本当に天井がなくなるのは、それがニュースにならなくなったとき、なのかもしれない。

海の向こうでは一大騒動となった大統領選が事実上決着し、国内でも様々なスポーツイベントのクライマックスで湧いたこの週末、普段と何ら変わらずに日程をこなしていたのが我らがJRA、である。

来週からは、エリザベス女王杯を皮切りに年末まで「7週連続GⅠ」、と、例年これだけを楽しみに1年労働にいそしんできたファンも少なくない(自分だけ?)ような豪華番組も当然始まるわけだが、今週に限っては”谷間”で、重賞レースこそ2歳で、古馬で、と組まれていたものの、何となく平和な雰囲気が漂っていた*1

何が「平和」の証かといえば、土日続けて東京で騎乗したルメール騎手が、安定の爆発っぷりで2日で7勝、しかも重賞も連日勝利する、というお約束の展開になったし、一方の阪神では、川田騎手と武豊騎手が重賞タイトルを1つずつ分け合い、福永騎手と合わせた3騎手が2日間で14勝上乗せだから、こちらの方もまぁ安泰な感じである。

そして、もう一つの開催場、福島でも、もうすっかり違和感を抱かなくなった光景があった。

藤田菜七子騎手が日曜日に3勝、土日合わせて4勝の固め打ち。

今週の福島は重賞どころかオープン級のレースすら組まれていなかったため、土日ともリーディング上位の騎手は不在で、メンツ的には吉田隼人with若手、といった顔ぶれ。

加えてローカルコースの中でも特に最後の直線が短い福島競馬場では、スタートで好位置につけることが必須だったりもするわけで、そうなればゲートの魔術師、藤田騎手の面目躍如*2

たまたまこの週末に「藤田騎手は壁にぶち当たっている。例年更新し続けてきた勝利数も今年は昨年の数字(43勝)を超えるのは難しいんじゃないか」という意地悪な記事を見かけたところだったのだが、彼女の実力をもってすれば、ちょっと運が向けば今週のような結果になることも全く不思議ではないわけで、一瞬で雑音を黙らせたのはまぁ凄いな、と*3

加えて今回、一番すごいな、と思ったのは、藤田騎手の「一日3勝」がもはやニュースにもならなくなった、ということである。

デビューして以来、メディアに追いかけまわされ、一つ勝つたびに、ローカルの平場のレースでさえ過剰なまでの見出しの記事になる。

昨年くらいまではずっとそんな状況が続いていたし、今年も100勝に届くくらいのタイミングまでは、まだまだそんなところはあった。

それが今回はほとんどニュースの見出しになっていない。

他のリーディング上位騎手と同様に、淡々と戦績が記録され、「リーディング上位騎手」の一覧に勝ち星の数が書き加えられるだけ。

でも書き加えられた今季の勝ち星の数は既に「35」で、東西合わせてのリーディングではちょうど30位。もちろん関東だけなら文句なしにベスト10に入る(現在8位)。

要するに、”普通の一流ジョッキー”として競馬のカレンダーの中に彼女は溶け込んでいるのだ。

そういえば、一年前は大騒ぎになっていたJBCスプリントJpnⅠ)でのコパノキッキングへの騎乗も、今年の取り上げられ方は実に静かなものだった*4

あたかもタレントのように彼女の一挙一動を追いかけたい人にとっては物足りないかもしれないが、一ジョッキーとしてはこれくらいでちょうど良い。

そして、堅実に成績を伸ばしていけば、やがて重賞でもGⅠでも、当たり前のように彼女の名前が馬柱に刻まれ、勝利騎手インタビューで淡々とレースの感想を聞かれる・・・そんな存在になっていくはずだし、そうなってほしいと自分は強く願っている。


ちなみに米国大統領選2020にはようやく決着が付き、悲願の大統領就任を果たすジョー・バイデン氏とともに、Kamala Devi Harris氏が初の女性副大統領に就任する、ということが大きな話題となっている。

CNNのサイトで取り上げられている彼女のスピーチは、おそらく歴史に残るものとして刻まれることになるだろう。

edition.cnn.com

特に動画の2分30秒過ぎから出てくる以下のフレーズ、

"While I may be the first woman in this office, I will not be the last.”

は、ドライブスルーで打ち鳴らされるクラクションの音とともに記憶に残る言葉だし、この日本ですら朝からSNS等でずっと繰り返し流れてきている。

興味深いのは、このフレーズの後に続くのが、

"Because every little girl watching tonight sees that this is a country of possibilities."

という「理由」だということで、何かと「女性」とか「黒人」といった修飾語の下で取り上げられることが多かった彼女が、まさにそれを逆手にとって「未来への可能性」を説く、という実に美しいストーリーだな、と思う。

ただ、この先4年間、自身がマイノリティの代名詞であるかのように、あるいはダイバーシティを具現化した存在であるかのように取り上げ続けられることは、おそらく彼女本人が望んでいないはずで、これまでの副大統領経験者が直面したのと同様の(もしかしたらそれ以上の)様々な危機をくぐりぬけ、4年後に誰もが違和感なく、”普通の副大統領”として彼女の挙動を報じるようになってこそ、”not be the last"の思いは実現するはずだ。

天井を突き破った瞬間は、スポットライトを当ててもいい。むしろそこで当てないとあとに続く人も出てこない。

だけど、その先、天井に穴を開けるだけでなく、名実ともにそれを取っ払いたい、と思うのであれば、最初にスポットライトが当たったところとは違うところで本当の実力を示し続けなければならない*5

おそらく、本当の”little girl”たちが大人になるよりもずっと早く後に続く人々は出てくるだろうし、その一方で、その道がポピュラーになればなるほど、当人の実力そのものが様々な角度からシビアな批判に晒されることにもなってくるのだけど、それを当たり前の光景にしていくことこそが何よりも大事なのではないかな・・・と思った次第である。


そして話を戻すなら、来春には後に続く後輩の女性騎手たちを迎える藤田騎手にとっても、

「あの馬に乗ってくれてありがとう。」

だけではない、より辛辣で、でもありふれた評価に本格的に晒される時期は既に来ているように思うので、ファンとしても、そんな”これから”に期待しつつ、来週の福島開催もしっかり見守ることにしたい。

*1:もっとも、競馬が行われている現場では、これまで1000人を少々超える程度だった入場者数が、土曜日の段階で東京では3000人、阪神でも2000人の壁を越え、いよいよ本格的な”平常化”に向けて動き出した感もあるのだが。

*2:実際、今回も4勝全てが逃げ、先行での勝利である。

*3:おそらくご本人はそんな記事には目も留めさえしていないだろうが・・・。

*4:もちろん、馬自体に昨年までの勢いがなくなっていて本命視されていなかった、ということもあるのだが、当日の人気は今年も昨年同様2番人気。結局、レース自体は大井プロパーの8番人気の馬が勝つ、という大荒れの結果になってしまったのだが・・・。

*5:これは人種や性別の話に限らず、である。自戒も込めて。

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