いよいよベールを脱ぎ始めた民法・不動産登記法大改正

アップされた当日は疲労困憊で資料まで目を通す余裕もなく、ただただ「キツネが可愛い・・・」という素人以前のコメントしか出てこなかった「所有者不明土地の解消に向けた民事基本法制の見直し」に関する解説資料*1

「令和3年民法不動産登記法改正、相続土地国庫帰属法のポイント」
https://www.moj.go.jp/content/001355930.pdf

だが、ひと呼吸入れて読んでみると、実に渋いコメントが随所に潜んでいる資料であることに気付く。

このエントリーのタイトルを見て、「もう既に国会審議まで経て法案も可決されているのに、今さら『ベールを脱ぎ始めた・・・』はないだろう」という突っ込みもあるかもしれないが、「民法改正」の部分に関しては、その民事基本法としての性質上、解釈に委ねられる部分がかなり多い、という現実があるし、逆に不動産登記法や相続土地国庫帰属法のような手続法としての要素が強い法律については、政省令や運用通達が出るまでは実務上必要な手続きの全体像は見えてこないから、施行までまだ日があって、『一問一答』も法務省令も出ていない今は、国会の議事録や法制審の部会資料等から解釈運用を探っていくしかない、といういわば手探りの時期といえる。

だからこそ、節々に「解釈」や「運用指針」となりそうな情報がさらりと書き込まれたこの種の資料は実に貴重だ。

例えば、世の中的にはもっともインパクトが強いであろう「相続登記の申請義務化」に関しては、義務違反に際して過料を処するかどうかのメルクマールとなる「正当な理由」について、「通達等であらかじめ明確化する予定」としつつ、以下のような例示がさらりと書き込まれている(スライド9頁)。

【「正当な理由」があると考えられる例】
①数次相続が発生して相続人が極めて多数に上り、戸籍謄本等の必要な資料の収集や他の相続人の把握に多くの時間を要するケース
②遺言の有効性や遺産の範囲等が争われているケース
③申請義務を負う相続人自身に重病等の事情があるケース など

また、「住所変更登記等の申請の義務化」に関しては、法人の申請義務の負担を軽減するために盛り込まれた「商業・法人登記システムと不動産登記システムの連携」のための会社法人等番号の取扱いについて、改正法附則にも書かれている「施行前に既に所有権の登記名義人となっている法人については、登記官が職権で会社法人等番号を登記することを予定している」という記載に続けて、

(具体的には、法人から申出をしてもらい、登記官が職権で登記する流れを想定」(スライド15頁、強調筆者、以下同じ。)

という補足がさらっと付け加えられている*2

スライド24頁以降の「民法改正」に関しては、「隣地使用権」にかかる規律の解釈が元々気になっているところではあったのだが、「事案ごとの判断ではあるが」という留保を付しつつも、

隣地が空き地となっていて実際に使用している者がおらず、隣地の使用を妨害しようとする者もいないケースでは、土地の所有者は裁判を経なくとも適法に隣地を使用できると考えられる。」(スライド25頁)

と書かれていたり*3

「隣地所有者が不特定又は所在不明である場合は、隣地所有者が特定され、その所在が判明した後に遅滞なく通知することで足り、公示による意思表示(民法98)により通知する必要はない。」(同上)

と書かれていたりする*4のを見ると、(今回の改正の趣旨を踏まえれば当然のこと・・・と思いつつも)安堵するところはあったりする*5

さらに、

「越境した竹木の枝の切除」について、条文で明記されていなかった「費用負担」について、「越境された土地所有者が自ら枝を切り取る場合の費用については、枝が越境して土地所有権を侵害していることや、土地所有者が枝を切り取ることにより竹木の所有者が本来負っている枝の切除義務を免れることを踏まえ、基本的には、竹木の所有者に請求できると考えられる民法703・709)。」(スライド28頁)と書かれたこと。

共有物の「管理」について、「具体的事案によるが、例えば、砂利道のアスファルト舗装や、建物の外壁・屋上防水等の大規模修繕工事は、基本的に共有物の形状又は効用の著しい変更を伴わないものに当たると考えられる」と記載したくだり(スライド30頁)*6

・所有者不明土地・建物管理制度の申立てができる「利害関係人」に当たり得るものとして「公共事業の実施者など不動産の利用・取得を希望する者」という例も明記されたこと(スライド38頁)*7

・所有者不明土地・建物管理制度の発令の前提としての「所有者の調査方法」に関し、「現地調査」が必須の要件とされなかったこと(あくまで「事案に応じて・・・求められる」ものとされている。スライド39頁)。

管理不全土地・建物の例として「ひび割れ・破損が生じている擁壁を土地所有者が放置しており、隣地に倒壊するおそれがあるケース」と「ゴミが不法投棄された土地を所有者が放置しており、臭気や害虫発生による健康被害を生じているケース」の2つが挙げられ(スライド40頁)、それがそのまま「管理人が行う管理行為」の例示にもつながっている(スライド41頁)こと。

等々、内容のみならず、表現ぶりにまで味わいを感じる記載は多い。

これらの記載の中には、既に部会資料の補足説明で書かれていたり、国会審議の過程での答弁で示されていたようなものも当然含まれてはいるのだが、このタイミングで法務省の「公式資料」として広く公開されているものの中に書かれた、ということにはまた別の意義があると個人的には思っている。

