欲張りすぎた質問? 実らなかった「緑色円環配置構成」のアンケート調査

裁判所の「知的財産裁判例集」のコーナーに一度アップされたものの、誤記等の修正のためかすぐに消え、今週になってようやくサイトに再アップされた商標の審決取消訴訟の判決がある。

当事者の主張の表現を借りるなら「緑色円環配置構成」の周知著名性の評価が勝敗を分ける結果となったこの事件。

最近、日立建機の色彩商標の登録可否をめぐる事件や*1「Tuché」の防護標章登録が争われた事件*2でもアンケートに対して厳しい評価を示してきた知財高裁第4部が、再び「冷淡」とも思えるような評価を下したこの事件を以下で少し取り上げてみることにしたい。

知財高判令和2年9月16日(令元(行ケ)第10170号)*3

原告:スターバックス・コーポレイション
被告:株式会社Bull Pulu

被告は「本場台湾のお茶・食文化を日本へ」というコンセプトで店舗を展開している会社のようで、問題となった商標第5903256号を、第29類「タピオカ入りの乳製品」、第30類「タピオカ入りのコーヒー,タピオカ入りのココア,タピオカ入りの菓子,タピオカ,食用タピオカ粉」、第43類「飲食物の提供」という指定商品・役務で出願し、平成28年12月9日に登録を受けた。

これに対し、原告は平成29年9月15日に商標登録無効審判を請求、特許庁の不成立審決(令和元年8月21日)を経て提起されたのが本件訴訟ということになる。

リンク先の判決別紙1、別紙2をご覧いただければ分かる通り、本件商標と引用商標は、中心にある図形だけを見れば似ても似つかない代物。

にもかかわらず、原告が審決取消訴訟にまで持ち込んだのは、図形の外を囲った「円環」の類似性ゆえ、だったようだ。

「引用商標における「緑色の二重の円環並びに内側の円環の帯状部分に白抜きの文字及び図形を配した構成」(本件緑色円環配置構成)は,それ自体は商標ではなく,単独で原告の商標として使用されることもないが,他の「STARBUCKS」の文字及び中心部の図形等の要素と同様に引用商標の要素となっている。」(原告主張、5頁、強調筆者、以下同じ。)

原告はこの主張を裏付けるべくアンケート調査を行い、552名のサンプルを集めた上で、

「本件アンケート調査の結果,本件標章から原告を想起した回答者の割合は,「産業の限定なし」で77.72%,外食産業に限定すると71.20%,コーヒーショップに限定すると83.88%」(原告主張、6頁)

という極めて高い「周知著名性」がある、とし、そしてそれを元に、本件商標に商標法4条1項11号、15号の無効理由あり、という主張を展開したのである。

確かに「緑の環」といえば真っ先に思い浮かぶのは「スタバ」だし、何の先入観も持たずに本件商標に接した人でも、その緑と白の色使いと「環」を見ればかなりの割合で「スタバに似てるな~」という感想は抱くはず。

だからこそ原告としてはここは譲れなかったところなのだろうが・・・

知財高裁は、

「本件商標の要部である「BULLPULU」の文字部分と引用商標の要部である「STARBUCKS」の文字部分とを対比するに,前記ア及びイの認定事実に照らすと,上記各文字部分は,外観,称呼及び観念のいずれの点においても相違するものである。そうすると,本件商標と引用商標が本件商標の指定商品又は指定役務に使用されたとしても,その商品又は役務の出所の誤認混同が生ずるおそれがあるものと認められないから,本件商標と引用商標は,全体として類似していると認めることはできない。」(28頁)

