「フェアな競争」の落とし穴

自分も年末に結果だけ見て引っかかった大型洋上風力発電プロジェクトの事業者選定について、日経紙が2週にわたって記事を書いている。

www.nikkei.com

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特にサプライズだっだのは、最も規模が大きかった秋田県由利本荘市沖の選定結果で、記事が示唆しているように、自分もここは躍進著しい新興再エネ事業者と地元電力事業者が組んだチームが順当に勝つと思っていたから、昨年末に「全海域で三菱商事コンソーシアム勝利」という結果を見た時は、正直ひっくり返りそうになったものだった*1

選定結果のリリースと、上記記事を読むだけでも何でこうなったか、というのは察しが付くのだが、これだけ話題になるのであれば、ということで、今更ながら、「公募占用指針」という標題で公開されていた入札条件を眺めてみた。

秋田県由利本荘市沖(北側・南側)海洋再生可能エネルギー発電設備整備促進区域公募占用指針」
https://www.mlit.go.jp/kowan/content/001374742.pdf

82ページにもわたる資料だから、この手の資料としては決して短いものではない。ただ、かつて散々この手の書類を読まされてきた者としては、日本語で書いてあるだけでもホッとした気分になる*2

趣旨、定義から入って、審査対象となる事業要件の説明に入っていく、という体裁は世界各国どこに行っても共通。
7ページ以降に記載されている事業要件のうち、重要なポイントとなるのは、「公募参加者が提案する供給価格の上限額は、29 円/kWh とする。」(8頁)というくだりと、公募占用計画の有効期間30年、事業期間20年*3、占用開始時期は占用計画の認定日から原則6年以内というタイムライン。あくまで期間を区切った占有承認で、恒久的に事業者に既得権を与えるわけではないので、「撤去費用」まで担保できることも要件となっている。

そして、公募の実施スケジュール(16ページ以下)と公募参加資格(18ページ)、公募占用計画(いわゆる入札書類)の提出方法法と記載事項、添付すべき必要書類の説明がそれに続く(21ページ以下)。

記載すべき事項(34ページ以下)に関しては、項目こそ細かく設定されているものの、内容についてはオープンクエスチョンになっているものが多い*4のは、いかにもこの種の新しい取り組みならではだと思う*5

公募参加資格要件の中に以下のような記載があるのを見ると(19ページ)*6「これはそんじょそこらの公共事業の入札とは違うんだぞ」という発注者側の強い覚悟も感じるのだが、日本でもこういう形で、公共事業のオープンな大型入札が行われるようになった、というのは、個人的には結構感慨深いものもあったりはする。

ⅵ)本公募占用指針が公示された日(令和2年 11 月 27 日)から事業者選定の通知がされる日までの間は、公募による事業者選定手続の公平性、透明性及び競争性を阻害する態様(※1)による地元関係者(※2)への接触は行わないこと
※1 具体例として、例えば、以下のような行為については、公平性、透明性及び競争性を阻害するような地元関係者との接触に該当する。
・ 地元関係者から他社の情報を聞き出す行為
・ 自らに有利となるような都道府県への陳情を地元関係者に依頼する行為
・ 事業者が地元関係者に公募に関する助言を求めるといった行為
・ 地元関係者の費用を負担して飲食する行為など地元関係者に便宜を供与する行為
なお、公平性・公正性・透明性を確保しながら海域調査を行うための接触や地元のイベントに参加すること、協議会等において公平性・公正性・透明性を確保しながら接触を行うことについては、これだけをもって、公募による事業者選定手続の公平性、透明性及び競争性を阻害するものではないと考えられるため、参加資格を失うことにはならない(ただし、上記の便宜供与等を伴う場合は除く。)。

で、肝心の「選定事業者を選定するための評価の基準」については、この公募占用指針の中では以下のように書かれていた(46ページ以下)。

「公募占用計画の評価は、長期的、安定的かつ効率的な発電事業の実施が可能かという観点から総合的に評価する。具体的には、公募占用計画に記載された供給価格を 120 点満点事業実現性に関する要素を 120 点満点として採点し(合計 240 点満点)、最も点数の高い公募占用計画を提出した事業者を選定事業者として選定する。ただし、最も点数の高い公募占用計画を提出した事業者が2者以上該当する場合は、くじ引きにて選定事業者を選定する。くじ引きは該当する事業者立ち合いの下で行う。」(強調筆者、以下同じ)

供給価格と事業実現性の2つの要素による審査。

そして、「供給価格」については、

供給価格の点数 = (各公募参加者が公募占用計画(※)に記載した供給価格のうち、最も低い供給価格/当該事業者が公募占用計画に記載した供給価格)×120点

という機械的な算式でスコアが付く一方で、「事業実現性」要素の評価が失格点を下回っていればアウト。

一方、「事業実現性」については、「事業実施能力に関する項目(80 点)」「地域との調整や事業の波及効果(40 点)」という配点になっており、以下のような採点基準が示されている(48ページ)。

