参戦する馬が決まった時から、いったいどんなレースになるのだろう、とハラハラしながら待っていたファンも多かったであろう、第40回ジャパンカップ。
前日発売から、大方の予想通り、最強古馬・アーモンドアイ、三冠牡馬コントレイル、三冠牝馬デアリングタクトの順で、抜けた人気を被った馬が3頭。
4番人気以降は、20倍の壁を破れるかどうかで手一杯、といったところで、このレースと相性の良い京都大賞典組(しかも香港GⅠ馬)・グローリーヴェイズが辛うじて17.2倍まで支持を伸ばすのがやっと。
一応前年の2着馬、臨戦過程も万全のカレンブーケドールですら24.9倍、キセキ、ワールドプレミアといった菊花賞タイトル保持馬でも40倍超のオッズで続き、4年前のダービー馬、マカヒキに至っては、なんと226.1倍*1。
名実ともに、「3強」と「その他大勢」という括られ方をする舞台となってしまった。
新旧で3頭も三冠馬が一つのレースに揃い、しかもうち2頭の3歳勢は「無敗」というシチュエーション自体がこれまでにないもので、挑まれる古馬の側も、未だ衰え知らずのGⅠ8勝馬、とくれば、コースとの相性、レースとの相性、牡馬か牝馬か、3歳か古馬か、といった過去のデータは正直何の意味も持たない。
「この3年間主役を張り続けた馬に有終の美を飾らせてあげたい」という思いを優先するか、それとも「無敗伝説を来年まで持ち越してほしい」という思いを優先するか。
さらに後者の側に立つなら「牡馬の意地」に賭けるか、それとも「牝馬最強伝説の継承」に賭けるか。
レース前はあちこちで、もう「予想」というよりは、思い入れの発露競争、それぞれの予想者の人生観のぶつかり合い・・・といった感じのトークが繰り広げられる。
そして、駄々をこねる遠征馬にハラハラさせられながらも無事ゲートが開き、そこから2分23秒、最後はアーモンドアイが頭一つ抜け出してゴールを駆け抜け、芝GⅠ9勝目、14戦10勝、歴代最多賞金(ただしいずれの記録も海外レースを含む)の戦績を残して有終の美を飾ることとなった。
大接戦となった2着以降は、無理かな?と思われるような位置から最速の上がりで意地を見せたコントレイルに、それに次ぐ切れ味で後続をハナ差押さえたデアリングタクトの順で続き、4着・カレンブーケドール、5着・グローリーヴェイズまでが0.1差。
いくら大レースでも、ここまで完璧に「順当」に収まるのは珍しい、と突っ込みたくなるくらい*2大多数のファンの予想を寸分も裏切らない結末となったのであるが・・・。
残念ながら、自分は今日のレースで優勝馬がゴール版を駆け抜ける瞬間をリアルタイムでは見ていない。
もちろん、その瞬間、テレビは付いていたし、当然ながらいつもの性で、ゲート入りのファンファーレが鳴る前から、流れてくる映像をずっと注視していた。
それでも自分は上位5頭がゴールする瞬間を思いっきり見逃した。
理由はただ一つ。
最後までキセキを見てたから。
である。
ゲートを出て、外から競りかけようとしてきたダート専門の7歳馬・ヨシオ*3を難なく振り落とすと、あれよあれよという間に後続に大差を付ける。
気が付けば4コーナーを回ったところで、実況のコールは「20馬身差」。
直線に向いてもまだ大きな差は保たれたままで、残り400を切ってもまだ後続の影は見えない。
思えば、こやつは4歳で逃げに転じてから何度となく大舞台で波乱を巻き起こした馬だ。スタミナもあるからそう簡単にはバテる馬でもない。実況で叫んでいた1000m57秒台のラップがホントなら、いくら何でもペースが速すぎるが、馬場が重い今の東京、後続の本命馬たちが牽制し合って仕掛けが遅れるようなら、このまま残っても不思議じゃない・・・等々、数秒間の間に、頭の中で様々な思いがめぐり、1円たりとも馬券を持っていないのに、最内コースを通る”俄か本命馬”を、祈るような気持ちで眺めていた。
突如としてスローモーションのように脚が止まった「本命馬」、何かよく分からないけど次々と交わされていき、遂には画面の左端からフェードアウト。
それでも残影を追っている間に、向けていた視線とは全く違うところから聞こえてきた「アーモンドアイだ!」の声。
かくして自分は、歴史的瞬間を見逃した。
レース後のインタビューでは「1コーナーからハミを噛んでしまった」という浜中騎手のコメントも出ていたし、逃げた結果通ったコースはもっとも馬場が荒れていた最内。
VTRで見返すと、馬場の真ん中で繰り広げられる激しい争いとは無縁の、ほぼ止まったかのようなアクションで早々とレースを終えていたのが今日のキセキだった。
でも、何だろう、この何とも言えない爽快感・・・。
海外からの有力馬がめっきり参戦しなくなり、一部の超一流馬と数合わせでゲートインした馬たちとのマッチアップになって久しいこのレースでは、この10年、最初の1000mのラップが1分を切ることさえ稀。
キタサンブラックがまんまと逃げきった2016年は言うまでもないし、カレンミロティックやサトノシュレンといった「脇役」が頑張った年はあったものの、所詮は・・・というのが正直なところだった。
それが、今日に関しては全く次元が違っていて、22年前、サイレンススズカが無事レースを終えていたら・・・とか、懐かしいなツインターボ、とか、世紀を丸々またがる思い出が蘇るくらいのインパクトが残された。
結局、ラスト1ハロンまでの主役が作った澱みのない流れが、好位に付けたアーモンドアイにとって大きな援護射撃となったのは間違いない*4。
思えば、2年前、アーモンドアイが3歳の壁を越えて主役に躍り出るきっかけとなったジャパンカップでも、それを演出したのは、1000m59秒9の絶妙なペースで流れを作ったキセキ。
その意味で、リアルな結果だけに目を向けるなら、再び歴代最強馬を引き立てた「助演俳優」という称号が一番適切なのかもしれないが、自分は、彼が2着に入った2年前よりも、今日の方がずっと輝きを放っていたように思えたし、誰が何と言おうと、
今日の本当の主役はキセキだった。
と何度でも強く叫ぶ。
そして、まだまだ底を見せていないこの6歳のルーラーシップ産駒が、今日だけは「主役」を譲ったが負けてなお強し、の次世代エース2頭のために再び一汗かくことになるのか、それとも、名実ともに自らが「主役」に返り咲くのか。
そんなスリリングな筋書きのないドラマを、まだまだ楽しめれば、と思っているところである。