何がその会社の運命を狂わせたのか。

1月27日、四半期報告書の提出を断念して上場廃止、という衝撃的なニュースとともに公表されたグレイステクノロジー(株)の特別調査委員会による「調査報告書」。

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Twitterでも少し呟いたが、本文だけでも120ページ近くあるこの調査報告書には、「会社とはどうあるべきか」ということを考えさせられるような様々な示唆が詰まっている。

いうまでもなく本件は売上の架空計上による粉飾決算が問題になった事例なのだが、この調査報告書には、「ここまで書いていいのか!?」と言いたくなるくらい、具体的かつ克明に架空計上の手口や、会計監査人を”騙す”手口が描かれているし、その前後での関係者のやり取りも鮮明に描かれている。

調査チームに加わった㈱KPMG FASフォレンジック調査が威力を発揮したこともあるのだろうし、急逝した元創業者への調査が不可能であったにもかかわらず、ここまで克明に全体像を描けたのは、会社が過去の取締役会・経営会議の録音データを全て保存していた*1ことも大きかった*2

ただ、それ以上に、社員数わずか40名の会社で管理部門のスタッフもたったの3名。創業者かつ長らく会社の実権を握っていた元会長は昨年3月に急逝し、それを引き継いだ社長も昨年末に退社、その他の執行側の役員たちもこの報告書の公表を待つことなく次々と今月に入って辞任していた、という状況を踏まえるなら、通常この手の報告書の公表の際に繰り広げられる、会社と調査委員会側との「どこまで書くか」の綱引きが、本件では全くと言ってよいほど行われなかったことも推察されるわけで、そういった会社としての「機能停止」が、この公表された報告書の質の高さに直結したのではないか、と考えるともはや何とも言えない気分になる*3

内容についてここで多くを語ることはしない。

当初、売上の前倒し計上や不当な分割計上、というところから始まって、やがて顧客への請求を伴わない案件を、最後は存在すらしない案件までをも「架空計上」するに至った、というこの会社の転落の歴史を見て、”対岸の火事”と笑える人が果たしてどれだけいるだろうか?

最後の、通期の売上の半分以上を架空売上で計上するようになってしまったところまで行けば、「さすがにこれはないだろう・・・」と多くの人は思うが、その始まりはたかだか数百万単位の「前倒し」計上に過ぎない。後払い受託型のビジネスモデルに支えられている会社の中には、年度末ギリギリのところでの営業の”頑張り”で、毎年予算達成!と沸き立っているところも決して少なくないと思うが、その”頑張り”の真相を掘り下げていろいろと叩いていけば、埃が全く出てこない会社の方がむしろ少ないだろう。

他にも、この報告書には様々な闇が潜んでいる。

営業職員が引き起こしたクレームやでっち上げた事案の処理のために、新卒入社から叩き上げた取締役たちが身銭を切ってまで対応に奔走している横で、「情報を共有されていなかった」「結果的に何も把握していなかった」と認定された中途採用の取締役たち。

創業者にしてみれば、会社が潰れかけたタイミングで新卒で入社し、会社を一から立て直す過程を一緒に歩んできた子飼いの部下たちは実にかわいい存在だったことだろうし、それに応えて「東証1部上場企業の役員」にまで上り詰めた部下たちにしても、会社のため、創業者のため、という思いは強かったのだろうが、その濃すぎる”家族意識”が、「SOで儲けた金は自分の金ではない」という意識を生み、他人が起こしたトラブルでも自分のお金で補填して処理する、という客観的にみればあり得ない行動を誘発し、40人の小所帯にもかかわらず、創業者がなくなるまで表沙汰にならないくらいの「密室犯罪」を遂行させた。

これも最後の結論だけ見れば極端だが、途中まではそれに近い、という空気の会社は、町の中小企業から東証一部上場企業までいくらでもある。

そして何よりも「闇」を感じたのは、粉飾の引き金となった「高い売上高目標」を誘発したのが、「市場」と「機関投資家」のプレッシャーだったようにも思えるところだろうか。

上場後、年250件、300件超といった異常なペースでIRミーティングを行っていた創業者が執着した「毎年20~30%を超える成長率」が、単なる自転車操業を超えて虚飾の上にさらに悪質な虚飾を重ねることを余儀なくさせた面があることは、どうにもこうにも否定できないことだし、この報告書も明確にそれを原因の一つとして描いている。

もちろん、機関投資家のためにIRの場を提供するかどうかは会社が自由に判断すればよい話だし、ましてやそこでどういう目標を掲げるかなんて、会社の経営判断以外の何物でもない。本件では見栄を張って高い目標を掲げ続け、それを下にも押し付けた創業者に最大の問題があるのであって、市場や機関投資家のせいにされても困る、というのが正論だとは思う。

