モヤモヤは解けたけど・・・。

先週末まで、記事が出るたびにずっとモヤモヤしながら眺めていた話題があった。

昨年の通常国会で改正法が成立した公益通報者保護法の「指針」に関する話題である。

「政府は企業の不正を通報した人の保護を強化する具体策を記した指針をまとめた。通報した人に降格や減給といった処分をした役員や社員を懲戒処分にするよう企業に求める。」(日本経済新聞電子版2021年8月13日2時00分配信、強調筆者)

「指針をまとめた」とありながら、この時点では正式なものとしては公表されていなかった(公表されたのは先週末の8月20日である)というのも引っかかったポイントの一つではあるのだが、それ以上に気になったのは上記太字部分である。

労働法の知識がある人ならもちろん、企業で人事労務に少しでも触れたことのある人なら(そこまで行かなくても会社の中で何年かやっていれば)、よほどの零細企業でもない限り、「降格」だの「減給」だのといった処分が、特定の役員や社員の名の下になされるはずもない、ということは分かるはずで、(たとえそれが一役員や特定の社員の恣意的な感情によってなされたものだったとしても)形式的には、懲戒権を行使する部署の長(人事担当役員や人事部長、場合によっては社長名で、というパターンもあり得る)の名の下に、会社の処分としてなされる、というのがこの手の処分の常である。

だからこの記事をこのまま読むと、「処分をした人事部長が懲戒処分を受けることになってしまうのか、気の毒に・・・」ということになってしまうのだが、まさかそんな指針が作られるわけもあるまい・・・ということで、自分は、先週金曜日にようやく公表された指針を謎解きをするような気分で眺めたのだった。

公益通報者保護法第 11 条第1項及び第2項の規定に基づき事業者がとるべき措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針
https://www.caa.go.jp/notice/assets/consumer_research_cms210_20210819_02.pdf

おそらくアドバルーン記事が伝えようとしていたのは、以下のくだり。

第4 内部公益通報対応体制の整備その他の必要な措置(法第 11 条第2項関係)
2 事業者は、公益通報者を保護する体制の整備として、次の措置をとらなければならない。
(1) 不利益な取扱いの防止に関する措置
イ 事業者の労働者及び役員等が不利益な取扱いを行うことを防ぐための措置をとるとともに、公益通報者が不利益な取扱いを受けていないかを把握する措置をと
り、不利益な取扱いを把握した場合には、適切な救済・回復の措置をとる。
ロ 不利益な取扱いが行われた場合に、当該行為を行った労働者及び役員等に対して、行為態様、被害の程度、その他情状等の諸般の事情を考慮して、懲戒処分その他適切な措置をとる。
(2) 範囲外共有等の防止に関する措置
イ 事業者の労働者及び役員等が範囲外共有を行うことを防ぐための措置をとり、範囲外共有が行われた場合には、適切な救済・回復の措置をとる。
ロ 事業者の労働者及び役員等が、公益通報者を特定した上でなければ必要性の高い調査が実施できないなどのやむを得ない場合を除いて、通報者の探索を行うこ
とを防ぐための措置をとる。
ハ 範囲外共有や通報者の探索が行われた場合に、当該行為を行った労働者及び役員等に対して、行為態様、被害の程度、その他情状等の諸般の事情を考慮して、懲戒処分その他適切な措置をとる。

このうち(2)については、「範囲外共有」や「通報者の探索」といった事実行為を行った者への処分の話だから、今回の改正法の趣旨を踏まえれば当然盛り込まれ得る内容だと思うし、(1)についても「不利益な取扱い」が職場での嫌がらせ等、現場レベルでの事実行為である限りは違和感なく読むことができる。

