いつだって今日がDAY1~ブログ開設から16年を迎えて

このブログを初めて書いたのは2005年8月4日。

だから、昨年は華々しく「15周年!」でエントリーを上げるはずだったのだが、新型コロナ禍下で慌ただしく日々が過ぎる中、まさかの失念

それまで毎年節目の日には何かしらかそれらしいことを書いていたのに、2020年に限って数か月経って初めて書き忘れていたことに気付く・・・という事態になってしまった。

翻ってこの2021年。

今になって「TOKYO 2020」をやっているくらいだから一年越しで「15th」というネタでも良いか、とは一瞬思ったのだが、この先ずっと1年遅れのエントリーを上げ続けるわけにもいかないだろう・・・ということで、おとなしく16周年記念エントリーとして上げることにする。

そして、それにかこつけて取り上げるのは、春先、入手して早々に目を通しておきながら未だに1ミリも感想を書けていなかったあの本、である。

「今日から法務パーソン」が描き出す世界とその先の未来図

今年の3月、経営法友会で活動されている各社の法務部長、マネージャー格の方々が有志で書かれたものとして出版されたこの本は、ちょうど新入社員の配属や異動のタイミングに重なって世に出たこともあり、あちこちで話題となった。

その時に出ていた感想の中には、好意的なものもあれば、シニカルな批評もあったように思われるが、これまで企業の法務の現場の第一線で長年体を張ってきた方々が、企業内の「法務パーソン」と括られる層に向けて「意識と心掛け」から「行動のヒント」「実務テクニック」、さらには「キャリアを考える」というところまで横断的にメッセージを発信した、という点では極めて高い価値を持つ一冊であることは間違いない。

もちろん、自分自身の法務の「DAY1」がいつか、と言えば、このブログの開設の時よりさらに昔に遡る*1から、本書の想定読者層からはかけ離れているのだが、一方で、自分とほぼ同世代のマネージャー層の方々が日頃どんな思いでマネジメントをしておられるのか、ということに改めて触れることができたのは良かったと思うし、同じ立場にいたことがあるからこそ共感できる箇所もそれなりにあったような気がする。

実務テクニック、という点で言えば、特にお薦めなのは、「07 契約レビューのコツ」「08 法律相談を受けるとき」の2つの章で、「上から押しつけがましい説教を聞かされるのは嫌」というタイプの方でも、この2章だけは必読だろう。

「契約レビュー」に関しては、一般的によく言われる「事実関係の確認と法的論点の洗い出しが、法務の仕事の起点となります。」(63頁)、「本当に契約が必要なのか、と考える客観的な事実確認の視点が必要です。」(65頁)といった基礎に一通り触れた上で、

「契約交渉時に徹底的に戦って完全に負けとなる条項を受け入れるくらいなら、あえて曖昧にして戦いを先送りするという作戦もあります。」
「ときに、やりたいことが曖昧なまま、契約交渉を始めるからと法務部門に契約書のひな形を要請してくる人もいますが、本来はそれは順番が逆で、取引類型や契約ひな形に当てはめてビジネスを始めるのではありません。」(67頁)(強調筆者、以下同じ)

といった”常識を覆す”ところまで踏み込んで言語化し、さらに、自社に有利な条件を一方的に勝ち取ろうとすることの愚についても触れた上で、「想像力」と「創造力」の重要性を説く・・・ということで、限られた紙幅の中に契約書審査に必要なエッセンスが見事なまでに凝縮されている*2

また、「法律相談を受けるとき」の章では、相談者側の心理や、相談者が使いがちなフレーズ*3、さらに相談者側のアプローチに応じたコミュニケーションのテクニックまで、これまた見事に描かれていて、執筆者の経験の豊富さ(とこれまでのご苦労)が随所に感じられる中身となっている。

「法務パーソンの行動」に関する章でも、個人的に光っていると思えたのは「04 案件にはこう向き合おう」で、特に「納期」に対する意識づけを徹底した上で、「仕事には必ず後工程がある」ということを強調しているくだりや、「仕事は1人でするものではない」という見出しの下、

「あなたがわからないことでも、誰かがわかれば、会社としてはそれはまったく構わないということです。」
「あなたの経験や知識だけでは、成果が出ないことも、他人の知識や経験を借りることで、より大きな成果が出せることがあるということです。」
(41頁)

と書かれているくだりは非常に印象に残った。

法務以外の分野で仕事をしてきた方々から見れば、「何でそんなことをわざわざ書くの?」という中身ではあると思うのだが、これは、企業法務系の法律事務所から有資格者を迎え入れた時にマネジメント層が一番頭を悩ませるポイントでもあるわけで、執筆者の方がこの章でこれを書かれた背景も薄々察しが付くだけに、自分としてはとにかく読むべし、というほかない。

