産業競争力強化法の改正により、一定の要件をクリアすれば「場所の定めのない株主総会」が認められるようになる(産業競争力強化法第66条1項)、という流れになったことを受けて、改正法成立前から定時株主総会に”先取り”的に定款変更議案を提出する、というのは、先の6月総会のちょっとしたトレンドだった。
法案が無事可決され、注目されていた省令(「産業競争力強化法に基づく場所の定めのない株主総会に関する省令」)*1や、審査基準(「産業競争力強化法第66条第1項に規定する経済産業大臣及び法務大臣の確認に係る審査基準」)*2も公表されたことで、続く7月総会、8月総会でも、「株主総会を場所の定めのない株主総会とすることができる」旨の定款変更を行う会社はチラホラみられるようになっている。
だが、議決権行使助言会社による反対意見も示される中、「平時においてバーチャルオンリー株主総会を開催する予定はありません。」という説明をする会社が相次いだうえに、比較的積極的な姿勢を示していた会社でも次の定時株主総会までにはまだ1年ある、ということで、現実に「バーチャルオンリー株主総会」なるものが開催されるのは、まだまだ先の話だと思っていた。
k-houmu-sensi2005.hatenablog.com
ところがここに来て状況は一変、既に事業年度変更のための臨時株主総会開催を予告していた株式会社ユーグレナが、2021年8月5日付のリリースで「場所の定めのない株主総会(バーチャルオンリー株主総会)」を「日本初」で開催することを高らかに宣言するに至った。
これが非上場会社であれば、株主総会なんぞ、「場所の定めがない」どころか「影も形もない」場合の方が遥かに多いから*3、対象を限定せずに「日本初」とやってしまうとミスリードになる可能性はあるが、上場企業というカテゴリーで見れば初めての試みであるのは間違いない。
6月総会で定款を変更した会社の中には、虎視眈々と「第1号」を狙っていたように見える会社も散見されたが、今回のリリースはそんな多くの会社の野望(?)を一瞬で打ち砕く、あっと驚くサプライズだった。
ちなみに、この会社は現時点では9月期決算会社なので、直近の定時株主総会は産業競争力強化法改正案が姿を現す前の昨年の12月。ゆえに、定款に「場所の定めのない株主総会とすることができる」旨の規定があるわけでもない。
それでも今回「いきなりバーチャルオンリー」という技が使えるのは、産業競争力強化法等の一部を改正する等の法律の附則第3条1項に、
「附則第一条第一号に掲げる規定の施行の際現に金融商品取引法(昭和二十三年法律第二十五号)第二条第十六項に規定する金融商品取引所に上場されている株式を発行している株式会社(以下この条において「上場会社」という。)である株式会社又は同号に掲げる規定の施行の日(以下「第一号施行日」という。)から二年を経過する日までの間において上場会社となった株式会社が、第一号施行日から二年を経過する日(当該日までに上場会社でなくなった株式会社にあっては、上場会社でなくなった日)までの間に第一条の規定(同号に掲げる改正規定に限る。)による改正後の産業競争力強化法(次項において「新産競法」という。)第六十六条第一項に規定する経済産業大臣及び法務大臣の確認を受けた場合には、当該株式会社は、当該期間においては、その定款の定め(株主総会又は種類株主総会の場所の定めがある定款の当該定めに限る。)にかかわらず、その定款に同項の規定による定めがあるものとみなすことができる。」(強調筆者、以下同じ。)
という経過措置が設けられていることによる。
元々新型コロナウイルスの感染拡大により総会運営に四苦八苦していた上場各社を救済する、という意味合いもあっての経過措置だと自分は理解しているのだが、まさに今首都圏は緊急事態宣言の真っただ中。しかも、今回は臨時株主総会で、決議する内容は実質的に決算期変更に伴うテクニカルなものがほとんど、ということになれば「バーチャルオンリー」を導入するにはうってつけの場面だった、ということになるのだろう*4。
この臨時株主総会で定款の一部変更が議題となっているにもかかわらず、産業競争力強化法等の一部を改正する等の法律の附則第3条2項で、
「前項の規定によりその定款に新産競法第六十六条第一項の規定による定めがあるものとみなされた株式会社の取締役(会社法(平成十七年法律第八十六号)第二百九十七条第四項の規定により株主が株主総会を招集する場合にあっては、当該株主)が当該定めに基づいて招集する場所の定めのない株主総会においては、新産競法第六十六条第一項の規定による定めを設ける定款の変更の決議をすることはできない。」
と定められているために、この臨時株主総会で定款に「場所の定めのない株主総会とすることができる」規定を置くことはできず、仮に今回の「バーチャルオンリー」総会が何の問題もなく成功裡に運営を終えた場合でも、運営をこのまま”恒久化”することはできない*5。
ただ、開催日時の欄に「通信障害等の影響により上記日時に開催することができなかった場合には、本臨時株主総会は2021年8月27日午前9時30分に延期する」という但書がわざわざ付されていることからも分かるように、何が起きるか分からないのがこの「バーチャル」総会の難しいところでもある*6。
