広すぎる法改正をカバーするための一冊。

目を通してから記事にするまでにだいぶ時間が経ってしまっているが、先月発売のジュリスト2021年9月号の特集で「所有者不明土地と民法不動産登記法改正」が取り上げられた。

縁あって少しこの法改正にかかわっていたこともあり、また、改正法成立後初めてこのメジャー法律雑誌で特集が組まれた、ということもあって、前月号での予告以来、この企画は楽しみにしていたし、冒頭に掲載された21ページにわたる座談会(14頁以下)は、参加メンバーの顔触れ*1という点でも、主要な論点に一通り言及していた、という点でも、資料的価値は極めて高いものだと思う。

だが、これに続く何本かの解説記事*2まで読み終わって感じたのは、

「これだけだと、まだまだ今回の改正のインパクトは伝わらないのではないかな・・・」

ということだった。

これは、決して座談会の参加者、編集者や、個別の論文の書き手の先生方に由来する問題ではない。

それ以前の話として、今回の「民法不動産登記法改正」と括られる改正の射程があまりに広すぎるのである。

実体法だけ見ても、民法の共有規定、相隣関係規定の見直しに始まり、新たな管理人制度の創設や共有解消のための新たな手続きの創設等、非訟事件手続法まで追っていかなければ全容が見えないものもあれば、物権法の枠を飛び越えて相続法、家事事件手続法のど真ん中に飛び込んでいく改正事項もある。

民法から切り離される形となった土地所有権の放棄に関しては、まさに今後制定されるであろう政省令も見ながら「新法」と格闘していく必要があるし、不動産登記分野の改正に関しては、公法上の新たな義務がセットになっているだけに、「手続法」といえども侮れずという印象が強い。

何より、今回の改正のキモは、条文がこう変わった、ああ変わった、というだけでなく、これまで条文の”隙間”を埋めていた様々な商慣行や現場慣行にまで少なからず影響が及ぶ、ということにあるわけで*3、「土地建物の管理」という身近なテーマゆえ、想定される具体的な事例を元に掘り下げて検討しようと思うと、どこまででもできてしまう。

だから、この分野に関わりがある方ほど、ダイジェスト的な特集記事だけでは、どうしても「空腹感」を抱くことになってしまうような気がする。

いずれ「一問一答」的な網羅的な公式解説は出るはずだし、様々な媒体に、個々の分野でより踏み込んだ論稿が出てくることも予想される。
ただ、現時点でもう少し実務サイドから掘り下げた情報に触れたい、というニーズをどうやって満たせばよいのか・・・

そんな状況で、実にツボにはまったのが、以下で取り上げる一冊である。

荒井達也『令和3年民法不動産登記法 改正の要点と実務への影響』の充実した読後感。

↑で見出しにも掲げた荒井達也弁護士の本は、5月末くらいに店頭に並び始めて以来、不動産登記を業とする方々を中心に多くの方々が称賛の声を寄せており、未だにAmazonでは「登記法」のジャンルでベストセラー1位を保っている書籍だから、今さら自分がご紹介するまでもないのかもしれない。

ただ、”オフィシャルな解説記事”に特有の「必然的な物足りなさ」を感じた後にこの本を読むと、

・立法事実から改正法の内容まで、漏らすことなく網羅的かつ丁寧に記載する。
・立法者意思*4を表象する部会資料の記載や法制審部会での委員・幹事の発言内容を的確に引用して記述の裏付けとしている。
・単に改正後の条文をなぞるにとどまらず、新たな土地管理制度の申立権者の範囲等、今後の解釈に委ねられる、とされている領域についても、審議経緯等を参照しながら著者自身の解釈を示している(コラム等では、部会が正面から議論しなかった論点についてまで勇気をもって踏み込んでいる箇所もある)。
・相続や事業者の開発に伴う土地利用の場面等、実務家の現場感覚の裏打ちされた記述が随所に出てきて、「改正法がどう生かされるか?」ということへの想像力を刺激する。

といった本書の特徴がいかに際立ったものか、ということを改めて思い知らされる。

もちろん、本書に書かれている解釈や、意見表明の全てに自分が賛同している、というわけではなく、特に、著者が日弁連のワーキンググループを通じて今般の法改正に関与されていたという背景を伺わせる、良い言葉で言えば「堅実」な、言い方を変えれば「保守的」とも受け取れる記述が気にならない、と言えば嘘になるが、そんな感情を抱けるのも本書において、「書くべきことが実務家としての思考プロセスと合わせてきちんと書かれているから」なんだよな・・・と思うと、著者に対してはもはや尊敬の念しか湧かない。

・・・ということで、本来であれば個々の論点なども取り上げつつ、もう少し深い記事を書きたかったのであるが、そこまでやろうとすると、記事一本書く前に法律施行の時期を迎えてしまうことにもなりそうなので*5、まずは、今、先頭を走っている書籍とその著者に最大限の敬意を示しつつ、本エントリーを次の「掘り下げ」の機会までのマイルストーンとして残しておければ、と思う次第である。

*1:研究者として、佐久間毅教授(司会)と松尾弘教授が、法務省の担当官として大臣官房参事官の大谷太氏と前民事第二課長の村松秀樹氏(現・法務省民事局総務課長)が、そして実務界を代表して日本司法書士会連合会の今川嘉典前会長に中村晶子弁護士が参加されており、全てのメンバーがこの法改正をメインで審議した法制審議会民法不動産登記法部会の委員、幹事、という構成であるがゆえに、審議経緯を適切に反映した質の高い内容となっている。

*2:鳥山泰志「新しい相隣関係法」35頁以下、伊藤栄寿「新しい共有法」42頁以下、水津太郎「新しい相続法ー令和3年民法等改正と遺産共有」49頁以下。

*3:元々、民法の相隣関係の規定などたかだか30くらいの条文しかなく、今回の改正後もその状況が大きく変わるわけではないが、だからといって「改正は軽微」と受け止めてしまうと目測を誤ることにもなりかねない、と自分は思っている。

*4:厳密に言えば正しい表現ではないのかもしれないが、実質的には・・・。

*5:実際、債権法改正の時は、(あれだけ成立~施行まで長い期間があったにもかかわらず)壮大なエントリーをしたためようと温めているうちに、書籍の紹介等も含め、アウトデートになってしまったネタが数えきれないほどあった・・・。

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