ただ、今、政府も東証も日経紙も、至るところで「市場との対話」とか「機関投資家とのコミュニケーション」といったフレーズを連呼し、慫慂している現代においては、それを真に受けて真面目にコミュニケーションを取ろうとすればするほど、経営トップが目先の株価や短期的な業績上昇志向に陥りがちになる、という一面もあるわけで、本件が発覚するまでは、新型コロナ禍下で株価を大きく上昇させ、外国人保有株比率も30%以上にまで引き上げたこの会社が一種の”模範生”とみられているところもあったことを考えると*4、いつか欲深な投資家に毒されて会社が軌道を外れるのではないか・・・という怖れはどんな会社でも抱き続けておいて損はないところだろう*5


物語のラストまで見てしまうと、この会社がこの1,2年の間に出してきたどんな開示資料も、空しいものでしかない。

今思えば上場廃止の”悲報”のわずか1か月前、というタイミングで出されていたコーポレートガバナンス報告書では、”Explain”項目の数こそ多いものの*6

「当社は独立社外監査役が2名在籍しており、各独立役員は、それぞれに独自の視点から経営の監視、監督を行っており、コーポレート・ガバナンスは十分に機能していると考えております。」

ということや、

「当社は、代表取締役直轄の内部監査室を設置し、定期的に内部監査を実施するとともに、その結果を代表取締役に報告しております。代表取締役は内部監査結果を受け、被監査部門に内部監査結果及び改善事項を通知し、改善報告を提出させることにしております。なお、内部監査室は、内部監査の状況等について、随時、監査役及び会計監査人と連携しております。」

といったことが堂々と書かれている。

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さらに遡って昨年8月の第一四半期の四半期報告書を見ても、そこには後から見たらジョーク以外の何物でもない、

「グレイステクノロジー株式会社及び連結子会社の2021年6月30日現在の財政状態及び同日をもって終了する第1四半期連結累計期間の経営成績を適正に表示していないと信じさせる事項が全ての重要な点において認められなかった。」

という会計監査人の定型文がしっかりと書かれている。

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現実には、調査委員会報告書の中で、内部統制ルールも内部監査部門も全く機能していなかった(107~108頁)、ということが認定されているし、コーポレート・ガバナンスに関しても取締役会が監視機能を発揮していなかった(108~109頁)ということが認定されている。

様々な開示資料より、退職者が書き込んだopenworkの書き込みの方が、結果的にはこの会社の実情をより的確に示してくれていたわけで*7、こうなると何のための開示か、何のための報告か、ということにもなってくるだろう。

何よりも恐ろしいのは、ピーク時に比べれば下降曲線を描いてはいたものの、今に比べればはるかに高い水準で推移していたこの会社の一次判定時の時価総額を考慮するならば、本件の発覚が1年遅れていたら、この会社が経過措置の適用すら受けずにプライム市場に移行できていた可能性も高かった、ということで*8、一歩間違えば、会社の規模やガバナンス体制の実態を度外視して、ただ「流通時価総額」という浮ついた指標だけで市場区分を決めている弊害が白日の下に晒されることになったかもしれない。

「そんなの、悪いのは仏に魂を入れなかった会社だろう」というのは簡単。

だが、内部統制システム・内部監査体制は末端の不正発見には有効だが、トップ主導を不正には全くといってよいほど機能しない「社外役員主導によるコーポレート・ガバナンス体制の強化」も、その役員を選任するのが会社である以上、実権を掌握しているトップが暴走してしまえば、その組織内で体制を真っ当に機能させるのは不可能に近い、ということは、もう何年も前から多くの方々が指摘していることだから、本気で投資家を安心させる市場にしたいなら、「会社が悪い」の一言で済ませてはいけないはずである*9

報告書の中では、一貫して、無理な目標を掲げて会社に不正が起きる風土を作った、とか、虚栄心が強い、といったような”悪役”として描かれているのが「A氏」として登場する創業者なのだが*10、報告書の最後にそのA氏の発言として、

「何か外面ばっかりこう作ってしまってきてるな。大企業なんですかね(笑)。中小企業としてやってた、つまり上場する前にやってたいい部分も、全然とんと見えないです。」
「もう本当に冗談抜きで寝ても覚めても俺上場してからさあ、数字のことばっかり。もう上がるまでこんなに数字ごりごりごりごり考えたり、追いかけたりってなかったわ。めちゃくちゃしんどい。」(以上114頁)

