これでも「侵害」になってしまうのだとしたら、それをリスクと言わずして何と言おう・・・。

最近あまり裁判例の紹介記事を書いていない、ということもあって、そろそろ型を忘れてしまいそうな感じでもあるのだが、これはちょっと、と思った事件なので久々に。

自分が、以前話題になっていた就職情報サービス絡みの商標紛争で第一審判決が出た、ということを最初に知ったのは、友利昴氏のブログでのご紹介がきっかけだった*1

subarutomori.hatenablog.com

これを拝見して、ん?と思い、さらに被告である一般社団法人履修履歴活用コンソーシアムのウェブサイト*2から判決文をダウンロードしてこれはちょっと・・・と思ったのは先月の後半くらいのこと。

その後、しばらくほっぽらかしてしまっていたのだが、他にもこの判決に言及するブログ等を拝見して*3、思い立ってここで・・・という次第である。

大阪地判令和3年1月12日(平成30年(ワ)第11672号)(第21部・谷有恒裁判長)*4

ということで、前振り(というか、ただの言い訳)が長くなってしまったが、判決のご紹介に移る。

原告:株式会社学情
被告:一般社団法人履修履歴活用コンソーシアム

原告はインターネット上で求人情報、求職者情報の提供を業とする株式会社、被告は一般社団法人だが「主に,インターネット上で就職情報サイトを運営し,あるいは就職,採用のあっせん等を業とする企業を会員として構成されている」ということで、「求職情報の提供」という点では両者は競合関係にあるといえる。

そして、被告が使用していた「リシュ活」という標章が、原告が保有している登録商標(登録第4898960号)「Re就活」(指定役務は第35類、第41類)と類似する、ということで、原告が被告標章の使用差し止めと1億円の損害賠償を求めて提訴した、というのが本件の始まりであった。

本件の最大のポイントは、「Re就活」と「リシュ活」が商標法上類似しているといえるのか? という点にあるのだが、それ以前に、両者が自己の商標、標章の下で提供しているサービスの違いは結構大きい、ということも目を向けておく必要があるだろう。

「Re就活」と「リシュ活」の業務態様の違いは本件係争が報じられた頃の報道でも取り上げられていたし、今回の判決の中にも出てくるのだが、

(対求職者)
「インターネットに接続して稼働するスマートフォン用アプリケーション等を通じて,無料で,会員登録した求職者に対し,大学等での履修科目に関連する先輩社員情報等の就職情報を提供し,また,自己の履修履歴を登録した求職者に対し,被告に加盟する企業(正会員,賛助会員)及びそのクライアント企業からのオファーメッセージ(アプリケーション上のメッセージ又は電子メール)を受領できるようにする」
(対求人企業)
「有償で,被告の正会員及び賛助会員(以下「加盟企業」という。)並びにそのクライアント企業が登録した企業名や採用情報サイトへのリンクを含む先輩社員情報等を,審査の上,会員登録した求職者にアプリケーション上でレコメンド表示されるように設定し,また,加盟企業及びそのクライアント企業に対し,インターネット上で,会員登録した求職者の履修履歴情報を検索可能な状態で提供し,求職者に対してオファーメッセージが送信できるようにする
(4~5頁、強調筆者、以下同じ)

というのが被告側が本件標章の下で提供するサービスであるのに対し、

「インターネット上に本件商標を掲げたウェブサイトを開設し,求人企業の依頼を受けて,第二新卒」と称される若年転職希望者を中心とする20代の求職者を対象とした求人広告や就職活動に関する情報を掲載するとともに,会員登録をした求職者に対し,希望条件等に合致する求人企業の求人情報等のメールを送信するサービス」(4頁)

というのが原告が本件商標の下で提供するサービスだから、同じ「求職情報提供サービス」といっても毛色はだいぶ異なる。

しかも、被告はあくまでプラットフォーマーであって、実際に求職情報の提供を行うのはそこに登録した別会社だから、原告商標の「職業のあっせん」や「求人情報の提供」といった指定役務を自ら提供しているわけではない、という反論も一応はできるから、そのような状況の下で、原告から一方的に名称の変更を求められた上に、提訴され1億円もの巨額賠償を請求されたら、それは当然、被告も徹底的に争わざるを得ないだろう。

