何が本当の「スタンダード」なのか分からなくなる今日この頃。

2年前の暮れから追いかけ続けてきた東証の市場区分見直しの話*1も、いよいよ12月末の選択手続き期限があと1か月ほどに迫り、今月の半ばくらいから連日、新市場選択に関する各社の適時開示資料が大量に公表されるようになってきている。

7月の上旬に東証から一通の通知が届いてから既に4カ月。ここ数週間で公表した会社の中には、会社の規模、業績的にどっからどう見ても「プライム」しかないだろう、という会社が、満を持してさりげなく公表した*2、というものも多いが、一方で、資料の節々から様々な悩みと逡巡が伝わってくるものも多い。

元々、この種の開示のパターンは大きく以下の4つに分けられる。

①現在の所属市場に対応する最上位の新市場*3の上場維持基準に適合している、という事実を示した上で、そのまま移行に向けた選択申請手続きを行う(行った)ことを宣言するもの。
②現在の所属市場に対応する最上位の新市場の上場維持基準に一部適合しない項目がある、ということを明かしつつ、あくまでその市場を目指して「上場維持基準の適合計画書」を提出予定であることを宣言するもの。
「上場維持基準の適合計画書」を公表し、現在の所属市場に対応する最上位の新市場の上場維持基準に適合に向けた取り組みを具体的に明らかにするもの(②の開示後に改めて実施するパターンもあれば、②とセットで行うパターンもある)
④現在の所属市場に対応する最上位市場ではない市場に移行することを宣言するもの*4

市場選択手続開始前の7~8月頃に先行していたのは②のパターンの開示(と、本来は行う必要のない「東証から合格通知もらったよ!」的な開示)だったのだが、9月以降は、もっぱら①と②、早いところで③、という状況がしばらく続いていた。

ところが、今月の後半に入って④のパターンが急増している

東証一部に上場しながら、「スタンダード」市場の選択を宣言した会社は、ここまでで既に100社を優に超えているのだが、その中でも11月2週目以降に公表した会社がその7割近く。

平行して、③のパターンの開示も相当数出てきてはいるものの、日によっては「計画書」を出してプライム”残留”の意思を表明する会社の数より、「スタンダード」選択を宣言する会社の数の方が多い日すらある。

自分とて、④のパターンの会社がある程度出てくる事態を予想していなかったわけではないのだが、さすがにここまでとは想定外だった。

振り返れば、東証の一次判定の通知以降、ジュリストの特集をはじめ、様々なところで「スタンダード市場を選択する方が企業価値向上にはプラスになる(こともある)」ということが言われ始めるようになっていたし*5、10月中旬に出された「プライム市場にも適合してるけど、我々はスタンダード市場を選ぶ」という中京圏のある会社の宣言*6が、背中を押したところもあるのだろう*7

だが、そうはいっても・・・というのが通常の企業経営者、実務者の感覚、というものだろう。

そして、既に70社近くから提出されている③の「計画書」の内容*8を見れば、東証から「経過措置」の適用を受けるために、そこまで高度な、具体性に満ちたものが求められているわけではない、ということがよく分かる。

適合していない基準項目が「株式比率」なら、オーナーや付き合いの深い大株主に売却の説得を続ければなんとかなる。「売買代金」ならIRに力を入れて個人投資家向けの注目銘柄として取り上げてもらうだけでもだいぶ変わってくる。

「流通時価総額」となると、株価を決めるのは”神の手”だけに、ハードルは格段に上がるが、それでも「計画書」の中に「業績向上」「企業価値向上」「コーポレート・ガバナンスにESG!」といったフレーズをとりあえずちりばめておけば、経過措置の適用は何とか受けられるし、各社の計画書を見ると、目標達成時期を「2026年」とか「2027年」に設定しているものも散見されるから、猶予期間はうまくいけば4年、5年、である。

それだけ時間をかけてもどうにもならなかったらあきらめも付くだろう、という話なわけで、結果的に「スタンダード」行きという結果になったとしても、4~5年「プライム上場」の看板を使えることの意味は大きい。