それがなぜ冒頭のような記事になったかといえば、

「不利益な取扱い」とは、公益通報をしたことを理由として、当該公益通報者に対して行う解雇その他不利益な取扱いをいう。

とあって、この「解雇その他」の中に含まれる「降格」や「減給」といった極端な例にだけ、書き手が飛びついてしまったからだろうと思われる。

もちろん実際に「降格」や「減給」も「不利益な取扱い」に含まれる以上、記事自体が間違っているわけではなく、この点に関して言えば、会社が主体となる「処分」と「事実行為」をごちゃ混ぜにしてしまった指針の書き方のほうにも問題は多いにあるような気がする。

懲戒権の主体や、現在の企業実務に則ってこの指針の本来の意図を汲み取った表現をするのであれば、「不利益な取扱い」は、嫌がらせ等の個人レベルで行われる事実行為のみを指す用語として定義した上で、

公益通報をしたことを理由として、当該公益通報者に対して解雇その他の懲戒処分が行われたことが判明した場合は、速やかに処分を取り消した上で適切な救済・回復の措置をとる。この場合において、故意に当該処分を行い又は行わせた労働者及び役員等に対しては、懲戒処分その他適切な措置をとる。」

といった項目を別途付け足す必要があるのではなかろうか。

そしてこの指針の原案に対するパブコメ*1でも指摘されているように、通報の対象が大ごとになればなるほど、

「不利益な取り扱いを行った労働者及び役員等に対する懲戒処分は、懲戒権限を行使する者が通報者に対して懲戒処分等の不利益な取り扱いを行った者と同一となる可能性がある」(35頁)

のも確かだから、その場合はどうするのか、ということまで配慮して初めて意味のある指針になるのではないかと思う*2

現実には、普通の会社なら「公益通報をしたこと」を正面から理由にして懲戒処分を課す、なんてことはちょっと考えにくいし、通報対象事実が大ごとであればあるほど、より巧妙な手段で”消される”ことの方が多いと思われるから、この指針が出たところで「中小企業のワンマン経営者の感情任せの”処分”に釘をさす、くらいの効果しかないのでは・・・」と言いたくもなるのだが、それでも(解説レベルでも良いので)ここまで書いていただければ、大きな一歩になる、と個人的には思っている。

なお、改めて申し上げるまでもないが、今回の公益通報者保護法改正に関しては、「対応業務従事者の守秘義務刑事罰付き)」という問題が依然としてくすぶっている。
k-houmu-sensi2005.hatenablog.com

少なくとも行政処分刑事罰に直結するような通報事項に関しては、「内部」ではなく、然るべき機関への「外部通報」を基本とすべき、というのが自分の意見だから、これもその方向での仕掛けだとすれば、「考えた人はなかなかの策士だな・・・」と皮肉の一つでも言いたくなるのだが、その過程(?)で出された今回の指針では、

第3 従事者の定め(法第 11 条第1項関係)
1 事業者は、内部公益通報受付窓口において受け付ける内部公益通報に関して公益通報対応業務を行う者であり、かつ、当該業務に関して公益通報者を特定させる事項を伝達される者を、従事者として定めなければならない。
2 事業者は、従事者を定める際には、書面により指定をするなど、従事者の地位に就くことが従事者となる者自身に明らかとなる方法により定めなければならない。

という形で、より「対応業務従事者」の逃げ道を塞ぐようなことしか書かれていないのが、いやはや何とも・・・*3

改正法の施行まであと1年を切った今、流れる血を少しでも少なくするために何ができるのか、もう少し考えてみたいと思っているところである。

*1:公表されたパブコメ結果はhttps://www.caa.go.jp/notice/assets/consumer_research_cms210_20210819_05.pdf。この問題への関心の高さを示すように、寄せられた意見とその回答が、実に61頁にもわたって記載されている。

*2:パブコメでこの指摘をされた方は、「別途に適正な懲戒処分が行われているのか、客観的に審査等を行う機関を設置すべき」という提案をされているが、そこまでするくらいなら外部通報を免責するとか、何らかの公的な紛争解決手続きに載せる方が早いような気もする。

*3:同時に「幹部からの独立性の確保」という項目も設けられてはいるものの、自分なら「従事者」に指定されただけで震えが止まらなくなるような話であることは間違いない。

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