と、類似性をバッサリと否定した。

原告がこだわっていた「緑の環」はどうなったのか。それが次の話となる。

身もふたもない知財高裁のつれない判断

知財高裁も原告の主張に全く耳を傾けなかったわけではなく、原告が材料として用いたアンケート調査の内容を判決の中で詳細に認定事実として記載している。

少し長い引用になるが、概要は以下のとおり。

「本件アンケート調査(略)の概要は,原告が「NERAエコノミックコンサルティングに依頼して,引用商標の「緑色の円環部分(ただし,文字・記号は判読不能に加工したもの)」である本件標章の著名性を検証することを目的として,日本全国に在住する20歳から69歳までの男女552名を調査対象者として,平成29年7月21日(金)から22日(土)の2日間にわたりインターネットを通じて行われたものであり,本件標章の画像を見て「スターバックス」を想起する割合を調査し,本件標章の認識度を調査するというものである。」
「本件アンケート調査は,GMOリサーチ株式会社の維持管理する調査パネルの中から性別・年代及び居住地域について割り付けを行った上で無作為に抽出した552名に対し,①まず,別紙3記載の本件標章の画像について,「この画像はある会社が運営するお店の設備やお店で販売する商品の図柄の一部を抜き出して加工したものです。」「元々の図柄では,円の中心部に絵があり,緑色の輪の部分には会社名が特定できる白い文字が表示されていましたが,下記の画像では,絵の部分を白く塗りつぶし,文字部分にはモザイク処理を施し,会社名が読み取れないようにしてあります。」との説明を付して示した上で,「この画像を見て,何と言う会社またはお店の名前を思い浮かべましたか。以下の回答欄に思い浮かべた会社またはお店の名前をお書きください。わからない場合は「わからない」とお書きください。」との質問(以下「第1の質問」という。)に対する回答を求め,②次に,本件標章の画像について,「この画像は,実は,外食産業に属する会社が運営するお店の設備やお店で販売する商品の図柄の一部を抜き出して加工したものでした。」「先程お伝えした通り,元々の図柄では,円の中心部に絵があり,緑色の輪の部分には会社名が特定できる白い文字が表示されていましたが,下記の画像では,絵の部分を白く塗りつぶし,文字部分にはモザイク処理を施し,会社名が読み取れないようにしてあることに変わりありません。」との説明を付して示した上で,「この画像を見て,外食産業に属する何と言う会社またはお店の名前を思い浮かべましたか。以下の回答欄に思い浮かべた会社またはお店の名前をお書きください。前問では「外食産業に属する」という情報はなかったので,今度は前問ではお答えいただいた内容とは違う回答をしていただいていても構いません。思い浮かんだ会社またはお店の名前を率直にお書きください。わからない場合は「わからない」とお書きください。」との質問(以下「第2の質問」という。)に対する回答を求め,③さらに,本件標章の画像について,「この画像は,実は,あるコーヒーショップの会社が運営するお店の設備やお店で販売する商品の図柄の一部を抜き出して加工したものでした。」,「先程お伝えした通り,元々の図柄では,円の中心部に絵があり,緑色の輪の部分には会社名が特定できる白い文字が表示されていましたが,下記の画像では,絵の部分を白く塗りつぶし,文字部分にはモザイク処理を施し,会社名が読み取れないようにしてあることには変わりありません。」との説明を付して示した上で,「この画像を見て,何と言うコーヒーショップの会社またはお店の名前を思い浮かべましたか。以下の回答欄に思い浮かべた会社またはお店の名前をお書きください。前問および前々問では「コーヒーショップ」という情報はなかったので,今度は前問および前々問でお答えいただいた内容とは違う回答をしていただいていても構いません。思い浮かんだ会社またはお店の名前を率直にお書きください。わからない場合は「わからない」とお書きください。」との質問(以下「第3の質問」という。)に対する回答を求めたものである。さらに,第3の質問の後に,「あなたは過去1年間にコーヒーショップを利用しましたか。」,「あなたはこれから1年間にコーヒーショップを利用しますか。」との質問に選択式で回答を求めている。」(18~20頁)

NERAが絡んでいることからしても、実施する前に相当練られたアンケートだと思われるのだが、興味深いのは、この種のアンケートとしては実に”親切すぎる”ほどの説明が付されている、ということ。

そしてさらに興味深いのは、このアンケートで実際に使われた画像(以下リンク先(再掲)の「別紙3」)である。
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/716/089716_hanrei.pdf

自分は、この判決が最初に裁判所のウェブサイトにアップされて早々にダウンロードしていたので、その時点でエントリーを上げようと思えば上げられたのだが、ここまで引っ張ったのは本件商標、引用商標のビジュアルもさることながら、この「別紙3」とセットで見ないとこの判決の面白さが分からない、と思ったからである。

一言で言えば、「何だこりゃー」の世界。

さらにアンケートの各設問に付された”親切すぎる”設問と合わせると、「いわば連想ゲームにおけるクイズの回答をしているにすぎない。」(11頁)と指弾した被告側の反論も、俄然説得力を持ってくる。

ということで、これに対する裁判所の評価はどうだったか、ということになるのだが、

「本件アンケート調査は,調査期間は2日間のみで,対象人数が552名と少なく,また,本件アンケート調査の調査票においては,調査の対象物である緑色の円環加工図形の画像(本件標章の画像)の上部に「円の中心部に絵があり,緑色の輪の部分には会社名が特定できる白い文字が表示されていました」と表記していることから,本件アンケート調査の回答者は,緑色の円環加工図形の円の中心部に絵があることや緑色の輪の部分には会社名が特定できる白い文字があることを前提にイメージし,回答することになっており,その条件の下では,本件アンケート調査が,純粋に原告使用商標中の「緑色の円環並びにその帯状部分に白抜きで文字及び図形が配置された構成」についての周知性を調査したものとはいい難い」(7頁、原告主張より)

とアンケート調査の手法そのものをストレートに否定した特許庁の審決とは異なり、知財高裁は以下のような前提を置いた。

「原告が主張する引用商標における本件緑色円環配置構成(「緑色の二重の円環並びに内側の円環の帯状部分に白抜きの文字及び図形を配した構成」)は,引用商標中の具体的な構成部分そのものではなく,本件円環部分から抽出した上位概念化した要素としての構成及び配置の態様をいうものと解される。」(22頁)
「しかるところ,前記イ(ア)のとおり,原告が主張する引用商標における本件緑色円環配置構成は,本件円環部分から抽出した上位概念化した要素としての構成及び配置の態様をいうものであるが,引用商標に接した需要者において,このような上位概念化した要素としての構成及び配置の態様をイメージし,それが記憶に残るものと認めることは困難であることに照らすと,本件緑色円環配置構成の認識度ひいては著名性を適切に調査することは,その性質上困難を伴うものといえる。」(25頁)