だから、自分も以前この事件の報道に接した時は、「これはいくらなんでも原告にとっては無理筋だろう」と思ったものだった。

だが、大阪地裁は意外にも「原告勝訴」の判断を下している。

役務の類否に関して、

「被告は,被告役務として,スマートフォン用アプリケーションで会員登録した者に対し,求人企業があらかじめ作成し,被告が内容を審査して登録した先輩社員の出身学校名,学部学
科名,履修科目等,企業における仕事内容,企業名,本社所在地,企業のサイトへのリンク,採用情報へのリンクなどからなる「先輩社員情報」をレコメンド表示する役務を提供していることが認められる。上記役務は,求人企業のために,当該企業に興味を持ちそうな者に対し,当該企業の仕事の魅力等を伝達するものであるから,本件商標の指定役務である「広告」に該当し,求人企業の企業名や本社所在地等を表示するものであるから,同じく「求人情報の提供」にも該当する。また,証拠(略)によれば,被告役務のオファーメッセージ送信サービスは,求人企業があらかじめ登録したメッセージがアプリケーションあるいは E メールで会員登録した者に送付されるものであり,被告は,この機能について,「企業からオファーが届く」,「履修履歴でオファーが届く逆求人アプリ」などと宣伝していることが認められるから,この機能は,アプリケーションを利用しようとする者にとっては,本件商標の指定役務である「職業のあっせん」,「求人情報の提供」に相当する役務を受けられるものと理解させるものであり,被告において現実にオファーメッセージの内容に関与していないとしても,外形的には上記指定役務に類似するものといえる。」(21頁)

と判断されたことについては、通常、標章を使用している役務が(ビジネスの仕組みそのものというよりは)外観で認定されることが多いことを踏まえればやむを得ないと思われるのだが*5、問題は「類否」に関する以下の判示だろう。

「取引の実情を踏まえて検討するに,需要者である求人企業においては,前記認定のとおり,本件商標に係る役務についても,被告役務についても,役務利用に当たっては文書による申込みを要し,役務のプランを選択し,相応の料金を支払うものであり,新規に正社員を採用するという企業にとって日常の営業活動とは異なる重要な活動の一環として行われる取引であるから,求人に係る媒体の事業者が多数ある中で(略),どの程度の経費を投じていかなる媒体でいかなる広告や勧誘を行うかは,各事業者の役務内容等を考慮して慎重に検討するものと考えられ,外観や観念が類似しない本件商標と被告標章1について,需要者である求人企業が,称呼の類似性により誤認混同するおそれがあるとは認め難い。」
「しかしながら,求職者についてみると,前記認定のとおり,本件商標に係る役務も被告役務も,利用のための会員登録は簡易であり,無料で利用できる上,証拠(略)によれば,多数の他の求人情報ウェブサイトでも会員登録無料をうたっており,気軽に利用できるように簡単に会員登録ができることを宣伝しているところ,情報を得て就職先の選択肢を広げる意味で複数のサイトに会員登録する動機がある一方で,複数のサイトに会員登録することに何らの制約もなく,現実に多数の大学生が複数の就職情報サイトに登録していることが認められる。そうすると,求職者については,必ずしも役務内容を事前に精査して比較検討するのではなく,会員登録が無料で簡易であるため,役務の名称を見てとりあえず会員登録してみることがあるものと考えられる。」
「そして,本件商標も被告標章1も短く平易な文字列であり,発音も容易であること,本件商標に係る役務や被告役務はインターネット上で提供されているところ,インターネット上のウェブサイトやアプリケーションにアクセスする方法としては,検索エンジン等を利用した文字列による検索が一般的であり,正確な表記ではなく,称呼に基づくひらがなやカタカナでの検索も一般に行われており,ウェブサイトや検索エンジン側においてもあいまいな表記による検索にも対応できるようにしていることが広く知られていることからすれば,需要者である求職者は,外観よりも称呼をより強く記憶し,称呼によって役務の利用に至ることが多いものというべきである。そうすると,求職者が需要者に含まれるという取引の実情にかんがみれば,需要者に与える印象や記憶においては,本件商標と被告標章1とでは,前記外観の差異よりも,称呼の類似性の影響が大きく,被告標章1は特定の観念を生じず,観念の点から称呼の類似性の影響を覆すほどの印象を受けるものではないから,前述のとおり必ずしも事前に精査の上会員登録するわけではない学生等の求職者において,被告標章1を本件商標に係る役務の名称と誤認混同したり,本件商標に係る役務と被告役務とが,同一の主体により提供されるものと誤信するおそれがあると認められる。」
(26~28頁)

この判断に関しては、称呼以外の要素の相違点があまりに軽視されているように思われるし、「取引の実情」を踏まえたとしても、既に友利氏がブログで書かれているように、「需要者の通常有する注意力」のレベルを明らかに見誤っている、という指摘をせざるを得ないように思われる。

