タダほど高いものはない。再び・・・。

古くから「タダほど高いものはない」ということはよく言われることではあるのだが、そんな格言にさらに一事例を積み重ねるような判決が、大阪地裁で出されている。

舞台は紅葉も今が見ごろであろう、京都の山深くの貴船神社

その写真の利用許諾をめぐって起きた事件である。

大阪地判令和3年10月28日(令和2年(ワ)9699号)*1

原告:P1
被告:貴船神社

原告はプロの写真家、被告は貴船神社の祭祀を行うことなどを目的とする宗教法人だが、争いのないものとして整理された前提事実は、以下のとおりである。

■ 原告は,平成27年ころから,貴船神社の社殿,風景,行事等を撮影した本件写真を被告に提供し,被告は,本件写真を,ウェブサイト,SNS,動画配信サイト等に使用し,被告の広報宣伝資料として利用した。
■  原告は,令和元年9月13日付けメールにより,被告に対し,同月末日までに,ウェブサイト等から,本件写真をすべて削除すること等を求めた。
■  被告は,令和元年9月末日経過後も,被告のウェブサイトにおいては令和2年11月23日までYouTube の被告のアカウントサイトにおいては同年12月2日まで,それぞれ本件使用写真を展示するなどして使用していた。

このような事実関係の下、

「本件写真は原告が著作権を有する著作物であって,被告に無償で利用を許諾したものであるから,原告が利用許諾を解約した後に,被告が本件写真のうち一部の写真のデータをインターネット上に掲載した行為は,本件使用写真に係る原告の著作権公衆送信権)の侵害である」(PDF2頁、一部編集)

と主張して,原告が被告に対し,著作権に基づく本件写真のインターネット上の掲載,自動公衆送信,送信可能化の差止め(著作権法112条1項)及び抹消,廃棄(同条2項)を求めると共に,著作権法114条3項に基づく損害賠償として3009万円(+遅延損害金)を請求した、というのが本件である。

職業写真家である原告がいかなる経緯で、被告に対して「無償」での写真提供をするに至ったのか、また約5年にわたってそのような形で写真を提供し続けていた原告が一通のメールで被告に「削除」を求めたきっかけが何だったのか、といったことは、判決文の中の当事者の主張等にもチラホラ登場しているし、ちょっとしたドラマにもなりそうな話でもある*2

自分はまだ行ったことはないが、春夏秋冬の貴船神社の光景には、プロの写真家をしても何度となく足を運ばせるだけの美しさがあったのだろう。
そして、そこで出会った神社の広報担当者の思いに、善意で協力しようとする写真家。いくつも季節が巡り、やり取りを交わすうちに培われていく同志としての絆、折しも時はインバウンドで爆発的に観光客が増えていた時期とも重なる・・・。

認定された事実によれば、

「被告は,平成27年6月頃から令和元年8月頃までの約5年間にわたって,原告の助言も受けつつウェブサイトや SNS で本件写真を利用した広報活動を展開し,その結果,原告が撮影し被告に提供した本件写真は1033点に及び被告のウェブサイトにおいて大半を原告が撮影した写真が占めることとなったものである。」(PDF13頁、強調筆者、以下同じ)

ということで、広報担当者を介した原告と被告との関係がいかに深かったか、ということがうかがい知れる。

それが、被告広報担当者がひょんなことから退職せざるを得なくなったことを機に、状況は暗転した。

憤激して自らが提供した写真の即時削除を求め、刑事告訴も示唆してアクションを起こす原告に、弁護士を立てて応戦する被告。まさに”修羅場”である。

いくら無償で、しかも期間の定めもなく口頭ベースの約束だけで提供を受けていた写真だと言っても、その時点でそれがウェブサイトの大半を占めていた以上、ウェブサイトを丸ごと閉鎖でもしない限り、そう簡単に利用をやめられるものではない。

