法務にできることは何なのか?を考えさせられる報告書。

数年前、五反田の土地を舞台にした、いわゆる「地面師」による大掛かりな詐欺事件が報じられたのはまだ記憶に新しいところである。

一昔前、まだバブルの余波が残っていた時代(自分がまさに駆け出しだった頃)は、この手の話を耳にすることはそれなりにあったような気がするし、不動産関係の事件を長く扱っていた当時のベテラン社員からも、土地の取引がいかに危険なものか、ということは武勇伝と共によく聞かされたものだったのだが、それが21世紀に入って結構経った今頃になっても、これだけ大きな事件として出てきてしまったこと、そして何より、被害にあったのが、多くの人が知っている有名住宅メーカーだったということが、この事件のインパクトをより大きなものにした一因だったような気がする。

昨年くらいから、土地取引詐欺に関与したメンバーの刑事事件の第一審判決が次々と出されてそれはそれで話題となった。

さらに、今年の春には、被害側の会社の元CEOらが、現経営陣のこの事件の処理をめぐる対応の問題を指摘して定時株主総会に役員選任議案を提出し、新型コロナ禍中での総会の開催の是非まで争われる*1、というちょっとした事件も勃発した。

それなりの時間は流れても、社会に与えた衝撃はしばらくは薄れず、組織が受けた傷もそう簡単には癒えないのだろうな・・・ということを強く感じさせるエピソードではあったのだが、そんな中、7日付のリリースで被害者となった会社から「総括検証報告書」なる資料が公表されている*2

総括検証委員会の委員長を務めたのは、今年4月に外苑法律事務所を設立したばかりの菊地伸弁護士で、同事務所の3名の弁護士が委員会を構成している。

積水ハウスを欺罔したとして起訴された地面師 10 名全員に対して有罪判決が言い渡されたことを踏まえ・・・(略)・・・本件取引事故に関する事実経緯等を正確に公表することにより株主、顧客、取引先及び役職員を含むステークホルダーに対する説明責任を果たすことを目的として、本件取引事故等の総括検証を、積水ハウスと現在に至るまで一切の利害関係がない外部の専門家に委嘱する」(報告書1~2頁、強調筆者、以下同じ。)

という説明の裏に、書かれざる今年のもう一つの「事件」(前記)があったことは想像に難くないが、きっかけは何であれこういった「総括」を行って公表する、という姿勢自体は、高く評価されてよいことのはず。

また、(まだ確定していないとはいえ)第一審の刑事判決が出揃ったことで、前提となる事実関係の基礎が固まり、一連の事件の構図を描きやすくなった、という面もあったのだろう、この報告書は、他社の一般的な「第三者委員会報告書」と比べても、実に生々しいものとなっている

報告書25頁から始まる「5.本件取引に関する事実関係」の中では、地面師グループが仲介者を通じて積水ハウスの東京マンション事業部営業次長に接触したところに始まり、偽の所有者との土地売買契約締結・仮登記申請と話が進み、「真の所有者」を名乗る者からの通知書が届く、といったイレギュラー事象を契機とした残代金の前倒し支払い、そしてその直後に判明した証明書類の偽造と、その結果としての本登記申請却下。

2017年3月下旬から、6月上旬まで、わずか2カ月ちょっとの間の出来事ながら、報告書に記された概要だけでも25ページ分。時にトップの判断・指示も挟みながら、関係者の打合せや会議を積み重ねるたびに危うい方向に向かっていく社内の意思決定プロセス、イレギュラー事象の受け止め方、最後に訪れる暗転・・・

世の「会社の中の空気」というものにちょっとでも触れたことのある者なら、一読しただけで登場人物の様々な心理に思いを馳せることができるはずだし、そこに描かれているのは、中途半端なサスペンスドラマよりもよほどよくできた”悲劇の筋書き”である。

既に「詐欺だった」ということが明らかになっている今、この事実関係のくだりを読めば、「誤った意思決定に向かう組織の病理を描いたもの」という受け止め方にどうしてもなってしまうのだが、その答えを知らされないまま同じ立場でことに向き合っていたら、いったい自分に何ができるのだろう・・・と身につまされるような思いをする人も多いのではなかろうか。

