「無駄」の本丸にメスは入るのか?

海の向こうほどではないが、局地的な「改革」路線が様々なハレーションを引き起こしているのが今の我が国の状況というべきか。

しばらく続いている「ハンコ撲滅」キャンペーンに対しては、ここに来て事業者団体の巻き返しの動きなども報じられているが*1、個人的にはもうすでに決着が付いたと思っていて、今のように「何のためにハンコを押しているのか?」「それはハンコではないとダメなのか?」ということをギリギリと突き詰めていけば、ほとんどの書類からハンコは消える。

通常の役所の窓口での手続きで、本人が目の前に来ているにもかかわらず提出書類に押印を求める意義があるはずもないわけだし、組織内の回覧で「確認」のためにわざわざ印鑑を押すのも冷静に考えるまでもなく意味はない。

何事も変えるにはエネルギーがいる。

大きい組織だと、一担当者が長年の慣習で使い回されていた書類の「印」の欄を省略するにも相当多大な労力を要するから、これまでは「無駄だなぁ」と思いながらも長年惰性で放置していた例は多かったはずだし、それ以前に思考停止して、その欄があることの意味を考えることすらしていなかった人々がほとんどだったかもしれないが、ただの「惰性」に過ぎなかった以上、ひとたび動き出せば消えるのも一瞬のこと。

契約書への押印や、それ以上にハードルが高そうな請求書への押印等、民の、それも企業対企業、の世界には一筋縄ではいかない話が多々あるから、すぐに世の中の全ての印鑑が姿を消す、ということにはならないだろうが*2、少なくとも「田中」や「鈴木」のハンコを100円ショップで誰でも手に入れるような時代は間もなく終わるだろうな・・・という予感はしている。

で、そんな流れの中、「第2弾」として出てきたのが、「収入印紙」の廃止。

www.fnn.jp

報道によれば、各省庁に「印紙を使っている理由」「印紙による納付を廃止した場合の支障」などの回答を求める書面が配布され、調査に入ったということだが、

「そんなもんあるわけねーだろ!!」
(「税金を取りたい」という理由以外には)

というのが、長年「貼らされる」側にいた者の率直な思いなわけで・・・。

法務の世界に足を踏み入れた担当者が最初にくぐる関門とされる「印紙税」。

発注書は課税文書ではないが、発注請書には印紙を貼らないといけない、とか、同じ「業務委託契約」でも「請負」だと課税文書、「準委任」だとそうじゃない、とか、「変更覚書」でも課税文書になるものとそうでないものがある、とか・・・

自分には、業務知識を「暗記」する、という発想がなくて、「必要なことは必要な時に調べりゃいいや」というスタンスでずっとやってきているので、こういったどうでもよい話のために無駄に時間を使った記憶はほとんどないのだが、配属されたばかりの若手が、「印紙税の手引」を片手に、取引の実態に照らせばどうやったって合理的に説明するのが苦しいような”ルール”を必死に覚えようとしていた姿を横で見ていて、心から同情したのは一度や二度ではない。

たかだか数百円、高額でも普通の取引なら数万円、という納税義務を果たすために、事業部の担当者が調べて、法務の担当者と議論して、それを上司がさらにチェックして・・・というプロセスを踏むことで生じるどうしようもない「無駄」。ついでに言えば印紙の出入管理、在庫管理、足りなくなったら補充して・・・という作業もバカにはならない。

それが一掃されることになるのであれば、多くの「印紙ユーザー」にとっては間違いなく朗報に違いない。

もちろん、話の文脈からしても、河野行革相の立ち位置からしても、ここでいう「印紙」の話で念頭に置かれているのは、「行政手続において『印紙貼付』という形式で実質的な手数料を納付すること」の是非であって*3、純粋な税金としての「印紙税」の廃止にまで踏み込んだ改革がなされることを期待してしまうとガッカリさせられる可能性は高いのかもしれない。

