「ほんの数センチ」が創るこれからの未来。

まだまだ「祝祭」を催すには程遠い世相ながら、「第88回」という数字からは微かな縁起のよさが感じられる。

そして、何といっても競馬を愛するものにとっては年に一度の特別な日。それが東京優駿=ダービーデー。

「観客ゼロ」で行われた昨年に比べると、今年は何だかんだ言っても数千人規模の入場者はその場にいたし、自分のように(新型コロナ以前から)常時リモート即PATで楽しんでいる者にとっては、それこそ”何も変わらない”祝祭日だったわけだが、それでも今日になるまで、今年無事この日がやってくるのか心配で仕方なかった、ということは最初に申し上げておきたい*1

馬柱に目を移せば、ダノンザキッドの離脱により「17頭立て」というダービーでは実に珍しい事態になっていて*2、それにもかかわらず人気は昨年同様上位2頭に集中、特に1番人気のエフフォーリアは1.7倍、ということで、「2年連続無敗三冠馬」の登場を待つファンの心理が見事に投影された状況になっていた。

加えて、先行脚質の馬に過去10年で最高勝率を誇る1枠が与えられ、晴れて馬場状態も良い、さらに鞍上の横山武史騎手は若干22歳、未だに健在の父親が騎乗しているレースで、勝てば戦後最年少記録の更新と親子2代制覇を達成できる、ということになれば、ドラマを期待しない方が無理、というべきだっただろう。

先週販売されたNumber誌*3では、堂々の表紙とトップ記事を飾った令和一の新星。


「舞台があまりに整い過ぎていて心配です」というパドック解説の老婆心的コメントもあった中で、スタートも見事に決まり、先行の流れに乗る。そこまではまだ人馬とも完璧なストーリーの中にいた、はずだった。

だが、最初のコーナーを回って向こう正面に差し掛かるあたりから、彼らにとっては実に嫌な展開になる。

前走(NHKマイルカップ)での「スタート直後落馬」の汚名返上とばかりにバスラットレオンが快調に引っ張ってくれたところまでは当然想定の範囲内で、これに続いてタイトルホルダーが2番手に付けるところまでは予定調和的展開だったのだが、そこにグラティアスが、さらにまさかのルメール&サトノレイナスが絡んでいったことで、外からかぶせられた形のエフフォーリアは窮屈なレースを強いられることに・・・。

さらに、前残りのペースを警戒してか、まくり気味にディープモンスター(武豊)、アドマイヤハダル(M・デムーロ)といった名手たちの馬が次々と襲い掛かり、1000mを過ぎたあたりから一気にペースは上がる。

この辺の流れが、「馬の行く気に任せた」がゆえの結果だったのか、それとも若き騎手の本命馬に一泡吹かせるための仕掛けだったのか、それはそれぞれのジョッキーのみが知るところだろうが、閉じ込められる形となった本命馬としては、さぞかしストレスがたまる展開だったことだろう。

それでも我慢して、4コーナーを回ったところで開けた外目のコースに進路を見出し、エピファネイア産駒ならではの長く使える脚を使って抜け出してきた時、自分はそこで物語が完結すると信じて疑わなかった。

早仕掛けが祟った大外のサトノレイナスにはもう脚が残っていない。難敵タイトルホルダーも競り落とした。他の先行馬たちとの力量を比較しても差し返されるリスクはない。あとはゴールに向けて王道を駆け抜ければいい・・・

と思った瞬間のシャフリヤール。

デビュー2戦目の共同通信杯で3着、その次のレースで毎日杯制覇。加えてアルアインの全弟、という血筋に所属は藤原英昭厩舎、となれば怖い存在なのは分かっていたが、本命馬が主役を演じ続けていた直線では、ほぼ視界から消えていた馬*4。それが背後から影のように現れ、まさにカミソリのような切れ味で、”叩き合い”というには短すぎたラスト数十メートル、瞬間の攻防でハナ差の勝利をさらっていった・・・。

高みの見物を決め込んでいた視聴者ですら呆然とするような結末だったのだから、鞍上の若きジョッキーの心境はいかばかりか・・・。

「長く使える脚」は「切れ味勝負での弱さ」の裏返しの表現でもある。

昨年の主役、デアリングタクトが苦しんでいるのと同じで、切れ味勝負になった時の今一歩さは、同じ父を持つ馬の宿命といわざるを得ないのかもしれない。

ただ、最高の舞台で苦しみながらも直線では堂々の主役を演じていた人馬が、最後の最後のその座から突き落とされる、ということほど悲劇的な出来事はない。

ましてや勝った福永騎手は昨年のコントレイルに続く連覇でダービー通算3勝目、藤原英昭師もエイシンフラッシュで既にこのタイトルを取っているとくれば、

「もう少し考えてあげなよ、神様・・・」

と悪態をつきたくもなるものだが・・・。


たとえハナ差でも、歴史上の記録に残るのは勝った方の馬の名前だけ。

そして22歳の時にこれだけの経験ができたからといって、23歳、24歳で挑むダービーでそれ以上の経験ができる保証は全くない(そもそも挑めるかどうかも分からない)、というのがこの世界の厳しさでもある。

この「ハナ差」を超えるために、この先10年、20年の歳月を費やすことになる可能性だって、決して否定はできないだろう。

それでも自分は「包まれて終わり」にならずに、最後の最後まで馬の持ち味を引き出したこの若きジョッキーが、再び自分の力ですぐにチャンスを引き寄せると信じている。

「戦後最年少」記録を破るチャンスだって、まだあと一回残っているのだ。

今年のダービーこそ1~5着をノーザンファームが独占する結果となったが、ディープインパクトがこの世を去り、馬産界の勢力図もガラリと変わる可能性がある来期以降の戦いの中で、どんなタイプの馬でも器用に乗りこなす横山武史騎手が確たる地位を築いてくれることを、そして願わくば次に巡ってくるダービーも、ディープや他のサンデー直系の切れ味勝負の馬ではなく、エフフォーリアやウインマリリンのような一味違う粘り腰で勝ち取ってほしいな・・・

そう願いつつ、来週から始まる新しい世代のシーズンを見守っていくことにしたい。

*1:そして、そんなファンの憂いを「杞憂」に変えてしまうJRAの安定したオペレーションに改めて畏敬の念を表する次第である。

*2:3歳馬最高峰の舞台、ということで、これまでなら大舞台に立つには戦績が伴っていないような馬でも一応登録して抽選に・・・というケースは多かったのだが、今年に関しては最初から登録馬が18頭しかいなかった。それだけ世代内での路線も、力の差もはっきりしていた年だった、ということなのかもしれない。

*3:ちなみに今回の特集号は過去の競馬特集号と比べても”馬愛””騎手愛”にあふれた誌面の充実ぶりが半端ないので、ファンなら是非読むべき一冊だと思う。

*4:後でVTRを見たら、外の方の馬群の中でもがいていた。

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