「2位・東急」の時代はいつまで続くのか。

先月の終わりから今月にかけて、3月期決算会社の中間決算が概ね出揃った。

全体的な傾向は前の四半期からそんなに変わっておらず、半導体関連は絶好調、資源系や国際物流系も需要増と価格高騰の恩恵を受け、自動車や工作機械、化学系等、製造業各社も前年の反動で大幅に増収増益、さらに短期的な貸付需要に応えた結果が業績に直結した金融機関も総じて上向き、となっている一方で、前年度好調だったスーパーやドラッグストアは反動でマイナスに転じ、一時期もてはやされたDX系も伸び悩み。さらに百貨店、飲食、旅行といった業態は、前年比では辛うじてプラスを保っているもののコロナ禍の長期化で業績予想を下方修正したところが多い。

現時点で好調の部類に入る業種でも、半導体の供給不足や資源価格の高騰等の影響で下期の予想は弱気・・・ということで、引き続き先行きの見通しが立てにくい状況になっているから、これから投資を考えている人にとってはそれなりに難易度が高い状況ではあると思うのだが、「新型コロナ」という外在的要因のインパクトがあまりに大きすぎて、会社ごとの経営戦略の巧拙による差異が顕在化しにくい状況が生まれている*1、それを前提に「ざっくりとした業界単位の傾向」で銘柄を取捨選択しても大やけどしにくい、という点では恵まれている、というべきなのかもしれない*2

で、そんな業種の中の「個」が見えにくい相場の中で、個性を反映した極めて強烈な濃淡が生まれているのが、鉄道業界である。

元々この業界には、よく言えば安定、ややネガティブに言えば序列固定化への安住傾向、という特徴があった。

全国各地のお金持ちが新しい路線を引きまくっていた明治~大正期や*3、各会社が沿線人口を大きく変動させるような開発を積極的に行うことができた高度成長期ならともかく、少なくとも平成に入って以降のこの業界は、路線のキロ数と走っているエリアの人口密度で輸送量が決まり、コアとなる運輸収入ベースでの序列が決まる、さらに会社ごとの比重の差はあれど、多くはそれに比例する形で関連する事業の収入のレベル感も固定化され、その序列が大きく変わることはない・・・。そんな状態が長らく続いていたように思う。

新型コロナの影響を受ける前の2019年3月期のJR上場4社と大手民鉄15社の売上高は、以下のようなものだった。

<2019年3月期連結売上高>
1.JR東日本 30,020億円
2.JR東海  18,781億円
3.JR西日本 15,293億円
4.近鉄GHD 12,369億円
5.東急   11,574億円
6.阪急阪神HD 7,914億円
7.名古屋鉄道 6,225億円
8.東武鉄道  6,175億円
9.西武HD   5,659億円
10.小田急電鉄 5,266億円
11.京王電鉄  4,475億円
12.JR九州   4,404億円
13.東京メトロ 4,348億円
14.西日本鉄道 3,968億円
15.京浜急行  3,392億円
16、京阪HD   3,261億円
17.京成電鉄  2,615億円
18.相鉄HD   2,605億円
19.南海電鉄  2,274億円

長距離輸送の飛び道具を持つJR3社が上位を占め、それに続くのが民鉄一の旅客営業キロと多くの系列会社を抱える近鉄、という序列は、ここ数年全く変わっていなかったし*4、それに続く序列にも大きな変動はなかったように思う。

元々、景気がよくても悪くても、売上高の変動は数パーセント。リーマンショックで景気が落ち込めばどこも減収になるし、インバウンド景気に沸けば皆揃って増収になる、そんな平和な業界だったのだ。

ところが、新型コロナはそんな業界地図を一変させた。

<2021年3月期連結売上高>
1.JR東日本 17,646億円
2.東急   9,359億円
3.JR西日本 8,982億円
4.JR東海  8,235億円
5.近鉄GHD 6,973億円
6.阪急阪神HD 5,689億円
7.東武鉄道 4,963億円
8.名古屋鉄道 4,816億円
9.小田急電鉄 3,860億円
10.西日本鉄道 3,461億円
11.西武HD  3,371億円
12.京王電鉄  3,154億円
13.東京メトロ 2,957億円
14.JR九州   2,939億円
15.京阪HD  2,534億円
16.京浜急行  2,350億円
17.相鉄HD  2,211億円
18.京成電鉄  2,078億円
19.南海電鉄  1,908億円

どの会社も世情を反映して、この業界ではかつてないほどの大幅減収を記録しているのだが、そんな中でもドル箱の長距離路線が不振で40~50%台の大幅減収にあえぐJR各社やレジャー系のグループ会社の壊滅的なダメージで40%前後の減収となった近鉄、西武といった会社と、減収幅を10%台に留めた会社とで明暗はくっきり。