知財高裁は、アンケートに対する判断に先立ち、「引用商標の構成中の本件円環部分は全体として需要者に対して強い印象を与えるものといえる」が、「引用商標に接した需要者において,このような上位概念化した要素としての構成及び配置の態様をイメージし,それが記憶に残るものと認めることは困難である。」(23頁)として、原告が主張のロジックの根幹に据えている「緑色円環配置構成」という概念の定立自体にネガティブな評価を行っており、それに続く上記説示からも「『緑色円環配置構成』の認識度を一生懸命調べても、商標の類否には何ら影響しないよ・・・」という本音が嫌というほど漂ってくるのであるが、きれいに(そして難しい言葉で)まとめると上記のような説示になる、ということなのだろう。

そして、とどめを刺すのが以下の説示。

「本件標章は,別紙3のとおり,外側から順に緑色の細い円環,白色の細い円環,白色のモザイク模様が付された緑色の太い帯状の円環から構成されるドーナツ形状の図形からなるものであり,本件標章と引用商標における本件円環部分は,緑色の細い円環,白色の細い円環,緑色の太い帯状の円環を有するドーナツ形状である点では共通するが,緑色の太い帯状の円環内の構成態様及び内側の白色の細い円環の有無の点において異なる態様の標章であることに照らすと,本件標章から本件円環部分を想起するものと認めることはできないし,ましてや,本件標章から本件緑色円環配置構成を認識できるものと認めることはできない。」
「この点に関し,本件アンケート調査には,本件標章について,元々の図柄では,円の中心部に絵があり,緑色の輪の部分には会社名が特定できる白い文字が表示されていたが,本件標章の画像では,絵の部分を白く塗りつぶし,文字部分にはモザイク処理を施し,会社名が読み取れないようにしてある旨の説明が付されているところ,上記説明は,本件標章に接した需要者が視覚によって認識し,又は想起することができない内容を文章によって誘導するものであって適切なものではない。そうすると,本件アンケート調査は,本件緑色円環配置構成の認識度ひいては著名性を調査することを目的とする調査方法として適切であると認めることはできないから,原告の前記主張は,理由がない。」(25~26頁)

かくして、「認知度MAX83%強」という強力なアンケート結果も効を奏せず、本件の勝敗は決することとなってしまったのである。

最後のアンケート手法に対する評価もさることながら、その前に来る「『本件緑色円環配置構成』の認識度、著名性を調査すること」自体への評価のくだりを読むと、

「そもそもこのアンケート調査をやることに意味があったのか?」

ということを婉曲に指摘しているようにも読めて、原告側関係者にとっては実に苦い説示のようにも思える。

「緑色の二重の円環並びに内側の円環の帯状部分に白抜きの文字及び図形を配した構成」という概念を用いる以上、「帯状」の部分の中には何らかの「白抜きの文字」がなければならない。

だが、そこに「STARBUCKS」という文字を使った瞬間に、「図形の認識度調査」という点ではそのアンケートは意味のないものになってしまう。

説明がいかにも”丁寧”すぎたのは事実だとしても、ハードミッションをこなすためにはそうでもしないと・・・というところはあったはずだから、少々気の毒だなと思わずにはいられなかった。

より適切な調査手法はなかったのか?

さて、こうなると湧いてくるのは、本件で『本件緑色円環配置構成』という概念を持ち出すことが必須だったのか?という疑問である。

例えばここで、本件商標の構成を意識しつつ、「緑色の二重の円環とその内側の帯状部分(中心部の円の部分はブランク)でなる構成」だけを切り取って要部として主張したならば、知財高裁も「上位概念化したものに過ぎない」などという評価をすることはできなかったはずだし、アンケートに際して「ここには文字があって・・・」といった親切すぎる説明を付す必要もなかったはずだ。

もしかしたら実際に予備調査で試してみて、うまくいかなかったのでやむなく・・・という背景もあるのかもしれないが、サンプルを「コーヒー、お茶をよく買う人/飲みに行く人」に絞って調査すれば、80%超とはいかずともそれなりの高い数字は出たのでは?と思うところもあり、ちょっとモヤモヤした気分は残る。

まぁ、この事件自体は3年前に始まった話で、当時から原告側は既にハウスマークのリニューアルを行っていたし、今となっては被告の側もウェブサイトを見る限り、本件商標ではなく2019年10月21日に出願した新しい商標の方をもっぱら使っているようである。

なので、過去の話といえばそれまでなのかもしれないが、ちょっと最近、「アンケート調査が報われない」ケースを見かけることが多いような気もするだけに*4、次はきれいにアンケートが効を奏する判断を見てみたいな、と思った次第である。  

google-site-verification: google1520a0cd8d7ac6e8.html