他にも「所有権不動産記録証明制度」について、「将来的には、表題部所有者への拡大も検討予定」(11頁)と書かれていたり、いわゆる「死亡情報についての符号の表示」に関して、「条文上は「権利能力を有しないこと」とされているが、差し当たり法務省令で必要性の高い自然人を対象とすることとする予定」(12頁)と書かれていたり*8するくだりからは改正法の更なる展開の余地を感じたし、ライフラインの設備の設置・使用に関する「償金」について、「導管などの設備を地下に設置し、地上の利用自体は制限しないケースでは、損害が認められないことがあると考えられる。他の土地の所有者等から設備の設置を承諾することに対するいわゆる承諾料を求められても、応ずる義務はない。」(スライド27頁)というところまで踏み込んできている点については、別のところで何か動きがあったのかな、という推察も働く。

相続土地国庫帰属制度に関しては、申請者が納付する「負担金」の「参考」として、国会審議でも出されていた「原野約20万円、市街地の宅地(200㎡)約80万円」という「標準的な管理費用」の数字がそのまま書き込まれていて、「法務省はもうこの線で政令の調整に入っているんだろうな・・・」と、少々残念に思うところもあったりはしたが*9、制度の予測可能性が高まった、という点ではこれもまた意義のあることだと思う。


ということで、スライド1枚、1枚に貴重な情報が詰め込まれたこの資料。少なくとも『一問一答』(ないしそれに類する公式解説)が出るまでは、一連の法改正に関する必読資料かつ議論の素材となることは間違いない。

ことビジュアルに関して言うと、元来、「1枚のスライドに書き込む情報をいかに絞り込むか」がキモとなるはずのPower Pointの作成にあたり、「いかに多くの情報を書き込むか」というミッションを与えられてしまった”中の方々”の苦悩がうかがえるような作りになっていて、やや同情を禁じ得ないところもあったりはするのだが*10、一連の法改正について掘り下げて考えてみたい、と思っている者にとってはそれもまたメリット。

「山道は険しいほど登り切った時の感慨も大きい」ということで、ちょっとでも関心をお持ちの方には、是非「一読」をお薦めしたい。

*1:話題の新キャラ、「トウキツネ」については、https://www.moj.go.jp/content/001355925.pdfをご参照のこと。ゆるキャラ・・・というには、かなり整ったきっちりした画調のイラストで攻めてくるあたりに、法務省民事局の方々の堅実、誠実な仕事ぶりが垣間見えて個人的には非常に好印象。しっぽを「筆」にする、というマニアック過ぎて一般人だとピンと来なさそうなレトリックを使っているところも通好みだな、と思う。

*2:審議経緯等からも十分に想定されていたことではあるのだが、こうなると次の関心事は、この「申出」がどのレベルで必要なのか(一筆の土地ごとに申出が必要ということなのか、それとも全国一律に「本店所在地が○○となっている××株式会社にはすべて*************という法人番号を登記してください」という申し出をすれば足りるのか)ということになってくるのではないかと思われる。ここは少しでも(ユーザーの)現場側の負担が軽くなる方法が採用されることに期待するしかない。

*3:本ブログでも以前取り上げた(広すぎる法改正をカバーするための一冊。 - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~参照)荒井弁護士の解説書では「私見」として、「隣地が現に使用されておらず、かつ、土地の所有者の所在が不明であるようなケース」については「保護すべき土地の使用がないといえる」として「判決手続を経ずに隣地を使用することができる場合もあり得る」というご見解が示されているが(荒井達也『Q&A 令和3年民法不動産登記法改正の要点と実務への影響』(日本加除出版、2021年)167頁)、このスライドの書きぶりは、さらに踏み込んで裁判手続によらない隣地使用を認めてくれているように読めなくもない。

*4:このことは、法制審民法不動産登記法部会の部会資料59の補足説明にも書かれていた。

*5:他に、「ライフラインの設備の設置・使用権」に関するスライド26頁にも同趣旨の記載がある。個人的には、「自力執行の禁止」といっても、それは対立する隣地所有者の権利利益とのバランスを図るための相対的な話でしかなく、使用を妨げようとする力が働かない場面では、効率性を優先して簡易に土地利用を認める方が社会全体の利益に資するのではないか、と思うところである。

*6:ちなみに「砂利道のアスファルト舗装」はこの後の例示の中でも使われている(スライド32頁)。

*7:この書きぶりをどう解するかは悩ましいところかもしれないが・・・。

*8:自分はあまり想定していなかったのだが、裏返せば、条文上は法人に関しても解散登記等がなされた場合に何らかの符号を表示するような制度にすることもできる、ということなのか・・・と思いながら読んでいた。

*9:この金額を高いとみるか安いとみるかは人それぞれだろうが、個人的には他にプラスの相続財産がある相続人でないと、この金額ではなかなか申請には踏み切れないのではないかな、という気がしている。

*10:ちょっと前にTwitterでも話題になっていたが、この種の法改正のたびに、官公庁が概要説明のために作成する資料の「苦闘の跡」を見て、「無理に全部”ビジュアル化”しなくても良いのでは?」と思うことはしばしばある。今回のスライドに関して言えば、「履行方法」や「経過措置」に関するスライド6~10頁あたりの部分は、まさにこの形にする意味があると思うのだが、それ以外の箇所はテキストベースにした方が、たぶん明らかに見やすい。あと、「いらすとや」の使用もほどほどに・・・。

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