本来であれば昨年のうちに読んでおくべきだったのだが、年末年始は手を付けられず、ここに来てようやく開くことができた毎年恒例の一冊。
今年の巻頭論稿は、設楽隆一・元知財高裁所長が、損害賠償額の認定が争点となった2つの知財高裁大合議判決*1の意義を解説しつつ、令和元年改正による新・特許法102条の立法者解説との違いを説明する、という論稿が1つ。
もう一つは茶園成樹・大阪大学教授が「海賊版対策」を意図した令和2年著作権法改正(リーチサイト規制、ダウンロード違法化拡大)について解説する、という論稿で、いつもながら時勢を反映した豪華な布陣。
さらに、定番の「判例の動向」「学説の動向」は今年もしっかり収められているし、中山一郎教授が独自の指摘も織り交ぜつつ、法政策の動きを一気通貫で解説する「政策・産業界の動向」も健在、さらに「諸外国の動向」は、米欧裁判所での新型コロナ対応の話題にも触れつつ、しっかりとしたボリュームで収められている。
おそらく、例年ならここまでで取り上げたコンテンツだけで「今年もどうぞご購入を!」という話になったはずだし、2020‐2021年版に関してもそれは当然同じなのだが、今年に関してはもっと贅沢な「特集」が組まれていた。
いわばボーナストラックのようなこの企画、題して「編者が語る知的財産法の実務と理論の10年」。
「10年」と聞いて、もうそんなになるのか・・・という感慨を抱いてしまったのは、この年報が日本評論社から最初に出版された2011年に自分が買った時のことを、まだ最近のことのように思っているから、なのかもしれない。
k-houmu-sensi2005.hatenablog.com
もっといえば、自分は、この書籍の前身である「I.P.Annual Report 知財年報」も発刊当時から6年連続(要するに全部)買い続けていた。
k-houmu-sensi2005.hatenablog.com
商事法務からこの年報が初めて世に出た時期は、自分が、実務でも知財の分野にもっとも傾倒していた時期だったりするし、あの頃は、研究会やセミナー等にも、案内をいただければ即出かけていくくらい熱心だったから、年末に出るこの雑誌も当然ながら購入*2。
で、毎年、買っていくうちにコレクター的な性格が首をもたげてきて、後はもう、必要だろうがそうでなかろうが毎年買わないと気が済まなくなる・・・ということで、その後も通算で10年以上は毎年買い続けていた。
だから、長年編者を務めておられる高林龍教授が、「商事法務」(別冊NBL)時代の話にも触れつつ「歴代のカバーデザインの移り変わり」というところからこの特集を始めておられるのは、オールドファン(?)にとっては実に嬉しい*3。
そして、
「商事法務から『知財年報』を最初に出版したのは2005年なのですが、その時期は「プロパテント政策(特許重視政策)」というものが華々しく打ち出された時期でした。「速く、強く、広い特許を」-速く特許を取得させて、広い権利範囲を認めて、強く行使させるーと言われた時期でした。それから年月を経てみると、現在はそのときとはずいぶんちがうなと思います」(年報知的財産法2020‐2021・38頁)
という高林教授の発言が口火となって、「この10年」を振り返る怒涛の座談会、というか高林龍教授と三村量一弁護士の『朝まで生知財』的なトークバトルが開始される。
プロダクト・バイ・プロセス・クレームをめぐる最高裁判決(最二小判平成27年6月5日)での大逆転劇とその後の揺り戻しの動き。
「筋を通した」最高裁判決を支持する高林教授がその後の審査基準や知財高裁での「骨抜き」の動きを手厳しく批判する一方で、三村弁護士は知財高裁と最高裁の関係について、キヤノンインクカートリッジ事件にまで遡って「知財高裁大合議判決があそこまできちんと整理してつくったのに、最高裁でガチャガチャポンにしちゃったのは、あれは酷すぎると思っています。総合考慮でいいんですとするのは、何の予測可能性もないので、そんなものは法理じゃない」(49頁)と、元知財高裁判事としての気概を示される。