実際やってみて、うまくいけばその実績もアピールした上で、通常開催の定時株主総会で堂々と定款を変更する、そうでなければ、今回の開催はあくまで「特例」として以後は淡々とハイブリッド型で開催する、というのが賢い会社のやり方だし、改正産業競争力強化法の附則も、そういった”お試し需要”を満たすにはちょうど良い加減の作りになっていると個人的には思うところである。
なお、冒頭のリリース、「バーチャルオンリー」のインパクトがあまりに強すぎるために、付議議案の中身はどうしても読み飛ばしてしまいそうになるが、定款変更案のうち、事業目的に関する変更案はなかなかかっ飛ばしている。
第2条 当会社は、持続可能な社会の実現を目指して、次の事業及びこれに付帯する一切の事業を営むことを目的とする。
というところから始まって、
(1)あらゆる場所で、あらゆる形態の貧困に終止符を打つことに資する事業
(2)飢餓に終止符を打ち、食料の安定確保と栄養状態の改善を達成するとともに、持続可能な農業を推進することに資する事業
・・・(以下17号までこのトーンで続く)(以上、強調筆者)
と並べられていく事業のリスト。
これは、この会社の創業者であり現在も社長兼CEOを務める出雲充氏が日頃から様々なメディア等で語っておられる内容を表現したものではあるし、”The ESG”という感じの記載でもある。
ただ、伝統的に、会社の定款に記載する事業目的は抽象的な記載ではなく具体的に書くべし、という考え方が強かったのがコーポレート実務の現場であり、登記の際に目的にまで踏み込んで審査しない運用になって久しい現在でも、その名残が残っている会社は多い*7。
解説書を見ても、
「会社と取引をしようとする者等に対して、会社の事業内容についての予見可能性を担保するため、実務的には、会社の目的たる事業が何であるかを知りうる程度に具体的に記載する必要があるものと考えられる。」(森・濱田松本法律事務所編『新・会社法実務問題シリーズ1 定款・各種規則の作成実務』41頁(中央経済社、2015年))(強調筆者)
というようなトーンのものがほとんどで、そういった観点からすれば、上記のような「事業」の記載が”模範解答”と言えるかどうかには疑問を挟む余地もあるところだろう*8。
情報を入手しようと思えばいくらでも入手できる上場会社との取引において、「定款の事業目的の記載」だけで取引の効力に疑義が生じるような事態はちょっと考えにくいし、(一部の許認可等で必要になる場面等を除けば)定款の「事業」の記載などただの飾りだろう、と言ってしまえばそれまでなのだけど、自分がこのような定款変更案を目の前に出されて、「これでいいですよね?」と聞かれたら、「問題ないです」と即答するのはおそらく無理だろうと思うだけに、この点に関してももう少し議論が盛り上がることを期待したいところである。
*1:https://www.meti.go.jp/policy/economy/keiei_innovation/keizaihousei/virtual-only-shareholders-meeting_ministerial-order.pdf ちなみにこの省令は、法務大臣と経済産業大臣の連名で出されている。
*2:https://www.meti.go.jp/policy/economy/keiei_innovation/keizaihousei/virtual-only-shareholders-meeting_review-standard.pdf
*3:もちろん変更登記等の必要はあるので、きちんとした会社なら議事録上は開催したことにするだろうが、不特定多数の株主を抱える会社でなければ、実際に取締役を集めて会議を開くことまではしない、という会社の方が圧倒的に多いのではないかと思っている。
*4:省令を見る限り、総会に提出される議題の内容にかかわらず、株主が100人以上いて、通信障害対策やインターネットを使えない株主の利益の確保に配慮する方針が示されていれば、法務省、経済産業省の確認はクリアできるようにも思われるのだが・・・。
*5:経過措置が適用される2年間はともかく、その後は一度、本来の形での株主総会を開催して定款変更を決議しない限り、「バーチャルオンリー」を継続的に行うことはできない。
*6:実際、これまでに行われたハイブリッド型総会の中には、質疑応答の最中にインターネットの回線が一時落ちていたにもかかわらず、会場で淡々と議事が進行されていた、というようなケースもあって、これが「バーチャルオンリー」だったらどうなっていただろうか?と考えさせられるところもあった。今回の「日本初」のバーチャル総会に関しては、JPX直系の㈱ICJが高らかに開催用のプラットフォームを受注したことを宣言しているから(日本初のバーチャルオンリー株主総会の受注について | 株式会社ICJ)、日本の証券市場の威信にかけても通信障害で・・・とか、システムトラブルで・・・なんて話にはならないと思うのだけれど。
*7:自分などは面倒なことが嫌いなので、始まったばかりの新規事業などはすべて「付帯する一切の事業」で読めばよいではないか、といって定款変更を極力しない方向に持っていくことが多かったのだが、一方で一言一句具体的に「追記」しないと気が済まない、という人々も少なからずいたような気はする。
*8:加えて、許認可を要する事業の場合、定款の「目的」の中に、申請した内容に対応する事業が明確に記載されていることを要求されるケースもある。個人的には非常にセンスのない規制要件だと思うが、そこは一朝一夕で変わる話でもないような気がする。