「NDAを一つにする」よりも、もっと大事ではないかと思うこと。

今年の夏、法務界隈で大きな話題となった「One NDA」。

このブログでも期待を込めつつ取り上げていたところだったのだが、その後、多少は気にしつつも、慌ただしさにかまけてほとんどフォローできていない状況だった。

k-houmu-sensi2005.hatenablog.com

それが、なんと天下の日経新聞の夕刊1面トップ記事で取り上げられたのを見て、おっとびっくり、である。

「企業間で取引を始める際に取り交わされる秘密保持契約書を統一するプロジェクトが始動した。参加企業同士が個別に契約書を取り交わすことなく、迅速に商談や共同開発などを始められる仕組み。野村不動産ネスレ日本を含む約100社が参加する。大企業が中小企業に不公平な契約を押しつけないようにする効果も見込む。」
日本経済新聞2020年11月20日付夕刊・第1面、強調筆者、以下同じ。)

記事に書かれていること自体に真新しさはないし、反響が大きかった割にはまだ100社か・・・と思ったところもあったのだが*1、日経紙で取り上げられた瞬間に引き合いが倍増、いや、4~5倍増くらいになるのはよくある話で、このタイミングで取り上げられたことで、参加を申し込む会社が一気に増加し、年内の間に300社~500社くらいまで増える可能性は十分あるのではないだろうか。

こと公開されている「統一契約ポリシー」の内容に関しての自分の感想は、8月にエントリーを書いた時点から何ら変わっておらず、このポリシーに依拠する限り、秘密情報の受領側にとって厳しい規律になることは避けられないだろう、と思っている。

前記日経紙の記事では、

「今回のプロジェクトは法務知識や交渉上立場の弱い中小企業やスタートアップを、大企業による知的財産の吸い取りから防ぐ狙いもある。」(同上)

と、今回の統一ポリシーが、あたかもスタートアップ側に有利な材料となるかのような書き方をしているのだが、ポリシーの文面上は大企業か中小企業、スタートアップかにかかわらず、双方が同じ権利義務を負うことになるし、現実の取引に目を向けた時に、もっぱらスタートアップ側から大企業側にだけ情報が開示されるのか、といえば、そんなことは全くないわけだから*2状況によっては、この書式がスタートアップ側の足かせとなる可能性も否定することはできないだろう*3

また、これも以前気になって書いていたことではあるのだが、仮に契約当事者がいずれもコンソーシアムに入っていたとしても、「今回のプロジェクトは極めて重要性、秘匿性が高いので、今回だけは統一ポリシーとは異なる条件で秘密保持契約を結びたい」というニーズは必ず出てくるはずだし、あるいは、「検討段階では統一ポリシーの内容で良いが、実際に取引契約を結ぶ段階になれば、従来の取引契約雛型に備わっている、より厳格なルールで運用したい」というニーズが出てくることも当然予想されることである。

そのような場合に、統一ポリシーがどういう意味合いを持つことになるのか、外から見ているだけでは良く分からないことの方が多い*4

本格的な提携検討にいざ進まん、という大事なタイミングで、いつの時代に誰が作ったかもわからないような不合理な「雛型」をお互いに持ち出し、不毛なやり取りを繰り返す、という「儀式」を終わらせたい、という発想には何ら異論はないし、それゆえに自分は引き続き「One NDA」の構想自体は支持しているのだが、もっとも大事な目的との関係で言えば、「ルールを一つに集約する」こと以上に、

「不合理な慣習をなくす」

ことそれ自体の方が大事だったりもするわけだから、今用意されている「手段」が本来無関係な「目的」まで抱え込まないように、ということを願うばかりである*5

そして、せっかく芽を出しかけているこの斬新な試みが、あらぬ方向から押し寄せる思惑に押しつぶされないように、ということも、また願ってやまないのである。

*1:ついでに言えば、名前を出せる大企業は、紙面に登場している2社以外にはなかったのだろうか、等々、細かいところも気になった。

*2:例えば、「大企業側のニーズを実現するためにスタートアップの知見を活用する」とか、「スタートアップ企業のために大企業側が持っているフィールドを提供する」というような場合、スタートアップ側の知見が開示されるのと同レベル、あるいはそれ以上のボリュームで大企業側からも秘密情報が開示されるのが常だし、一般的には、情報が流出したり目的外使用された場合の「開示当事者に生じた損害」は、大企業が開示当事者になる場合の方が遥かに大きい(元々の事業のスケールや積み重ねてきた投資額の桁が異なるのだから、それは当たり前の話である)。

*3:場合によっては、開発がうまく進んだような場合でも、「秘密情報の保護」を理由にスタートアップ側がクライアントの同業他社へのビジネス展開を封じられるようなことになりかねないわけで、「スタートアップに有利」という触れ込みをうのみにして飛びつくのはかなり危険ではないかと思う。一部で報じられているような「スタートアップの技術やアイデアをパクる大企業」が存在するのも事実だとは思うが、それができるのは、スタートアップ側の技術やアイデアを消化して自分たちで再現できる能力を持つごく一部の技術系企業だけで、多くの大企業は、そもそも知恵や実行力がないからスタートアップに頼るしかないのである。そういった現実を見ずに、公取委の中間報告(「スタートアップ」に生き残るための武器は配られたのか? - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~)の刺激的なエピソードだけに引っ張られるのは、どうなのかな、と思わずにはいられない。

*4:これらの点に関して、運営側から何らかの方針が示されるのではないか、ということは期待しているのだが、現時点では「平易な説明」「要約」ともに、依然として”coming soon"のステータスのままとなっている。OneNDA | NDAは、ひとつのかたちに。参照。

*5:いわゆる「挨拶代わりのNDA」については、特定のポリシーに賛同する会社が一定数を超え、提携の初期段階でそれに委ねて個別の秘密保持契約は締結しない、という実務が広範囲に普及することによって、当該ポリシーの内容が一種の社会規範化し、明示的には参加の意思表示をしていない会社まで事実上拘束する、という流れに持って行くのがベストだと思うし、逆に「スタートアップ救済」の観点を重視するのであれば、契約ポリシーの中身で勝負するよりは、独禁法等のより公法的な規律を介入させて対処する方向に持って行く方が効果的だと思われる。特定の「手段」に複数の(政策)目的を混在させてしまうと大抵ロクなことにはならないので、その辺は運営サイドで早めに趣旨説明をする等して、誤解を解いておく必要があるのではないかと思うところである。

google-site-verification: google1520a0cd8d7ac6e8.html