覆った結論と、それでもなお残る懸念。

相手方の元社内弁護士が所属していた、というただその一点をもって、他の所属弁護士が当該特許権侵害訴訟の訴訟代理人となることを「排除」した決定が知財高裁から出されたのは昨年の秋のことだった。

そして、自分は当時、この決定を

「企業内弁護士の将来のキャリア展開にも大きな支障を生じさせかねない事例」

というコメントとともに紹介した。

k-houmu-sensi2005.hatenablog.com

幸いなことに、先月最高裁が下した決定は、知財高裁の原決定を破棄した上で、抗告人の訴訟行為を排除しなかった東京地裁の原々決定に対する抗告を棄却する、というもので「訴訟行為からの排除」というドラスティックな結論は覆されることになったのだが、一方でニュースでの速報を見た限りでは、今回の決定も原決定に対して抱いた危惧を払拭するようなものではなかったように思われたし*1、その後遅れて最高裁のウェブサイトに公表された決定文に改めて目を通してもその印象は変わらなかった・・・ということで、ここで改めて最高裁決定を眺めつつ考えてみることにしたい。

最二小決令和3年4月14日(令和2年(許)第37号)*2

最高裁は、弁護士職務基本規程57条を引いた上で、高裁決定で認定された事実関係を元に、以下のように述べた。

「基本規程は,日本弁護士連合会が,弁護士の職務に関する倫理と行為規範を明らかにするため,会規として制定したものであるが,基本規程57条に違反する行為そのものを具体的に禁止する法律の規定は見当たらない。民訴法上,弁護士は,委任を受けた事件について,訴訟代理人として訴訟行為をすることが認められている(同法54条1項,55条1項,2項)。したがって,弁護士法25条1号のように,法律により職務を行い得ない事件が規定され,弁護士が訴訟代理人として行う訴訟行為がその規定に違反する場合には,相手方である当事者は,これに異議を述べ,裁判所に対しその行為の排除を求めることができるとはいえ,弁護士が訴訟代理人として行う訴訟行為が日本弁護士連合会の会規である基本規程57条に違反するものにとどまる場合には,その違反は,懲戒の原因となり得ることは別として,当該訴訟行為の効力に影響を及ぼすものではないと解するのが相当である。」
「よって,基本規程57条に違反する訴訟行為については,相手方である当事者は,同条違反を理由として,これに異議を述べ,裁判所に対しその行為の排除を求めることはできないというべきである。」(3頁)

以前のエントリーで当ブログでもコメントしたとおり*3、高裁の決定を覆せるかどうかは、「会規」を根拠に訴訟行為排除の申立てまでできるのか?という論点での攻防にかかっている、というのは自分も思っていたことだし、実際、最高裁はこの点について、実にシンプルに

「会規違反が懲戒原因になることはあっても、(法で認められた)訴訟行為にまで影響を及ぼすものではない」

ということをズバリ言い切っている。

その結果、抗告人側は、代理人を失う、というイレギュラーな事態を回避することができ、基本事件の訴訟代理人の(かつ、本件の抗告代理人でもある)弁護士たちも、万が一原決定がそのまま確定していたら降りかかってきたかもしれない様々なリスクを辛うじて交わすことができた。

とはいえ・・・である。

本決定本文には、最近すっかり”第二小法廷名物”となった草野裁判長の「補足意見」が付されているのだが、そこには、

「本件に関する私の見解は法廷意見記載のとおりであるが,これは○○弁護士*4らがA弁護士(筆者注・相手方の元社内弁護士)の採用を見合わせることなく本件訴訟を受任したことが弁護士の行動として適切であったという判断を含意するものではない。」(4頁)

という評価が記されている。

あくまでここに書かれているのは、「適切だったと言っているわけでない」ということだけで、「不適切だった」とまで明言されているわけではないが、これに続く

ある事件に関して基本規程27条又は28条に該当する弁護士がいる場合において,当該弁護士が所属する共同事務所の他の弁護士はいかなる条件の下で当該事件に関与することを禁止または容認されるのかを,抽象的な規範(プリンシプル)によってではなく,十分に具体的な規則(ルール)によって規律することは日本弁護士連合会に託された喫緊の課題の一つである。」(4頁)

というくだりを読む限り、「A弁護士が基本規程第27条に該当する」ということは、所与の前提とされている、と言わざるを得ないように思われる。

そして、そこからは、「訴訟代理人」とは似て非なる「社内弁護士」という立ち位置への配慮は見えない。

補足意見は、さらに続く以下のような言葉によって締めくくられている。

日本弁護士連合会がこの負託に応え以って弁護士の職務活動の自由と依頼者の弁護士選択の自由に対して過剰な制約を加えることなく弁護士の職務の公正さが確保される体制が構築され,裁判制度に対する国民の信頼が一層確かなものとなることを希求する次第である。」(4頁)

ここまで言われてしまえば、日弁連も何らかの応答はしなければならないように思われるところだが、このセンシティブなテーマに関して「ルール」を具体化しようとすればするほど、「弁護士の職務活動の自由」や「依頼者の弁護士選択の自由」との関係では緊張が生じることは覚悟しなければならないだろう。

そもそも職務基本規程第27条自体、解説に10頁以上の紙幅が割かれている一大論点である上に、第57条は共同事務所における「他の所属弁護士」の話で、特に「移籍」の話が絡んでくるとより難しい判断を強いられることになる、というのは、公式解説でも言及されているとおりである*5

ここに主観的な要件などを入れようものなら、いざ何か起きた時の攻防が泥沼にはまることは避けられないが、外形的な事柄だけで線を引こうとすれば理不尽な制約を受ける者が出てきても不思議ではない。それだけ繊細な話でもあるだけに、安易な線引き論に陥ることなく、「そもそも第27条は、第57条は何を守ろうとしているのか」というところにまで遡って議論が進められることを、筆者自身も”希求”する次第である*6

*1:利益相反の同僚弁護士、裁判から「排除」できず 最高裁: 日本経済新聞日本経済新聞2021年4月16日19時00分配信。

*2:第2小法廷・草野耕一裁判長、https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/257/090257_hanrei.pdf

*3:2020年9月5日付エントリー及びその脚注7(https://k-houmu-sensi2005.hatenablog.com/entry/2020/09/05/233000#f-0d01b381)参照。

*4:最高裁が公開した決定文では、訴訟行為からの排除が争われた弁護士の名前が実名で掲載されていて、もしかしたらそこに最高裁の何らかの「意思」が働いているのかもしれないが、一応、ブログ上では仮名化措置を施しておくことにする。

*5:日本弁護士連合会弁護士倫理委員会編著『解説弁護士職務基本規程第3版』165~169頁。なお、同解説では57条ただし書きの「職務の公正を保ち得る事由」に関し、「一種の規範的要件であるから、一律の基準をもって解釈することは硬直化するおそれがあってかえって適当ではなく、その事由の有無は具体的事案に即して実質的に判断されるべきである。」(169頁)という見解も示されている。

*6:相手方の代理人となることが禁止される理由が、単に「一方しか知り得ない情報を多く持っているから」というだけなのであれば、それは守秘義務の問題ではあっても、重ねて27条で職務を禁止することまで正当化するには弱い気がするし、社内弁護士の場合、社内で知り得たこと全てに職務基本規程第23条の規律を及ぼせるか、ということも議論になり得る、ということは再度申し上げておくことにしたい。

google-site-verification: google1520a0cd8d7ac6e8.html