1)5 段階の階層を設けて採点する。
2)各項目のトップランナーを満点として、トップランナー(100%)、ミドルランナー(70%)、 最低限必要なレベル(30%)、不適切とまではいえないレベル
(0%)、不適切(失格)として採点する。
3)「事業計画の実現性」、「周辺航路、漁業等との協調・共生」、「地域経済への波及効果」「国内経済への波及効果」については、トップランナーは1者とし
て採点する。

こちらの要素に関しては、性質上、定性的な内容での審査になることは避けられないが、それでも「事業実施能力に関する項目」のうち、「安定的な電力供給」に関するサプライチェーンの形成計画に関しては、

① 電力の安定供給の観点
・ 故障や有事等の際、どの程度迅速に部品の調達等が可能か。(部品等の製造・保管場所、部品の数など)
サプライチェーンの多様化・複線化など、その強靱化にどのように取り組んでいるか。
・ 部品メーカーとの提携を含め、事業実施地域である日本の自然環境等に応じた技術開発等を行う体制を構築しているか。
② 将来的な電力価格低減の観点
サプライチェーンの形成に当たって、新規参入を阻害せず、競争環境を確保しているか。
・ 輸送コストの低減など既存サプライチェーンを見直し、将来的なコスト低減に向けた取組みを行っているか。
・ 部品メーカーとの提携を含め、コスト低減に向けた技術開発等を行う体制を構築しているか。

といったように、産業政策、経済安保政策、さらには競争政策の視点まで盛り込んだ審査を行う姿勢を明確にしている点は注目すべきだろう(52ページ)。

次の国家エネルギー政策を担う重要な入札案件だけに、可能な限り緻密に、発注側のポリシーも反映した形で選定を実施したい、という思いは伝わってくるし、一見すると「総合評価」の名の元に多面的な要素を考慮した「フェア」な選定が可能な仕組みのように見える。

だが、蓋を開けてみれば、冒頭の記事のような結果となってしまった。

事業者名      評価点 ※( )内は満点                       
         合計(240) 価格点(120)   事業実現性に関する得点(120)
選定事業者○   202     120(11.99円/kWh)  82
公募参加事業者5  156.65    83.65         73
公募参加事業者6  149.73    58.73         91
公募参加事業者7  144.20    78.20         66
公募参加事業者8  140.58    62.58         78

なぜこの海域で”番狂わせ”が起きたかといえば理由は歴然で、「事業実現性」に関して最高点を取っている公募参加事業者(おそらくは地元にも浸透し、最有力視されていた事業者)が価格点で選定された三菱商事のコンソーシアム(秋田由利本荘オフショアウィンド)*7に大差を付けられてしまったから、に他ならない。

価格点に関しては、先述のとおり計算式も公表されているので、落選した「有力事業者」がどの程度の価格で札を入れたかも一目瞭然なのだが、このスコアから計算すると、上限価格に近い約24.5円で、選定された事業者とは2倍以上の開きがある。

そしてその「価格」差がダイレクトに点数に反映されることになる今回の入札システムで、差がつきにくい定性的な「事業実現性」に関する審査での得点差だけで勝敗を逆転させるのは難しかった、ということだったのだろう。

有力視されていたコンソーシアムの事業者構成を見ると、主幹事と思われる会社以外はかなり「堅そうな」会社が多いから、必要以上に堅実な収支見通しを立てすぎたことが裏目に出た可能性はもちろんある。この数字だと、仮に選定された事業者が参加していなかったとしても、今度は次に低い価格を提示した事業者(上の表では公募参加事業者5)に大きな差を付けられることになり、さらに今回は辛うじて合計点で上回っている事業実現性に関する得点が最低点の事業者(公募参加事業者7)にも逆転を許すことになってしまう。

この辺は、「なんだかんだ言っても、最後に入札の決め手になるのは価格だ」という国際入札の鉄則を知り尽くした三菱商事陣営と、そうではなかったチームとの差が出てしまったところのような気がするし、今回の事業者公募が国際的な公共プロジェクト入札のトレンドを意識したもののように見えることを踏まえると、そのノウハウを知り尽くした事業者が勝った*8というのは必然というべきだったのかもしれない。

また、少々次元の違う話ではあるが、再エネブームの初期に、FITの買取価格を高く設定しすぎた故に市場環境がゆがんだ、という指摘もなされていることを考えれば、

「洋上風力で価格破壊を起こした三菱商事の提案は、政府にとって追い風となり、国民にも恩恵がある。再生エネ普及のため電気料金に上乗せされる「再生可能エネルギー発電促進賦課金(再エネ賦課金)」がかさむ中、低い売電価格であればあるほど賦課金を抑えられるからだ。政府は30~35年までに洋上風力の発電コストを8~9円まで下げる計画。三菱商事が11円台で事業展開できれば、目標達成も見えてくる。」(日本経済新聞2022年1月18日付朝刊・第15面)

