、今回の対象会社が産声を上げ、ポケベル、PHSの時代を経ていよいよ「本物の携帯電話」が世に広まっていこうか、という時代に、「通信の無限の可能性」を信じて、この業界の会社の採用面接を受けまくっていた世代の人間としては*2、躍動する広末涼子とともに全国民ブランドとなった「ドコモ」のブランド*3が、まだまだ歴史的遺産としてではなく、”これからのグローバルブランド”として生き続けてくれることを願わずにはいられないのである。
*1:「リーガル」だけでも、ざっと挙げると、森・濱田松本、日比谷総合、中村・角田・松本、西村あさひ、という煌びやかなラインナップである。
*2:自分の場合、どちらかと言えば、目に見える「移動体通信」より、草創期の「インターネット」の方に目が向いていて、「ケーブルにコンテンツを乗っけましょう」というワンパターンの夢(今思えば10年以上時代を先取りしすぎていた・・・)を語りながら、今の大手キャリアの前身の会社(当時は多くの会社が乱立していた時期だった)のうち最低一つは汗をかきながら回ったのだった(そして有難いことに、複数の会社から内々定までいただいた)。なぜか最終的に行ったのはそこまで関心の高くなかった別の業界の会社だったから、就活生の「熱」などあてにはならん、というエピソードでもあるのだが・・・。
*3:おぼろげな記憶でしかないが、今でYou Tubeで見られるあのCMが出てくるまでは、NTTの新しい子会社のブランド名を正確に言える人は本当に少なかった気がする。自分もそうだが、都会では「テレメッセージ」派の方が優勢。そんな時代もあったのだ・・・。