コンセプトからして購買意欲をそそるに十分で、告知が出るなり早々に予約して取り寄せた書籍がこの週末に届いた。
「入門書」ということで、読み手に優しい文章と、時にキュートさすら感じさせる挿絵の図解、そして細かく区切られたテーマごとに完結する記述のまとまりの良さと、その合間に添えられたコラムのおかげで、集中力をそがれることなく一気に読み切ることができた。
そして、読み終えた後の感想は、といえば、(実にベタだが)「これは凄い」の一言に尽きる。
- 作者:川井 信之
- 発売日: 2021/02/03
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
「会社法の本」といえば、基本書*1はもちろん、「入門書」とうたわれていても分厚くなるのが常で、しかも用語が錯綜、シンプルに書けば書くほど記述が無味乾燥なものになりがち・・・ということで、専門家が書かれた本の中で通読できるようなものはおそらくほとんどなかった気がする。
もちろん、新書等で読み物として書かれたものは過去にもあったが、内容の濃淡は、書き手の関心に影響されるところが多かったし、「実務向け」の本だと読みやすい代わりに中身が薄すぎる、とか、記述がミスリード、というものも結構ある。
だが、本書は、「会社とは何か」というところから始まり、会社の設立、株式、機関といったベーシックな項目から、資金調達、組織再編、消滅まで、会社法の体系を満遍なくカバーしている上に、特定のテーマに引っ張られすぎることもなくバランスよく記述が配置されている*2。
冒頭でも触れた通り、文章は平易だが、それは決して説明が粗いということではなく一つ一つの記述は実に丁寧だし、用語の使い方も条文に忠実。それでいて段落ごとに無駄なくコンパクトにまとめられている、というところに読みやすさの秘訣があるのだろう。
本当の初学者、初心者が本書を読めば、この分かりやすさを当たり前のように受け止めて中身に入っていけるのだろうが、これまで他の類書に接してきた者としてはかえって戸惑うというか何というか・・・
これを、洗練された、というのが良いのか、磨き抜かれた、というのが良いのかは分からないが、いずれにしても考え抜かれて書かれた本だな、ということは、ある程度経験のある実務者にこそわかる感覚なのかもしれない。
ちなみに、バランスの良い本ではあるが、決して没個性的ではない、というのも本書の特徴で、著者の個性は様々なところで発揮されている。
例えば、初心者を意識したと思われる「会社の従業員は、社員にはあたりません」(15頁)という一文や、「会社法における『公開会社』とは一般的な意味とは異なり、上場企業という意味ではありません」(83頁)といった記述。この辺は、概説書等にはストレートに書かれていないことも多いので、概して勉強し始めた頃に違和感を持ちつつ、いつしか「そういうもの」として受け入れる、という過程をたどることが多いのだが、それを端的に書いていただいている、というありがたさが本書にはある。
また、用語の使い方への細やかさも本書の特徴で、原則は先ほども触れたように、会社法の条文に忠実に一つ一つの用語を取り上げ、その上で「会社法上の正式な言い方ではありませんが」とか「一般に」といった留保を付しつつ「非公開会社」(83頁)とか「電子投票」(106頁)、「減資」(216頁)といった慣用用語を紹介する(106頁)。
入門書とはいえ、「議題」と「議案」の違いなど、大事なところは例も挙げつつしっかりと紙幅を割いて説明されている点にも注目すべきだろう(102~103頁)。
さらに、ここは読んでのお楽しみなので細々した紹介は割愛するが、ところどころに挿まれたコラムにも、著者の思いはしっかりと込められているように見受けられる。
ということで、当ブログが紹介するまでもなく、既にAmazonの売れ筋ランキングで「会社法」の1位をひた走っている(2月8日午前2時時点)状況だったりもするのだが、自分としては、本書の「入門書」としての完成度の高さに最大限の敬意を表しつつ、ご紹介させていただく次第である。
そして、著者ご本人が本書について書かれた以下のブログ記事を拝見し、本書に込められた思いの一端に触れることで、よりお勧め度合いが増す、というのも当然のことかな、と*3。
blog.livedoor.jp
ということで、本書が少しでも多くの方々の手元に届くことを願いつつ、筆が完全に止まっている自分自身への喝ももう一度入れ直して、この推薦のエントリーを締めることにしたい。
*1:用途は鈍器か高枕か、というようなスケールのものも多い。
*2:さらに言えば、間もなく施行される予定の令和元年会社法改正のトピックまできちんと盛り込まれている。
*3:ちなみに、川井弁護士ご自身は、対象読者として「新任の法務担当者、会社法を学んでみようと思う会社経営者やビジネスパーソン、他業種の専門家、起業を考えている方」を挙げられているが、個人的には雑な用語の使い方をしがちなメディア関係者にも、本書をしっかり読んでいただきたいな、と思ったところはある。また、「弁護士や、法務担当者でも一定程度の実務経験のある方々は、本来的な読者としては想定しておりません」ということではあるが、経験者であればあるほど、頭を整理して分かりやすく説明する、というトレーニングが日々必要になるわけだから、実務経験者だから本書を買わない、という選択肢はないような気がする。当然ながら知識の抜けもれもあるし・・・(自分も「頭の整理」だと思って順調に読み進めていたつもりが「株式交付」の説明(250~251頁)のところで、はっ・・・!となったのはここだけの話である)