危機感は理解できるからこそ~「知的財産推進計画2021」に思うこと(前編)

数日前の主催者の呼びかけで週末に急遽行われた「知的財産推進計画2021」*1の読み合わせ企画。

www.youtube.com

さすがにその場で読んで即興でコメントするのは荷が重い・・・と思って、直前に一通り目を通してみたのだが、毎年出されていたペーパーとはいえ、自分が政策提言のフロントから離れてからはきっちり目を通していなかったこともあって、あまりに様変わりした本文のテンションに戸惑い、本文と具体的な方向性とのギャップに戸惑い、さらに未だに越えられていないコロナ禍の真っ最中に2年続けて「コロナ後」というサブタイトルを付けてしまう感覚にも戸惑い、結果、その衝撃を押し隠せないまま本番突入、と相成ったために、”やたら愚痴っぽいコメンテーター”の体になってしまったことは、率直にお詫び申し上げたいと思っている*2


元々「知的財産戦略本部」という組織自体が、世紀の変わり目に官邸の肝入りで設けられたもので、その組織が、本来の所管官庁の枠を飛び越えて「計画」を打ち出すわけだから、その中身が技巧的な立法技術から離れた”骨太な政策”であるべきなのは当然のことだと思うのだが、そうはいっても、自分が一応目を通していた2017年の知的財産推進計画*3までは、データ・AIの知的財産法による保護の話だとか、知財紛争処理システムの話、といったように、一応は立法に向けた議論の道筋が見えるような中身で構成されていたのがこの「計画」であり*4、だからこそ、渉外活動に軸足を置く企業の知財実務家たちも、毎年のカレンダーの中に「推進計画」の公表を組み込んで、その一言一句に注目していた。

それが、2018年くらいから大きく風向きが変わってくる。

それまで知財戦略本部の大きな調整マターだった「柔軟な権利制限規定」の話や「特許訴訟システムの見直し」といった話が一段落し、あるいはそれぞれの所管官庁下での議論に移行したことで、新たな切り口を見出す必要があった、ということなのかもしれないし、旗を振れどなかなか進まない「イノベーション」に痺れを切らした関係者が、より大上段の議論を仕掛けようとしたという面もおそらくはあったのだろう。

特に今年の推進計画に関して言えば、冒頭の

「新型コロナの拡大によって明らかとなったのは、正に日本の「デジタル敗戦」という現実である。」(3頁、強調筆者、以下同じ。)

というフレーズを皮切りに、

「従来から日本企業は優れた技術とアイデア保有しているとされていたにもかかわらず、その社会実装について見ると、時代の変化のスピードに十分追い付いていないプロダクトアウトの発想を捨て、進むべき「グリーン」と「デジタル」が実装された社会を実現するために、我が国の技術とアイデアを活用していくことが必要である。」(4頁)

「こうした現状に鑑みると、もはや、日本は「イノベーション後進国」であると言っても過言ではない。日本の産業や経済が生存競争に勝ち残るため、第6期科学技術・イノベーション基本計画に盛り込まれたイノベーションの創出に向けた政策の方向性を踏まえつつ、日本の知財創造・活用活動を喚起する必要がある。」(7頁)

と随所に危機感を滲ませる記述が盛り込まれており、議論に参加している政策担当者、関係者たちの思いは伝わってくる。

ただ、いかにそれが危機感に裏打ちされたものだとしても、「じゃあ、それを『知財』というツールを使ってどう解決するの?」という素朴な疑問に答えられなければ、知的財産推進計画」という看板を掲げる意味は乏しくなる。

渾身の力を込めて書かれている(ように見える)「事業戦略、経営戦略における知財の活用」だとか、「資本市場にアピールするための知財情報の活用」にしても、事柄自体はもう10年以上も前から言われていることで*5、それでも結局はここまで浸透していないのが現実。

もちろん、大事なことは何度繰り返して書いても良いのだけれど、「なぜここまでできていないのか」ということの振り返りもなく、看板を掛け直すだけでは、分別のある実務家には響かない。そして、ここ数年の「知財推進計画」のように、知財業界のステークホルダーの存在をすっ飛ばして「企業経営に直接アプローチする」かのようなトーンになっていればなおさらだ*6