それ以外の章に目を移せば、細かい突っ込みどころは当然ある。

「13 法務パーソンの情報収集アイテム」の章で、「法務の『今』を適切なバランス感をもって、説得的な文体で発信している」として、当ブログが「法務初心者であるあなたにも、安心して読めるものとしてお勧め」された(123頁)ことについては、感謝こそすれ不満を申し上げるようなところではないはずだが、気づけば「DAY1」からは遠く離れたところまで来てしまった自分が「今」語る言葉を「初心者」の方に安心して読ませられるか、と言えば、自分自身がかなり懐疑的(苦笑)だったりもする*4

あと、これは個人的な価値観ともかかわる話かもしれないが、以下のようなフレーズはちょっと引っかかる。

・「優れた人材の朝は早いものです。なぜなら一日の準備を誰よりも早く入念に行うから。これは、世界で共通する、優秀なビジネスパーソンの生活習慣です。」(54頁)
・「毎朝、新聞を読んで、始業時間までに十分な準備を行う。これが優秀な法務パーソンへの第一歩です。」(127頁)
・「あなたが会社組織の中でキャリアを積み上げていきたいならば、会議や宴席のアレンジから逃れることはできません。」(102頁)

最初の2つに関しては、確かに企業経営者からビジネス系弁護士まで「朝型」をウリにする人々がいるのは確かだが、そういう方々がこぞって優秀、というわけでもあるまいし、洋の東西を問わず、経営者、担当者、さらには弁護士に至るまで、高名な方々の中にも「朝を得意としない」人々が少なからずいる、ということは長く仕事をしていれば当然分かる。

ここで大事なのは、「次にすることの準備を先手を打ってしておく」ということであって、朝早くから仕事を始めることでは決してない*5

また3つ目のものに関しては、「会議」と「宴席」を同列に並べてしまっている時点で個人的にはあり得ないと思っている*6

自分自身、「若手はとにかく朝早く来い(ついでに部長の机も拭け)」という時代に担当者をやっていた世代で、会議の手配も宴席の手配もお腹いっぱいになるほどやっていたが、その時思ったのは、「意味のないことは絶対に自分の代で終わらせてやろう」ということだったわけで、実際、そういった悪弊の多くは自分が管理職になった後、名実ともに消えた。

今でもそういったものが必要、という価値観があるならそれを否定するつもりはないが、この令和の時代(しかも新型コロナ禍のさなか)に、わざわざ「初心者」に向けて書くことではないだろう、と思う。

続いて、

「逆に自社のビジネスと関わりがあまりない法律分野は、趣味として位置づけることが必要でしょう(それよりも会計学や、経営学、語学を学んだほうがいいと思います。)。」(129頁)

という記述にも首を傾げた。

この変化の激しい時代にそもそも「自社のビジネスと関わりがあまりない法律分野」なるものがあるのか?という問題があって、自分自身、「そんなもんやっても、うちの会社で使える場所はないよ」と言われながら、ニッチな分野を長く追いかけていて、結果的に数年後のそれが業務上のホットイシューになった、なんてことはよくあったから、自ら学ぼうとしている人に向かって「趣味」と言ってしまうのはどうかな、と思う*7

あと、「キャリア」について考える最後のパート、特に「16★ 20年後のあなたをシミュレーション」という章は、執筆された方のキャリア観がうかがえてなかなか興味深いのだが、

「あなたの会社の歴代の法務部長のキャリアを調べてみると、かつて人事部門や経理部門で活躍した経験を持つ人はいますが、法務パーソンとして活躍した経験を持つ人はいません。この会社は、あまり法務関係者のステイタスが高くない会社なのかもしれません。このようなケースでは、間違いなく転職を考えたほうがよいでしょう。」(154頁)

といった記述などは、「法務初心者」に読んでいただくコンテンツとしては、あまりに刺激が強すぎるのではなかろうか*8


ということで、上げたり下げたり・・・という感じでここまで書いてきたが、最後の話題との関連で言えば、今あえてこの本を取り上げたくなったのも、ここしばらく「法務の仕事に資格が必要かどうか」といったような殺伐とした話題を目にすることが多かったから。

「資格が必要かどうか」という点に関しては、自分は既に決着がついている*9と思っているが、SNSなどを拝見していると、それ以上に”先々のこと”を考えすぎてやたら悲観的になっていたり、逆に計算高く振る舞おうとしているように見えるような場面に遭遇することも多い。

だが、それって、今、最優先で考えるべきことなのだろうか?