仮にこれが査定系の事件で、特許庁が称呼類似を理由に被告が出願した「リシュ活」商標の登録をなかなか認めてくれない、という話であればまだ分かるのだが*6

本件は侵害訴訟

である。

実際に商標、標章が使われる場面では、自社サービスを需要者に認知させ、識別させるための要素として、対象となる商標、標章以外の要素も加えていくことになるし、特に似たようなサービスが多くあふれているウェブ上の求職情報提供サービスのようなものであれば、なおさらそうしなければ、他の事業者と差別化することができず、下手をするとクレームの原因にすらなってしまう*7

だから、登録査定場面より侵害場面の方が、商標・標章間の「差異」がより需要者側の誤認混同の恐れを低下させる方向に機能することは自明の理なのであって、それがひっくり返されるとしたら、標章使用者側が悪意をもって第三者の商標への擦り寄りを狙ってきたような場合くらいだろう。

本件では、原告側のクレームを受けて被告が出願した「リシュ活」商標が登録され、原告の登録異議すら切り抜けた、という実績もある。

「だからどうした、それはあくまで特許庁の判断。裁判所はまた別の論理で判断するだけだ。」と言われてしまえばそれまでの話ではあるが、本件で侵害を肯定する、しかも「検索エンジン云々」という謎の法理(?)まで使ってそういった判断を導いたことに関しては、おそらく商標に携わる多くの実務者が違和感を抱くはずだ、ということは申し上げておきたい。

結論として、損害論の場面では、原告の「1億円」という無体な請求が退けられ、弁護士費用を含めても認容額は44万3919円に留まっているとはいえ、侵害が肯定されたことの帰結として、標章使用の差止め、標章を付した広告・取引書類等の廃棄、ドメイン名の抹消登録等といったものが認められてしまったことで被告が受けたダメージは極めて大きい。

認容された一連の差止・廃棄請求に仮執行宣言が付されていないことからすれば裁判所にも迷いがあったのかもしれないし、幸いにも被告側は戦意喪失することなく高裁で引き続き争うことを表明しているから、この地裁判決がこのまま確定することはなさそうだが、なぜ大阪地裁はここまで必要以上に話を”面白く”してしまったのか。

本件が様々なメディアで報じられたタイミングと、「日本の知財訴訟をもっと活性化させよ!」と叫ばれていた時期は結構重なっていたから、よもやそれに刺激を受けて・・・ということではないとは信じたいが、いずれにせよ、「訴訟の場で派手な侵害認容判決が出ることによって世の中にもたらされるメリット」よりも、「想定し難い場面で侵害を認定されて実務が混乱に陥るデメリット」の方がずっと大きいと自分は思っているので*8、次のステップで今回の結論が美しくひっくり返ることを願うのみである。

*1:余談だが、一時期、かなり経過報道がなされていた割には今回の判決自体の報道は少なかった気がする。

*2:「リシュ活」の商標権侵害訴訟に関するお知らせ | 履修履歴活用コンソーシアム この判決文だけでなく、これまでの経緯が詳細に記載されている。

*3:特に恩田弁護士の記事は、この判決だけでなく商標を巡るリスク全般にも言及されていて、実務者にとっては参考とすべき内容が多いのではないかと思う。商標使用の「たかが」「されど」Vol.1~「Re就活」 ⇔ 「リシュ活」前編~|Toshiaki Onda|noteなど。

*4:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/994/089994_hanrei.pdf

*5:もっとも、判決が、被告自身の商標登録出願において第35類、第41類が指定されていたことも被告の主張を退ける理由の一つに挙げているのは、被告の出願が原告のクレームに対する防御的なものだと思われる(被告自身による「リシュ活」の商標出願は2018年10月27日に行われており、同年10月3日の原告からのアプローチを受けてなされたことは明らかである)ことを考えると、いささか酷な説示といえなくもない。

*6:実際、特許庁の審査段階では「取引の実情」が出願人が考えているほどには考慮してもらえないことが多い上に、未だに”称呼第一主義”が徹底されていることもあって、登録に至るまでの間に難儀することも多い。

*7:そして、製造者の手を離れた後は流通に委ねるしかない「商品」とは異なり、需要者の手に届くまできめ細やかにフォローできるのが「サービス(役務)」の特性でもある。こういうことを言い過ぎると、「そもそもサービス(役務)の世界で商標取っても意味ないのでは?」という話にもなりかねないのだが、それはさておき。

*8:これは商標の話に限らず、ではあるのだが・・・。

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