本件で詐欺師集団が悪用した、「登記済権利証に代えて資格者代理人の本人確認情報で登記申請ができてしまう制度」などは、まさにオンライン申請の導入を主眼とした2005年施行の不動産登記法大改正で認められるようになった制度だったりもするから、昨今の急激な「デジタル化」の動きを考える上でも教訓的な事例となっているように思われるし、本件取引に”善意の関係者”として登場する司法書士や弁護士の姿を見ると、専門士業者として使命を完遂することの難しさと責任の重さをただ痛感させられるばかりだったりもする。

そして、会社の組織や業務の進め方についての問題、ということで言えば、(後の方でも触れるが)以下の指摘に尽きるだろう。

「東京マンション事業部が起案した 10 億円以上の用地取得の稟議書は、マンション事業本部内を回付されたうえで、不動産部に提出され、法務部も回議先となっていた。しかし、不動産部における稟議書のチェックは購入金額や販売予定価格の見積りが妥当であるか等の観点から行われており、また、法務部における稟議書のチェックは、法令遵守の観点から、記載内容に疑義がないかといった記載内容に対するチェックにとどまっていた。また、マンション用地取得のための売買契約書作成や契約締結、決済に向けた法務関連業務は、東京マンション事業部が、同部の顧問弁護士に適宜相談しながら対処していた。この結果、マンション用地取得に際しての法務部の関与は、具体的な法的トラブルが発生した場合の事後処理に限定されていた。 」(報告書24頁)

報告書の中では、さらに踏み込んで、事業部自身がなぜ法務関連業務に自ら対応していたのか、ということについても述べられている。

「法務部は、戸建住宅事業や賃貸住宅事業、分譲住宅事業の多数の顧客向けの定型契約の雛形を作成し、それに関わる法律問題の相談を受けていたほか、訴訟の場合の対応等を担当していた。しかし、法務部のスタッフ数が少なかったこともあり、これら以外の事業についての法律問題や個別のクレーム等には対応しきれていなかった。そのため、各事業部はそれぞれ(地域により事業部がさらに分かれている場合は地域ごとに)弁護士と顧問契約を締結し、各事業部においてクレームや法的問題に対応していた。」(報告書24~25頁)

このくだりを読んで、自社の状況に思いを馳せた方も多いのではないだろうか。中身はズバリ、老舗企業の「法務あるある・・・」。

訴訟はやる。契約書の雛型作成等の全社統一的な業務もやる。加えて株主総会、取締役会といったコーポレート周りやコンプライアンス教育、といった全社的な施策を担っている、という法務部門は多いだろうが、伝統のある事業部門や、特殊な取引とみなされている部門の日常的な実務に関しては現場任せ。

もちろん、「予防法務」という言葉とその重要性は認識しているが、自分たちにできること、やろうとしていることと、日々現場で起きていることとの間にギャップがあり過ぎて、肝心の「臨床」の仕事に、”患者”が相当重症になるまで関われない。

そんなどこの会社にもありそうな構図が、この報告書の中では実にクリアに描かれている。

どんなどんでん返しのミステリーにも、ちょっとずつ伏線が用意されているのと同じで、本件にも「詐欺」を見抜けたかもしれない契機は存在した。

特に、5月10日に本社宛てに送付された「真の所有者」と主張する者からの通知書を受領したタイミングがそうだったし、支払前日の5月31日には、通知書が届いたのをきっかけに「本来の所有者」が別に存在するのではないか、ということに強い疑いを持つに至っていた司法書士が、パスポートの表記の一部の違いを指摘したり、本人確認情報作成時に偽所有者が「誕生日を忘れた」と言っていた事実を報告した、ということもあった。さらに、その日は、持参する予定だった権利証を偽所有者が持参しなかった、という今思えば決定的とも言えそうなトピックもあった。

だが、法務部自身が窓口になった「通知書」への対応は、マンション事業部門が信じ込んだ「積水ハウスに手を引かせるための妨害工作」というストーリーに追従するだけの結果に終わってしまったし、打ち合わせの場での司法書士の指摘や報告、「権利証を持参しなかった」という事実は、その場にマンション事業部門以外の者がいなかったこともあってか、その時点においては法務的見地からの判断の基礎とされることはなかった。