というポジティブな評価が出てくるのも一応理解はできる。

ただ・・・


個人的には、今回の「三菱商事コンソーシアム圧勝」が良い結果につながる、と今の時点で断言するのは難しいだろう、と思っている。

入札の時には思い切った価格で「できる」と大見栄を切っても、いざ作り始めたらあれこれ言い訳を言い始めて、納期には遅れる、品質も今一つ、と事業主体を泣かせた上に責任もすんなりと被ろうとはしないのが海外メーカーの常。それは相手が世界のGEだろうが何ら変わらないだろう*9

蓋を開けてみれば札を入れた価格で事業運営することは到底不可能だ、ということに気付いたところで、今回のような入札方式で供給価格の引き上げを求めるのは明らかなルール違反だから、最終的には運営するSPCとサプライチェーンのどこか(概してそれは日本のメーカー)が大きなダメージを被ることになる。

それでも予定通り操業開始までこぎつけられればまだマシで、予定日になっても稼働しない、稼働するメドも立たない、というような事態にでもなれば、それこそ国家的な一大事だ。

悩ましいのは、いかに期間が限られた占有承認だといっても、そのタイムスパンは一般的なビジネスに比べるとはるかに長い、ということで、仮に運転開始予定だった頃に案件の成否が見えてきたとしても、その時点で既に今から8年以上も経過しているから、「それなら再入札で」といったところで、競争が激しい今の再エネ業界、今回有力だった事業者が生き残っていられるかどうかも怪しかったりする*10

ルールに則って行われた事業者公募で、国内トップクラスの総合商社が出した提案に向かって「不当廉売」とか「収奪的価格設定」等々の難癖を付けるつもりはないし、「日本連合」コンソーシアムが勝てなかったことをとやかく言うような野暮なことをするつもりもない*11のだが、ルールを設定する側の思想として、まだ未知の部分が多いこの分野で「価格以外の要素」、特に技術的実現性をもう少し重視するような仕組みにできなかったのか?ということは、個人的な疑問として残っている*12

それでもまだENEOSが!とか、日本にはJERAがいる!とか、この先もしばらくは盛り上がっていくのだろうけど、今この時点の覚書として、書き残しておく次第である。

*1:公式のリリースは「秋田県能代市、三種町及び男鹿市沖」、「秋田県由利本荘市沖」、「千葉県銚子市沖」における洋上風力発電事業者の選定について (METI/経済産業省)

*2:そしてこの種のガチの公募入札書類を「日本語で」読む経験をしたのは初めてに近いかも・・・と思ったりもした。

*3:ただし運転開始予定日に間に合わなかった場合はその分期間が短縮される。

*4:例えば評価基準に係る事項についても、「リスクの特定及び分析」に関して出されているお題は、-建設に関するリスクと対応方針(適切な製造業者、設置船、特定のリス クのある設置機器の有無等)、-維持管理に関するリスクと対応方針(技術的な阻害要因等)、-財務管理に関するリスクと対応方針(風況変動に備えた対応等)、-その他事業撤退に至るリスクと対応方針、といったざっくりしたものだけで、別添の記載要領を見ても「特に重要となるリスクの有無を検討して、特定した上で対応方針を記載せよ」ということ以上のことは書かれていない。

*5:先例が少なく、選定する側の知見が蓄積されていなければ、こういう書き方にならざるを得ないのである。

*6:違反した場合の制裁は、応募無効又は選定取り消し、他の促進区域での公募への参加 を一定期間認めない、という制裁にも言及されている。

*7:構成メンバーは三菱商事エナジーソリューションズ株式会社、三菱商事株式会社、株式会社ウェンティ・ジャパン、株式会社シーテック

*8:あくまで価格重視で主要な部分は安い海外メーカーに委ねつつ、「秋田県に主力拠点をおくTDKの部品を、風車の基幹部品である「ナセル」の一部に採用する」(日本経済新聞2022年1月18日付朝刊・第15面)といった小技を使って総合評価のスコアも大きくは落とさない、というテクニックは今回も活用されているようである。

*9:しかも記事にもあるとおり、GE自体、まだ洋上風力での経験値が高いわけではない。

*10:今回、いずれの海域でも10円台/kwhの低い供給価格で選定事業者が決まったことで、今後の大きな案件でも”価格破壊”的な競争が繰り広げられることになるだろうし、そうなると決して厚い財務基盤を持たない新興事業者にとっては苦しい戦いを強いられることになる。

*11:「インフラ輸出」なる珍妙な国家戦略は、忌まわしき前&前々政権の亡霊とともに消えた、というか消えてもらわなければ困るのだ。

*12:もしかしたら、発注側にも、三菱商事くらいの会社なら多少アグレッシブな価格設定でもなんとかしてくれるだろう、という甘えがあるのかもしれないが、商社のSPCに対する冷淡さには想像を超えたものもあるだけに、リスク遮断されて終了、となる可能性も頭の片隅に入れておく必要がある気がする。

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