この国に本当の「格差」はあるのだろうか。

何となく決着が付いた感じの海の向こうの大統領選挙。

次々と公表される次期大統領の政権中枢のメンバーの顔触れや経歴を眺めていると、同じ政治任用でも、今の大統領とは「お友達の質」が違うなぁ・・・と思っていたところで、今朝の日経紙がFINANCIAL TIMESの記事の邦訳版をOpinion面に掲載してきた。

題して、「真の格差は支配層の中に」*1

米国の新政権が「少数エリート」で構成されようとしている、という話を枕に、Peter Turchinという学者の「現代の政治対立が起こる理由はエリートの過剰生産だ」(Of all the reasons adduced for the political strife of our time, few are as novel as his stress on “elite overproduction”. )という見解を紹介しながら、今の政治状況を分析していく。

「誰もが高い地位に就けるわけではないのに大卒者が急増した。その結果、自分より成功した仲間にやりきれぬ悔しさを覚える末端エリート集団が生まれる。生活が厳しい時代には、鼻を折られた末端エリートと本当にぎりぎりの生活を強いられている大衆の間に連帯感が生まれるという。」(日本経済新聞2020年12月7日付朝刊・第6面、強調筆者、以下同じ)

「この理論は右派ポピュリストだけでなく左派にも当てはまる。社会正義や人種差別に対する意識の高まりは、満足できる職に就けない多くの文系大卒者の叫びとしても捉えられる」(同上)

それで生まれたのがトランプ政権であり、英国の不可解なEU離脱である、というのが、このコメンテーターの分析。

現実にはもう少し複雑な要素も混じり込んでいるだろうけど、まぁそうかもね、と思わせるところはある。

そして、現代のポピュリストムーブメントを持ち上げつつ、最後に思いっきり落とすのも、シニカルな「FT」らしさ全開。

「彼らの運動が末端エリートと、国の繁栄から取り残された白人層を結び付けるものである以上、双方を同時に満足させる政策など打てるはずがない。政権を担う期間が長くなるほど、両者の利害対立が透けて見えてくる。」
「彼ら(注:気前よく寄付してくれる後援者や高所得者層)がトランプ氏に好意的だったのは、自分たちより若干上層にいる目障りなトップエリートに一泡吹かせてくれたからだ。真に困窮からの救いを求め、トランプ氏に一票を投じた人々とは異なる。」(同上)

原記事には邦訳では省かれている、

Formal government exposes the incoherence of the populists.

というフレーズこそが彼らの真骨頂なわけで、「鬱屈した落ちこぼれエリート如きに世の中を支配されてたまるか!」的なこの論調を好むかどうかは人それぞれだとしても、欧州屈指のエリートメディアとして一本筋の通った記事になっているのは間違いない。

で、翻って自分の国を眺めると首をかしげたくなるところもあるわけで、

そもそも、「エリート」なんて階層がこの国に存在するのかい?

というところから議論を始めないといけないのが現実であるような気もする。

知識や教養、学歴といったものが、支配権力や富と必ずしも結びつかない社会。

もちろん、ハイレベルなバックグラウンドを持ちながら、満足できる職に就けずに夜な夜なSNSで自己主張している人々はいるが、そんな人々が戦っている相手が米欧社会でいうところの”elite"か、といえば、それは全く違うような気がするし、そもそも戦っている当人たち自身が相手を"elite"と見ているとはとても思えない。

米国、英国、欧州本土、最近では東南アジアの国ですら、20代までの学歴で人生が決まってしまう、というような「格差」を目の当たりにすることは多かったのだが、そんな中、出た大学の違いくらいでは人生大して変わらん・・・という国の人間として生まれ育ったことが良かったのか悪かったのか。

少なくとも今は、死ぬその瞬間まで浮き沈みがあって順位が入れ替わってしまうような世の中を楽しんでいるのが自分だったりもするのだが、上記の記事の中身を「対岸の火事」と思える社会が本当に良い社会なのかどうなのか、ということは、折々でもう少し考えてみたいな、と思っているところである。

※原記事は以下のリンクをご参照のこと。
https://www.ft.com/content/0bf03db8-c61b-4222-8c76-4fb23988ec13

*1:原題は、”The real class war is within the rich”(JANAN GANESH)で、日本人好みの表現に意訳されている箇所も多いのだが、全体的なトーンには忠実に訳されている部類の記事だと思う。

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