被告はすぐに外部業者に写真撮影を委託し、代替となる写真の手配に着手したが、京都には「四季」がある。各種行事もすべて網羅しようと思えばそれなりの時間は必要となる。

かくして、本件使用写真の代わりとなる写真がすべてそろったのは、業務委託開始から約1年経った令和2年11月23日のことで、それまでは原告の写真が依然として使われたまま。

これで原告の主張どおり、「無償利用許諾契約解除」の効力が令和元年9月末日時点で発生していれば、金額はともかく一定の損害賠償の支払いが被告に命じられることは確実な状況だったのだが・・・

裁判所は、「写真データの無償の利用許諾」は「使用貸借」に類似する、として、民法597条3項(平成27年改正前)*3を類推適用しようとする原告の主張を以下のように退けた。

「前記認定事実によれば,本件利用許諾は,原告が継続的に被告の協力の下で貴船神社の年中行事等の写真を撮影して被告に提供し,被告において提供を受けた写真をウェブサイトや SNS 等に使用して,被告の広報あるいは宣伝に利用する一方で,原告においても前記写真を適宜 SNS で利用し,原告の宣伝広告に役立てることを,無期限かつ無償で承諾することを内容とする包括的な合意と解される。原告は,本件利用許諾により原告が受ける利益はないと主張するが,被告の協力
により一般参拝者では撮影困難な構図の写真を撮影することができ,被告の広報写真に採用されていることを実績とすることができる点で,一定の利益があることは否定できない。そうすると,本件利用許諾は,単に原告が過去に撮影した写真の利用を個別に一時的に許諾するものではなく,継続的に撮影した多数の写真を,相互に広報,宣伝に利用することを前提とした複合的な合意といえるものであって民法上の使用貸借契約の規定を単純に類推適用するのは相当ではない。」(PDF13頁)

そして、先ほど引用した「1,033点の写真を提供していた」という記述に続けて、以下のように、権利者による一方的な利用許諾解除&利用停止請求を認めない、という考え方を示したのである。

「これらの事情からすれば,本件利用許諾は,無償であるとはいえ,双方の活動又は事業がその継続を前提として形成されることが予定され,長期間の継続が期待されていたということができ,個別の事情により特定の写真について利用を停止することは別として,本件写真全部について,一方的に利用を直ちに禁止することは,当事者に不測の損害を被らせるものというべきであって,原則として許容されないものというべきである。」(PDF14頁)

また、裁判所は、

「もっとも,本件利用許諾は,信頼関係を基礎とする継続的なものであるから,相互に,当初予定されていなかった態様で本件写真が利用されたり,当初予定されていた写真撮影の便宜が提供されないなど,信頼関係を破壊すべき事情が生じた場合には,催告の上解除することができると解される(民法541条)。また,本件利用許諾が,原告が著作権者である本件写真を,期限の定めなく無償で利用させることを内容とするものであることを考慮すると,上記解除することができる場合にはあたらない場合であっても,相手方が不測の損害を被ることのないよう,合理的な期間を設定して本件写真の利用の停止を求めた上で,同期間の経過をもって本件利用許諾を終了させることとする解約告知であれば,許容される余地はあるものと解される。」(PDF14頁)

と、信頼関係破壊の法理や一定の合理的期間の付与により、権利者に契約終了のオプションを与える、という一応の配慮を示したものの、

「原告が被告に対し本件写真の削除等を要求したことについて,被告が本来の目的以外に本件写真を利用した等,本件利用許諾それ自体に関する内容で,原告と被告との間の信頼関係が損なわれたとすべき事情は何ら主張されていないことになる。」
「結局のところ,本件解約告知は,友人である P2 が退職を余儀なくされたことを快く思わない原告が,被告を困惑させ,あるいは被告に損害を与えることを目的としてしたものというほかないから,正当な理由があるとは認められない。」(以上PDF15頁)