そうでなくても、日常的には自分たちが業務にかかわっていない他の部門に対して、他の部門の者が踏み込んだ意見を述べるのは難しいし、一定の確信の下で別のストーリーを立てて説明されてしまうと、それを一般論だけで覆すことも、そう簡単にできることではない。また、問題とされていたことは、まさに「法の適用解釈」以前の問題だけに、いかに豊富な法律知識を有していたとしても、それだけでどうこうできる話でもない*3

本報告書の中では、これらの対応について、

「マンション事業本部及び東京マンション事業部は、地面師グループの誘導に引っ掛かり、これらがすべて偽 X の内縁の夫による取引妨害工作又は競争事業者の妨害工作であると妄信し、昔からの知人や加盟組合(旅館)などへの写真による本人確認は行わないことにしている。法務部も東京マンション事業部に本人確認の徹底を指示しながら、東京マンション事業部がどのように本人確認を行ったかを確認しないままになっている。」
「以上のとおり、マンション事業本部及び東京マンション事業部は、本人性に疑いを頂き、慎重に調査をしようとする契機となりえた様々なイレギュラーな事象を前にしながら、本件不動産を取得することに専心し、これを見過ごし、また、法務部及び不動産部は、相互に情報共有を行い連携して本件取引を牽制するという職責についての自覚に乏しく、これを果たすことができなかった。」(以上、報告書54頁)

と指摘され、「チェック機能の欠如」と厳しく指弾されているが、そもそも前記のような組織構造の下では、(多少金額は大きかったとはいえ、なお)日常的な部類に属する取引に「踏み込んで介入」することは無理があると思うわけで、「これを他山の石としよう」と思って読み進めつつも、読み終わって「さてどうしたものか・・・」と頭を悩ませている人は多いのではないかと思うところである。

強いて言えば、本件で東京マンション事業部が相談していたK弁護士のところに一緒に相談に行く、とか*4、法務部自身がK弁護士とは別の顧問弁護士等に改めて第三者的視点からの意見を求める、というステップを踏んでいれば、どこかで流れが変わる可能性があったのかもしれない*5

ただ「正常化バイアス」とか、「セクショナリズム」という厳しい言葉で指弾されるほど、積水ハウスの社内の体制が一般的な日本企業との比較で特殊だったとも、一連の対応が拙劣だったとも、自分は到底思えないわけで、だからこそこの報告書が突き付けてくる問題意識は、多くの会社に重石としてのしかかってくるのではないかと思っている。

「再発防止策」の衝撃

さて、この報告書は、事件後3年余を経過して出されたもの、ということもあり、61頁以降で「第6 実施された再発防止策とその実効性等の検証」が取り上げられている。

「電子稟議システムの導入」、「稟議書へのリスク事項等の記載」というところから始まって、「人事ローテーションの導入」に至るまで様々な施策が打たれ、一定の効果が上がっているという評価がなされているのだが*6、自分はこのパートからも、ちょっとしたショックを受けた。

「チェックリストは、不動産部が稟議書の受付時に事業部に対するヒアリング(後記エ参照)により各事項を確認した上で、作成し、稟議書に添付される。」
不動産部は、稟議書の回付を受けた際、稟申事業所(稟議書の起案部署)に対し、取引先情報に関するヒアリングを実施することとした。」
「意見付記に関する基準として、不動産部は、チェックリスト等を総合的に判断し、リスクのある案件と判断される場合には、関係部署と協議の上、決裁権者に対し、条件付賛成(例:決済方法・期間の変更、及び追加調査、並びに売主側等に追加調査の実施等によるリスクの低減又は払拭を条件とする賛成意見)、もしくは、反対(稟議書添付書面にて否決を求める意見)のいずれかの意見を述べる意見書を稟議書に添付する運用指針を定めた。 」
「追加調査による結果、あるいは、新たに判明した事情により、決済を進めるにあたってリスクがあると判断される場合、不動産部は、関係部署と協議の上、さらなる追加調査、決済条件(例:決済期日)の変更、決済の中止又は契約の解除を指示することとした。」
「登記識別情報又は登記済証(権利証)を使用しない登記手続は、原則、不動産部へ報告し、個別審査を実施する運用に変更した。不動産部は当該案件をリスク案件として扱い、関係部署と協議の上、登記済証を登記手続に使用できない理由だけでなく、周辺情報等を総合的に勘案し、「登記官の事前通知制度」の利用の可否について検討する。」
(63~65頁)