なので、合理的に考えれば、ここはやれるだけやってみればいいじゃないか、と思うところなのだけど・・・


④のパターンの開示を行っている会社の中で、「市場選択の理由」を詳細に記したリリースを行っている企業は決して多くはない。

もちろん、何も書いていなくても、「この会社は親会社の出資比率を維持し続けざるを得ないんだろうな」とか、「新型コロナ禍の影響で『最上位市場』のメンツにこだわっている場合ではないんだろうな」といったことが伺える会社もあるが、その一方で、業績は好調、株価もそこまで崩れてはおらず、ちょっと頑張れば基準をクリアできるのでは?という会社が、何も語らずに「スタンダード」を選択している例もある。

「どの市場を選ぶか」というのは、まさに会社の経営判断そのものだから、それを部外者がとやかく言うのは全く筋違いだし、おそらくは、それぞれの会社が限られた情報を頼りに議論を繰り返し、必死で悩んだ結果が開示情報として我々の目の触れるところに出てきているのだろうと思っている(そう信じたい)。

だから、一見すると「弱気」に見える経営判断だったとしても、それだけをもって批判するのは正しい態度とは言えない、と自分は思う。

ただ、気を付けなければいけないのは、一段下の市場の緩やかな上場維持基準を所与のものとして受け止め、今、経過措置を受けようとしている会社が掲げているようなストレッチした目標*9を掲げることを最初から放棄してしまう、ということは、新たな別のリスクを招くことにもなりかねない、ということである。

業績を向上させてより多くの利益を生み出す、生み出した利益を株主に還元する、企業統治体制を整える、さらには環境や人権、社会との共生にも配慮した経営を行う・・・ 基準不適合でもプライムを目指す会社が掲げている項目の多くは、実は企業経営を考える上では当たり前のことばかりだったりする*10
実務界の評判は決してよろしくないコーポレートガバナンス・コードにしても、今の内容であれば「プライム」上乗せ分も含めて、ギリギリ無理をしなくてもコンプライできる内容ではないかと思われるし、一見難易度が高いように見える項目でも、遅かれ早かれ取り組んでいかなければ、どんな会社もいずれ持たなくなるわけで、盲従するにしても毅然と立ち向かうとしても、「向き合うこと」なくしては前に進むことはできない。

上場を維持するための流通株式時価総額は「プライム」の10分の1で良い、CGコードの上乗せ基準も意識しなくてよい、そんな「スタンダード」を選択したことで、「全てはこれまで通りでいいじゃないか・・・」というマインドが形成されてしまうのだとしたら、それほど不幸なことはないような気がする。

奇しくも、現在、「プライム」の上場維持基準適合・不適合の問題と平行して、「スタンダード」「グロース」の両市場に関しても、既に100社以上が一部基準不適合の事実を公表している。

「プライム」を目指して届かなくても「スタンダード」市場はまだ残っているが、「スタンダード」「グロース」の上場維持基準すら満たせなくなれば、もはやその会社に後はない。そしてこの変化の激しい時代、油断すれば「下」の基準もあっという間に目前に迫ってくる。

最近の”押しつけがましさ”への反発もあってか、「スタンダード市場の選択は前向きな判断」と評価する声は巷にもそれなりにあるのだが、5年後、10年後も本当にそう評価してもらうためには、相応の険しい道を歩かなければならない、ということは、ここで改めて記しておきたいと思っている。                                                                              

*1:思えば最初に取り上げたのは「証券取引市場改革」は幻だったのか? - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~のエントリーだったが、当時抱いた違和感は何一つ解消されないままここまで来ている感がある。

*2:そういう規模の会社ともなれば、社内の根回しと、「改訂CGコードにちゃんと対応できるんだろうな?」という天の声に答えるための諸々の資料作りに追われて2カ月、3カ月・・・というのは容易に想像が付くところである。

*3:東証一部なら「プライム」、東証二部・JASDAQスタンダードなら「スタンダード」、マザーズJASDAQグロースなら「グロース」等。

*4:端的に言ってしまえば、東証一部の会社が「スタンダード」市場の選択申請手続きをすることを明らかにする、というものである。

*5:理屈では語り切れない話だからこそ。 - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~

*6:プライムより、プレミア? - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~参照。

*7:その後も、「プライム適合だがスタンダード」ということを明示した開示は数件みられる。

*8:オフィシャルな適時開示資料である以上、当然これらの資料は、事前に東証とのすり合わせもなされている。

*9:中には明らかにストレッチしすぎているようなものも見受けられるが、それはまた別の機会に・・・。

*10:だから、そのための具体的な方法論を欠く多くの「計画書」があちこちで批判と嘲笑の対象になっているのも事実なのだが・・・。

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