そしてそれが、東急がJR本州3社に割って入り2位になる、という想像もできなかったような結果につながった。

もちろんこれは、最初の「緊急事態宣言」時の混乱等、様々な異常な要素が重なってのことで、常識的に考えれば同じことが2年も続くわけがない。各社が公表した2022年3月期の期初の予想を並べても、今期に関しては(民鉄内での順番の逆転はあるものの)所定の順番に収まるはずだった。

にもかかわらず、蓋を開けてみれば、第1四半期の時点で、東急はJR東日本、西日本に次ぐ3位。そして第2四半期の連結決算の時点で再び「2位」のポジションを取り戻している*5

<2022年3月期第2四半期連結売上高>
1.JR東日本 8,778億円
2.東急   4,431億円
3.JR西日本 4,368億円
4.JR東海  3,869億円
5.阪急阪神HD 3,108億円
6.近鉄GHD 2,917億円
7.東武鉄道 2,338億円
8.名古屋鉄道 2,243億円
9.西武HD  1,949億円
10.西日本鉄道 1,877億円
11.小田急電鉄 1,748億円
12.東京メトロ 1,482億円
13.JR九州   1,416億円
14.京王電鉄  1,379億円
15.京阪HD  1,186億円
16.京浜急行  1,062億円
17.相鉄HD  1,043億円
18.京成電鉄  1,042億円
19.南海電鉄  916億円

現時点でも後半の回復まで見込んだ通期の予想では、依然としてJR3社が上位を占めることになっているのであるが、”再流行”の動向次第では、1年限りの”椿事”で終わらないかもしれない、というのが今の状況。さらに、もっと強烈なのは、JR各社や近鉄Gが依然として多額の赤字を計上している中で、東急や阪急阪神HD、東武鉄道、さらには上に挙げた中では最も規模が小さい南海電鉄に至るまで、民鉄8社が既に営業黒字に転じている、という事実である。

売上のトレンドで大勢に抗うのは難しいが、利益に関しては工夫次第でどうにかなるところはある。

大幅に営業収支を改善した会社の中には、活況を呈する国際物流系の会社をグループ内に抱えていたり、比較的傷が浅い不動産事業の収益貢献が大きかったり、といった”天の恵み”があった会社もあるにはあるが、事業構造が比較的似通っている本州のJR3社間で比較しても、営業赤字幅を前年同期比で3分の1以下にまで抑え込んだ会社と、依然としてコストコトロールと減損リスクの顕在化に四苦八苦しているように見える会社とでは、大きな差が付き始めている。

守りに徹しなければいけない場面で慣れないところに経営資源を分散させてかえって傷口を広げていないか、資産や事業の思い切った切り離しで将来に向けたリソースを確保しなければいけない場面で、上の目を気にしてズルズルと状況を悪化させていないか・・・。

おそらく、世の中が完全に「平時」に戻る頃には、どの会社の業績も遅かれ早かれ回復するだろうし、そうなった時には再びかつての「業界地図」が再現されることになるのかもしれないが、この2年間の経営の巧拙は、5年後、10年後のB/Sにブーメランのように跳ね返ってくるわけで、その時になって業界地図が激変することも十分予想される話。

だからこそ、「2位・東急」のインパクトと、その先に起きるかもしれないことに、世の中の関心がもっと向けられても良いのではないかな、と自分は思っている。そして、典型的な「コングロマリット」業態とされるこの業界で今起きている”明暗”は、「コングロマリット・ディスカウント」という安直な言葉では表現できないほど複合企業体の経営は奥が深い*6、ということを我々に思い知らせてくれる良い教材ではないのかな、と思う次第である。

*1:例えば、「何か物を作っている会社」であれば、今期に関してはよほどのことがない限り前年度のマイナス分を取り戻してお釣りがくるくらいの増収増益が期待でき、配当も復配・増配となるのは確実で、短期的にはそのトレンドが個々の会社の営業戦略や投資戦略の違いによって大きく変わってくることはないと思われる。

*2:当然ながら、今の東京市場の株価は、ここ数年では一番高い水準にあるから、中長期保有まで視野に置くのであれば、「今の株価が割安かどうか」という見極めだけは徹底することをお薦めするが・・・。

*3:結果的にその多くは過剰投資による経営不振に苦しむことになり、国策も相まって、やがて国有化の道を辿ることになった。

*4:大手旅行代理店の業績が通年で連結決算に取り込まれた2014年3月期以降、民鉄1位の座を不動のものとしていた。

*5:今期に関して言えば、収益認識基準採用の影響で、消化仕入の小売業を主力事業とする東急のP/L上の売上高は目減りする状況になっている・・・にもかかわらず。

*6:事業の組み合わせ如何によっては、今回のような危機の下で「複合」が吉と出ることもあるし、逆に負のスパイラルが生じることもある。今うまくいっている会社で全てが計算しつくされていたわけではないだろうが、危機に直面して複合的なリソースをうまく活用した会社が結果を出しているのは確かで、そうなると、企業価値が下がるのは「コングロマリットだから」ではなく「経営が下手だからだ」というところに結局行き着く、ということになりそうである。

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