『今日から法務パーソン』には、次のようなことも書かれている。

「いろいろな仕事がありますが、ひとつ言えるのは、まったく同じ仕事は二度とないということです。目の前にある仕事は今しか経験できないと思って、その仕事にしっかり向き合うことを心がけましょう。」(147頁)

自分自身、20代の頃には漠然とした危機感はあった。「法務」という仕事がどうこう、という以前に「会社勤めなんかしてていいのか?」というのは、資格を取るずっと前、会社に入社した時からずっと思っていたことでもあった。

だが、それでも気が付けば20年以上、一つの会社の中にどっぷりつかって仕事をし、さらにそこから一段二段ステップアップしてここまでやってこれているのは、あれこれと細かいことは考えずその時々でぶち当たった仕事一つ一つに向き合ってきたから、そして仕事を離れても、打算も勝算もなく、その時々で一番やりたいと思っていたことに本能のまま挑んでいたから・・・ではないかと思うのだ。

もちろん、その過程で多くの偶然の幸運に恵まれたことは否定しないし、もし、もっとしっかり計算高くやっていたら、今よりさらに素晴らしい人生が待っていたのかもしれない。

でも、人生には偶然の積み重ねだからこその面白さもある

遠くなってしまった「DAY1」だけど、そういったベーシックな部分は、最初の一歩を踏み出した時から何ら変わりなし、だからこそ今がある、ということで、大事なことを改めて想起させてくれた一冊に感謝の意を込めつつ、16周年の節目のエントリーを締めることとしたい。

*1:もっともこれは「法務パーソン」の定義にもよるわけで、「法務」と名の付く部署に配属された時を「DAY1」とするのであれば、歴史的にはもう少し後の話になるが、いずれにしても昔のことであることに変わりはない。

*2:弁護士の解説からテック系企業のプロモーションまで、巷にあふれている”教科書的な”「契約審査の心得」に比べると、格段のレベルの違いを感じさせる中身である。

*3:ここでは、「一般的に○○について法務部門の立場からどう考えますか」と「今、急いでいるので至急法務部門の見解がほしい」という2つのフレーズが取り上げられている。

*4:作者が歳を取れば、想定読者層もそれに合わせて自ずから変わっていくわけで、特に仕事系の小ネタに関しては、「少年ジャンプ」から「ビッグコミック」とか「モーニング」(島耕作が今部長あたり・・・)の”作風”に変わっていると思うので、純粋な若者にお勧めするには・・・といったところだろうか。もちろん、小学生、中学生が「ビッグコミック」読んじゃいかん、というつもりはないのだけれど。

*5:「その日のうちにできることはその日のうちに済ます」という行動規範を徹底すれば、次の日の朝にわざわざ早出する必要は本来ないはずなのである。

*6:「会議」の段取りを整えることは(中身にもよるが)仕事を進める上でも重要であることが多いが、宴席はどこまで行っても「宴席」に過ぎないのであって、それを業務の一部と捉えるような時代では今はない。

*7:もちろん会計だとか組織論、語学といったものは当然平行して身に付けておく、というのが前提条件ではあるのだけれど、「業務に必要な知識だけ身に付けておけばよい」という発想だと自ずから視野が狭い社員になってしまう、ということには常に気を配る必要があるように思う。

*8:そもそも会社組織などというものは、絶対不変なものではなく常に変化する「生き物」だと思った方が良い。そして、ここで想定しているのが「20年後」の姿なのだとしたら、その時の会社の組織とか部門間の力学がどうなっているかなんて誰にも分からないのだから、「今、法務部長が法務パーソン出身ではない」という理由で転職を考える、なんて早合点に過ぎるではないか、と思ってしまう。

*9:法曹資格の意義を否定するつもりは全くないが、それが担保する能力を生かせる領域というのは限られているわけで、少なくとも企業内法務の世界で「法曹資格」の有無によって差が付く部分というのは担当者レベルの仕事で見ても極めて少ないし、ましてやマネジメントの世界に入ってくるとほぼ皆無だったりするわけだから、「資格の有無」を議論している時点で分かってないなぁ・・・ということになる。喩えるなら、教員免許がなければ小中高校の教壇に立つことはできないが、大学で法律を教える「先生」になるためにそれが必要か?と言われればそうではないし、それが名門校向け進学塾やエグゼクティブ向けの研修会社の講師になるための必須資格か、と言えばそんなこともない。法曹資格をめぐる議論も、それと何ら変わりはないと自分は思っている。

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