ブランカよ永遠に・・・。

今朝、毎日読んでいる日経新聞の朝刊を開いた。

そして、最後の面の下の方に、やはり予告通り(帰ってきた)『ミチクサ先生』の連載が再開されていたのを見て、安堵しつつもため息が出た。

そう、今年の2月21日の朝刊紙面から255話、まさに新型コロナがこの国を襲った時期と重なるこの9カ月近くの間、毎朝のささやかな楽しみだった、作家、赤神諒氏の連載小説『太陽の門』は、やはり昨日、11月10日に終わってしまったのだった。

過去には「失楽園」だの「愛の流刑地」だの、といったオヤジ好みのベストセラー連載もあったし*1、最近の連載の中では『禁断のスカルペル』(久間十義)が、かなりのお気に入りだったのだが、軽妙な活劇風の作品が多い夕刊小説と比べると、こちらの方は「大河ドラマ」のようなもので、テーマが自分の関心とマッチすればハマって読むのだがそうでなければスルー、しかも長期連載になるものが多いこともあってか、作者によっては段々筋が???という感じになっていって、朝の慌ただしい時間を割いてまで目を通す気力がなくなってしまう、というパターンも多かった。

その点、昨秋から連載が始まっていた『ミチクサ先生』などは、伊集院静氏が書かれていることに加え、自分の好みの”明治物”だったこともあって、比較的楽しみながら読んでいた連載だったのだが、突如として作者が急病で倒れる・・・

話の筋的にも、さぁこれから、というところに差し掛かっていただけに、休載の報に接した時は落胆したものだが、そんな中、急遽「代打」(?)として登場した作品の面白さは、想像をはるかに超えていた。

主な舞台は20世紀前半、内戦の渦中にあったスペイン。歴史ものは決して珍しくないとはいえ、舞台が海外でしかも登場人物がすべて西洋人、と、この連載にしてはかなり異色の設定だったと思われるし、民主政とファシズムの戦い、それに絡むスターリン主義、貧困の先に希望を見出そうとする人々が最後に行きつく生と死・・・等々、テーマ自体は極めて重い。

だが、酒場の風景と戦場の景色を織り交ぜながら、毎日の話を決して鈍重なものとしないスピーディな節回し、そして、際立った人物造形が、この小説を実に鮮やかな作品に仕立てていた。

どこまでも気障で皮肉屋な主人公リック、いかにも本場のスペインバルでどんと鎮座していそうな居酒屋主人フェラーリに、遠い空の下でピアノを弾くサム。戦場に行けば男気溢れる隊長マチャードに、終盤でいい味を出していた司令官ミアハ。そして、リックの周りには、ドイツ、フランス、アメリカ、スペインと国も違えばキャラも違う、さらには時代もちょっとずつズレているがいずれも気品ある存在として描かれる女性たちが常に登場する*2

この連載が始まる前から、朝、充電のために必ず寄るカフェがあって、そこではなぜかBGMに爽やかなラテン系の曲がかかっていたものだから、小説に出てくるマドリッドの光景を思い浮かべながら*3、瞬間的に描かれている世界に入り込みそうになって戻ってくる、そんな楽しみもあった。緊急事態宣言のおかげで、一時はその楽しみすら奪われかけたが、この楽しみだけはそう時間がかからずに取り戻し、昨日までささやかに続けていたのだった。

時には皮肉の利いた笑いが随所にまぶされていた回もあったし、考えさせられるエピソードで満ちていた回もあった。

戦場での儚い友情、その後は決まって残酷で残念な光景を目にすることも多かったが、その合間にはささやかな日常の幸福な景色も描かれていた。

朝の連載小説にしてはあまりに目まぐるしくスリリングな展開だったが、伏線はきちんと回収され、人物像が乱れることもなくストーリーは紡がれていった。

できることなら、もう半年、あるいは1年、リックにとっての「戦争」が終わる時まで連載が続いてほしかったのだが・・・。


11月に入り、海の向こうの大統領選以上に波乱万丈な展開を経て、この連載は一気に終局を迎えた。

最初からこの255話で終わる予定だったのか、作者のご事情でストーリーを”早送り”にしたのか、それとも休載中の作者の回復状況を踏まえた”大人の事情”ですっきりと終わらせたのか・・・

真相は知る由もないが、ダラダラと長引いた連載にならなかった分、深い余韻が残ったのは言うまでもない。

「まだ読みたい」、「もう一度読みたい」、「単行本になったら絶対買う」、「映画化されたら初日に見に行く」*4、「そして海外に自由に行けるようになったら真っ先に行くぞスペイン・・・」etc...

そして、当然のことながら、この短かったが強烈なインパクトを残してくれた作品を経て、以前からご経歴も含めて注目していた「赤神諒」という言語表現の達人をますます好きになった、ということも改めて強調しておきたい。

同じ法律の世界で生きてこられた方ながら、自分などとても及びもつかないような才をお持ちである、というただそのことに、心より敬服する次第である。

*1:いずれも故・渡辺淳一氏の作品なのは恐縮だが、やはり日経朝刊の小説といえば・・・というところはある。

*2:なお、作者ご本人が登場人物をまとめておられるようなので、それもご参照のこと。『太陽の門』登場人物関係図・用語説明です!(随時更新予定) | 赤神諒のほめブロ

*3:どうでもよいが、マドリッドはかつて新婚旅行で行った場所でもある。「太陽の門」も通ったが今は昔のこと。

*4:正直、この作品の登場人物それぞれにふさわしい俳優を充てるのはかなり大変だと思うので、実写化はむしろ”してほしくない”という作品になってくるのかもしれないが・・・。

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