おそらく、今後のカギを握ることになるだろう公明党の税調会長へのインタビュー記事を見ても、

「旧態依然で、今の時代に即していない」

と指摘しつつ、

印紙税収は毎年3000億規模に上る国の財源であるため、「単純に廃止はしない」

「デジタル時代の印紙税がどうあるべきか議論する」

といった発言もなされており、ここには一歩間違えば、「複数当事者間で書面(電磁的記録を含む。)を作成したら、その都度ペイジ―で200円払え」という「文書電子課税」につながりかねない怖さすらある。

www.sankeibiz.jp


それだけに、仮に”ロビイング”に動くとしても、今の段階では極めて慎重に議論を組み立てる必要があるように思われるのだが*4、「財源」論に関していえば、「引き下げすぎた法人税を数パーセント元に戻す」とか*5、それが政治的な事情で厳しいならせめて「いろんな業界からぶち込まれてカオスになっている免税措置を取っ払う」とかすれば、「3000億円」程度の税収などすぐにリカバーできるはず。

そして、そこが「いやいや財源大事」という理屈で押し切られてしまったとしても、「制度の簡素化」だけは、何としてでも達成されるべきところではないかと思われる。

仮に今回の見直しの動きが「電子契約課税」につながるものだったとしても、今の複雑な課税文書の選択や税額計算方法が一掃されて「一律定額」になれば、全ての事業者(さすがに電子契約システムベンダーは除く・・・か(笑))の担当者は救われることだろう。

だから、どうせやるなら徹底的に、後世に一切の無駄を残すな、というくらいの気概で進めていただきたいものだな、と思う次第である*6


なお、「印紙税」といえば、経団連税制改正提言だよな・・・ということで、直近の「令和3年度税制改正に関する提言」*7のメニューにもちゃんと入っている。

「なお、印紙税について、電子商取引が一般化し、経済取引のペーパーレス化が著しく進展する中、その合理性は失われている。また、消費税と実質的に二重課税となっている類型もある。本来的には廃止すべきである。」(9頁)

で、ふと思い立って、これが提言に入り出したのはいつからだろうか?ということで資料を追ってみたら、2004年に出された「平成17年度税制改正に関する提言」*8の中に、次のような記述があった。

印紙税の見直し
印紙税は、不動産等の経済取引の促進を阻害している面も大きく、そのあり方について見直す必要がある。
当面、不動産売買契約書等に係る印紙税の軽減措置の延長が不可欠である。
また、手形に関する印紙税については、とりわけ中小企業にとって資金調達・決済の両面で負担となっており減免を図る必要がある。

それまでは株券発行や手形、といった限定的な場面だけで出てきていた「印紙税の減免」要望が、「あり方見直し」に変わってからはや16年。

「そろそろもういいじゃないか」という実務サイドの思いがお国に届くことを願いたい。

*1:はんこ事業者団体 河野大臣の「押印廃止」投稿の説明求める | 菅内閣発足 | NHKニュース、その他山梨県からのアピール等々。

*2:この点については以前にも書いた(「押印」論争をめぐる痛烈な意趣返し。 - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~)ので繰り返さないが、必須でないなら中途半端な置き換えではなく全面廃止、どうしても必要なら維持、ただ(人の手間も含めて)コストを減らし業務改善につながるメリットを生み出せるなら代替手段に置き換え、ということで良いのではないかと思っている。

*3:自分の場合、法務局での証明書の交付請求などは既に電子納付に切り替えて久しいので、全面的に置き換えてもらっても何ら困らないのだが、世の中のユーザーがすべてそれで対応できるか、というと、ちょっと待て・・・というところはあるような気がする。

*4:ここで間違って「電子契約は印紙税がかかりません!」なんてことをドヤ顔でアピールしたりすると、目を光らせた財務省筋から「ん?それは不公平ですね。なら一律に」という突っ込みが入るのは自明の理であろう。

*5:そもそも来年、再来年くらいまでは、(数で見れば)法人税の納税義務を負わない会社の方が圧倒的に多くなりそうな気もするから、特例でも何でも引き上げるにはちょうど良い契機だろう、と思ったりもする。

*6:もちろん、印紙税をなくす代わりに法人税の実効税率を引き上げる、なんてことになれば、「産業界」としては”本末転倒”ということになるのだろうけど、下々の立場から言えば、目の前の無駄をなくす方が大事。それに印紙税のような制度は一度なくしてしまえば二度と復活することはないから、必要があればまた下げることもできる「税率」をバーターにする方が賢い選択ともいえる。

*7:経団連:令和3年度税制改正に関する提言 (2020-09-15)

*8:日本経団連:平成17年度税制改正に関する提言 (2004-09-21)

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