第81回菊花賞。牡馬クラシックの最終戦だが、勝つ馬は最初から決まっていた。
2枠3番・コントレイル。
既に皐月賞、ダービーの2冠。しかもデビューからGⅠ3戦を含めて未だ負けなしの6連勝で、いずれのレースも完膚なきまでの圧勝・・・とくれば、逆らうなんてとんでもない。
前日発売が始まった頃は、出走18頭のうち3分の2くらいが単勝100倍超、2番人気の馬ですら・・・というとんでもないことになっていて、さすがにレース前はそこまで極端なオッズにはならなかったが、コントレイルの「1.1倍」という数字だけは微動だにせず。
誰しもが本命を確定させて相手探し、という感のあるレースだった。
もちろん、先週の秋華賞が、俗にいう「ヒモ荒れ」だったのと同様に、こういう時の2着、3着を予想するのは非常に難しい。
自分は、神戸新聞杯で良い末脚を見せた旅人・ヴェルトライゼンデ(2番人気・10.3倍)がやっぱり2番手だろうな、とは思いつつも、一度は完全に勝負付けが付いてしまっている西のトライアル組を上位に推すのはちょっと抵抗があり、一方で、東のトライアル、セントライト記念組も顔ぶれ的に半信半疑。
”残念菊花賞”的なメンバー*1となった清滝特別で、神戸新聞杯組(6着)のエンデュミオン、セントライト記念組(4着)のラインハイトを蹴散らして小牧特別3着のヒートオンビートが勝利を飾ったこともあり*2、前走で条件戦を勝利して出走を勝ち取った馬たち(アリストテレス、ディアマンミノル、ダノングロワール)にも目が向いてしまう、という実に悩ましい状況だった。
結局、馬券の方は適当にチョイスして迎えた出走の時。
ファンファーレの後の歓声もなく、スタートを切って1周目のスタンド前に差し掛かった時も実に静かにレースは進んでいったが、前走でダートのレースを使っていたキメラヴェリテが一か八かの大逃げを打ち*3、これまたここまで逃げ戦法で4連勝を飾って来たバビットが続いて縦に長く馬の列ができる、という展開は、いつもの年のそれとほとんど変わりはなかった。
適度にペースが上がり、縦長の隊列でレースが進む。そして本命馬は内枠からすんなり先手を取り比較的好位置につける・・・となれば、レースが進むたびに波乱の要素は消えていく。
向こう正面で派手に仕掛ける馬がいたわけでもなく、第3コーナーを回っても本命馬は安定したポジションをキープ。そのまま最後のコーナーを回って、馬場の中ほど、目の前を遮る馬は一頭もいない、という状況で直線に向きあった映像を見た瞬間、もう後は後続をどれだけ引き離すかだけが見どころだな、と感じたのは自分だけではなかったはずだ。
ズルズルと後退する他の先行馬たちを横目に、コントレイルが一完歩ずつ馬群から体一つ二つ抜け出していく。
そこまでは誰の予想とも全く反するものではなかったはずだ。ただ一点、その斜め後ろにピタッと張り付いた馬が一頭いたことを除けば・・・。
鞍上の騎手たちがこの時どんなことを考えていたのか、自分には想像もつかない。
ただ、見ている側としては、ただただ冷や汗しかなかった。
いつものように別次元のエンジンで置き去りにすることができない。むしろ、ゴールに近づくたびにその差が縮まっていくようにすら思える。
並走する馬の鮮やかな勝負服で「相手がアリストテレスだ」ということは実況を聞くまでもなく分かったし、その鞍上にルメール騎手が乗っていたことも知っていた。だからこそ、なおさらその脚は脅威。
これまでなら、馬群から抜け出した瞬間にゴールの歓喜の瞬間まで予定調和的に演じてくれていた馬が、明らかに苦戦している。
子供の頃ならテレビを消していたかもしれない(なぜなら、好きなものが負けるのを見るのが死ぬほど嫌いだったから・・・。)、そんな息苦しい数秒間・・・。
幸運なことに「クビ」一つの差は、最後まで縮まることがなかった。
最初に映像を見た時は、ルメール騎手がゴール直前で鞭を入れるのをやめたようにも見えて、「空気読んだのか?」という変な邪推までしてしまったりもしたのだが、よく見ると、コントレイルはどれだけ迫られても全く脚色が衰えていなかった(むしろ併せ馬のように、追いかけられてより闘志に火が付いて一伸びしたようにも見えた)し、ルメール騎手も縮まらない差を1センチでも縮めるために、最後に全身の体重をかけて追ったのだろう、という映像だったから、レース後のコメント通り、正面から勝負に行き、それでも最後まで順番を入れ替えることはできなかった、ということなのだろう。
かくして最後の一冠は、福永祐一騎手騎乗のコントレイルの下に収まり、史上3頭目の牡馬無敗三冠馬が誕生。
牡馬の三冠馬がオルフェーヴル以来9年ぶり、ということだけでなく、
親子2代で無敗で三冠達成。
とか
牝馬、牡馬ともに無敗で三冠達成。
といった、日本競馬史上に残る「初」の記録まで一緒に付いてきた一戦。
もし、最後の最後でアリストテレスに逆転を許していたら、どこから切り取っても新聞の一面になる上記の見出しは雲散霧消しただろうし、かえって鞍上の福永騎手などは、
「初めて菊花賞タイトルをプレゼントしてくれた馬の子供に”恩を返す”形になってしまった」
という悲劇のストーリーで語られる存在になっていたかもしれない。
だが、結果は結果。クビ差でも2馬身差でも10馬身差でも、一歩でも2着以下の馬の前に出れば文句なしの「優勝馬」として扱われるのがこの世界のルールなのであって、その勝利の価値は、「牡馬三冠史上もっとも薄氷の勝利」と言われるような勝ち方であったとしても全く失われることはない。
そして、父・ディープインパクトが、勝ったレースの中では一番危なかった菊花賞*4と、その次の有馬記念での敗北を契機に「完璧な馬」への進化を遂げていったことを考えると、今回の「クビ差」は実に大きな意味を持つのではないかな、と思わずにはいられない*5。
* * * *
今週もゴールした瞬間に先週同様の温かい拍手で包まれた京都競馬場*6。
勝った馬は当然のことだが、敗れた側にとっても「これがこの先の大ブレイクの始まりだった」ということになることを信じて、自分も改めて全力で拍手と、この先への祈り*7を捧げたいと思っているところである。
*1:賞金が足りずに菊花賞を除外された2勝組が軒並み出走していた。
*2:後述するとおり、小牧特別に優勝したアリストテレスが「現世代でもっともコントレイルに肉薄した馬」として歴史に残ることになった今となっては、あのレースこそが真の菊花賞トライアルだったのか、と思わずにはいられなかった。
*3:一応若葉S2着の実績もあるので完全な「テレビ馬」ということではないのだろうが・・・。
*4:最後は2馬身差まで突き放したものの、先行して直線に入ってもなお後続に差を付けて粘るアドマイヤジャパンの姿がモニターに映し出された瞬間に悲鳴が上がる、そんなレースだった。
*5:コントレイルの場合、少し休ませてターゲットを年末の有馬記念に絞れば、これまでのコース相性からしてもまず負けることはないだろうと思っている。
*6:先週のエントリーはこちら。この歴史的瞬間を包んだもの。 - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~
*7:競走馬の宿命として、どんなに素晴らしいレースを続けても大きな故障をしてしまうと一巻の終わり、というのもあるだけに。