という一文が載せられていることも、これまで散々、「上場こそ正義」というムードを演出してきた人々に向けられた刃のような気がして・・・*11


受託型のビジネスモデルを採用している会社の場合、飛躍的な成長を望みにくい代わりに、コストコトロールさえ間違えなければ業績が極端に悪化することも少ない。

この会社も、「大幅成長」の思想に取りつかれさえしなければ、上場した2017年3月期以降、売上高9~11億円台くらいのところで堅実に稼ぐ、決して悪くない会社だった。

本件は、マザーズ上場から5年ちょっとという短い間に起きた話だけに、創業者、かつ当時の代表者のマザーズ上場時の映像も、一部指定替えの時の映像もインターネットの動画サイトではっきりと見ることができる。

嬉しさと安堵を隠し切れない表情で登場し、紳士的な口調で事業の将来像を語っている動画の中の人物と、この報告書で「一連の不正の元凶」として描かれている人物が同じ人物である、ということを、自分は未だに信じきれずにいるのだが、それは裏返せば、どんなに堅実な会社でも経営者がひとたび市場の狂気に取りつかれれば奈落の底に落ちかねない、ということでもある。

この事案の概要を耳にして、ドキリとするような人は当然この報告書にも一度や二度は目を通すことになるだろう。

だが、自分はむしろ、「うちの会社は絶対に大丈夫」と思い込んでいる方にこそこの報告書の一読を進めたい、と思っている。

どんな会社もちょっとしたきっかけで狂う。その怖さを知ることが一番大事なことだと思うから。

*1:報告書16頁脚注8。

*2:本報告書では、要所要所でこれらの録音データの「テープ起こし」の内容が引用されており、それが報告書自体の迫真性と、ドラマチックさを演出している(もっとも、「テープ起こし」をそのまま使うことの功罪については後述)。

*3:まだ1月ではあるが、様々な調査委員会報告書を集めて優劣を競うなら、この報告書は間違いなく今年の年間大賞の候補にノミネートされることになるだろう、と個人的には思っている。

*4:実際、昨年8月には「JPX日経中小型株指数」の銘柄として組み入れられている。

*5:事業やビジネスそのものに関心を持ち、きちんと研究している投資家なら、さして強力なプロダクトやプラットフォームを持つわけでもない受託型ビジネスの会社、しかも「製造現場のマニュアル」という成熟市場での商売を生業としている会社が、社員の数も増やさないまま売上だけが伸びていく、という絵を見れば、疑いを抱いても不思議ではないはずだが、そこまでビジネスを理解して掘り下げようとする投資家は決して多くない、ということは、上位株主一覧にずらりと並んだファンド名を見てもよく分かる、というものである。

*6:実に19にわたる項目についてエクスプレインがなされている。

*7:https://www.vorkers.com/company.php?m_id=a0C1000000raQ7W参照。

*8:年初に東証が公表した一覧表では、経過措置の適用なくプライム市場に移行する、というステータスでこの会社が表示されていた。

*9:もちろん、投資家は自らのリスクで投資先を選別する、というのが大原則である以上、投資家の利益の保護よりも企業活動の自由度を優先すべき、という発想はあってしかるべきで、それならそれでよいと自分も思っているが、やはり「嵩上げしても売上高20億円に満たない規模の会社」に「東証1部(プライム市場)上場」の箔を与えてしまう今の仕組みは、100%肯定されるべきではないのでは?と思うところはある。

*10:特に「悪役」色を強くしているのが「パワーハラスメント」と断じられた取締役会・経営会議での発言(テープ起こし)の内容であることは間違いない。実際には、文字に起こせばどぎつい言葉になっていても、その場では冗談交じりの和やかな雰囲気だった、ということもないわけではないから、一般論としては、本報告書のようにひたすら発言の文字起こしを載せ続けることが、かえって誤導の原因になることもあり、本件でもその可能性を完全に拭い去ることはできないのだが(本当に創業者がパワハラ一辺倒の人物だったとしたら、身銭を切ってまで他人の不正を隠そうとする部下は現れなかっただろうと思うので)、ご本人が既に世を去ったうえに、会社自体がこういうことになってしまった今では、そこを掘り下げてもほとんど意味はないだろうな、と思うところである。

*11:ちなみに、このフレーズは報告書の最後に出てくるものだが、実際に発言がなされたのは2019年3月~5月の取締役会、とされており、ご本人が亡くなる直前、といったようなタイミングで出たものではない(つまり、報告書の認定によれば、この後よりエスカレートした不正行為を本人自らが行っている)。にもかかわらず、このセリフを最後に持ってきた”演出”こそがこの報告書の秀逸なところであり、この報告書を「読ませるコンテンツ」にしている秘訣だな、と思わずにはいられなかった。

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