と、信頼関係破壊の法理等の適用は認めず、以下のように「合理的な期間」をかなり長期に設定することで、原告の主張を全て退けた。

「本件写真は,年間を通じて貴船神社の神事等を撮影したものであって,同様の写真を撮影するためには1年以上の期間を要するものと認められるし,被告のウェブサイト等の広報媒体は,本件利用許諾の継続中に原告の助言を受けつつ大半を本件使用写真を利用するものとして構成されていたから,被告においてこれらの媒体を本件写真を使用しない形式で再構築する作業にも,相応の期間を要するものといえる。さらに,原告の本件写真の削除等の要求は,それまで良好な関係が続いていた中で突如として行われたものであるから,被告において,原告の真意を確認し,交渉の余地を探る等の対応を検討するためにも相応の期間を要するものといえる。これらの事情を考慮すると,原告が一方的に解約告知をした場合に,本件利用許諾の終了に至る予告期間としては,原告が削除等を要求した令和元年9月13日から1年3か月後の令和2年12月12日までを要すると認めるのが相当である。」(PDF16頁)

ここで「何で1年3か月なのか?」ということを論じることには、おそらく大した意味はないだろう。

大阪地裁がここで行ったのは、「原告の主張は認めるべきでなく、被告の対応は救済されるべきである。」という大局的視点からの実質的な価値判断であり、本件で神社側が作業に手間取って、写真の総差し替えが1か月、2か月遅れていた場合でも、この裁判所なら、それに合わせて「必要な予告期間」を延ばしただろうと思われる。

個人的には、利用許諾に“有償性”まで認めるのはちょっと難しいのでは?と思われるような本件の状況下で*4、ここまで「使用貸借」のロジックを排除してしまって大丈夫か?と思ってしまうところはあるし、利用許諾契約解除の効力は認めた上で、原告の請求を権利濫用として処理する方が筋としては通っていたように思えなくもないのだが*5、結果的に、被告側が命拾いしたことは間違いない。

本件の顛末を見た後で、被告に「関係が良好なうちに、どこかで原告に対価を払うなり無償でも契約書を作るなりして、きちんと権利関係を整理しておくべきだった」というのは簡単なことではあるのだが、純然たる善意の下で協力してくれている相手に、そういう話をずかずかと切り出さないのが、都人達の奥ゆかしさなのかもしれない、と思うと、安易に”啓発”の材料にもしづらいところはある。

いずれにしても、「タダほど高いものはない」という現実を改めて知らしめてくれたこの判決。

そういえば、このブログで以前同じフレーズとともに紹介したのも、著作権利用許諾の事例で、かつ大阪地裁の事件だったなぁ・・・*6ということを思い出したりもしたのだが、これがただの偶然なのか、それとも“情”に依拠する土地ならではの話なのか。

実務家としては、これに続く事例を自分たちの足元から出さない、ということを肝に銘じ、時には野暮な建前も口にせねばなるまい、と改めて腹を括っているところである。

*1:第21民事部・谷有恒裁判長、https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/667/090667_hanrei.pdf

*2:もっとも、最後は「泥沼の法廷闘争」という結果になってしまっている以上、ドラマといっても「世にも奇妙な物語」的なものになってしまうのかもしれないが・・・。

*3:「当事者が返還の時期並びに使用及び収益の目的を定めなかったときは、貸主は、いつでも返還を請求することができる。」とする規定。現在は民法597条2項が裏表を逆にする形で規定している。

*4:少なくともこの判決に出てきている事情を見る限り、原告にも、「一連の写真で自分の名声を高めよう」といったような意図はほとんどなかったように思われるし、「自分の写真を使ってもらえる」ということ以上の見返りは原告には与えられていなかったのではなかろうか。

*5:ただし、その場合、利用許諾の解除とその後の権利行使の動機となった「経緯」についてもう少し踏み込む必要があるような気もして、それは裁判所としては避けたかったのだろうと推察するところである。

*6:もって他山の石とせよ〜著作権利用許諾をめぐる落とし穴 - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~ 大阪市ピクトグラム利用をめぐる事件だった。

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