「地域団体商標」と「商標」の間にあるもの。

この1年ほどの間で、いわゆる”賑やかし”系の話題が表に出ることはすっかり少なくなってしまったが、「コロナは一瞬、でも商標(の存続期間)は永遠」ということで、このコロナ禍で裁判所まで持ち込まれた「地域ブランド」に関する審決取消訴訟の判決が出されている。

さほど大きな話題にはなっていないようだが、地域団体商標と、そうでない商標の違い、ということを改めて確認できるような説示もあるので、ここで取り上げておくことにしたい。

知財高判令和3年3月30日(令和2年(行ケ)10133号)*1

原告:京都府茶協同組合
被告:特許庁長官

原告は、「京都府内で製茶業(除・荒茶製造)茶卸売業及び茶小売業を営む事業者」によって構成される組合で*2、これまで既に「宇治茶」(商標第5050328号)の他、「宇治煎茶」「宇治玉露」「宇治抹茶」でも地域団体商標を取得している事業者協同組合である。

そんな原告が「団体商標」として出願したのが、「「Ujicha」の文字を標準文字で表して構成される商標」であった(商願2017‐118060号)。

地域団体商標ではなく、あくまで通常の商標として出願したのは、「地域の名称及び自己又はその構成員の業務に係る商品又は役務の普通名称を普通に用いられる方法で表示する文字のみからなる商標」(商標法第7条の2第1項第1号)という要件との兼ね合いもあったのだろうが、その代わりに指定商品は、以下のとおり極めて広範囲にわたっている。

第30類
京都府奈良県滋賀県三重県の4府県産茶を京都府内業者が京都府内において宇治地域に由来する製法により仕上加工した緑茶,京都府奈良県滋賀県三重県の4府県産茶を京都府内業者が京都府内において宇治地域に由来する製法により仕上加工した緑茶を使用した菓子,京都府奈良県滋賀県三重県の4府県産茶を京都府内業者が京都府内において宇治地域に由来する製法により仕上加工した緑茶を使用したパン,京都府奈良県滋賀県三重県の4府県産茶を京都府内業者が京都府内において宇治地域に由来する製法により仕上加工した緑茶を使用したサンドイッチ,京都府奈良県滋賀県三重県の4府県産茶を京都府内業者が京都府内において宇治地域に由来する製法により仕上加工した緑茶を使用した中華まんじゅう,京都府奈良県滋賀県三重県の4府県産茶を京都府内業者が京都府内において宇治地域に由来する製法により仕上加工した緑茶を使用したハンバーガー,京都府奈良県滋賀県三重県の4府県産茶を京都府内業者が京都府内において宇治地域に由来する製法により仕上加工した緑茶を使用したピザ,京都府奈良県滋賀県三重県の4府県産茶を京都府内業者が京都府内において宇治地域に由来する製法により仕上加工した緑茶を使用したホットドッグ,京都府奈良県滋賀県三重県の4府県産茶を京都府内業者が京都府内において宇治地域に由来する製法により仕上加工した緑茶を使用したミートパイ,京都府奈良県滋賀県三重県の4府県産茶を京都府内業者が京都府内において宇治地域に由来する製法により仕上加工した緑茶を使用した調味料,京都府奈良県滋賀県三重県の4府県産茶を京都府内業者が京都府内において宇治地域に由来する製法により仕上加工した緑茶を使用したアイスクリームのもと,京都府奈良県滋賀県三重県の4府県産茶を京都府内業者が京都府内において宇治地域に由来する製法により仕上加工した緑茶を使用したシャーベットのもと,京都府奈良県滋賀県三重県の4府県産茶を京都府内業者が京都府内において宇治地域に由来する製法により仕上加工した緑茶を使用した穀物の加工品,京都府奈良県滋賀県三重県の4府県産茶を京都府内業者が京都府内において宇治地域に由来する製法により仕上加工した緑茶を使用したチョコレートスプレッド,京都府奈良県滋賀県三重県の4府県産茶を京都府内業者が京都府内において宇治地域に由来する製法により仕上加工した緑茶を使用した即席菓子のもと」

既に漢字での地域団体商標は確保しているとはいえ、何と言っても日本一の観光名所・京都、さらに大阪万博も数年後に控える、という状況を考えると、より広範囲に自分たちのブランドの権利を確保しておきたい、と考えるのは自然なことだと思うし、だからこそ、地域団体商標が登録されてから10年以上経ったタイミング(2017年9月6日)での出願に踏み切ったのだと思われる。

だが、これに対してつれない姿勢を見せたのは特許庁で、審査では拒絶査定、審決に持ち込まれても、「本願商標は,その指定商品との関係において,単に商品の産地,販売地,品質又は原材料を普通に用いられる方法で表示するにすぎない」として商標法3条1項3号に該当するとし、さらに3条2項の要件具備も否定して原査定を維持した。

この出願商標が登録された場合の禁止権の広範さ(あくまで第30類の中の話、とはいえ・・・)に鑑みると、そうやすやすと登録を認めるわけにはいかないわけにはいかない、という特許庁側の思いも理解できるところだが、これに対して、

「仮に,本願商標が商標法3条1項3号に該当するとすれば,同法26条1項2号により,本件地域団体商標に係る商標権の効力(同法37条1号に規定する排他権)は,「Ujicha」の商標に及ばないこととなる。しかし,このように「Ujicha」が何人も自由に使用することができるとなると,地域団体商標制度を設けた趣旨が没却される。」(原告主張・5頁)