本社の「不動産部」と「法務部」は、本件の対応の一連の流れの中でも「管理部門」の立場で並列的に登場していたのだが、今回の対策では、登記手続の審査対応も含めて、全て「不動産部」が責任部署として対策を主導するという位置づけになっている。そして、この報告書の記載を見る限り「法務部」の影は実に薄い

報告書の中で指摘されていたような、不動産部と法務部それぞれに異なるルートから情報が入ってそれが共有されていなかった、という状況を防ぐためには、どちらかに対応を一元化する、ということにも合理性はあるのかもしれないし、部門のリソースを比較した結果、不動産部に寄せた方が充実した対応が可能となる、という判断もおそらくはあったのだろう。

ただ、取引事故への対応、それも契約にまつわる「事故」への対策の過程において、元々は「購入金額や販売予定価格の見積りの妥当性」を審査するところに過ぎなかった部署*7に全ての審査権限が集中し、「法務部」は引き続き外野から・・・というのでは、あまりに寂しい*8

報告書を読めば、当の事件が起きた時の法務部長は常務執行役員で、取引の過程でも要所要所で社長から直々に意見を求められていたことが分かる。

それだけ重要な機能を担いながら、事業部門の「追従」に終わってしまった結果がこれなのか、それとも別の社内力学が働いたのか、ということは分からないが、これだけの教訓事例をもってしても、

「何か相談されたとき、又は、事後的にトラブルが発生した場合に対応する受動的な役割」(報告書58頁など)

に留まらざるを得ないのだとしたら、「法務」の看板は一体何のために掲げているのか、ということになってしまわないだろうか。

本報告書の冒頭で「資料入手やヒアリングのスケジュール調整等の事務的作業については、積水ハウス法務部の支援を受けた」(3~4頁)とわざわざ書かれているとおり、一連の事件への対応において、この会社の法務部門が人一倍汗をかいたことは間違いないし、元部長が残したメモ等も生かしつつ、これだけの報告書を世に出すことに貢献したことは、率直に称賛されるべきことだろうと思う。

でも、だからこそ、後処理で汗をかくだけで良いのか、教訓を生かし事故防止のための新しい施策を主導するところまでやって初めて使命を全うできるのではないか? ということは、この会社に限られないあらゆる組織の「法務」に共通する問題意識として、投げかけておくこととしたい。

*1:こんな時になんで? なのか、それともこんな時だからこそ、なのか。 - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~参照。

*2:https://www.sekisuihouse.co.jp/library/company/topics/datail/__icsFiles/afieldfile/2020/12/20201207.pdf

*3:報告書の中では、弁護士資格を有する法務部主任が東京マンション事業部への「確認」を行っているが、いかに弁護士だったとしても、きわどい土地取引の現場をくぐりぬけてきたような経験がなければ、この場面で満足のいく助言をすることなど到底できないはずである。

*4:どこから相談に行っても同じだろう、と思う方がいらっしゃるかもしれないが、口頭で相談した場合のニュアンスはその場にいないと絶対に分からないし、顧問弁護士、かつクライアントの雰囲気に合わせて対応するタイプの弁護士の場合、日頃接点のある担当者からの相談だと、どうしてもそれに合わせてしまうところもあったりするので、そこだけでも「第三者」として介入していく意義はあったような気がする。

*5:もちろん、何度相談しても、似たような雰囲気の回答しか得られず、むしろ(結果的に)”誤った選択”を後押しするだけに終わった可能性も否定はできない。

*6:ただし、管理部門の計画的な人事ローテーションに関しては未実施、とされている(66頁)。

*7:おそらく不動産鑑定士の資格を有した実務者が集められていた部署ではないかと推察する。

*8:個人的には、管理部門の機能強化だけで再発防止策とするのもまた無理があると思っていて、現場の事業部門の中で取引リスクへの意識を強く持った人材を育てるか、管理部門からリスク意識の高い人間を送り込む、といったことをしないと、いずれ同種の問題が繰り返される可能性は否定できないと思っているが(あくまで一般論)、本稿ではその議論は割愛する。

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