思い返せば、この何とも言い難い違和感は、数年前の「法務機能の在り方研究会報告書」を読んだ時にも感じたのだが*7、あれはただの一省庁の研究会、翻ってこちらは歴史も伝統もある内閣直下の本部が出す「計画」なのだから、中途半端な理念先行の踏み込みではなく、(どうせ書くなら)より具体性のある道筋を示すべきではなかったか

そして、政府が本気で、そこまでの覚悟を持って「知財の経営への取り込み」を進めるのであれば、それは『知財』戦略本部ではない、より大きな枠組みの下で進めてもらわないといけないような気がする*8

今や日本が「デジタル敗戦」状態になっているのは事実*9、ゲームのルールが大きく変わりつつある中、これまで優位性を保っていた分野でさえ技術開発で一歩、二歩、遅れを取り始めているのも事実。それを政策の力で何とか変えようと思うのであれば、その原因になっていると考えられるものを挙げて一か所で議論し、「対応の優先順位」を明確にした上で国から企業に突き付ける、くらいのことはしても良いはず*10

その覚悟もなしに、パッチワーク的に、一部のニッチな領域の人々の入れ知恵に乗っかって、やれ「○○経営」だ「××経営」だ、と、政策クラスタ単位で小出しでバラバラに”提言”したところで、それを全部取り込める余裕のある会社も、経営者も、世界中どこを見回したって存在するはずがないのだから・・・*11


ということで、本当はこのエントリーでは読み合わせ会ではあまり触れられなかった「各論」の話を書くつもりだったのだが、ついつい勢い余って、放送の”続き”のような話に終始することになってしまった。

続きはまた日を改めて、ということで、(いつになるかは分からないが)暫し温めておくこととしたい。

*1:https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/kettei/chizaikeikaku20210713.pdf

*2:個人的には、他の方のコメントも含めていろいろと気付かされることも多かった1時間30分で、このような貴重な機会をいただけたことについてはただただ感謝あるのみです。

*3:https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/kettei/chizaikeikaku20170516.pdf

*4:この1年前の「知的財産推進計画2016」の時も、推進計画の主要な柱をベースにジュリストで特集を組めるくらいの「知財色」は保たれていた「知的財産推進計画2016」を真面目に読み解こうとしたジュリストの特集企画より。 - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~

*5:そのことについて最近コメントしたのがこちらのエントリーである。何度看板を掛け替えれば、前に進むことができるのだろうか・・・。 - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~

*6:それでいて、所管官庁に落とし込む具体的な方向性、工程表レベルの話まで進むと、「各種セミナーの実施」というような、極めてベタな中身のものになってしまっているのは冒頭でも触れたとおりである。

*7:「法務機能」を企業の中で生き残らせるために、今すべきこと。 - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~参照。

*8:結局、「知財」というタイトルがついている限り関心を持つのは知財関係者に限定されてしまうわけで、それを読んで企業の知財部の関係者や、それと相互依存関係にある業界関係者がいくら鼻息を荒くしたところで、肝心の企業経営者にも、投資家、金融機関にも全く響かないのはハナから分かり切った話なのだから・・・(これもいつぞやか似たような光景を見たが、もう繰り返すのはやめておく)。

*9:急激に広まったウェブ会議システムのプラットフォームに一社たりとも日本企業のものがない、という時点でどうなっとるんじゃ・・・という突っ込みは入れざるを得ない。

*10:もちろん、各所から猛烈な批判を受けることになる可能性もあるが、今の新型コロナ対策と同様に、必要なことなら批判など恐れずやればよいと思う。

*11:もちろん、様々な「課題」を集めて議論した結果、知財」なんかよりもっと重要で、先に手を付けないといけないところはあるよね、という話になる可能性は十分あると思っていて、特に国内の伝統的大企業が革新的なイノベーションを生み出せずに苦しんでいること、にもかかわらず、それに取って代われるような新興企業がこの国になかなか現れないことの背景には、雇用システムやさらにその根源にある社会システム等、極めて根深い問題があって、そこに切り込んでいかない限りはどうにもならないのではないか、と自分は思っている。

google-site-verification: google1520a0cd8d7ac6e8.html