という主張で原告が反撃を試みたのが、本件のキモと言えばキモだったように思う。

しかし、地域団体商標として認められている商標をローマ字にしただけなのだから・・・、という原告の主張は、裁判所も受け入れるところとはならなかった。

「本願商標は,「Ujicha」の文字を標準文字で表して構成されるものであり,我が国におけるローマ字の普及状況に鑑みれば,需要者において,
宇治茶」の語の表音を欧文字で表記したものと容易に認識できると解される。」(9頁)
「そうすると,本願商標は,その指定商品との関係において,「京都府宇治地方で製造又は販売する茶」であることを認識,理解させるにすぎず,単に商品の産地,販売地,品質又は原材料を普通に用いられる方法で表示するものであって,商標法3条1項3号に該当するものというべきである。」(10頁、強調筆者、以下同じ)

と、3条1項3号該当性をあっさり肯定。

さらに原告の主張に対しては、以下のように応答した。

「原告は,漢字表記の「宇治茶」は,「京都府宇治地方から産出する茶」という意味を持つほか,本件地域団体商標の存在により,商品に付された場合,原告の業務に係る商品であることを示す出所識別機能を有すると主張する。しかし,商標法7条の2は,地域名と商品名からなる商標は自他識別力を有しないため,原則として同法3条1項3号又は6号に該当すると解されることから,一定の要件を備えた場合に,「第3条の規定(同条第1項1号又は第2号に係る場合を除く。)にかかわらず,」地域団体商標の商標登録を受けることができるとしているものであり,地域団体商標の登録を受けたからといって,当然に同法3条1項3号に該当しない(出所識別機能を有する)ことになるわけではないことは明らかである。」(10~11頁)

「原告は,本願商標が商標法3条1項3号に該当するとすれば,同法26条1項2号により,本件地域団体商標に係る商標権の効力(同法37条1号に規定する排他権)は,「Ujicha」の商標に及ばないこととなり,地域団体商標制度を設けた趣旨が没却されると主張する。しかし,地域団体商標の登録を受けたからといって,当然に当該商標が同法3条1項3号に該当しないことになるわけではないことは前記アのとおりであるし,本件地域団体商標に係る効力がそれとは異なる「Ujicha」の商標に及ばないからといって,地域団体商標制度を設けた趣旨が没却されるとは到底いえないから,原告の主張は採用することができない。」(11頁)

極めて明快な「それはそれ、これはこれ・・・」という説示。

そして、3条2項該当性についても、

「本願商標が,原告又はその構成員により使用をされた結果,需要者が原告又はその構成員の業務に係る商品であると全国的に認識されているとはいえず,本願商標は商標法3条2項の要件を具備しないというべきことは明らかである。」(14頁)

とした上で、「地域団体商標としての要件を充足する商標は、当然に3条2項の要件を充足する」という些か無理のあるように思える主張*3に対しては、

地域団体商標制度が,同法3条2項よりも緩和された要件で地域の名称及び商品・役務の名称からなる商標の登録を認めるもので,例えば,要求される周知性の程度が,同項に基づき登録を受ける場合に求められるより緩やかで足りる(全国的な周知性までは求められない。)と解されることに照らせば,原告の主張が採用できないことは明らかである。」(14頁)

と、ここでも「明らかである」でバッサリ。

かくして、原告の請求は棄却され、審決は維持されることになった。

地域団体商標制度の特殊な位置づけと、それを裏付ける法律上の各要件に忠実に解釈するなら、今回の知財高裁の判断に異論をはさむ余地はないし、実質的な判断としても、これで良いと個人的には思っている。

「Ujicha」の表記をどうしても押さえたいなら、この協同組合の組合員が、「自分たちの商品」と需要者に認識させる態様で地道にローマ字表記を使い続けるしかないし、それが難しいならそもそもこの協同組合に独占させるべきではない、というのが商標法の世界におけるバランス感覚だというべきだろう*4

ただ、今回ここまで原告を商標権の取得にこだわらせた背景にあるものが、「地域団体商標」という異形の制度に対して、法律や審査基準から読み取れる以上の過大な”期待”を抱かせ続けた行政や政治サイドのふるまいだったのだとしたら、何とも皮肉な話だな、とも思うわけで*5

当時に比べればだいぶ”熱”も落ち着いてきたとは思うのだが、今後も、商標制度に過度に負荷をかけない形で、「(産地)ブランド保護」が進められるように、と思わずにはいられない。

*1:第4部・菅野雅之裁判長、https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/206/090206_hanrei.pdf

*2:原告のウェブサイト、http://www.kyocha.or.jp/参照。

*3:あくまで裁判所の要約なので、実際にはもう少し緻密な主張をされていた可能性もあるのだが・・・。

*4:特定の事業者団体の「商標」として登録されなかったからといって、このタイプのお茶自体のブランド価値が直ちに損なわれるわけでもないのだから・・・。

*5:立法当時の解釈論と当局の説明のギャップについてはジュリスト・田村論文への雑感 - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~のエントリーも参照のこと。気が付けばもう15年近く昔の話、ということに気付き、ちょっと唖然としたりもする。

google-site-verification: google1520a0cd8d7ac6e8.html