続く均等論に関するマキサカルシトール事件の最高裁判決(最二小判平成29年3月24日)に対しては、高林教授が平成27年最判とは「真逆」の判決と評した上で「賛成できない」と断じ、かつてボールスプライン事件の調査官解説を書かれた三村弁護士も「マキサカルシトール事件というのは・・・出願時同効材の事案ですから、そもそもボールスプライン事件判決からいえば、変則的というか、本来の意味の均等論ではない事案なのです。知財高裁の大合議事件は、出願時同効材という昔風のレトロな均等論を取り上げたものなのです。設樂さんが郷愁にかられてやったんだろうと思いましたが、最高裁がもう一度均等論を取り上げるとは思いませんでした。」(50頁)とバッサリ。
気心知れた編者間同士の座談会、というシチュエーションもあってのことだろうが、高林教授の辛口なコメントに輪をかけて切れ味鋭い三村弁護士のコメントが被せられる、という展開で、司会として加わっている菊間千乃弁護士*4が話題を引き出すために投げるボールが、360度、どこに飛んでいくか予測不能だけど、とにかく物凄い勢いで打ち返されていく・・・そんな感じの座談会になっているから、それまで教科書的な解説に慣れてしまっていた読者にとっては実に刺激的な内容だろうと思う。
特許の話題に関しては、判例でも法政策でも、とにかくこのお二人の独壇場で、同じ裁判官出身でも、査証制度に対する見方が全く逆だった、というのは非常に興味深かったし(63~65頁)、損害賠償の算定方法に関する大合議判決と法改正をめぐって、102条1項と3項の全面的併用説に批判的な高林教授が、三村弁護士の少数説を紹介しつつ、その場にいない田村善之教授の話題で盛り上がる・・・という展開もなかなか(笑)。
テーマが著作権に移っても、ロクラクⅡ最高裁判決に関して、「東京地裁と知財高裁は、まねきTV事件とロクラクⅡ事件との間で線引きできると考えていました」(56頁)という三村弁護士の発言が強烈すぎて、編者のお一人である上野達弘教授の発言が霞んでしまいそうになる。
もちろん、上野教授も丁寧な説明の合間に、”「枢要」の一人歩き”批判や、立法過程での内閣法制局審査のブラックボックス化の指摘など、存分に持論を盛り込んでおられ、著作権パートも読み応えは十分。
かくしてこの40ページ強の「座談会」は、実に充実したコンテンツに仕上がっている。
昨年取り上げた論究ジュリスト誌での座談会*5が、いわば「A面」の企画だとしたら、こちらは知る人ぞ知る「B面」、あるいは実況の裏で流れる「副音声」のような企画といった方が良いのかもしれないが、これを年報の中の一特集にとどめておくのは正直惜しい気がして、「10年」と言わず今世紀に入ってからの20年くらいをざっくり振り返る形で、この座談会の拡大版を書籍化してほしい!と思うくらい素晴らしい企画だと感じた、ということは申し上げておきたい。
そして、いつしか自分でも気づかないうちに生じてしまっていた「空白」の時を埋めるため*6、この特集を読み終わった後に、自分のコレクションから抜け落ちていた何冊かを、日本評論社のサイトからこっそり注文した、ということも、正直に告白する次第である。
*1:令和元年6月7日(二酸化炭素含有粘性組成物)、令和2年2月28日(美容器)
*2:そして、自分の書いた評釈が学説動向に”一文献”として紹介されているのを見た時は、ホントに嬉しくて仕方なかった。
*3:ネタバレになるので割愛するが、2011年、2012年のカバーデザインに関しては驚くべき秘話も明かされている。
*5:著作権法50年、歴史の重み。 - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~参照。
*6:3年の空白を埋めるために。 - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~のエントリーをご参照のこと。特に、特許法周りの動きに関しては、プロダクト・バイ・プロセス・クレームの最高裁判決が出たくらいまでのところで時計が止まってしまっていたので、改めてネジを巻き直しておこう、と思ったところもあり。